アーカイブをご覧いただけます。October 2007
お父さんは昨日会社が休みだったのですが仲間の皆さんの日記やブログを読むだけで一日が終わってしまったようで、残業で帰りが遅かったお母さんも帰宅してからとても楽しそうに夜遅くまで読んでいました。
さて、僕が一番好きなのはやっぱりものを食べる事です。
食べ物の中では「何が一番?」と訊かれるとたくさんあるので困ってしまいます。
果物は大体のものが好きですが一番はやっぱり甘い果物で、ぶどうとか梨とかはお父さんから分けてもらって食べる事がよくあります。
モモとかマンゴーなんかはお父さんの大好物なので自分一人で全部食べてしまって僕に分けてくれる事はまずありません。
食べる事の次に好きなのは散歩です。
僕は一日中玄関の「わんルーム」暮らしなのでとにかく外に出たいのです。
だから朝はお父さんが起き出してPCに向かっている4時前から「くーん、くーん」とせがむのですがお父さんはまずみんなの日記やブログをチェックした後で僕のブログを入力するのが日課になっているので4時半になるまでは待たされます。
朝の散歩はお父さんが会社に行く日だと大体30分ぐらいですが休みの日はもうちょっと遠くまで行ってくれます。
夏だともう明るくなっているので色んな人に遇いますが今の時期はまだ暗いので人にはあまり遇いません。
その代わり毎朝天気が良ければ星がとってもきれいなのでお父さんはよく空を見上げています。
夕方の散歩は大体5時頃からですがだんだん日が短くなって来たので家に帰る頃には暗くなってしまいます。
朝晩の散歩コースからは富士山がよく見えるのでお父さんはいつも富士山を見ては「お前の住んでいる所はこの富士山が見えるだけでも十分価値があるんだぞ」と言います。
僕も一度は富士山に登ってみたいと思いますが足を傷つける地面なので靴を履かないと無理なのだそうです。
散歩でも良い天気の時よりは雨降りの時の方が僕は好きです。
なぜだかはよくわかりませんが僕は水を見るとわくわくしてついついテンションが上がってしまうのです。
だから雨の日の散歩の時はいつでも思わず「スキップ」してしまいます。
でもお父さんは「晴れ男」なので雨が降る事はあまりありません。
どうせなら踏み踏みさんのようなお姉さんに飼ってもらった方が良かったかなあ?
かならず「ゴロゴロ」するお気に入りのベンチです
お父さんは今日会社が休みで家でのんびりしていますが朝から仲間の皆さんの山行記録、日記やブログを読むのに忙しくて僕のブログを書いてくれるのをすっかり忘れていたので僕が催促してブログを書いてもらう事にしました。
お父さんとお母さんは仲間の皆さんとの「オフ会」から帰って来てから馬鹿にご機嫌で何かにつけて僕にその時の話を聞かせてくれます。
一日目はあんなに天気が悪くて普通なら怒る所ですが「山に登る事に対してあきらめがついてかえって良かった」なんて言ってるし、僕を動物病院に預かってもらった事でも相当のお金を払わなくてはいけなかったはずなのに「その分人間の宿泊代が安かったから良いんだ」なんて言っています。
天気が悪くてもお金が掛かっても「ああ良かった、楽しかった」と言っていますから本当によっぽど楽しかったんだと思います。
その上美味しい物を食べたりお酒をたくさん飲んだりして来たそうですからそれはそれは楽しかったに違いありません。
おまけに温泉にも2回も行って来たと言いますから本当に人間の世界で言う「盆と正月が一緒に来た」ようだったようです。
そんな話を聞かされるたびに次は絶対に僕も一緒に連れて行ってもらいたいと思っているので皆さんの方からもお父さんとお母さんに「次は賢ちゃんを一緒に連れて来てね」と言って下さい。
よろしくお願いします。
今テレビではゴルフの大好きなおじさんの「証人喚問」というのをやっていましたが何だか質問する人に迫力のある人がいなくて物足りなかったとお父さんが言っていました。
僕はそろそろ夕方の散歩に連れて行ってもらいたいです。
