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  • ハンドルネーム: sanjin
  • 性別: 男
  • 年齢: 71
  • 住所: 大分県 別府市
  • 所属クラブ:
  • 登録日: 2006年09月14日
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好天の飯盛ヶ城

正面登山口より右由布岳、左飯盛ヶ城
時間が遅いので、予定の由布東峰はやめて飯盛ヶ城に登った。
2:17PM由布岳正面登山口出発。ゲートを過ぎて少しのぼると左の谷に白っぽい花をつけた木がある。何だろう?合野越えから下って、鞍部から10分足らずでひょっこり山頂へ。3:11PM。
抜けるような青空のもと、山頂からは北東方由布岳が間近に聳え、南西には志高湖から高崎山が望まれる。
山頂より志高湖、高崎山方面
山頂標識と由布岳
南東由布院盆地全景が眺められ、南の方下方には滑らかな草の尾根が続き、県道を隔てて水口山へと上っている。穏やかで心休まる眺めである。
穏やかな南面の草尾根
山頂は北西の寒風が吹きすさび、ベルトにつけた温度計の指度はどんどん下がっていく。8.0℃になるのを待って下る。途中7.2℃まで下がった。
急坂の途中ひっそりと咲くリンドウを見た。南面ながらもう日差しもなくなったので寒かろう。花弁は縮んでいるように見えた。
寒風に震えるリンドウ
さらに下ると柏の林を通る。野焼きを生き残り、枯れ葉ながらたくましく葉を広げている様はちょっと異様でさえある。
不思議な生命力を感じる柏の枯れ葉
3:53PM、降り着いて見る北の駐車場の道路際にある木は何だろう?往きにも気になっていたが幹が白っぽいので白樺だろうか。実をつけているようだ。
正面登山口から幹の白っぽい木と由布岳
登山には物足りないが、久しぶりにのんびりできた山行きであった。


2008年12月02日 by sanjin | General | コメントを書く | No Trackbacks |

猪の瀬戸林道を歩く

4月27日(日)午後から猪の瀬戸林道を歩いてみました。南平台へ登る道を探すためです。

午後2時過ぎに猪の瀬戸登山口より市道を南に下りますと、8分で左手の猪の瀬戸林道の入り口に着きます。林道を歩いて行きますと、左手から南平台方向に上がる何本かの支線が見えます。廃道になったようなものもあります。

最奥の杣道より南平台方向に登ってみました。緩斜面が少し続くと、その後左の急斜面に取り付き西に進みます。再び傾斜もゆるみ鞍部のようなところを辿りますと、オタカラコウ(あるいは葉が小さめなのでメタカラコウかもしれません)の群落に出会います。

右手に登ると、南平台が「わしをバカにするなよ」と言わんばかりに頭上に聳えています。今日はとても上る時間はないと思いました。谷を右に見て進みますと、左の小高い丘を回り込んで、広場に着きます。そこには沼地があり、古い道標が木に打ち付けてありました。ここはかつて南平台から城島に下る「城島新道」が通っていたところのようです。
沼地

さらに少し進みますと右手のやや低くなった所にバイケイソウとオタカラコウの群落がありました。やがて踏み跡は小谷を越えて右に進むようです。木立の中を下っていきますと、次第に尾根は細くなり、少し先で落ち込んでいるようです。右手に回避します。こちらもかなり急な下りです。左足と左肩に無理はかけられないので、右手のストックに頼り、回り込みながら緩やかに下ります。

広い尾根筋を下っていきますとススキの密生地に突き当ります。けもの道のようなところを選んで進みますと、視界が開け荒れ地に出て、その先の小平地に着きました。そこには古いザックの断片が落ちていました。そこからは南平台が穏やかな表情で望まれます。
小平地より南平台方面を望む

小休止の後、南の方、森の中へ下ります。左に谷を見ながら右手に下って無事林道にたどり着きました。西の入り口から2番目の暗渠のすぐ手前です。帰りに由布岳の東峰に美しい夕日が沈むのを眺めることができました。
夕日沈む由布岳

