
『槍ヶ岳に登りたい』と言っていた亮だが、カナダへ帰る日が迫っていて、日程的にも時間的にも宿泊を伴ったり早朝出発の登山は無理となり、登山はやめて一緒に森くらから前越林道・鍬ノ峰の登山口まで行って見るだけにした。
つい先日,白馬大雪渓で崩落事故があったばかりなので、雨上がりで落石がゴロゴロした林道をビクビクしながら走る。
期待したクサギの花はもう終りかけていたがやはり美しい。ハハコグサの仲間は似たものがいっぱいあって分かりにくいが、これは多分ヤマハハコ。

ノコンギクか?/オトコエシ?

ノギクの仲間で紫色系のものには、ノコンギクの他に、コンギク,シオン,ムラサキヨメナ等があって紛らわしい。これは多分ノコンギク。オミナエシに似た白い花はオトコエシか・・。

オオイタドリ/ベニイタドリ

オオイタドリのも白花系と赤花系があるようで、後者には紅花イタドリと言う名があり、別名を明月草と言うそうだ。高山種のオンタデにも赤花系がある。

早くも黄葉し始めたのはシキミか・・。ヤマブドウの葉にこのような赤い刺が出来たものを時々見かける。何ゆえの突起,あるいは何者の仕業なのだろうか?

装飾花が向こうを向いているのが花が終った証拠。アジサイは色の変化が大きい。このままドライフラワーになる。

森くらにアイガモが入った。6月いっぱいくらいまで田んぼでせっせと草を取る仕事をしたアイガモは、7〜11月の間にしっかり肥育させた後,潰されて11月のアイガモパーティーのメインディッシュとなるそうだ。
果たして潰して肉にする過程を子ども達に体験させることが出来るかどうか・・,興味津々。
その運命を知るよしもなく,アイガモ君達はいたって元気!

カナダに留学中の亮が1年ぶりに帰り、畑を手伝いに来たので未収穫になっているアンデス(ジャガイモ)を一緒に掘ってもらった。電柵のお陰で今年はジャガイモが獣害に遭うことなく、ゆっくり収穫できるようになったのが有りがたい。
ジャガイモは気温が25℃を越えると地上部が枯れて肥育しなくなるが、アンデスは高温に強く夏でも枯れずに秋を迎える。その間にも肥育していると思われるが、大きくなりすぎると中に空洞が出来ると言う欠点がある。なのでほどほどのところで掘り上げて大きくし過ぎないことが肝要。
掘り上げたアンデスはほどほどの大きさで、空洞もあまり問題にならないかもしれえない。

8月4日
午後になるとこの夏一番かと思われるほどの暑さになったが、五十谷三島には陽射しを遮るものは何も無い。あまりの暑さに耐えかねて背後の山側の立ち木の手前の草を刈り、頭上に張り出している木の枝を傘にして避難所をつくる。入り口だけを開けて周りの薮はそのままにしておいたので中はひんやりと涼しく心地よい。ただし蚊が多い。

この日の暑さは尋常でなかったので、この後,元気の無い中2の女の子達を町場連れて行き、冷房の効いた買い物がてら涼をとらせる。Junさんが後を引き取って2人をドライブに連れて行ってくれることになる。
一方,男の子達もしばらく浜を離れて涼しい所へ避難しようと言うことになリ、全員で東港に移動した後、島一周のドライブに出る。

島の人達も早朝から昼頃まで働いた後は暑さを避けて涼しいところで過ごし、『真夏の午後は動くべきでない』と仰る。まさにその通りだが、ドライブした山の中は涼しかったので案外そこに活動の場があるかもしれない。
ギラギラの太陽がやや西に傾きかけた頃浜に戻ると、Junさんから『貝染め』を教えたいので『イボニシを獲って来るよう』にと言う指令があり、Akkoさんを連れて磯の貝拾いに出かける。ちょうど潮が引いたばかりの好条件であったが、しかし2日の朝,あれほど沢山いたマツバガイやヨメガカサはまったく姿が見られず、他の貝類もあまりいなかった。
イボニシもあまりいなかったが何とか10個ばかり拾って帰るとすでに貝染め教室が始まっていた。