昨日から今日にかけてお父さんとお母さんは「オフ会」に行ってきたそうです。
オフ会というのは初めはお父さんも知らなかったらしいのですが調べると「普段はインターネットのブログとかHPで交流している人達が実際に集まって何かイベントをやる事」なんだそうです。
それでお父さんとお母さんが参加している登山のサイトのメンバーの人が集まって飲み会をやったのだそうです。
僕は連れて行ってもらえなかったのですが今日の夕飯の時にお父さんとお母さんがその時の事を話してくれました。
昨日は朝から雨が降っていましたがお父さんが出掛ける時に天気が悪いのは本当に珍しいのだそうです。
でも昨日は「踏み踏み」さんというお姉さんと「だい」ちゃんというお兄さんが来るので天気が悪くなるのはわかっていたのだそうです。
それでお父さん達は山に登る予定を変更して温泉に入ってから会場に行ったらしいです。
会場に着くとまだ午後の1時だというのにもう工場長さんと香川支部さんという人達がお酒を飲み始めていたと言うから驚きです。
お父さんも決して嫌いな方ではないので早速仲間に入って飲み始めたそうです。
そのうちにどんどんメンバーが集まって来て全部で25人ぐらいの人が集まったそうです。
お父さんは1時から夜の10時過ぎまでずーーーっとお酒を飲み続けていたので今日はちょっとつらかったと言っていましたが夕飯の時はいつもと同じようにお酒を飲んでいました。
色々な美味しい物を食べて夜遅くまでお酒を飲んでとても楽しかったらしくお父さんはお母さんに「次の飲み会はいつ頃にしようか?」と話していました。
そんなに楽しいのなら次の時は絶対僕も連れて行ってもらいたいです。
このお兄さんは一番最初から飲んでいたので一番最初に沈没したのだそうです
「晴れ男」vs「荒れ女」対決第一戦は「荒れ女」の勝ち
今日の第二戦はピーカンお札の勝ち
今日も朝からお役人の不祥事のニュースが報道されていたようですが、毎日毎日いくらでも出て来ますねえ。
不祥事と言ってもただの不祥事ではなくて犯罪ですからね、中央省庁のエリ−トによる。
コメントした某大臣が四文字熟語の読み方を間違えてキャスターから突っ込まれていましたが卑しくも日本の国の大臣ですからねえ、日本語を正しく使えないのはいかがなものでしょうかとお父さんが嘆いていましたよ。
さて、お父さんとお母さんはもう何日も前から今日の天気の事をずいぶん気にしていました。
昨日になっていよいよ天気が悪そうだと決まった時には最後の神頼みで「晴れ乞い」の儀式と言うのをやっていました。
お母さんがいたら「馬鹿な事はやめろ」と言われたのでしょうがお父さん一人だったのでごそごそやっていました。
そんなお父さんの努力も空しく今日は朝から雨が降っています。
おまけに台風が近づいて来ていて10月に上陸すると10年に一度の事なんだそうです。
「踏み踏み」さんというおば、いやおねえさんとこの間家にも来た事のある「だい」さんが雨を連れて来てしまうのだそうです。
どうしてお父さん達がそんなに天気の事を気にしていたのかと言うと今日はどこかで「イベント」というものがあるからなのだそうです。
天気が良ければどこかの山に登ってからイベントの会場に行くつもりでいたらしいのですがこの天気なのでそれはあきらめてどこかの温泉に寄ってから会場に行く事に決めたそうです。
そんなわけで今日と明日は僕一人でお留守番です。
お留守番と言っても家に一人でいるのではご飯を食べる事が出来ないので行きつけの「動物病院」にお泊まりをします。
お父さんとお母さんの話をちょこっとだけ聞いた事がありますが僕の宿泊料金はお父さんが出張に行く時に泊まるホテル代よりも高いのだそうです。
そんなに高いお金を払うぐらいなら僕も一緒に連れて行ってくれれば良いのにと思うのですがなかなかそうも行かないらしく僕が一緒に連れて行ってもらえるようになるのはお父さんの宝くじが当たってからの事になりそうです。
お父さん、お母さん今日はあまり飲み過ぎないよう気をつけてね。
