アーカイブをご覧いただけます。October 2007
昨日の夕方の散歩の時に面白い光景に出会いました。
小学生ぐらいのおねえちゃんが僕よりも大きな「ゴールデン」君(ちゃん?)をおんぶして歩いていたのです。
びっくりしたお父さんが「どうしたの?」と尋ねると「動かなくなっちゃったから」と言ってそのまま歩いて行ってしまいました。
今日のお話は山の想い出の第二弾です。
安倍峠というのは静岡市とかその近隣に住んでいる山に興味を持っている人ならほとんど誰でも知っているぐらい有名なハイキングコースなのだそうです。
僕がお父さんと安倍峠にハイキングに行ったのは2005年の4月の事ですからあと3ヶ月で3歳になろうとしていた頃です。
その前に一度、家から近い梶原山という低い山に行ったことはあるのですが1000mを超える高さの所に行くのは初めての事でした。
朝早く家を出て梅が島温泉と言うところまで車で行きました。
この温泉にはお父さんたちが毎年飲み会をやる旅館があるのですがご主人が高齢で病気がちのため今は営業をしていないのだとお父さんに教えてもらいました。
温泉街のちょっと上の方に車を停めるスペースがあってそこに車を置いて登り始めました。
登山道に取り付くといきなり急な山道でした。
僕は梶原山と同じような所だと思っていたのでちょっとびっくりしましたがすぐに慣れてしまい山の中は涼しくて気持ちが良いのでお父さんの前をどんどん登って行きました。
大きな木の林の中を1時間ぐらい登って行くと分かれ道に出て左に登って行くと八紘嶺と言う山に行くのだそうですがお父さんは僕を連れて右に下り舗装された林道に出ました。
この林道は静岡市の梅が島地区と山梨県の身延町を結ぶ林道として開通したのだそうですがちょっとした雨が降るとすぐに崩れてしまっていつも通行止めになっているのだそうです。
帰りはこの林道をのんびり下りましたがところどころで土砂崩れが起きていてこの時も通行止めになっていました。
山にはお父さんの大好きなみやまつつじの花が咲いていてとてもきれいでした。
昔お父さんは家の庭にこのみやまつつじを植えた事があるそうですが最初の年こそ花を咲かせたものの何年か経つと全く花が咲かなくなってしまい今はもうなくなってしまったそうです。
僕たち動物は自分で動く事が出来るから厳しい環境の所に置かれたら逃げ出す事が出来ますが植物さんたちは自分では動く事の出来ないものがほとんどなので厳しい環境に置かれると枯れてしまうんですね。
この話を聞いて僕は植物さんの苦労がわかるような気がしました。
でも僕たち動物の仲間でも厳しい環境から逃げ出したと思ったら今度は人間とか他の天敵にいじめられて行く所がなくなってしまう事がよくありますからどんどん住みにくい世の中になって来ているのは動物も植物も一緒だと思いました。
僕の場合はちょっと「自由」が足りないけどご飯をちゃんと食べさせてもらって危険もない生活なので何とか我慢してこの家で暮らそうと考えています。
登山道の始まりです
みやまつつじの花です
僕は今までに何回かお父さんに連れられて山に登った事がありますが、初めて連れて行ってもらったのが「梶原山」という山です。
山と言っても高さは300mもないぐらいの低い山でおまけに頂上のすぐ近くの駐車場まで車で行く事が出来るのでちょっと物足りない山行でしたよ。
行ったのは2005年の2月ですから2002年生まれの僕が2歳半ぐらいの時でした。
その前の年に富士山、蓼科山、北岳、甲斐駒ヶ岳などの山に登ったお父さんはどうやら再び本格的に山登りを始める気になっているようでした。
年が明けて2月のある日僕を連れて梶原山に出掛けたのです。
お父さんは朝が早いですから近くの山に出掛ける時でも家を出るのはとても早いです。