次回はもっと手前から取りついてみたいと思います。


2008年05月03日 by sanjin | General | コメントを書く | No Trackbacks |

由布院湖水伝説

今や全国的に有名になった湯布院。
そこはもと湖だったという伝説をご存知でしょうか。
由布院盆地一帯は元「由布院町」で湯平(ゆのひら)村と合併して「湯布院町」となり、最近の合併で由布市の一部となりました。

伝承によると、太古、由布院盆地は湖であったといいます。
高台からその湖水を見ていた宇奈岐日女神(うなぎひめ)は、この水を干したら広大な土地ができ、住民の暮らしも楽になるだろうと考えて、力持ちの部下の権現に岸辺の一か所を蹴破らせたのだというのです。そこからごうごうと水が流れ出て、湖は広大な耕地となり、水の流れたところが大分川になったということです。
以来住民は由布院盆地開拓の恩人の権現を蹴裂権現として祠を建て祀ったといいます。

国土地理院の2万5千分の一の地形図を見ますと、盆地の南西部、内徳野の東に神社のマークがあります。私はずっとこれがその蹴裂権現社と思っていました。何度か調べてみましたが、その辺りにはそういう名の神社はないといいます。前徳野で聞くと大分川の南側ではないかという人もいました。それは後になって事実だとわかりましたが、当時は神社マークが蹴裂権現社だという思い込みのため問題にならないと思っていました。

最近になって、インターネットで調べてみますと、本当に蹴裂権現社は現存し、地元の人が大切に祀っているといいます。農村交流センターや川西温泉の横から登るのだといいます。それで探してみました。
別府から県道11号線に沿って由布院南部を進み、JRの線路を渡り、由布川橋を渡って左折、国道210号線に入ります。地形図の神社マークのあると思われる近くを通り過ぎ、さらに南由布橋を渡り、JRのガードをくぐると直ぐ、左手に農村交流センターがありました。その左は里の駅川西農産品直売所、奥に川西温泉がありました。
センター前の駐車場に車を止め、石段を2回登りますと、蹴裂権現社の由来を書いた案内板がありました。
さらに石段を196段登りますと、高台に着きます。高台の左奥の一段高くなった所に蹴裂権現社の祠はありました。
写真上は蹴裂権現社、下はその由来を書いた案内板です。

蹴裂権現社080403

蹴裂権現社由来080404

こうして長年の懸案が解決しました。ところであの地形図の神社は何なのでしょうか。調べてみますとそれは山神社で、地元の人の話では、北側の前徳野から登る道があるということでした。

ところで由布院湖の存在は事実でしょうか。証拠は多く存在するようです。
また田中充子 (TANAKA Atsuko) 氏の論文によると標高463mのところでシジミの化石が見つかったといいます。氏はそれをもとに標高465mを水面とする瓢箪型の湖水を書かれています。私もそれに倣い、「カシミール3D」の湖作成機能を用いて標高463mを水面とする湖を作ってみました。等高線図でしか作成できませんでしたが、以下のように田中氏のものと同様の結果を得ました。

由布院湖080422

この伝説にご興味のある方は次のサイトを参考にしてください。

湯布院素描(大分合同新聞社) 

湯布院の自然と歴史(講師 志手駒男氏)

火の国はいかにして作られたか(京都精華大学 田中充子氏論文)



2008年04月24日 by sanjin | General | コメントを書く | No Trackbacks |

滑落事故2件(続き)

2回目の滑落は昨年の10月下旬です。
知人のSさんと大分県南部のK山に登りました。
林道の登山口から登り、さらに時間があったので、長い尾根を辿り、次の尾根との鞍部まで行って午後2時過ぎに引き返しました。

帰りは木の元から枝先へ辿るように支尾根が派生しています。
間違って右手の支尾根に何度か迷いこんで時間をロスしました。
日も暮れたのでキャップライトをつけます。
最後に下り道と思ったルートが実は隣の山への縦走路だと分かり、
長い吊尾根の最低鞍部から左に下りました。

方向は間違っていなかったのですが、すごい下り坂で、
上を見ますと岩が積み重なって岩屋のようになっているところでいた。
左手に登り上がり、その先の尾根から感じの良い杉林を通りさらに下ります。
左が急坂になったところで、5mほど滑落します。土の感触は柔らかです。

