アーカイブをご覧いただけます。November 2007
今日は泊まりがけの宴会から帰ってみると賢が居眠りをしているので賢パパがブログジャックしてしまいます。
さっき帰宅してブログを開くとアクセスが4万件を突破していました。
5月から開始して約半年あまり、300日とちょっとぐらいになりますから平均すると毎日130人以上の方々に読んでいただいたことになります。
拙い文をお読み下さった皆さん本当に有り難うございます。
これからも出来る限り皆様に興味を持って頂けるような「ネタ」を探して書き続けるつもりですので温かいご声援のほどよろしくお願い致します。
4万件突破を記念して最新の画像をアップしておきます。
昨夜の今年一回目の忘年会における賢パパの雄姿です。
賢君、今日はブログ借りたよ。
明日からは又お願いしますよ。
工場長の好きなくだり
ショーケンって知ってます?
今はどこにいるんですかねえ?
塀の中ですかねえ?
お父さんは僕が5歳にもなったのにまだ全然落ち着きがないのでちょっと心配しているようです。
散歩などで出会う人には必ず「何歳ですか?」と訊いてみてその後「うちのは5歳を過ぎたのに全然落ち着きがなくて困る」と言うような事を言います。
僕にしてみればこれでも子供の頃に比べたら全然違うと思います。
でもやっぱり「本能」と言うのがあって何かを見ると思わずくわえたくなってしまうんですよねえ。
この間お父さんが僕を座敷に上げてくれた時パソコンの前に座るよう言いました。
何もなければとてもおとなしく座っている事など出来ない僕ですが「おやつ」があれば話は別です。
お父さんはパソコンの前におやつをおいて「賢、すわれ」と言いました。
言う事を聞いておけばおやつがもらえますから僕はすぐにお座りをして待っていました。
するとお父さんはパソコンで「インターネット禅」という画面を開きました。
画面には大きい丸や小さい丸が現れては消え現れては消えて行きます。
僕には何だかよくわかりませんでしたが早くおやつをもらいたい一心でおとなしく眺めていました。
するとお父さんはその日の夜、お母さんに「賢にインターネット禅」を見せたらちょっと落ち着きが出たようだ」と話していました。
僕はただおとなしくしていれば早くおやつがもらえるかと思っておとなしくしていただけなのにお母さんまで「へーそんなに効果があるんだ?」と言っていたので笑ってしまいます。
この
「インターネット禅」と言うのはお父さんのお友達のRちゃんと言うおば、じゃなくておねえさんの嫁ぎ先のお寺の和尚さんが考えてインターネットで流しているのだそうです。
皆さんも一度体験してみて下さい。
僕はお父さんと散歩に行く時は決して誰かに吠えたりしないで黙っておとなしく歩きます。
そんな僕を見て遇う人は皆「おとなしいねえ」と言ってほめてくれます。
でも本当は全然おとなしくはなくてお母さんに家に上げてもらったりするとうれしくてそこら中を走り回ってあたりにある靴下とかタオルとかをやたらにくわえてしまう癖があります。
そんな僕をしみじみと見ながらお父さんはよく言います。
「お前は本当はおとなしい犬なんだからな」と。
これには落ちがあるのだそうでこの間教えてもらいました。
それは僕が黒い犬というのがヒントなのだそうです。
黒犬ですよ、黒犬。
黒と犬をうまく合体させれば出来上がってくる字は何でしょう?