お土産待ってるよー。
お父さんは今58歳で、12月には59歳になり来年には「還暦」を迎えるのだそうです。
還暦というのは干支(えと)という考え方から来ているのだそうで十干と十二支を組み合わせたものだと言う事です。
干支というのはお聞きになった事があるかもわかりませんが「ひのえうま」とか言うあれで一番の始まりが「甲子(きのえね)」で60通り目で元の「甲子」に戻るのだそうです。
それで暦が元に還るから60歳の事を「還暦」と言うのだとお父さんが教えてくれました。
お父さんが産まれたのは60年も前の事なので今とはずいぶん違っていて僕が聞いたら驚くような事がたくさんあったそうです。
テレビなんか今みたいなカラーテレビではなくて「白黒」だったらしいのですがそれだって普通の家ではなかなか買う事が出来ず大相撲の中継がある時などはテレビのある家に子供達が集まって見せてもらったそうですから驚きです。
冷蔵庫も電気冷蔵庫ではなくて四角い箱の中に氷を入れて中の物を冷やしていたそうですがそれだって普通の家にはなかったそうですから昔の人は冷たい飲み物なんてなかなか飲めなかったそうですよ。
電話だって今みたいにケータイなんて勿論あるはずがなく普通の電話でしたがダイヤルでかけるのではなくハンドルをグルグルと回して交換台を呼び出して相手の電話につないでもらって話をしたのだそうです。
それも普通のうちにはない家が多くてお父さんの小学校では長い廊下の端と端に一台ずつ設置されていて子供達が電話をかける練習に使っていたと言いますから驚きです。
道路は舗装などされていなくて砂利道が普通で車なんか滅多に走る事はなく馬車が走っていたそうですから想像も出来ませんね。
それと一番変わったのはやはり何かと話題になるあの問題だそうです。
お父さんが子供の頃は湖に毎年氷が張ってそこでスケートをして遊んだそうですが今では全く張らなくなってしまったそうです。
又、雪だって結構降ったのに今はその頃に比べたら全然少なくなっているようです。
「温暖化」確実に進んでいるとお父さんは話しています。
この山にも昔はもっと雪が多かったようです
昨日はとても良い天気で山に行くにはうってつけでしたがお父さんは「草取り清掃」に参加したのでどこにも行く事が出来ず「もったいない、もったいない」と嘆いていました。
毎日の散歩は僕の日課になっていて朝と夕方の2回お父さんが連れて行ってくれます。
僕の友達の中には「雨の日は行かない」なんて言う犬もいるようですが僕の場合はどんなに天気が悪くても毎日2回は必ず行きます。
それにプラスしてお父さんが時々山歩きに連れて行ってくれるのでそんな時はとてもラッキーです。
僕を飼い始める時はお母さんが「散歩は毎日私がさせるから」と約束してお父さんの許可をもらったらしいですが朝はお父さんのご飯の用意があるし夕方はお父さんの方が帰りが早いのでお父さんの役目になったそうです。
そんなわけでお母さんが連れて行ってくれるのは日曜日の夕方だけでそれもお父さんが一緒に行く事が多いですからお父さんは毎日僕の散歩に付き合ってくれている事になります。
散歩のコースはいくつもあってどのコースも大体30分ぐらいで一回りして来ますが休みの日などはもうちょっと遠くまで出掛けて1時間近くになる事もあります。
朝の散歩に出掛けるのは4時半ぐらいなので夏はもう明るくなっていますが今頃の時期はまだ星が出ていてとてもきれいです。
夕方もこれからはどんどん日が短くなって行くので帰る頃はすっかり暗くなってしまいます。
朝の散歩は時間が早いので友達と出会う事はありませんが夕方の散歩では友達に会う事がよくあります。
僕は友達も好きですが飼い主さんの方がもっと好きなのでそばに行ってなでなでとかしてもらいます。
そして散歩から帰るとご飯を食べさせてもらいます。
ご飯を食べ終わると何もする事がないので一日中玄関の「わんルーム」の中で寝ています。
お父さんもお母さんも昼間は会社に行ってしまうのでつまりません。