まだ薄暗いうちに出発して駐車場に着いたのが6時半前でした。
夜明け前の頂上からは清水港や富士山が見えていました。
あまりにあっけなく頂上に着いてしまったので尾根づたいに歩いて近くの「帆掛山」という山まで行きました。
この山は通称を「一本松山」と言うのだそうで梶原山よりは少し高くて300mをちょっと超えているそうです。
ぐるりとあたりを一回りしただけの1時間にも足りないぐらいの山歩きでしたがとても楽しくて僕はこの時以来山歩きが大好きになりました。
もっともっと色々な山に連れて行ってもらいたいと思うのですがいつも僕を家に残してお父さんはお母さんと二人で出掛けてしまいます。
毎回とは言いませんからたまには僕も連れて行って下さい。
お願いします。
2005年の8月末に賢を連れて櫛形山に登り賢の200mクラス初登頂を果たしてからは9月の「中年登山隊の富士山リベンジ登山」で昨年登頂をあきらめた人たちを主なメンバーとして富士山に無事全員登頂を行い、話を聞いた賢ママが「登ってみたい」と言い出したため9日後に賢ママを連れて登りましたがやはり登山小屋が営業を終えた後とあって女性には「トイレ」の問題がついて回るようでありました。
幸いこの時は頂上の小屋で撤収作業が行われていたのでそこのトイレを借りて事なきを得た賢ママでした。
更にこの翌月に単独で登った賢パパでしたからこの時は2ヶ月の間に3回も富士山に登った賢パパでした。
まず9月9日の
「中年登山隊のリベンジ登山」ですがメンバーは去年とほぼ同じで例の「雨男」さんも名前を連ねていました。
何しろこの方の「雨男」ぶりは半端ではありませんからメンバー全員が相当気にしていましたし当の本人もかなり気にしていたようです。
当日は前回と同じように会社が終わってから出発して5合目駐車場に行き小田原からのメンバーと合流しました。
記録を紐解くと5時40分に登山開始とありますからもうだいぶ明るくなってからスタートしました。
確か登り始めるときは頂上が見えていなくて「もしかして今年も?」という不安が隊員一同の脳裏をかすめたものです。
途中でガスが湧いて来てかなり寒くなったので上半身だけカッパを着た事を覚えていますが頂上に着いて祝杯を挙げていると太陽が顔を出してくれてとても暖かくなった記憶があります。
こうして2年越しの思いがかなったこの時の富士登山でした。
この話を聞いたり写真を見たりした賢ママがどういうわけか「私も登ってみる」と言い出したので「善は急げ」とばかり熱が冷めないうちに連れて行こうと9日後の
18日に登りました。
賢ママは登りに強く3時間半で頂上に立ちましたが下りには弱いためかなりのスローペースで下りたので2時間40分もかかってしまいました。
この時は少しでも傾斜の緩い「ブル道」をシーズン終了後である事から使わせてもらいました。
これですっかり登山にはまった賢ママはその後早速靴を買いに行き本格的な夫婦登山が始まりました。
その翌月は埼玉の大貫金吾さんが500回目の富士登山を行うというので仲間が集まって記念登山をする事になっていました。
10月22日の事でしたが遠くからの人は6合目の小屋に泊まって翌朝から登る事にしていました。
賢パパは近いので日帰りで出かけましたが当日はあいにくの荒天でした。
それでも5合目駐車場で準備を済ませて歩き始めましたがものすごい雨と風で前に進む事さえ困難です。
賢パパ、とうとう6合目までもたどり着けずに撤退してしまいました。
ところが車に乗って帰ろうとしたとたんに風と雨が弱くなったのです。
一度下りかけたスカイラインを途中から引き返して駐車場まで戻りました。
しかし、一歩外に出ると又元のような激しい風雨です。
仕方なく後ろ髪を引かれる思いで家に帰った賢パパでした。
その時のリベンジというわけでもなかったのでしょうが翌週の