そうです、「黙」です。
黙っているのが黒犬なんですね。
だからお父さんは僕の事を「おとなしい」犬なんだと言ったのでした。
これからは少し黒犬になろうっと。
お父さんの山に行かない日の土曜日のお昼は大体自分で作ります。
お父さんはジャガイモが大好きなのでポテトを使った料理が多いようです。
料理と言っても本当に簡単なものが多くてせいぜいポテトとベーコン、タマネギのチーズ焼きぐらいなものでじゃがバタなんかもよく食べています。
お父さんに言わせるとただのじゃがバタではなくてポテトの美味しさを十分に引き出したじゃがバタなんだそうです。
お父さんが言うにはジャガイモは焼いて食べるのが一番美味しいのだそうですがたき火なんかしなくなってしまった今日この頃なのでなかなか丸焼きにする事が出来ないのだそうです。
それでお父さんのじゃがバタは一度茹でたジャガイモをオーブントースターで皮が焦げるまで焼きます。
本当は真っ黒になるまで焼くのが一番良いのだそうですがそうすると食べる所がちょっとしかなくなってしまうので焦げ目がつくぐらいでやめておくのだそうです。
そのお父さんがオーブントースターを使った時の話です。
ジャガイモを入れてタイマースイッチを入れたのにちっとも熱くならなかったのだそうです。
スイッチを入れたり切ったりしても全然ダメでたたいてもうんともすんとも言わない。
これは故障に違いないと思ってそろそろ新しいのに替えないとダメかなと思ったのだそうです。
お母さんが帰ってきた時にその話をするとお母さんもそろそろ寿命かもねと言ってトースターを見ました。
その時お母さんが大笑いしました。
そして「お父さんこれではどんな新品でも熱くはならないわよ」と言いました。
よく見るとそれもそのはずです。
何と、コンセントが差し込まれていなかったのです。
うちのトースターはいつもコンセントが差し込んであったのでお父さんは使う時にいちいち確認していなかったのでした。
それでいつものように使おうとしたらたまたまお母さんがコンセントを抜いていたのでした。
そんな事に気づかなかったお父さんは故障だと思って大騒ぎしたというわけです。
皆さんも普段慣れてしまっている事がちょっといつもと違っていて勘違いした事ってありませんか?
写真はこの時期としては異例の雪の少なさの昨日の富士山です。
本文とは関係ありません。
お父さんは先週に続いて今週も田舎のおばあちゃんの検査入院の付き添いをするために田舎に帰って来ました。
お父さんの話を聞こうと思って待っていましたが話を聞いてから僕がブログを書くのでは二度手間になってしまうので今日のブログはお父さんに書いてもらう事にしました。
お父さんよろしくお願いします。
賢に代わってお父さんが直接書き込みます。
今度の帰省は金曜日(祝日)から2泊して日曜日の午前中に戻って来る計画でした。
いつものようにどうやって行くかを考えるのも楽しみの一つではありますわな。
朝出て夕方までに着けば良いから途中で何か有意義な事をやって行こうと思いましてぺんぎん隊さんの宇都宮で途中下車して有名な「宇都宮餃子」を食べて行こうと思い立ったのでございます。
取りあえず最寄りの駅からJRの上り普通列車に乗りましたよ。
それで東京まで行くつもりでした、が、それだと宇都宮到着が遅くなってしまう。
急遽、予定を変更して三島から新幹線に乗りました。
これが大誤算で連休初日とあって「メチャ混み」でした。
当然の事ながら東京まで「立ち」でした。
東京からは普通列車で宇都宮へ。
昼飯にはちょっと遅めの13時半の到着でしたが餃子屋さんは空き始めていてちょうど良かった。
生ビール2杯と餃子2枚で満足して目的地に向かいましたが生が呼び水となり、車内で缶チューハイ。
シートがボックスの電車ではなく横向き座りのロングシートなので昼間からチューハイの人はなかなかいませんが気にせずゴクゴクやりました。
目的地に着いたら途中のコンビニで缶チューハイを購入してから病院へ。
冷蔵庫なんてなくても良いんです、窓の外が自然の冷蔵庫。
ええ、病室ですがそれが何か?