軍手を付けます。やがて水音が聞こえてきました。
沢を避けるために右に高巻きしましたが、すでにかなりの急斜面で歩いては登れません。
Sさんは枯れ木をつかまないようにと注意してくれます。
枯木の上側に右足を載せ体重をかけると土は崩れ、バキッと音がして枯木が折れました。

そのまま腹ばいの姿勢で滑落していきます。
軍手から伝わってくる感触は今度はザラザラしています。
どんどん加速してすごいスピードで下っていきます。
途中から投げ出され、沢の河床に後ろ向きに着地です。
右に回転して右側頭部をガツンと打って目からバチッと火が出ます。
さらに足が高く持ち上げられ、後ろと右にさらに回転して足から沢の石の間に投げ出されました。
ストックは右手にかかっています。腕をねじったりしていなくて幸いでした。

Sさんは上で叫んでいます。
ライトは私しか持っていないのでブラックアウトです。
真っ暗で身動きできないようです。岩を掴んでいると言われます。
私は動こうとしますが左足がききません。
ストックを突いて片足で戻っていきますと垂直に近い岩が迫っています。
あそこを10m程滑落したようです。左に回りますと傾斜のゆるい岩があります。
そこを登ろうとしますが、片足ではどうにもなりません。
さらに左に下りますと上から「そっちは行きすぎだ」と言われます。

やがて目が慣れたのか、その緩斜面の岩を下って来られるようです。
しばらくするとドンと音がします。見るとSさんがうつ伏せに倒れています。
途中から数m踏み外したようです。ひざ下を怪我したようです。消毒します。
後で聞くところ、何針か縫ったそうですが、膝を外れていてよかったとうことでした。
その夜はその河原でビバークしました。

翌朝早くありったけのテーピングテープで足を固定して、6時半ごろ出発して河原沿いに下ります。
Sさんは今日仕事があるので、先に帰って下さいと言いますが、そういう訳にはいかないと言われます。
Sさんは先に行って待っています。途中からザックを持ってくれました。
さらに先に偵察に下って林道に出られることを確かめて標識のある所で待ってくれていました。

1時間半ほど下ったそこで、Sさんにもう一度帰ってくれるように頼みます。
もう先の見通しはついたし、幸いにも私の足の状態はひどいとは思っていません。
やっと私の申し出を聞いてくれました。
ザックは車まで運んでくれると言います。ありがたいことです。
ペットボトルを一つ残してもらって「お世話をかけます」と言って別れました。

先を急ぐ人がいなくなって緊張から解放されました。
同時に誰か知り合いを呼ぼうかという考えがちらと浮かびます。
しかしせっかくのチャンス、自力で下ってみたいと思いました。
マイペースでゆっくり下ろうと思います。
喉はカラカラに乾いています。ペットボトルの水はすぐになくなりました。
テープで固定した足が張って来て痛みます。

途中で左の沢縁に小屋を見ました。広い芝生の庭があるのでゲートボール場か、
木材を処理するための杣小屋かと思いました。その小屋の少し下から左手に沢に下りました。
上を見ると小屋などはありません。あれは幻覚だったのでしょうか。
沢の水を飲み、ペットボトルを満たし、テープをはがし、沢水にしばらく足をつけます。気持ちがよいです。

山道に戻り、さらに下ります。上向きになって左足を前に浮かし、
両腕と右足で体を支えながら休み休み少しずつ下ります。
下の方、左手の浅い沢の対岸に林道の終点が見えます。
終点は2つ見えます。2つはつながっているように見えます。
車が2台見えます。白い車で窓も白くブラインドされています。
下ってそのあたりで沢に下ってみます。
あったのはダムと大きな石だけです。また騙されました。

道を下ると時々黒灰色の重い石があります。磁鉄鉱なのでしょうか。
さらに下ると再び標識があります。気が付きました。ここは登って来る時最初に見た標識です。
そこは三叉路で左に浅い沢を渡れば少し登って最後に下り、登山口に着きます。
最初の標識のところで既に登山道に出ていたのです。