26日に登ろうと決めました。
幸いこの日は素晴らしい好天に恵まれて伊豆大島から芦ノ湖などがとてもよく見えていました。
10月だと既に何回かの積雪があり、こうして少し残っているのですね。
下山途中で秦野市の佐々木さんという方にお会いしてしばらく登山道で立ち話をしましたがこの年だけでも80回も登ったと言っていましたから大変なものです。
大貫さんが22日の登頂を頂上目前で断念して、その後日を改めて無事に500回登山を達成した事もこの時に聞きました。
この後せっかくやる気になっている賢ママを完全にこちらの世界に引きずり込むためにどこかに登ろうと考える事になるのです。
今日は参りました。
朝起きていつものように、まずはブログを更新しようと思ったのですが何回やっても開けません。
仕方がないのであきらめて会社に行きましたが気になって仕事の途中で何度もSNSを開いてしまいました。
帰宅してみると直っているようなので遅まきながら更新です。
今日は第一回「山行記」飲み会の開催地からほど近い櫛形山の紹介です。
2005年は3月に
「竜ヶ岳」4月に
「安倍峠」に登った後5月にこの年初めての
富士登山を行いました。
9合目から上は頂上まで雪渓でしたがアイスバーンではなくそれでいて「腐れ雪」でもない程よく締まった状態だったのでアイゼンを着けなくても快適に登る事が出来ました。
頂上直下で先行者に追いついて頂上まで一緒に登って言葉を交わしました。
埼玉の大貫さんと言う方でその時は480回目ぐらいの登頂との事でしたが帰宅してからネットで調べたら結構有名な方でした。(500回登頂を達成された大貫金吾さんです。)
この時は下山して駐車場で着替えをしている所にTVのバラエティ番組の収録のスタッフが現れて急遽初のテレビ出演が実現しました。
この後7月に賢との
竜ヶ岳登山、8月には賢ママとの日帰り伊豆大島プチ旅行で
三原山に行き「さあ、次はどこにしようか?」と考えました。
賢は「安倍峠」→「竜ヶ岳」と高度を上げて来たのでそろそろ2000m級でもOKです。
そこで2000mクラスの山で賢でも行けそうな山に候補を絞って色々と探してみました。
蓼科山は高度差はありませんが将軍平から上の岩場はとても無理そうです。
あと、日帰り出来そうな2000m級はと探してみると「大菩薩嶺」と「櫛形山」が見つかりました。
大菩薩は一度登った事がありましたがあの広い登山道なら賢と一緒でも問題はなさそうです。
櫛形山を調べてみるともっと簡単に登れそうです。
ただ、初めてなので登山道の広さとかがわかりません。
手軽に登れるので人気があって登山者の数も多いようだし。
どっちに登るか散々迷った挙げ句の果てに「櫛形山」に決めました。
勝手がわからないので登山者の少ない平日の早朝を狙って登る事にしました。
ルートを調べるとたくさんありましたが一番簡単な池の茶屋からだとコースタイムで登りが1時間となっていたのでそこから登る事にしました。
3時から4時頃出発の予定でしたが早く目が覚めてしまったので予定より少し早めの2時50分に家を出ました。
身延山分岐まで約1時間は予定通りでしたが丸山林道から池の茶屋方面に行くのに一度道を間違えてしまったため20分程のタイムロスがあって5時10分ぐらいに登山道入り口着です。
高山植物の咲く登山道を賢を連れて空身でどんどん登って行きました。
頂上に着いた時はコースタイムよりもずいぶん早かったのでそこが頂上とは思いませんでしたが確かに「櫛形山」の道標が立っているので頂上に間違いないようです。
北岳から赤石、聖岳方面まで南アルプスの眺望が良く富士山も雲の上に姿をのぞかせていて素晴らしい景色でした。
今度の第一回「山行記」飲み会はこの山のすぐ近くで開催されるので賢ママと一緒に登って来るつもりです。