低山ですが山歩きも出来たし、母親の具合も悪くなさそうだし、まあ充実した帰省でしたね。
お父さんは趣味で「そば打ち」をやりますが最近ちょっと気になっている事があるそうです。
勿論そばが好きだからそば打ちをやっているわけで昔は色んなおそば屋さんで食べたり場合によっては遠くにあるおそば屋さんまでわざわざ食べに行ったりもしたのだそうです。
ところが最近おいしいそばを食べる事が出来なくなってしまったと嘆いています。
昔、と言っても10年ぐらい前の事ですが諏訪湖の近くの茅野市という所で今まで食べた事のないようなおいしいそばを食べた事があったのでそちらの方に出掛けた時にそのお店に寄って食べて来たのだそうですが昔食べたそばとは味が変わってしまっていて感動するほどおいしくはなかったのだそうです。
それから国道52号線と言って静岡から山梨の方に向かう道路があって静岡と山梨の県境近くにもおいしいおそば屋さんがあってこのお店はその日に打った分がなくなると店を閉めてしまうのでゴルフの帰りとかだと全然食べる事が出来なかったぐらいおいしかったのだそうですが何年か前に山梨までお葬式に行った帰りに寄って食べたところこれまた昔の味とは違って普通においしかったぐらいで感動とまでは行かなかったのだそうです。
お父さんは「そばの味は粉で決まる」と言うのが持論なんだそうです。
打つ人の腕によって長くつながったり短くぷつぷつ切れてしまったり又、細いのや太いのは出来るそうですが味に関しては粉の良し悪しによって9割がた決まって来るのだそうです。
そして良い粉と悪い粉の出来る条件は土壌とか気候のような環境要因によるところが大きいのだそうです。
一般のお蕎麦屋さんの粉には外国産のものが多く使われていますからあまりおいしくなくても仕方がないのですが国内の最高級の粉を使ってもおいしいそばが出来ないのでは問題です。
昔から良い粉の産地として知られている地方の粉を使っても昔のようなおいしいそばが出来なくなったのではないだろうかとお父さんは心配しています。
気候条件の中でも大切なのは夜の気温なのだそうで昼間高温になって夜になるとぐっと冷え込むような所で良いそば粉が出来るのだそうです。
お父さんは良い粉が取れなくなった原因の一つに「気温が上がった事」を考えているらしいです。
このまま地球の温暖化が進んで行くともしかしたら良いそば粉の産地は信州や北海道ではなくなってしまうかも知れないと心配しているお父さんです。
お父さんは先週の金曜日の午後から昨日の午前中までお父さんのふるさとに帰っていました。
昨日の夜、ご飯を食べた後(と言うかお酒を飲んだ後)お母さんがお仕事で遅くて家にいなかったので僕を部屋に上げてくれてその時の話をしてくれました。
お父さんは電車に乗るのがとても好きだといつも言います。
新幹線はあまり好きではなく普通の電車に乗るのが好きなんだそうです。
それは何故かと言うと新幹線は速いので景色がどんどん変わって行ってしまい「いいなあ」と思う山などを見ていてもすぐに見えなくなってしまうからなのだそうです。
そこに行くと普通列車ならゆっくり景色を眺める事が出来るので旅行気分を満喫出来ると言っています。
今回ふるさとに行くのにどうやって行こうかと考えた時もまず「どうやったら普通列車で行けるだろうか?」と考えたのだそうです。
でもかなり遠いので全部の区間を普通列車で行くとなると丸一日かかってしまう為半分だけ新幹線に乗って行く事にしたようです。
東京まで新幹線にするか東京から新幹線にするか考えた末東京まで新幹線で行く事にしました。
東京まで普通電車の方が乗り継ぎの便利は良いのですが便利が悪くても東京から普通電車にしたのだそうです。
理由はやはり窓の外の景色が決め手になったようです。
上野と言う駅から宇都宮線に乗って宇都宮と言う所まで行ったと言います。
昔は東北本線と言っていたらしいですが今は宇都宮までを宇都宮線と呼んでいるようです。
宇都宮にはいつもブログを書いている「ぺんぎん隊」と言うおじさんが住んでいるのだそうです。
宇都宮で乗り換えて黒磯と言う駅まで行くのですが時間があったので売店に行って缶チューハイとおつまみを買って来て一本ちびちび飲み終える頃に黒磯に着いたのですが今度は待ち時間がありました。
