甲斐駒ケ岳は長野県では
東駒ケ岳と呼ばれているらしい。
それでは西駒ケ岳があるのか?
木曽駒ケ岳を西駒ケ岳と
呼んでいるようだ。
地図でみれば、確かの信州の伊那に立てば、
2つの駒ケ岳、東駒ケ岳と西駒ケ岳に
挟まれる感じにはなる。
その西駒ケ岳。
2006年10月12日に
伊那の桂小場から登った。
普通は、駒ケ岳ロープウェイで千畳敷、
そこから頂上を目指す。
でもロープウェイはものすごく混むと
聞いていたので、混雑は避けたいと思い、
その桂小場から登った。
このルートはちょっと長かったが。
登山道を調べてみると伊那の学生の
集団登山でも使用されている整備された道らしかった。
また、登山道を調べていて知ったことだが、
途中にある西駒山荘は、1913年(大正2)年
8月26日に修学登山に来ていた
中箕輪尋常高等小学校の一行37人が
暴風雨に遭遇し、翌27日に、
校長先生ら11人が命を落とす遭難が
起きたことを契機として、
その2年後に建てられたことを知った。
そして、その遭難記念碑も建てられており、
桂小場からの登山で確認した。
この話は、新田次郎さんが小説「聖職の碑」
として発表、映画化もされたらしい。
悲しい過去を背負った登山道。
でもそれにもめげずに、集団登山が
続いているのは、素晴らしい。

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