上りは膝をつけてハイハイです。枯葉や石を拾ってみます。中ほど一列に文字が書かれています。
漢字のようです。このあたりの人が祈願のために書いたのかと思いました。
後で思ったことですが、これも幻覚でしょうか。そして文字はお経のようです。
このようにして9時間半かけて登山口に戻りました。自力下山できたことに満足しています。

翌日整形外科を受診しました。
着地の時の軸圧のためでしょう。左足の踝の上側の骨を骨折していました。
脱臼骨折という診断です。が、骨の移動はないということで、そのままギブスで固定して、手術を免れました。
3か月近く松葉杖をつけましたが、一度もひどく痛むことはなく、今は長く歩くときはストックを使いリハビリに努めています。
骨折は関節の中に達していますので、完治にはもう少し時間がかかるようです。

落下地点が幸いにも落ち葉と砂礫の混じった柔らかい所だったのでショックは吸収されたようです。
岩の上にでも落ちていたらどうなっていたか分かりません。
私にとってはこれは実は神様の恵みだと思っています。
仕事を放り出して山ばっかり登っていたので、神様がストップをかけてくれたのです。

とは言え、知らない山で夜歩くのは無謀です。日が暮れないうちに下ろうというSさんの提案を聞かず、遠くまで誘った私のミスでした。幸いSさんが重症ではなかったのがせめてもの幸いでした。

2008年04月18日 by sanjin | General | 2 コメント | 2 Trackbacks |

滑落事故2件

私が経験した滑落事故2件を報告いたします。
皆様の安全登山の参考にしていただければ幸いです。

一度目は6年前の ’02年11月24日、
長い間念願していた傾山の坊主尾根をやっと達成することができました。
その帰り、ルンルン気分で五葉塚から水場コースを下って行きました。

やがてロープのかかる谷の源頭の岩のところへやってきました。
ロープは古くて、とても頼る気にはなれません。
9月末に登ったばかりですから、フリーで下れるだろうと判断しました。

新聞に掲載されていた「登山教室」の記事が頭に浮かびました。
「腰を出して、出した足に体重をかけると滑らない。」
岩は黒っぽく苔むして湿っていましたが、
所々白っぽく乾いているように見えるところがあります。

そこまで足を延ばし、全体重をかけた途端、
アッという間に滑りました。
その下の垂直に近い高さ5mほどのナメ岩を背中にしてザーッと滑って行きます。

背中はザックで保護されています。
頭はヘルメットを被っていたおかげで、
カランカランと2度ほど音がしただけで無傷です。

着地寸前、右臀部をしたたか打ちつけます。
前のめりに投げ出され、しびれたような感じで一瞬動けません。
気を取り直して立ち上がり、少し下流で登山道に這い上がります。
水場で水を飲んで足を引きずりながら三つ尾に着きました。

そこからは急な下りですが、右足が曲がりません。
腫れが膝の上まで回ってきたようです。
棒のようになった右足を持て余しながら下ります。
途中でとうとう日没になってキャップライトをつけます。
何とか林道まで辿りつき、そこに倒れ込みます。

しばらくして起き上がろうとしますが、
右足の自由が利かずなかなか立ち上がれません。
やっとのことで立ち上がって歩き始めます。

この分ではドウカイ谷を渡って、登山道を下ることはできないだろう。
回り道ですが、林道をたどります。
道端の岩を流れる水でのどを潤しながら下っていきます。

もう山はやめようかという気分になります。
しかしやめないだろうなとも思いました。
途中シカが警戒しています。
「キー、カン。」警戒音を出して、角を木にぶつけているのでしょうか。
山から追い出されているような気分です。

1時間ほどかけてやっと登り口の九折登山口のそばまでやって来ました。
大きなワゴン車が見えます。
ああ、助かった。病院まで運んでもらおう。

しかし登山口の駐車場にあったのは私の車だけです。
幻覚だったのか。
仕方ない。車を運転して帰るしかない。

ところが運転席に座ろうとするが、右足が曲がらないので座れません。
到底運転などできません。
冷やしてみることにしました。

休憩舎の水道から冷水が出ます。タオルを湿して右臀部にあてて、
車中で横になり、そのまま眠ります。
1時間ほどで目を覚ますと、腫れが大分引いています。

今度は何とか運転席に座れます。
冷やしたのがよかったのだと思いました。
休み休みゆっくり運転して、無事帰宅することができました。

翌日湿布薬を購入して張ってみましたが、念のため2日後に整形外科にかかりました。
今後は温めなさいということで、指示通りにしていると次第に腫れが引いていき、
何カ月かの後、登山に復帰することができました。