そこでお父さんは売店から缶チューハイを2本買って来て東京駅で買って来たシウマイ弁当を食べながら飲んだのだそうです。
そうしているうちに電車の出発する時間になって今度はやっとお父さんのふるさとの町に到着しました。
おばあちゃんの付き添いの合間にお父さんはふるさとの町を歩いて来たのだそうです。
ちょうど紅葉が見ごろでとてもきれいだったと言っていました。
それに昨日の朝は目が覚めると雪が積もっていてとても寒かったのだそうです。
僕は寒いのが好きなので今度雪がある時にお父さんのふるさとに連れて行ってもらいたいです。
急に出掛ける事になってしまい、とうとう何日かブログを休まざるを得ない状況になってしまいました。
折角続けて来たのに残念な事をしました、とお父さんが言っていました。
今日は朝の散歩が終わってお母さんが会社に行ってしまった後一人でお留守番をしていましたが10時頃に玄関の外に誰かがやって来ました。
郵便屋さんなら郵便受けに入れて行くし宅急便屋さんなら呼び鈴を押すはずなのに鍵を開けようとしています。
おかしいなあと思っているうちにその人は鍵を開けて中に入って来てしまいました。
誰だろうと思ってよく見るとそれはお父さんでした。
もう何日も家にいなかったので僕はお父さんの事をすっかり忘れていて初めは誰だか思い出す事が出来ませんでした。
それでも「賢」と呼ばれるとお父さんを思い出して何回もジャンプしてしまいました。
お父さんはしばらく田舎のおばあちゃんの所に行って来たのだそうです。
特別な用事があったわけではなくおばあちゃんの「検査入院」というのに付き添いの人が必要になったため兄弟やそのお嫁さんが交代で付き添いをしたのだそうです。
付き添いは夜だけで良いので昼間は時間が取れたらどこかの山に登るつもりで計画を立てて出掛けたのだそうですが車がないと電車では時間ばかり掛かってしまってどこにも行く事が出来ず結局、ふるさとの町を一周しただけだったのだそうです。
でもちょうど紅葉がきれいな時期だったのでお父さんは満足したのだそうです。
昨日からはちょっと寒くなって山の方はすっかり雪雲に覆われていたので今朝はどうかなあと思って目を覚ますと思った通り初雪が積もっていたのだそうです。
お父さんは家に帰って来てから一度お風呂屋さんに行って垢を落として来てそれから会社に行くつもりでいたようでしたがお風呂に入って来たら何だか疲れが出てしまい風邪気味でもあったようで会社を休ませてもらって家で寝ていました。
でもお友達のブログとか日記とかは読んでいたのでそんなに大したことはないようで明日から又元気で会社に行く事が出来ると思います。
おばあちゃんの検査は2週間ぐらい掛かりそうだと言われているのでもしかしたら今週も金曜日から里帰りする事になるかも知れないそうです。
おばあちゃんには早く元気になってもらいたいと思います。
お父さんがいない時お母さんは僕を家に上げてくれます。
昨日はいつものように一人で留守番をしていましたがお父さんが帰って来た時はいつもと様子がちょっと違いました。
いつもだとパソコンのスイッチをつけたりするのですが昨日は帰って来るなり僕の部屋に来て「おい、賢行くぞ」と言っていきなり散歩に出掛けました。
しかもこの頃は通った事のない山道コースでした。
僕は「おかしいな、いつもと違うぞ」と思いましたが黙ってついて行きました。
大学の上の方から美術館の近くまで歩いて行くとおじさん達が大勢いて「こっちには行けません」と言われました。
お父さんが「どっちに行けば見る事が出来るのか?」と訊いていました。
すると「正門の方へ行けばお見送りが出来ます」と言われてお父さんは僕を連れてそちらの方に回りました。
正門の方には20人ぐらいの人が並んでいました。
僕は「この人達はどうしてこんな所に並んでいるのだろう?」と不思議に思いましたがそのうちだんだんわかって来ました。
だいちゃん(散歩仲間のワン君)のお母さんとうちのお父さんが話しているのを聞いたのです。
それによると皇太子殿下というえらい人が来ているのだそうです。