毎日毎日「お父さん、早く帰って来ないかなあ?」と首を長くして待っている僕なんです。
お気に入りのベンチでゴロン
散歩友達のわんこ達です
昨日は雨が降りましたが今朝になるとすっかりやんでいて今日はとても良い天気でした。
お父さんとお母さんが話しているのを聞いたのですが「踏み踏み」さんという人が静岡に来たため天気が悪くなったのだそうです。
そんな人がいるなんて驚きです。
今日は何も予定がないとお父さんが言うとお母さんは「賢を連れてどこかに行って来たら?」とお父さんに勧めました。
「そうだなあ、それでは日本平にでも行って来るか」とお父さんが答えて今日の「日本平ハイキング」が決定しました。
お母さんが会社に出掛けた後で家を出て日本平に向かいました。
昨日の雨で登山道がぬかるんでいるかも知れないとお父さんはちょっと心配したようですがいつものようにサンダル履きで歩きます。
登山口の所から見えた富士山は頭が雪で白くなっていました。
お父さんは又来年登るそうです。
登山道はちょっとだけ湿り気がある程度で全く問題ありませんでした。
頂上の近くに「日本平ホテル」がありますがこのホテルの日本庭園は前にキムタクが主演したTBSテレビのドラマ「華麗なる一族」の万俵家の庭として放映されたそうです。
頂上からは清水港を隔てて富士山がとても綺麗に見えていました。
帰りは登った道とは違うコースでゴルフ場の横を通って下って来ました。
山の中腹に木の箱がいくつか置いてありましたがミツバチの巣で野生の「日本ミツバチ」が巣を作ってくれれば蜂蜜が採れるのだそうです。
草薙神社の中を通ってつつじヶ丘団地まで戻り近所の「はなちゃん」の家の前でおじさんとおばさんにちょっとだけ遊んでもらいました。
お父さんが「日本平に登って来た。」と教えて上げると「えらいね、賢は、そんなに遠くまで歩けるんだ?」とほめられました。
家を出てからちょうど2時間のハイキングでちょっと疲れたけどとても楽しかったです。
来週はお父さんとお母さんがお泊まりのお出掛けなので僕はひとりで動物病院にお泊まりします。
お父さんとお母さんは色んな所から集まる「山仲間」の飲み会があるらしいです。
楽しそうですが僕は連れて行ってもらえないので寂しいです。
その代わり次の週にでもどこかに連れて行って下さいね。
万俵家の庭です
のどが渇いたので水を飲みました
清水港と富士山です
ミツバチの巣です
はなちゃんの家の前で
セリーグのCS第一戦は竜が大男をやっつけました。
日本シリーズ進出まであと2勝、がんばれ、竜!
パリーグは日ハムが進出を決めたので残念ながら竜vsロッテの対戦はなくなってしまいました。
さて、皆さんは「冤罪」という言葉を知っていますよね。
僕はお父さんに教えてもらったのですがやってもいない事件の犯人にされて裁判に掛けられて有罪になってしまう事なんだそうです。
つい最近ある「冤罪事件」のやり直し裁判が行われて「無罪」の判決が出されたと聞きました。
その翌日無罪判決を受けた被告の人の会見の様子をニュースで見たお父さんが「あまりうれしそうではなかった」と言っていましたね。
事件のあらすじは大体以下のようになっているそうですが難しいのでお父さんに説明してもらいます。
2002年に婦女暴行容疑で逮捕された元タクシー運転手が物証のない事件で起訴されて有罪となり服役した後刑期を終えて2005年に出所しました。
所がその後で別の容疑で逮捕された51歳の男がこの事件の犯人だと自供した事から元運転手が犯人でないことがわかったのです。
そして2007年1月17日に男性の親族へ経緯を説明し富山県警察が謝罪、1月19日に記者会見で事実が公表されたのです。
これを受けて、男性の無罪判決を求める再審請求が富山地裁で行われその判決が出たわけです。
なお、富山県警が男性に冤罪事件について謝罪したとされる2007年1月23日夜の翌日、24日昼に男性は富山地方検察庁に呼び出され、「当時の取り調べ捜査官、担当検事を恨んでいません」などという内容の調書を自白調書に続いてまたしても意思に反して作成させられたという事です。