自分は個人的にあまり大雪渓のコースを使うのが好きでないので、雪渓から登ることははじめから考えていないし、下るにしてもそれは、何らかの事情で変更を余儀なくされた場合しか考えられないが、『いざなったら大雪渓から・・・』と言う意識はいつも持っている。それは安全にエスケープできる,と言う位置づけである。
そういう位置づけでこのコースを考えていた立場からすると、今回の崩落は頭をガツンとやられたような衝撃だった。
10年無事故だろうと100年無事故であろうと起きる時には起きる,と言うことで、それを肝に銘じなければならないと言うことだ。
かつて佐伯冒険クラブの第1回アルプス冒険学校の際,ねぶかっぴらから見上げる杓子岳の岩壁の先端がガスの合間から垣間見える様を『天空の城ラピュタ』に例えた子どもがいた。かれこれ20年も前の話しである。
確かに素晴らしい景観ではあるが、考えてみればそら恐ろしい場所でもある。十数年間大崩落なしと言う事実が安全神話をうみ、ついつい警戒を怠ってしまいがちだが、あれほどの岩壁がほとんど垂直にそそり立つその足元にいて、恐さを感じないと言うのは決してほめられた事ではないんだと思った。
斜面があってそこに雪があれば『いつでも,どこでも雪崩は起こりうる』と考えなければならないと、厳しく教えられたが、雪山だけでなく、斜面があればいつでもどこでも,落石,土砂崩落はありうると言うことを改めて頭と体にたたき込まなければならない。
これまで無事故であったと言うことが、今後の無事故を保証するものではない。にも拘らず無事故であることが気の緩みを生み、安全への万全の備えを怠ると言うことは大いにありうる。安全幻想の落とし穴だ。
今回の崩落事故を、自分の中にいつの間にか芽生えていた安全神話を打ち砕く警鐘としなければならないと思う。
(写真は大雪渓,ねぶかっぴら付近で列をなして待機する登山者。ほとんど動いていない,8月1日)

8月11日午前7時半頃,白馬大雪渓で大きな崩落事故が起きた。崩落が起きた場所は『葱平(ねぶかっぴら)』と呼ばれる、杓子岳に向かう登山道との分岐点付近。1人が亡くなり、1人は行方不明,1人が怪我と言うことで行方不明者の捜索が続けられているが、もう1人登山者がいたと言う情報もある。
白馬大雪渓は、小規模な落石はあるもののここ十数年,大規模な崩落は起きておらず、地元遭対協の人たちでさえ予想していなかったということだった。
実はこれは他人事ではなかった!
今夏の冒険学校は、当初8月9日〜12日と設定していたものを、佐伯FHCとの交流企画となったために7月31日〜8月2日に変更したのだった。
もし、はじめの通りの計画であれば、9日,栂池〜大池、10日,大池〜白馬岳,11日白馬岳〜天狗山荘・・・,と言う日程になり、大雪渓から猿倉へ下るコースは11日のエスケープルートとして位置づけていた。
もし当初の予定通りに計画が進行していれば、私達は10日の夜を白馬岳のキャンプ場で過ごし、何事もなければ左下に大雪渓のコースを見ながらのんきに杓子岳への稜線を歩いていたはずだ。そして事故を目撃していたかもしれない。
もし、10日までの行程でトラブルが発生していたら、11日にはこの大雪渓コースから下山していたはずだ。
崩落が起きたのが7時半と比較的早かったので、あるいはまだ行動していないか、始めた直後くらいかと思うが、いずれにしても何らかの形で崩落事故に遭遇していたことは間違いない。(続く)