静岡に来たついでに美術館を見学されて今からお帰りになるのでみんなはそれをお見送りすると言う事でした。
お父さんが言うには「皇太子様は山が好きなので「みんなの山行記録」のメンバーに入るよう誘うのだ」と言って張り切っていましたが観衆の整理をしていたお巡りさんから「お見送りする時の注意」を色々聞かされているうちに皇太子様と話をするのは無理だと思ったようでした。
そうこうしているうちに白バイや警察車両に先導された皇太子様の車が出て来ました。
お父さんはカメラのシャッターを押していましたがあっという間に通り過ぎて行ってしまったのであまり良い写真は撮れなかったようです。
僕はちょっとだけしか見る事が出来ませんでしたが何だか普通の人とは違って見えました。
今年もボジョレ・ヌーボーの時期が来ましたね。
最近では居酒屋でも置くようになったので今夜の飲み会で味わう事が出来るかも・・・
楽しみです。
僕の名前は皆さんもご存じのように「賢」です。
けんと読みます。
名前を考えてくれたのは家族全員でだそうです。
お姉ちゃんはもっと洋風の名前の方が良かったみたいですがお父さんは漢字の名前にしたかったようです。
候補として挙がったのが「けんた」とか「けんいち」とかどういうわけか「けん」のつく名前が多かったのだそうです。
最後に残ったのが「けん」と「けんた」で家族の投票の結果「けん」と決まったのだそうです。
その時は呼び方が「けん」に決まっただけでどういう字にするのかは決めていなかったのでお父さんが考えて少しでも賢くなるようにと「賢」という字に決めたのだそうです。
小さい頃からヤンチャばかりして来たのでちっともお利口ではなくお父さんとお母さんは「名前のようにはならなかった」と言って嘆いています。
それでもこの頃はだいぶ落ち着いて来たと自分では思うのですがお父さんやお母さんから見るとまだまだ落ち着きがないのだそうです。
特に今頃の時期は女の子達が「フェロモン」と言う良いにおいを振りまいて歩いているのでそのにおいを嗅ぐとどうしても落ち着きがなくなってしまい毎日お父さんにしかれています。
毎日独りで留守番をするのは寂しいですが休みの日には色々な所に連れて行ってもらったりすることもあるので何とか我慢をしています。
今度丹沢という所でお父さん達のオフ会というのが開催されると言うので何とか一緒に連れて行ってもらいたいとおもっている僕なのです。
ちゃんと「待て!」も出来ます。
うちのお父さんは趣味で時々そばを打ちます。
毎年大晦日の日には年越しそばをたくさん打ちますがその他にもお客さんが来た時とか誰かに頼まれた時に打ちます。
昨日は誰かに持って行ってあげるのだとと言って打っていました。
打つ所を見ていましたがなかなか面白いので写真で紹介してもらいます。
まず「こね鉢」と言う大きな器にそば粉と小麦粉を8:2の割合で入れます。
次に粉の重さの40%の水を量って粉の上から掛けるように注ぎます。
水の入れ方は以前は半分ぐらい入れておいて一旦粉となじませてから残りの半分を入れていたそうですが今は最初から全部一度に入れてしまうと言っていました。
水を入れた後手でかき混ぜて水が粉の粒一つ一つにまんべんなく行き渡るようにするのですがここがそば打ちの中で一番難しい所なんだそうです。
だんだん粉が大きな粒になって来るのでそれを手でぐるぐると回しているうちに自然に一つの大きな玉になるのだそうです。
そうしたらその玉をよく練ってやりつるつるの表面になったら後は延ばして切るのだそうです。
お父さんは一度に大体6人前のそばを打ちますが年越しそばの時など40人前近くも打つので半日ぐらいかかってしまうのだそうです。
おそば屋さんは一度に10人前以上も打つのでお父さんよりも全然短い時間でたくさんのそばを打つ事が出来るのだそうです。
僕はお父さんの打つおそばが大好きなのでいつもお裾分けにあずかる事を期待しながらお父さんのそば打ちを見ています。
今日は朝から天気が悪くて少し寒いようですが僕は寒い方が好きなのでこれからの季節が楽しみです。
お父さんの言う事にはお友達のモモたろうさんというおじさんが今日は雨でも山に登るのでそれではかわいそうだから何とか天気を良くして上げようとそちらの方面に「気」というものを送っているのだそうです。
