先日、ある裁判の判決が出ました。
記憶している方も多いかと思いますが予備校生の兄が大学生の妹を殺して遺体をばらばらにして自宅に隠していた事件です。
検察側は「殺人」と「死体損壊」の罪で懲役17年を求刑していました。
それに対して判決は懲役7年と言うものでした。
裁判で争われる内容は大きく二つに分けられていて、一つは被告が犯人かそうでないか、もう一つは被告が犯人だと言うのは争う余地のない事実と誰もが認めたときの罪の軽重です。
一般的な刑事裁判では検察側の求刑に対していくらか軽めの判決が出される事が多いようですが今回のように17年の求刑に対して7年と言う例はあまりないと思います。
その理由は検察側の立件しようとした「殺人」と「死体損壊」に対して殺人については有罪とされたものの死体損壊については無罪となったからです。
殺して遺体をばらばらにしたと言うまぎれもない証拠があるにもかかわらず無罪になったのが今回の裁判の特徴です。
ここに登場するのが「責任能力」と言う言葉です。
刑法における責任能力とは、刑法上の責任を負う能力のことであり、事物の是非・善悪を弁別し、かつそれに従って行動する能力のことである。
責任能力のない者に対してはその行為を非難することができず(非難することに意味がなく)、刑罰を科す意味に欠けるとされている。(Wikipedia)
今回の裁判では被告に「解離性同一性障害」と言う病気があって心神喪失状態にあったと裁判長が認めたため無罪となったのだそうです。
心神喪失状態より一段程度の低いものとして心神耗弱という言葉がありますがこれは「泥酔状態」などでも認められることがあるそうで悪質な犯罪者はわざと酒を大量に飲んだ後で犯罪を犯して「心神喪失」あるいは「心神耗弱」を訴えるケースもあるそうですが自分でそのような状態を作り出した時は
認められないそうですから「法の抜け道」を衝こうとしてもダメだと言う事ですね。
裁判官制度導入まで1年を切りましたねぇ。
こいつには何をされても責任能力を問う事が出来ません。
賢パパには誰かに訊いてみたくてもバカにされそうで訊くことの出来ない積年の疑問があったのですが、どうしても放っておくことが出来なくなって色々と調べてみました。
あれはもう35年も前の事でした。
大学の4年生の春か夏に就職試験を受けに大阪まで行った事があります。
山形から急行列車で上野まで出てそこから山手線で東京に行き今度は新幹線に乗って新大阪まで行きました。
今みたいにインターネットなんてない時代でしたから連絡は全て手紙か電話でしたが電話だってケータイなんて勿論なくて大学の寮に公衆電話が一台設置されているだけで自分の部屋にはありませんでしたからかける時は十円玉をたくさん用意しなければならなかったし、かかって来ると寮内の放送で呼び出されて一階の公衆電話まで走っていったものです。
そういう時代に初めて行く大阪の町に会社から郵送されて来た地図を頼りに出かけて行ったのでした。
その時に乗った新幹線の事なのですが確か「こだま」で行った記憶があります。
終点の新大阪まで行くのだから今だったら当然「こだま」で行く事はあり得ません。
でもその時は確かに「こだま」に乗った記憶が残っています。
もしかしたら特急料金の事をよく知らなくて昔の特急と急行みたいな違いがあると勘違いして安い(と思った)「こだま」を使ったのに違いないと思ってこんな話を誰かにしたらきっとバカにされると思い今まで誰にも話さないで来ました。
でも、何となく釈然としません。
いくら世間知らずでも新幹線の料金の事ぐらいは調べたのではなかろうかと言う疑問がわいて来たのです。
そこで簡単に調べる事の出来るネット検索で調べてみました。
すると、ちゃーんと書いてありました。
賢パパが新大阪に行った頃はまだ「ひかり」と「こだま」の特急料金に差があって「ひかり」の方がいくらか高かったんですねぇ。
今頃になるまで誰にも訊けずもやもやとしていた疑問がすーっと解消されて何だか今日は得した気分です。
あの時は春か夏でしたから富士山にこんなに雪はなかったと思いますが車窓から富士山を見た記憶は残っていません。