仙台にはこの写真を飾っているお店がたくさんある。
明治時代に実在し、立ち寄った店が皆繁盛したらしいが真実は?
30歳頃の写真だそうですが、江戸末期に生まれ裕福な家
柄だったそうです。
しかし幼少期に病で知恵おくれだったことから勝手に店の
掃除をしてまわり、だんだんその店々が繁盛したという・・
いつも笑顔が絶えなくひっぱりだこだったようです。

現代の世にも必要なのかも・・・
涸沢小屋に宿泊した折に、特大ジョッキに入った
フルーツパフェ、一人だけ頼んだ人がいた。
記念に撮らせてもらったが、1500円だそうです。
たしかに大きく一人では食べきれるか!

他にモツ煮込み、おでん、ラーメンなどあり!
若かりし頃、神奈川県の鶴見に四年程いました。
当時のアパートは一畳千円が相場で四畳半で四千五百
円、一万円前後の給料は今日では生活が無理でしょう。
先日、ラジオで西島三重子の「池上線」がながれていました。お金はなかったけどあちこち見て歩くだけでも楽しい時代
でした。途上国の常で見るもの聞くもの新鮮だった。
京浜急行、目蒲線、池上線、横須賀線、まだまだ思い出せないが同僚と休日の度に出かけた事が脳裏に浮かんできます。一ドル=360円の固定相場で外国製品は拝むだけです。
川崎やらどこの繁華街でも寅さんのような人達が大声で
ツバを飛ばしながら口上を叫んでいるのを思い出します。
「懐かしい〜!」

今はどうか、当時は「赤い電車に白い帯〜」とラジオから・・

池上線か目蒲線か・・

同じく昔の電車らしい!
必ず雨になるといわれる七夕祭り、何年かぶりに行って
みた。ギラギラの太陽の下だがアーケード街なのでそんなに
暑さは苦にならなかった。(今年は雨はなしのよう)
近年天災、人災、事故と相次いだせいかやや質素に
なっているように感じたが気のせいか?平日のためか人出
も以前の混雑さがなかったよう・・
前夜祭には大規模な花火大会もあるが、広瀬川の
橋の上から車窓ごしに一回見ただけ、この年になると
どうもおっくうになります。

きれいなことは間違いないです

全部似たようでどれを撮ればいいのか・・

かなり手が込んでますね

銀賞になってました

牛タンと二分する

涼しく感じる!
遠方からツアーで来ているような方々もかなりいたようです。
関西弁も聞けました。
久しぶりに浄土平に行って来ました。
一切経山、東吾妻山、高山の循環です。
整備がけっこうなされていますね。

ピークはかなり奥にあるので意外とシンドイのです

まだ早いせいか誰もいない

しばらく待ったが一向に取れることも無くエメラルドグリーン
の瞳はならず!

穏やかな山容だが、景場平への下りは長かった

高山の二つの反射板、マイナーの山なのか誰も来ない・・

ちょっと見ない間に増築してあるよう・・

斉藤茂吉の歌碑があった

一切経の登りから撮りたかったが朝はガスで・・

整備はかなりされているが、肝心の地塘はカラカラです
去年に引き続き咲きました。しかも増えている!
山ユリの大きいやつかと思っていたけど「カサブランカ」
というらしい。花オンチでもきれいなものはいいですね・・

只今は香りがただよっています・・
最近、管弦楽を聞く機会が増えてそれなりに楽しんでいます。
県内にはプロの仙台フィルがありますが、ややお高いので
アマチュアのオーケストラを渡り歩いています。
ウィンドオーケストラとはまた一味ちがう感があるようですね・・
チケットも千円前後でプータロには嬉しいかぎりです。
演奏技術もけっして見劣りはしないですよ〜!
全国各都道府県にも沢山あると思います・・

子供達だけの管弦楽団です

こちらは大人の管弦楽団で、二つとも市で応援しています
かなり大規模な山小屋です。最大1500人収容との事、
布団、枕共に整然と並んでおり快適な一夜を過ごしました。
食事時もかなりの人数が粛々と並んで待っています。
普通の観光客には在り得ないできごとです。あの人数でも
殆ど大声は聞えませんでした。
私はこういう方々のお仲間に入っている事を、この年でも
誇りに思っています。

快適だった

ふわふわして古くはない・・

皆さん礼儀正しい!

味噌汁がおいしかった
過去二回身のほど知らずにもGWに行って雪の壁に追い
出される。ルートの誤認と体力不足なのです。
今回は残雪がかなり少ない時期になっていますので、行って
みました。ただ、山頂直下は残っておりアイゼンが役にたった
次第です。

堂々たる風格です

もう一ヶ所あります。{朝日の大クロベ}と書いてあります。

振り返って見る、実際はかなり怖い!

ヤセ尾根にあり狭い、展望はいいが霞んでいて同定できず。

珍しくかなり長く続いていた。