お父さんの力ではそんなに広い範囲に気を送る事が出来ないので関東とか静岡の方は天気が悪いのだそうです。
それと踏み踏みさんというお姉さんが出掛けているのも原因の一つなんだそうです。
そんなわけでお父さんは今日はどこにも出掛けないで家にいて僕に色々な話をしてくれます。
さっきはお父さんの趣味について教えてくれました。
お父さんの趣味はたくさんあってどれが一番でどれが二番とか順番をつける事は出来ないと言うのでテキトーな順番で書きます。
山、温泉、飲み会、カラオケ、そば打ち、囲碁、ゴルフ、ドライブ、サッカーを観る事&やる事、サイクリング、生き物を飼う事などがあり、この他にも昔は魚釣り(渓流)とか野球やソフトボールなんかもやっていたそうです。
魚釣りにはもう3年ぐらい行っていませんがそれはお母さんが間違って釣り竿を壊したしまったからで来年は新しい釣り竿を買って又やろうかなあと言っています。
僕は魚はあまり好きじゃないので釣りよりも僕をもっと散歩に連れて行ってくれる方が嬉しいです。
お父さんはよく「人生そのものが趣味のようなものだ」と言っていますが僕も色んな事にチャレンジしてみたいです。
お父さんにはたくさんの趣味がありますが特技というのはほとんどないそうです。
そんな中でただ一つだけ自慢しているのが「東北六県の大体の地方のお年寄り同士の会話を字幕スーパーなしでも理解出来る」事だそうです。
ただ、青森県の津軽地方という所の言葉だけは無理なんだそうです。
英語よりも全然難しくて僕の言葉よりも理解出来ないとお父さんは言っていました。
僕の特技は誰とでもすぐに仲良くなってみんなから可愛がってもらえる事です。
お父さんのそば打ち道具です
ゴルフは一度やめていたのですがお母さんが始めたので一緒にやるようになりました
お父さんはこの頃お葬式に出る事が多いそうです。
若い頃は結婚式に出る機会もたくさんあったのに近頃ではほとんどなくてお葬式ばかりだそうです。
お葬式に出るたびに考えさせられる事があると言います。
お父さんが僕に話してくれた事をそのまま紹介します。
誰でもいつかは帰らぬ旅に出なければならない運命を背負って人は皆生きているわけですが「生きている」って一体どういう事なのでしょう?
人間の価値って一体どういう基準で測るのでしょう?
若い時からずーっと考えて考えて未だにはっきりと断言する事は出来ませんが最近ではこう考えています。
それは「死んだ時本当の涙を流してくれる人が何人いるか」でその人の価値が決まるんじゃないかという事です。
お葬式なんかの時に涙を流している方はたくさん見かけます。
おそらくは本当の涙だと思います。
本心からの涙というものは故人の死を心から惜しむ気持ちがなければ出て来ません。
よく政治家とか大きな会社の社長さんなどでお母さんとか奥さんのお葬式にはたくさんの人が参列したのに政治家や社長を辞めた後でご本人が亡くなるとお葬式に参列する人の数がめっぽう減ってしまうと言う話を聞きます。
それはその政治家なり社長さんなりとの「利害関係」から参列しているわけで死んでしまって利害がなくなってしまうとお葬式にも出ないという誠に割り切った付き合いという事になりますね。
従ってどれだけ多くの人と関わって生きていてもその数の多さだけではその人の価値を測る事は出来ないのではないでしょうか?
そんなわけで賢パパ、最近では「利害抜きでお葬式に出て来て本当の涙を流してくれる人の多さ」というものをその人の生きた「価値」として考えるようになりました。
賢パパは来年の「還暦」を人生の「折り返し点」と位置づけて後半の人生を過ごして行こうと考えていますが「本当の涙を流してくれる人」の数を少しでも増やせるよう誠実に生きて行こうと思っています。
なーーんっちゃってね。
でもお父さんのモットーは「楽しくなければ人生じゃない、楽しくなければ飲み会じゃない」だそうですからこれからも楽しく生きて行くのだと思います。
飲み会の時のお父さんとお兄ちゃんのツーショットです。
とても楽しそうです。
僕も仲間に入れてもらいたいのですが酒癖が良くないので飲ませてもらえません。
たまには飲ませろ、くそ親父!