Okkunが動きが締まらないのでミーティングをして『活を入れたい』と言い、島に来て初めて話し合いをした。確かに島でのキャンプが始まって以来、それぞれがてんでバラバラに動いてそれなりに楽しんではいるが、皆が何かを決めて行動すると言うことも無ければ、スタッフに指導を求めるでもなく、ただ食事の準備をして食べて海に使ったり休んだり^と、何となく時間が過ぎている。特に2人の中学生たちの元気が無く、日陰で休みがちなのが気になった。
Okkunは体育会系ではないが、それでも多少気合を入れて『話しかけられたら返事をしよう』とか、『やるのかやらないのか、意志をハッキリ示そう』などと言い、活発な動きと共同的な行動を促す。
私は前日来,広島組の方につきっきりで子ども達と一緒に行動でき無かった点を自己批判し、子ども達の顔にやる気が漲ってきたのを見て景気づけのチクサクコールを提案。子ども達もこれに応えて腹の底から声を出し雄たけびを上げて自分達を鼓舞する。
この後,磯での貝拾いを提案し、4人の男の子達と共に磯に向かったが、前夜あれほど大量に獲れた貝類が全然見つからず、貝拾いをやめて岩登りに切り替える。
場所はてっぺんに祠のあるこの岩場。Okkunが立っている所から向こうの水際までの斜面を降りて岩場を左に廻り階段まで戻ると言う設定で、核心部は80度(角)の絶壁を水際まで降りる所と滑りやすい斜面のトラバース。
『恐ければ無理にやらなくていいんだよ』と始めに言ってあるので途中で止める訳には行かず、三点支持を叩き込むために時には怒声をもらって泣き出す場面もあったが何とか乗り越え、少しだけではあるが全員に岩場での歩き方を学んでもらった。
できれば着衣泳などもやりたかったが手が足りない。

目当ての貝類が手に入らず、朝まづめの時間帯も過ぎていたので釣りは別の機会に譲ることにして一旦浜に帰る。この後,カヌーを組み立てたが子ども達は余り興味を示さなかった。

昼前に原発反対の立場で島に移住して活動しているM氏から原発・原爆の話しを聞く。M氏は上関に原発が出来た場合の島の生活への影響について懸念される事柄を分かりやすく話してくれたが、子ども達に伝わったかどうか・・。
私自身は原発には反対の立場であるが、それを子ども達に注入する気は無い。ただ、反対の立場の人が島にいて、その活動をしている人がその話しをしたいという現実の動きがあることと、その主張は知らせるべきだと思うので受け入れた。
推進を支持する立場の人から話したいと言う申し出があればそれも聞かせたかった。その方が問題点が鮮明になり、子ども達も興味を持ったと思うのだが・・,
Ogata,Fujii,Akiの3人が乗った午後便の船から『100人を越える子ども達の大集団が出航を待っている』と言うメールが入った。これはラボと言う組織のキャンプの集団で、総勢150名が5日から五十谷三島に来ると言うことが予め分かっていたのでその旨を返信する。
その船が新たに加わるYukiを運んで来るのでそれを迎えに行くべく16:00過ぎに東港に向かって車を走らせていると、まだ東港に着かない時刻なのに『今船を降りた』と言う連絡が入った。『えッ!』と驚くOkkunと思わず顔を見合わせる。
『お前さん,今どこにいるんだよッ?』とOkkun。やったネ,大集団に釣られて西港で降りちゃったんだ・・。
しかたない,西港まで迎えに行こうとした時にYukiから電話。『島の人が乗せてってくれるって、今そっちへ向かってます』と。
そんなハプニングがあり、ここでも島の人に助けられて新しい仲間が加わった。

忙しい1日だったが、午前中は朝の便で来る岳君と軽トラを提供して下さったM氏が原発と原爆の話しをして下さると言うのを迎えに行き、午後はこの日帰る広島の3人を波止場まで送ったり、Aki・Tomo父母さん達の手伝いをしたり・・と、子ども達に関われず終いの忙しさで、子ども達と疎遠な1日だった面は否めず、課題を残した。