男性が、知らないはずの事件の詳細についての自白書類が富山県警により捏造され、署名・指印させたことも判明しているそうです。
無罪となった男性は真犯人発覚後にマスコミのインタビューに答え、尋問した刑事から「身内が間違いないと認めている」と告げられ弁明しても聞いて貰えず、罪を認めざるを得ない状況に陥ったと答えています。
また、同意すること以外は意見を述べることを刑事から禁じられた上で、刑事の言うことが事実だという念書を書かされ署名させられていたとも告白しているそうです。
同様の捜査手法は、同じく冤罪が確定した大量選挙違反の志布志事件でも採られています。
すなわち、「お前の家族も、お前が犯人だと言っている」と告げたり、偽造まがいの手法により作られた家族の手紙を見せることで、被疑者を絶望に追い込み、自暴自棄になったところで自白を採るという手法が使われたようです。
長勢甚遠法務大臣も1月26日に男性に対し謝罪はしたものの、男性が述べた自白の強要については違法性が無いと述べました。
そのため、当時の捜査員に対する処分は行わないとされているそうです。
この事件の再審の内容ですが、無罪判決が確定したものの、取調べをした警察官等の証人尋問及び処分が実施されていないなど冤罪事件が発生した真実が解明されておらず、真実が闇に葬られた形となっているようです。
これが書き出しにある「あまり嬉しそうではない」理由のようです。
冤罪事件の被害者たちが同じような証言をしている事から、このような方法は冤罪を生み出す手法として時代や場所を選ばずに行われている方法であるとも指摘されています。
6月6日には、日弁連主催で「えん罪を生み出す取調べの実態」というシンポジウムが緊急に開かれました。
今回の再審では尋問した取調官の証人尋問を却下したり、ただ単に無罪判決を出す手続きにすぎない裁判に「本気で真相を究明し、反省する気があるのか」という疑問や非難が出ました。
ちなみに判決中述べた裁判官のあまりにも他人事な発言に男性は「むかついた」と裁判長に対し怒りをあらわにしたそうです。
なお、男性の父親は男性の逮捕当時入院中で、息子の逮捕は知らされず男性の服役中に亡くなっていると言いますから本当にお気の毒な事だと思います。
裁判員制度実施が近づいている今一般市民も裁判というものにもっと関心を持つ必要があるのかも知れませんね。
僕たちの場合は強いものが勝ちなので警察も裁判所もありませんよ。
それに比べて人間の社会には色々なルールがあって理不尽な暴力などからは守られているように見えますがうっかり油断するとこういう事があるので大変ですね。
皆さんこんにちは、賢です。
まだブログを書くのに慣れていないので苦労しています。
読みにくいところがあっても勘弁してくださいね。
この頃賢ママはよくお父さんと一緒に山登りに出掛けていますが僕がこの家に来たばかりの頃は山登りなんて全くしませんでした。
いつごろから山に行くようになったのかお父さんに訊いてみました。
お父さんの説明によると結婚してからたった一度だけ家族で竜爪山という山に登った事があるそうですが子供たちがまだ小学生の頃と言いますから今から15年ぐらい前の事だそうです。
穂積神社というところまで車で行ったので頂上までは1時間足らずで登ったそうですがその一度だけで賢ママと子供達は懲りてしまい二度と「山に登る」とは言わなかったそうです。
それからお父さんは家族を誘っての登山をあきらめて一人で登っていたそうですが2005年に会社の人たちと富士山に登った話を聞いた賢ママが興味を持って「私にも登れるかしら?」と言い出して、それを聞いたお父さんが「チャンス到来」とばかりに連れて行ったのが始まりのようです。
賢ママ(以下、お兄ちゃん、お姉ちゃんと同じようにお母さんと呼びます。)は高校生の頃一度だけ富士山に登った事があるそうですがお父さんと登ったこの時は3時間半ぐらいで頂上まで登ったのでお父さんが褒めてあげたら山登りを始める気になったらしいです。