昨日、一日遊びましたので、今日は「家事の日」です。
なかなか手をつけなかった「衣替え」をやって、
そのあとに「C−chanサラダ」を作りました。
お昼に味見をしましたが、「美味しい!」
夜もたべようっと。
偶然にも、工場長さん家も作っていましたね。
この味はやみつきになりますよ。
賢ママでした。
昨日みんなで紅葉狩りとハイキングに西沢渓谷という所に行って来ました。
昨夜はお父さんが早く寝てしまったのでお母さんに書いてもらいましたがやっぱりお父さんにもう一度書き直してもらう事にしました。
お父さん達は本当は「大菩薩嶺」という山に僕を連れて行ってくれる予定だったのだそうです。
所がこの間
踏み踏み さんというお姉さんと
だいさんというお兄さんが連れて来た台風のせいかどうかは知りませんが道路が通行止めになっていて近くまで行く事が出来なかったのだそうです。
折角僕を連れて来たのにこのまま帰るのはもったいないと考えたお父さんが西沢渓谷に行く事を思いついたのだそうです。
西沢渓谷は初めて行ったのだそうですが雁坂トンネルを通って埼玉県の方からも来る事が出来るので「熊谷」「大宮」「所沢」と言ったナンバーの車が目立ち、他にも「群馬」の車などが多かったそうです。
到着したのが10時頃と少し遅かったので駐車場は一杯で道の駅の駐車場で順番待ちをしてやっと停める事が出来たのだそうです。
お天気は少し曇っていましたが僕たちが歩き出すと同時に雲が消えてお日様が顔を出しました。
お父さんとお母さんは「ピーカンお札の御利益だ」と話していましたが僕はたまたまそうなっただけではないかなあと思いました。
天気の良い日のハイキングは気持ちが良いです。
最初は長袖のトレーナーを着ていたお父さんでしたがちょっと歩くと「暑い、暑い」と言って半袖Tシャツ一枚になっていました。
ハイキングコースは途中から岩場の登山道になって前の人の進み方が遅くなりました。
前の人だけではなく、その前もその又前もなかなか進んでくれません。
僕は「よいしょっ」と勢いをつけて登って行きたいのにのろのろなのでそれが出来ません。
するとお父さんが「待て!」と言って僕のリードを引っ張って止まらせて前を空けておいてから「良し」と言ってスタートするようにしてくれたのでずいぶん歩きやすくなりました。
所々に小さな沢が流れ込んでいたので僕はその水を飲みました。
冷たくてとても美味しかったので思わず飛び込んでみたくなって入ろうとしたらお父さんがあわててリードを引っ張って「ダメ!」と言って怒られました。
そのうちに列が全く進まなくなってしまいお父さんとお母さんは険しい所があったらどうしようかと心配したそうです。
僕が登れなかったらおんぶして登ってくれるつもりだったと後でお父さんが言っていましたが渋滞の原因は途中にある橋がおんぼろで一度に大勢の人が渡ると壊れてしまいそうなので二人とか三人ずつに分けて渡っていたので混んでしまったのでした。
橋を渡った後は一旦高い所まで登ってからトロッコの軌道の跡の歩きやすい道をどんどん下って行きました。
前を歩いている人をたくさん追い越して早足で歩きました。
急がないと約束の時間までに帰って来れそうもなかったのだそうです。
何とか約束に間に合いそうな時間に駐車場まで戻って来て僕たちのハイキングは無事に終わりました。
またどこかに連れて行ってもらいたいなあ。
今日は賢パパに替わって賢ママが僕の通訳になってくれました。
今日は朝から、お父さんとお母さんがいそいそとしています。
きっと、また二人ででかけるんだな〜と思っていたら、お父さんが「賢いくぞ!」と言いました。
ぼくは、「まじで!」と思いましたが、お父さんは僕を車に乗せてくれました。
車のシートは僕専用のタオルが敷いてありました。
お父さんとお母さんは今日は「大菩薩」という山に行く予定だそうです。
大菩薩の駐車場に行こうとしたら、「通行止め」という看板が立っていました。
お父さんは「行ける所まで行こう」と言って車を進めました。
しかし、駐車場までは行けなくて「仕方ないな、帰ろう」と言って、引き返しました。
「折角ここまできたのに」と僕が思っていると、お父さんが「西沢渓谷に行ってみようか」と言ってくれました。「そりゃ、そうだ。ここで、何にもしないで帰るなんて、つらいよ」
