三叉路に戻り、宮之浦岳への最後の登りを1歩1歩、嬉しさを噛み締めながら登る。山頂には10人前後の人が休んでいた。日本百名山完登と書いた紙を出して回りの人にビデオを取ってもらい収まる。
「1ケ月に35日、雨が降る」と言われる屋久島で今日のような快晴の日に百名山達成の日を迎えることができたことは山の神が私を導いてくれたお陰と感謝する。9月の標高100山達成したときも雲1ツない快晴で今まで登ってきた山々が顔を出し祝福してくれたが、これまで雨にたたられる山行の多かった私が記念すべき2ツの山を快晴で迎えることができた事に対して神に感謝するのみであった。いやもう一人にも感謝しなければならない。標高100山、日本百名山を達成できたのも連れ合いのお陰である。私の認知症の両親の面倒、子供の面倒を見ながら、時には喧嘩をし、嫌味を言いながらも私の我儘を許して笑顔で毎回、送り出してくれた連れ合いが居たからこそ達成できたのであり、ただ頭を下げて感謝・感謝である。私はなんと幸せ者かと思った。
山頂はいつの間にか私一人になっていた。一人の山頂で日本百名山を達成した喜び、感激よりもこれでピークハンティング的な山登りから開放されて、本来の私の好みの山に登れるなと考えていた。団体が山頂に近づいてきたので山頂を後にしてヤクササの明るい道を鹿が笹を食べているのを見ながら栗生岳、投石岳に向かう。途中、色んな形をした花崗岩の巨岩が目を楽しませてくれる。投石平の岩の上で休憩したかったが先客が居て休みの良い場所を占拠していたので一気に花乃江河まで下る。ここで最後の食料のパン1ケとフルーツゼリーを食べる。花乃江河は湿原の綺麗な場所で一部、紅葉も始まっていた。
ここからはタクシーを予約した時間まで余裕が出来たのでゆっくりと周りを楽しみながら淀川小屋に下る。きれいな水が流れる川の脇に建つ淀川小屋はのんびりしたくなる雰囲気の良い小屋である。しかし小屋の周りには誰もおらず、昨晩の新高塚小屋の混雑が嘘のように思えた。小屋から登山口まではここまで来ればもう楽な道と思っていたがかなり登り下りのある道で疲れた身体には応えた。
14時に淀川登山口に着き、着替えていると迎えのタクシーが来たのですぐに民宿に戻りビール大ジョッキを立て続けに空ける。淀川登山口――安房間のタクシー代は5750円であった。ほろ酔い気分で安房の町の土産物屋を見て回る。仕事のことも気がかりになり、港で船トッピーの便を朝1番に変更する。
翌朝、民宿のご主人に安房港まで車で送ってもらう。しかし船はまだ来ていない。南方の台風の影響で波が高く欠航の可能性もあるとのことで気を揉む。船は10分遅れで港にやってきてヤレヤレと胸をなでおろす。今日も天気が良いが船の上から見る屋久島は山の上は雲がかかっていた。西鹿児島、鹿児島空港と連絡は良く、富士宮の家には16時30分に帰ることができた。すぐに工場に行き、本社の社長と連絡を取り、屋久島に行く日の早朝に提出した中期経営計画案を社長の意向を加味して手直しをし、22時近くに第1次案として纏め関係者にメールで送る。家で酒を飲みながら連れ合いに感謝しつつゆっくりと百名山達成の余韻を楽しむことはできなかったがこれで私の山の1ツの目標が終わった。
完