学んだこと:
1.成功に酔いしれて有頂天にならない。そんなときの帰路は特に慎重に。
2.教えられたことを鵜呑みにしない。状況に応じて適格な判断が必要。
3.滑ったら只では済まないところは、しっかりと確保しながら進むこと。
4.打撲の直後は冷やすこと。熱が引いたら温めること。

長くなりましたので、第2回目は稿を改めます。

2008年04月17日 by sanjin | General | コメントを書く | No Trackbacks |

鶴見岳一気登山が終わりました

去る4月13日(日)に行われた第21回鶴見岳一気登山は
多くの参加者を迎え、大過なく終了しました。

ロープウェイ高原駅の桜はちょうど満開で、
9合目にいましたので確認できませんが、
山中のヤマザクラも見頃だということでした。
満開の桜(ロープウェイ高原駅)
大会は午前9時に始まり、10時過ぎには韋駄天のトップグループが登ってこられました。
記録的には昨年には及びませんでしたが、彼らのスタミナにはいつも驚かされます。
服装はたいてい半そで半ズボンでスニーカーを履いています。
湿度が高かったためか汗びっしょりで上ってくる人もいました。
一般参加者の中にも韋駄天さんに混じって2時間以内で登ってくる人たちもいました。

韋駄天さんがほぼ終了すると、一般参加者が続きます。
中には4歳の女の子もいて、元気に登ってきました。
最年少だったかもしれません。
カメラを構えるとベソをかきそうになりましたが何とかポーズを取ってくれました。
お父さんの許可を得て、インターネットにアップいたしました。
4歳の女の子が登ってきました
天候は曇りで、一時小雨も降りましたが、
その後は明るさが増して期待を持たせることもありましたが、
結局晴れることはなく、しかし大きく崩れることもなく、
終了までなんとか持ちこたえてくれました。

最後尾が通過した3時半過ぎに9合目の待機所を撤収しました。
何も見えないガスの中でしたが、参加者の皆様には大変喜んでいただき、
迎える私たちもやりがいがありました。
また来年の第22回に向けて、新たな気持ちで取り組みたいと思います。

2008年04月15日 by sanjin | General | コメントを書く | No Trackbacks |

もうすぐ鶴見岳一気登山です

温かい四月がやってきました。
鶴見岳一気登山も間近です。
先日6日の日曜日、一気登山道の下見に出かけました。

ロープウェイの高原駅から登って山頂へ。
下山は縦走路を馬の背まで辿り左折して南平台の方へ回り、
南平台山頂から猪の瀬戸湿原を眺めてきました。
南平台より猪の瀬戸湿原を望む
当日の天候は曇りで山頂から奥は濡れるほどガスが出ていました。

一気登山道は今年からさらに登りやすくなります。
例年混雑する鶴見橋下の登り口の登山道が整備されています。
鶴見橋下の登山道
また権現社手前の杉の倒木はすっかり切除されています。
杉の倒木が切除された登山道
これで大幅に混雑が緩和されることと思います。

とはいえやはり登山道、参加される方は十分に注意して
怪我のないようにして頂きたいと思います。
スピードの出し過ぎには特に注意しましょう。(笑)

ちょっとした岩場もありますし、
その上に木の幹が張り出しているところも2か所あります。
足もとばかりに気をとられていると、頭ゴツンになりますよ。

桜の開花状況は、鶴見橋下のモミジ谷はほぼ満開、
ロープウェイ高原駅の四季の里もほぼ満開ですが、
レストハウス上は遅れていて2分咲くらいです。

木の芽吹きも見られ、
標高950m程の地点のベンチのある休憩スペースでは
クロモジの質素な黄花が咲いていました。

4月13日の当日、天候に恵まれるといいですね。

2008年04月11日 by sanjin | General | コメントを書く | No Trackbacks |

ボランティア活動2. 猪の瀬戸湿原再生


猪の瀬戸湿原中央部より南部を望む

現在別府市の山間で湿原再生活動が行われています。
県主導で2年間に始まった「猪の瀬戸湿原再生プロジェクト」です。
私もボランティアの一人としてこの活動に参加しています。
これが私のもう一つのボランティア活動です。