西沢渓谷には、1時間くらいで着きましたが、ここも紅葉狩りの観光客でごった返していました。
車は、無料の駐車場に置く事ができました。
お父さんとお母さんと僕の3人で、西沢渓谷に向かって歩きだしました。
山は紅葉がだいぶ進んできて、とてもきれいでした。すれ違う人から「わんちゃん、頑張ってるね」とか、「えらいね〜」なんて声と掛けられ、僕はとても嬉しかったです。
川の横の道は、たくさんの人が歩いていました。
しばらく歩いていくと、渋滞になりました。
お父さんもお母さんも「何の渋滞?」と言っていました。
それは、川を渡る橋が重量制限があって2人しか渡れなかったので、混んでいた事がわかりました。
橋を渡ると、渋滞は終わって山の上に向かって歩き出しました。
歩いて行く途中にお水が流れていて、お父さんが「賢、飲んでいいよ」と言ってくれたので、僕は天然のお水を飲みました。
冷たくて、とても美味しかったです。
歩いていくと、お母さんが「賢、お空がきれいね」と言って、上を見上げていました。僕も見ました。
空は、とてもきれいな「スカイブルー」でした。
お父さんとお母さんは、夕方から、お父さんの会社の人と飲む予定があるので、帰り道は、急ぎ足で下ってきました。
車を止めた所には、13時に戻ってきました。
お母さんが、売店で五平餅とソフトクリームを買ってきて
くれました。
僕にも、ちょっとお裾分けしてくれました。
帰りの車の中で、僕はすぐに寝てしまいました。
お母さんも、寝ていました。
今日は、僕は、お父さん、お母さんとお出掛け出来て、とても嬉しかったです。
帰りの車の中で、お父さんが「今度の蓼科の時も連れていこうか!」って言っていました。
僕は、「こりゃ、お父さんの言う事は良く聞いておこう」と思いました。
今日から11月です。
今年も残り2ヶ月を切ってしまいました。
本当に「月日の経つのは早い」ですねえ。
この間、平日でお父さんの会社が休みの日があってちょうどその日にゴルフが大好きなおじさんの「証人喚問」があったのでお父さんはテレビで中継を見たのだそうです。
お父さんが僕に教えてくれた所では「全然本当の事を言っていないけどどうにもならない」のだそうです。
証人喚問というのは本当の事を言わないで嘘をつくと「偽証罪」という罪になるのだそうですが今まであまり本当の事を言っていないような人でもこの罪に問われた人はほとんどいないようです。
お父さんはテレビの生中継を見ていたのでそのわけがわかったと言っていました。
僕にはどうしてだかよくわからなかったのでお父さんに説明してもらいました。
それによると答える人が嘘をついても嘘にならないようにうまく答えているのだそうです。
どういう事かと言うといつもお父さんが考えている「存在」と「認識」という問題なのだそうです。
質問をする人が「あなたはゴルフをさせてもらった見返りに何か便宜を図った事がありますか?」と言う質問をした時に「ありません」という断定的な答え方をしてしまうと万一後で何か証拠が出て来た時「嘘をついた」と言う事になってしまうのでそういう断定的な答え方をしないで「便宜を図ったという認識は持っていません」という答え方をしたのだそうです。
これなら「便宜を図った」という行動すなわち「事実」とは違って「認識」ですから「意識」の問題となり、本当なのか嘘をついているのかは本人にしかわからない事になってしまうのだそうです。
それにしても自分のした事について質問をされているのに弁護士に相談するのを認めている規則もおかしいのではないかとお父さんは怒っていました。
こういうおじさんのような人ばかりではなくちゃんと仕事をしている人もたくさんいるのですがやっぱり、普通の会社と違って「売り上げ」とか「利益」なんかとは無縁なので真面目に働かなくても倒産なんてする事がないからダメなんだとお父さんはいつも怒っています。
お父さんの考えは頭の良い人ばかり採用するのではなく、一般企業で仕事をした経験のある人を半分ぐらい採用するようにしたらどうだろうかと言う事ですがもしかしたら「風土」というものがあってどんなに立派な人でも一度楽をするとそういう風土になじんでしまうのかも知れないと言う事でした。
僕のお父さんとお母さんもゴルフが好きですが最近は山の方が忙しくてゴルフには行っていないようです。