そして家に帰る車の中で「今度はどこの山に登ろうか?」という話になったのでお母さんの気が変わらないうちに山の世界に引き込んでしまおうと考えたお父さんがすぐに山用品を扱っているスポーツ店に連れて行って登山用の靴を買ったという事です。
富士山に登った2週間後には早速お父さんが蓼科山に連れて行ったそうです。
蓼科山を選んだのは慣れていない人でも比較的簡単に登れる割にはいかにも「登った」という達成感が得られる事となんと言っても頂上のあの景色だそうです。
大きな岩がごろごろしていてしかもそれが半端な広さではなく圧巻だと言います。
それに天気が良ければ八ヶ岳の眺望が素晴らしいのだそうです。
あいにくその日はガスがかかっていて八ヶ岳は見えなかったそうですがお父さんの狙い通りお母さんは山の面白さに目覚めてそれ以来積極的に山に行こうとお父さんを誘うようになったそうです。
お父さんとお母さんはよく「賢には蓼科山は無理だろうな?」と話をしていますが僕だって今までに色々な山に登っているのでそんな面白そうな山なら是非連れて行ってもらいたいものです。
皆さんおはようございます。
今日から僕が賢パパに代わってブログを書く事になりましたので応援よろしくお願いします。
早速昨日の事を話します。(僕の話を聞いて賢パパが入力してくれます。)
昨日は僕にとって素晴らしい一日でした。
人間の世界ではこういうのを「盆と正月がいっぺんに来たようだ」と言うのだそうです。
前に賢パパから教わった事があります。
賢パパは本当は今日、賢ママと山に登ったり温泉に入ったりする事になっていたのですが今日は天気が悪そうなので昨日山歩きをしておこうと考えたそうです。
ひとりで行くのもつまらないという事で僕を一緒に連れて行ってくれました。
竜爪山という山に行ったのですが頂上までは登らずに先月「ひとちが」さんが登ったルートを穂積神社と言う所まで一回りして来たのです。
竜爪山には前に一度登った事がありますがあの時はずいぶん上の方まで車に乗せて行ってもらったので楽でした。
昨日は下の方から歩いたので結構大変でしたがとても面白かったです。
登山道の入り口にいきなり「熊出没注意!」と言う看板があってパパが確かめると熊が目撃されたのはちょうど「ひとちが」さんが登った日だったそうです。
賢パパは「ちがこさんなら熊だってこそこそしっぽを巻いて逃げ出すさ」と言っていました。
それから一番びっくりしたのが登り始める時に今にも降り出しそうだったのに賢パパは雨具の用意を何もしないで登ったのですが全然降らないどころか最後には青空が見えていましたから驚きです。
でもあまり自分を過信するといつかきっと痛い目に遭うような気がしました。
竜爪山には大勢の人が登っていて「ひとちが」さんの描いた絵の通りだと思いました。
ひとちがさんの絵の才能には賢パパと賢ママも感心しています。
山から帰ると今度は「ドッグラン」に連れて行ってくれました。
お山の中にある私設のドッグランなのですが無料開放してくれているのでとても有り難いです。
散歩仲間の涼音(リオン)ちゃんやルビーちゃん、クライフちゃん達と思いっきり駆け回り大満足の一日でした。
山歩きとドッグランで疲れたので帰りの車の中では良い気持ちで眠ってしまいました。
今日も一緒に連れて行ってもらいたいけど独りで留守番だろうなあ。
昨日、賢ママのお仕事仲間の方からお土産を頂きました。
「な・な・何と」・・「松茸さん」と「冬ソナチョコレート」
でした。
そうなんです、彼は「韓国」に行ってきたのでした。
「松茸」さんはスライスして、オーブンで表面をさっと焼いて
頂きました。
賢パパが2/3で賢ママは1/3を仲良く食べました。
「あ〜、お・い・ひ・い♪」
「冬ソナチョコ」も「お・い・ひ・い」・・・(やったね)
箱にかすかに「ヨン」様が写っていましたよ。
(しかし、賢ママは一回も冬ソナを見た事がありません!)