タコをゲット/Junnさんの獲物

一通り潜水講習を終えた子ども達は思い思いに潜って海底を観察したり獲物を探したり・・。しばらく後にはNaotoが小さいながらタコを突いてきて皆を驚かせた。
Junnさんも沖合いに出てカサゴやウニ,サザエなどを確保し、私達に届けてくれた。

午後からは子ども達に岳君も加わってウニ,サザエ,ベラや巻貝などの獲物を確保。食べられるものもあれば得体の知れないものもある。
赤いウニは身が詰まっているが、黒い奴は食べられる部分が殆どない。ブンブクとか真っ黒クロスケ(スカシパンか?)みたいなウニだかクラゲだか分からないようなものまで上がってきた。
まあ食べられれば何でもいいし、食べられないことが分かればそれも勉強だ。

お昼過ぎにはタコ壺漁から帰ったKojiさんが取れたばかりのタコを届けてくれた。さっそく火を起こして網焼き&天ぷらに・・。

一方,こちらは朝採ったマツバガイ,ヨメガカサ等の磯の貝の汁。Nonちゃんが気に入ってしっかり食べてくれた。
Aki・Tomo父さんがクサフグをいっぱい釣ってきてくれて捌くのが忙しかったが全部頂き!

夜はカサゴの煮付けとアラ汁(ツルナ入り),アジの塩焼き,タコ飯,サザエのつぼ焼き,ルッコラ・・,海の幸いっぱいの豪華な晩餐。

昼間の釣りでは餌取り名人のクサフグに悩まされる。どこの釣り場でもクサフグは厄介者扱いで、海に返されること無く堤防の上に放置されて干からびているのをよく見かける。中には憎しみを込めてコンクリートに叩きつける人もいる。おとながやって見せるので真似する子どももいる。
元より釣れたクサフグに罪があろう筈は無く、釣人の技術の結果釣れただけのことであるのにクサフグに当たるのは筋違いも甚だしい。食べないなら海に返すべきであろうしその前に釣るなと言いたいが、釣ってしまうのは自分も同様で、できるだけ丁重にハリを外してお引取り願うが、大き目のものは捌いて頂くことにしている。クサフグと言えどもフグはフグで美味なることこの上なく、しかも免許が無い以上他人に食させることはできないので堂々と全部1人で食べることが出来る。

頭の後ろから包丁を入れて

頭を引っ張り、皮と一緒に内臓を剥ぎ取る

切り離された頭部・内臓と可食部分の身。
フグは血液,卵巣,肝臓,皮に毒があるので、それらを全部取り除いて海に捨て、身についた血はよく洗い落とす。
頭の後からではなく首から切りを入れて後ろの皮1枚を残し、頭を引っ張って皮を剥ぐと内臓も一緒に取れるので、その方がいいかもしれない。

三枚に下ろして骨付きの部分も捨てる。

薄皮にも毒があるので剥ぎ取る。

わずかな血もついていない棒身
三枚に下ろして骨付きの部分も捨てる。うまく処理すれば骨の中の骨髄も食べられるらしい。中には肝の血を洗い落として食べるという人もいるが、そこまで危険を冒すべきでなく、筋肉の部分だけを食べることにして、他は一切捨てることが肝要。調理道具についた血をしっかり洗い、また調理場に落ちた血もよく洗い流して地上には不食部分を一切残さないこと。

ここまできれいに処理すれば安全だが、クサフグは筋肉にも毒があるとする記述もあり、また漁師さんの中には季節によっては食べない方がいいと言う人もいる。
Takaharuさんは『命がけで食べるほどのものではない』と言い、他にいくらでも美味しい魚はあると仰る。数多くの種類の魚を相手にしている漁師さんの言葉だけに説得力がある。
確かに『フグ』,『フグ』と目の色を変えるほどのものではないかも知れない。大きいものならともかく、小さいのを捌くのは面倒すぎる。