この湿原は鶴見・由布・水口の3つの山に囲まれ、由布川の源流域に当たる中間湿原で、大部分は阿蘇くじゅう国立公園第1種特別地域に指定されています

以前はよく手入れされ、草刈りや野焼きなども行われて美しい景観を作っていましたが、その後長く放置され、またゴミも多く投棄されて、荒廃しています。
その上昨年まで2年繰り返された豪雨による土石流入のため、中央部は無残にも土石の堆積地となってしまいました。

県主導の再生活動も最終の3年目に入ったのを機に、その活動を継承発展させるべく、私たちはボランティア組織を立ち上げました。名づけて、「猪の瀬戸湿原保全の会」です。なぜ「再生」ではなく「保全」としたかと言いますと、将来を見据え、めでたく再生後も保全活動を続けていこうという決意の表れです。また何事も「建設」よりも「保持」が困難なことは歴史の教えるところです。

まだまだ人手が必要ですので、お近くの方で自然保護に関心と熱意のある方はぜひ参加してください。お問い合わせ、申し込み先は次の通りです。
大分県企画振興部景観自然室 工藤、
電話 097-506-2122、
メールアドレス kudo-hiroyuki3@pref.oita.lg.jp

現在月1回定例活動を行っています。植生調査、まだ試験の段階ですが、試験区を設けて草刈りや野焼き、それから清掃活動、外来植物の防除などです。

県道などの道路に隣接しているため 、不法投棄が後を絶ちません。車のタイヤ・車の内装品・電化製品・空き缶や空きビン・農業用のビニール袋、おまけに事故で転落して放置された車まであります。この国の国民のモラルの低下が嘆かれます。

外来植物で最も厄介なものはイタチハギです。道路の路肩の強化のために植えられたようですが、種子を通して湿原に広がっています。種子のない時期の今のうちに防除しなければなりませんが、厄介だというのは、根こそぎ引き抜かなければならないことです。

根が残るとそこから芽を出してきます。野焼きをしても他の植物に先立って、根から芽を出すものと思われます。根こそぎにすると言っても、なかなか強固なものです。深く広く根ざしていますので、人力では限界があります。

何か良い方法をご存知の方はいらっしゃいませんか。防除の方法をお教えいただければありがたいです。

また先月末に地権者が変わりましたが、外資系の新しい地権者は私たちのボランティア活動を認めてくれました。ありがたいことです。地権者が禁止すれば私たちは活動できないのです。これからもご理解が得られるように一同有意義な活動を続けていきたいと思っています。

まだ猪の瀬戸には放置されヨシに覆われた広大な地域があります。ただ心配なのは水環境です。毎年大雨で土石流入が続けば、中央の地盤が上がり乾燥して草原化・さらに森林化してしまいます。自然に任せるべきか、水流を人為的に変えたり、文化としての野焼きを実行したりして自然に手を加えるのがいいのか、熟慮を要するところです。

最近の気候の変化による自然環境の変化はここだけの問題ではありません。たぶん地球温暖化による変化なのでしょう。であれば、それに対して適切な人為的支援を自然に加えるのは意味のあることだと思います。

昨年秋、湿原の現状と行く末に思いをめぐらせている時、次のような詩が浮かんでまいりました。
同時にメロディーも浮かんできました。
ハ短調の荘重な出だしに始まり、変ホ長調の明るい後半にジャンプします。
4回繰り返して、もう一度前半に戻って終わりです。