昨日はとても良い一日でした。
by賢ママ
昨日の最終(と言っても19時ですが)の富士山麓の天気予報は静岡側と山梨側でまっぷたつに分かれました。
静岡側はどこも「曇り」だったのに対して山梨側は「晴れ」でした。
今日富士山に登ろうと考えていた賢パパでしたが正直迷いましたね。
明日の方が天気は良さそうですから明日に延ばす事も考えました。
で、出した結論は「今日決行」でした。
前線さえ通過してくれれば後は大陸からの高気圧に「すっぽり」と言うパターンですから問題は前線の通過する時間だけでした。
賢パパ、「前線の通過は早い。」と読んで計画を実行に移したわけです。
「高気圧すっぽり」とは言ってもやはり安定している朝のうちに登ってしまうに限りますから明るくなったら行動しようと決めて3時過ぎには出発しました。
家を出てすぐに車のフロントガラスに雨粒が落ちて来ましたが「想定内」の事ですから慌てません。
ただ、富士山スカイラインがすごい霧で10m先も見えないぐらいだったのでちょっと焦りましたが登って行くに連れて霧は消えて行きました。
5合目駐車場に着いたのは5時少し前ですがこの時期にしては珍しく大にぎわいです。
準備を済ませて5時ちょうどに登り始めましたが好天が期待出来そうです。
順調に行程を刻んで頂上着が7時50分でした。
何とか3時間を切る事が出来てほっとしました。
頂上では山梨側に回って「ふるさとウォーク」さんの様子を見て来ました。
元気そうに働いていたので安心して下りに就きました。
下り始めは良い天気でしたが8合目から下はガスの中でした。
ここで一つめのことわざです。
何も富士山に限った事ではありませんがとにかく山登りは「早立ち、早着」に限ります。
ありふれたことわざですが「早起きは3文の得」でしょうかねえ。
もう一つのことわざですが、賢パパが富士山に登る目的の一つに「メンタル面のリフレッシュ」があります。
初めて登った時も仕事が行き詰まってくよくよ考えて落ち込んでいた時でした。
そんな時富士山に登ったら「自分は今、日本で一番高い所にいるんだ」と言う実感が湧いて来て「小さな事でくよくよしてもそんな事は小さい小さい」って思えるようになって帰って来れたからです。
最近、いわれもない理不尽な事が続いて落ち込みがちな賢パパだったのでこの機会に富士山に登って来ようと考えたのです。
下りは後から後から登山者が続いていましたが賢パパが登った早朝はほとんど人に遇わなくて十分に頭の中を整理する事が出来ました。
で、出した結論が第二番目のことわざ「触らぬ神にたたりなし」です。
C−chan、このことわざの意味はわかりますか?
頂上での缶チューハイ、ご時世ですからアルコール分の低いやつを山の神様と半分ずつです。
頂上ではこんな「ピーカン」でした。
8合目まで下って来るともうこんな感じです。
先日叔父さんのお葬式に参列するため田舎に帰った時の事です。
帰りの時間が読めなかったため夕飯をどうしようかという話になった時、賢ママから「お弁当で済ませてもらえると助かるわ。」と言われました。
賢パパ、実は駅弁というものがあまり好きではないのです。
なぜか?と言うと割合に嫌いなおかずが多いからです。
以前
「うなぎの話」にも書きましたが小さい頃から食わず嫌いが多くて苦手な食べ物がまだたくさんあるのです。
幕の内弁当なんかだとおかずの種類が多くて何でも食べる方にとっては楽しみなお弁当なのでしょうが賢パパにしてみれば食べ残して捨てるのはもったいないし飢餓に苦しんでいる人達に対して申し訳ないとの思いがあるので思わず尻込みしてしまいます。
だから賢パパが弁当を買う時は大体が「うなぎ飯」とか「とんかつ弁当」とかシンプルなものを買う事が多いのです。
しかしそれらはたいていが朝飯か昼飯用で「飲み物」とのセット使用ではないのです。
夕飯となれば当然「飲み物」がつきものですからそうなるとやはり「単品」のおつまみでは物足りなさを感じてしまいます。
そんなわけで賢ママの申し出に対して返事を渋っていると理由を知っている賢ママが先手を打って来ました。
「シウマイ弁当でも食べたら?」と持ちかけて来たのです。
「だって東京から乗るんだよ」と言うと「確か、東京駅にも横浜崎陽軒 の売店があったはず」だと言うのです。
シウマイ弁当があるならすべての問題が解決します。
シウマイそのものも美味しいですがそれ以外のメニューもすべてが賢パパの大好物ばかりだからです。
特に竹の子の甘辛煮とまぐろの照り焼きは抜群の美味しさです。
このシウマイ弁当には想い出があって、今でも食べるたびに感傷に浸る賢パパですよ。
もう36年も前の事になりますが賢パパは山形から横浜まで入社試験を受けに来ました。
新幹線なんてありませんでしたし貧乏学生でしたから夜行の急行列車で夜中に山形を出て早朝に横浜に着きました。
その時の昼食として受験者に配られたのがこの「シウマイ弁当」だったのでした。
初めて口にした賢パパはそのあまりの美味しさに感動して「ああここの会社に入社する事が出来れば横浜に来てこんなおいしい弁当をいつでも好きな時に食べられるんだ、これはどうしてもこの会社に合格しなくては」と頑張って入社試験に合格したのです。
そんないわくつきの弁当ですからこれがあればご機嫌な賢パパでこの日は勿論東京駅でシウマイ弁当を買って帰った事は言うまでもありません。
まだ食べた事のない方は是非一度お試し下さい。
絶対のお薦めです。
シウマイ弁当です。
食べかけで失礼。
昨日は田舎に帰って叔父さんのお葬式に参列してきた賢パパです。
静岡を出る時、雨がぱらついていて天気予報も「雨」の確率が高かったのでちょっと心配だったのですが「晴れ男伝説」を信じて傘を持たずに出掛けた賢パパでしたが果たしてどうだったでしょう?
