その頃は今みたいに10月の第二月曜日なんて言うのではなく10月10日が「体育の日」と決まっていましたから9日から10日にかけて一泊で出掛けたのですが恐らく連休だと混むから9日は平日で有休を取って行ったのだと思いますが定かではありません。
余談になりますが「体育の日」というのは東京オリンピックの開会式の行われた日を記念して定められた祝日でこの日は「晴れの特異日」と言って過去の統計から見て晴れる確率が非常に高い日ですから秋の山行を計画される時は参考にして下さい。
本題に戻ります。
この時の山行は会社の後輩のY氏と二人でした。
会社では後輩でしたがY氏はかつて会社の山岳部で活動していた山の先輩です。
それ以前にも日帰りで安倍奥などの山にちょくちょく一緒に登ったり仙丈、甲斐駒の時も一緒に登った事はありますが二人だけでの本格山行は初めての事でした。
9日は行者小屋まで行くだけなのでそんなに早い時間の出発ではなかったと記録にあります。
美濃戸口に昼頃着いてだらだらゆるやかな登りを歩いて2時半前には行者小屋に着きました。
小屋泊だったのかテント泊だったのか記憶にないのですがたぶんテントだったと思います。
昼間は良い天気だったのですが夜中に低気圧の通過があったらしく朝起きると上の方は一面の雪景色でした。
冬の装備は持参していませんでしたがうっすら積もった程度だったのでアイゼンなしでも慎重に行動すれば全く問題ありませんでした。
阿弥陀岳から赤岳、横岳、硫黄岳と回って赤岳鉱泉を経て行者小屋に戻ったのだと思いますがあまり良く覚えていません。
25年も前の事ですから忘れてしまっても仕方のない事だと思いますがはっきりと覚えている事がいくつかあります。
一つは美濃戸口に向けて下山途中で地元の方々が河原でキノコ汁パーティーをやっていて通りがかった賢パパ達に声をかけてくれておいしいキノコ汁と缶ビールを御馳走になった事。
もう一つは帰りの国道20号線で長い直線があったのですがここが黄色のセンターラインで前をのんびり走っている車を追い越す事が出来ずにいらいらしながら走っていると後ろから猛スピードで追い越して行ったやつがいて「バカヤロー、捕まらないかなあ」と思っていると直線の終わりにパトが待っていて見事に「一巻の終わり」でこれは本当に気持ちが良かった事。
肝心の山の景色や何かはあまり印象に残っていないのに何でこんな事ばかり
覚えているんでしょうかねえ?
この画像は蓼科山からの八ヶ岳です。