もとより私には詩や音楽の特別な素養などありません。
きっと猪の瀬戸の神が贈ってくれたものに違いありません。
名づけて「猪の瀬戸湿原讃歌」としました。

1. 雲は流れる鶴見やま 風はささやく日向峰
  水の流れにはぐくまれ 可憐な花の咲くところ

2. 日差しさわやか猪の瀬戸の ヨシの茂れる湿原に
  野ウサギ遊び鳥は群れ 小鹿も出でて駆け回る

3. 自然の猛威襲い来て 賽の河原と化するとも
  再び強くよみがえる 希望の明日待ち望む

4. 時はめぐりて湿原に 平和の朝が訪れる
  蝶は舞い出で鳥歌い 花は微笑み人めでる

* 時はめぐりて湿原に 平和の朝が訪れる

楽譜を添付しておきます。
願わくば今後も仲間と共に活動を続け、湿原の豊かな再生を見届けたいものです。

猪の瀬戸湿原讃歌
2007年06月19日 by sanjin | General | コメントを書く | No Trackbacks |

ボランティア活動 1. 一気登山道標識設置

一気登山道W地点

私は2つのボランティア活動をしている。
その1つが一気登山道の標識設置である。

私の住む別府市では、毎年4月の第2日曜日に市内の鶴見岳で一気登山道大会が行われている。海抜0メートルの海岸から、山頂ゴールまでの約12kmを一気にかけぬけようというものだ。
3つのコースがあり、やさしい方から 1. 標高約500メートルにある近鉄ロープウェイの高原駅までのハーフコースと、2. 山頂ゴールまでのんびり登ろうというコース、それから 3. 山頂ゴールまでのタイムを競うコースだ。

ルートの要所々々にはボランティアがいて、サポートしているのだが、7年前の大会の反省会で、「(ゴールまで)あと何分?」という質問が多かったという話が出たので、山頂ゴールまでの距離と、参考タイムを記した標識を作ろうと思い立った。

ここで一つのアイディアを思いついた。山の高さは1375mだが、山頂は狭いので、ゴールは少し下の山上レストランにある。そこの標高は1336m。1300÷50=26だから、50mごとに標識を設置すれば26か所に設置することになる。26はアルファベットの数だ。そこで50mから1300mまでを50mおきにアルファベットのAからZにあてはめることができる。
こういうわけで各地点にはアルファベットの文字を当てることにした。まずは山中の550mのK地点から、1300mのZ地点までを作ることにした。

測定の仕方は至って原始的である。コンパスと歩測で登山道を作図し、それをいくつかの部分に分割して、地形図と比較して、歩幅を決めるという方法である。歩幅は40cmから70cmであった。平地で80cmであるから、妥当な数値である。時間は実際に登ってみて、標準の所要時間と比較して決めた。

このようにして最初の標識データをとり、地元山岳会の資金と労力の両面の協力を得て設置して、6年前の大会に間に合わせることができた。
結果はなかなか好評で、昨年は大会本部から、今年の25周年記念大会に合わせて、全ルートに標識設置してほしいという要望があった。

今回はGPSもあるので、それを使うことにした。高度はGPS付属の気圧高度を用いた。ポケットタイプではGPS本来の高度測定精度は実用にならないからである。平地部は目印も多いので場所の決定は比較的容易であった。
山中は気圧が安定していると期待される好天の日を選んだのだが、最初に高度を合わせていたのに、山頂では大きく違っている。時刻を記録していなかったので、気圧変化による高度変化が計算できない。

次回からは時刻と高度を同時に記録し、いくつかの基準点で、気圧変化による高度誤差を時間的に比例内挿して相殺する方法をとった。4回登り、上り下りでデータをとったので4~8個のデータが取れた。両端の値は捨て、中の2~6個のデータを平均した。偏差値はおおむね2m以下で期待した範囲内であった。

また山中の距離は6年前の歩測によるデータと比べると、違いは数%であった。原始的方法も捨てたものではないと思った。新しいデータをもとに以前の標識の位置も修正した。

また今回は大会本部に資金を提供して頂き、山中作業に慣れない看板屋さんを地元山岳会有志がサポートされ、さらに近鉄ロープウェイのご協力も得て、大会に間に合わせることができた。

これで私の念願の一つが達成された。
これも多方面の方々の協力のおかげである。
皆さんありがとうございました。

K地点と仲間たち
2007年05月18日 by sanjin | General | コメントを書く | No Trackbacks |