前日の最高気温(最低ではあありませんよ)が16℃だったそ
うですから静岡の最低気温よりも低い賢パパのふるさとで、その日は朝から雨模様だったようですが賢パパが到着した頃はもう全然雨の心配はなく、晴れ間も見え出したくらいでした。
「晴れ男伝説」は健在でした。
さて、肝心なお葬式ですが80歳を超えた叔父さんでしたからそれほど「悲壮感」はありませんでした。
それでもあの独特な雰囲気の中に身を置くと心身共に引き締まる思いがしますね。
今回の葬儀は浄土真宗大谷派のお寺で執り行われましたが途中で参列者全員に「勤行集」なるものが配られてその中の経文を導師さんの後について唱和するのです。
これは賢パパにとっては初めての経験でした。
本葬、初七日の供養、納骨が済むと後はお決まりの「精進落とし」です。
その席では久しぶりで顔を合わせる人が大勢いました。
叔父さん叔母さんたちはもうほとんどが80歳以上かそれに近い人達です。
いとこ達にも久しぶりで会う人が大勢いましたがいとこと言ってももうほとんどが50代です。
頭を見たり、顔のしわを見たりしては「お互いに歳を取ったなあ」と昔を思い出しました。
最後に出た言葉が「次は誰の時かねえ?」でした。
不謹慎な話ですが、次にいとこ同士が集まるのはどの叔父さん、叔母さんのお葬式の時かねえという意味です。
若い人が亡くなった時のお葬式というのはいたたまれないぐらいつらいものですが天寿を全うされた方のお葬式は次の世代のコミュニケーションの場でもあります。
残念ながらこんな景色は見る事が出来ませんでした。
おはようございます。
今朝は神奈川県で震度5強の地震があったそうですが被害の方が心配です。
さて、早いもので今日からもう10月です。
ってことは、もう今年も四分の三が終わってしまったんですねえ。
賢パパの還暦&定年の時期がどんどん近づいて来ます。
うかうかしてはいられません。
今日から我が家は賢パパ&ママの二人暮らしに戻ります。
大学生時代に家を出て独り暮らしをしていた長男が就職を機に自宅に帰って来ていたのですが10月に人事異動があって自宅からは通勤が出来ない所に行ってしまうためアパート暮らしを始めるからです。
今年の4月に入社したばかりだというのに早くも4回目の異動だそうですから驚きです。
男性社員が少なくて若いうちは勉強を兼ねて色んなお店勤務を経験させられるのだそうです。
この長男ですが学生時代は独り暮らしと言っても同じアパートに伯母さんが住んでいて食事や洗濯の面倒を見てもらっていましたから本当の独り暮らしは今回が初めてです。
遅まきながら世間の荒波にもまれて少しは成長してくれれば良いと思っています。
この間の龍勢の時に工場長と一緒に飲んだり話を聞いたりしてすっかりファンになったらしく自分のブログでも紹介していましたよ。
何しろとんでもない時間に帰って来たりするのですっかり生活のリズムを狂わされていた賢パパですがこれでやっと昔の平穏な暮らしを取り戻す事が出来ます。
賢ママも毎朝の弁当作りの仕事から解放されて少しは遅くまで寝ていられる事でしょう。
それとも女親はなんだかんだと言いながらそばにいてくれる方が心強いのでしょうかねえ?
先にも書きましたがとにかく異動の多い会社なので安心しているといつ又戻って来るかわかりません。
戻って来るまでは夫婦水入らずの生活を満喫するつもりです。
珍しい息子とのツーショットです。