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日本シリーズ第三戦は竜の圧勝でした。
あと二つ何とか勝って欲しいとお父さんが言っています。
この頃食べ物の賞味期限を偽って表示していたとかで問題となっている会社が目につきます。
「○福」というお餅が販売停止となって売り上げを伸ばしていた「○福餅」というのも実は不正表示をしていたとかでこちらも販売がストップさせられたようですね。
ではこの「賞味期限」って一体何なのでしょうか?
僕にはとっても無理なのでお父さんに訊いてみました。
するとこうなっているのだそうです。
賞味期限
その期間内であれば美味しく食べられるとする、食品の期限表示。ほかに「消費期限」がある。
以前の食品表示は製造年月日が主に用いられていたが、1995年4月よりこの表示に変更された。
日本農林規格(JAS)法と食品衛生法?によって定義されている。
表示の設定は基本的に製造・加工業者がおこなう。
企業主導の表示のため、偽装などが表面化しにくいという問題もある。
つまり、初めから偽装がしやすいと言うのはわかっていたんですねえ。
消費期限
製造日を含め5日以内で飲食に値する品質を保証できなくなる食品に付加される期日表示。
弁当や生ものがその例。
つまり「消費期限」は、弁当、食肉、低温殺菌牛乳など、製造日から約5日以内に消費する傷みやすい食品に表示され、安全に食べられる期限を示したものなんですね。
製造日から5日間日持ちする食品かどうかによって、どちらの表示を使用するか決まるのだそうです。
また、一般に「消費期限」表示が使われる日持ちしない食品に外見の似た製品でも、無菌充填など長期間保存できるよう工夫されたものは、「賞味期限」表示になっているものがある。
賞味期限には余裕を持たせてあるため、期限が過ぎてもすぐに食べられなくなるわけではないが、消費期限を過ぎたものは食べないほうが安全。
「賞味期限」は、レトルト食品、缶詰、インスタント食品など、製造日から約6日以上日持ちする食品に表示され、味や安全性などが保証される期限を示したもの。
基本的に賞味期限は過ぎても食べれるが、消費期限は過ぎると危ない。
「賞味期限」は、味や風味が保たれている期間として表示されるもので、品質保持期限と同じ意味で用いられ、「食品のすべての品質保持が十分に可能と認められる期限」と定義されています。
「消費期限」、「賞味期限」とも、定められた方法で保存した場合の日数ですので、開封したら早めに食べるのが原則です。
僕の家の冷蔵庫の中には「賞味期限」を過ぎた食べ物がたくさん入っていますがお父さんは表示の意味を知っていたらしく全然気にしないで食べてしまいます。
さすがに「消費期限」を過ぎた物はありませんでした。
これはマーガリン、賞味期限表示です。
これはスナック菓子、勿論賞味期限表示です
消費期限表示のものは見つかりませんでした。
お父さんは昨日会社が休みだったのですが仲間の皆さんの日記やブログを読むだけで一日が終わってしまったようで、残業で帰りが遅かったお母さんも帰宅してからとても楽しそうに夜遅くまで読んでいました。
さて、僕が一番好きなのはやっぱりものを食べる事です。
食べ物の中では「何が一番?」と訊かれるとたくさんあるので困ってしまいます。
果物は大体のものが好きですが一番はやっぱり甘い果物で、ぶどうとか梨とかはお父さんから分けてもらって食べる事がよくあります。
モモとかマンゴーなんかはお父さんの大好物なので自分一人で全部食べてしまって僕に分けてくれる事はまずありません。
食べる事の次に好きなのは散歩です。
僕は一日中玄関の「わんルーム」暮らしなのでとにかく外に出たいのです。
だから朝はお父さんが起き出してPCに向かっている4時前から「くーん、くーん」とせがむのですがお父さんはまずみんなの日記やブログをチェックした後で僕のブログを入力するのが日課になっているので4時半になるまでは待たされます。
朝の散歩はお父さんが会社に行く日だと大体30分ぐらいですが休みの日はもうちょっと遠くまで行ってくれます。
夏だともう明るくなっているので色んな人に遇いますが今の時期はまだ暗いので人にはあまり遇いません。
その代わり毎朝天気が良ければ星がとってもきれいなのでお父さんはよく空を見上げています。
夕方の散歩は大体5時頃からですがだんだん日が短くなって来たので家に帰る頃には暗くなってしまいます。
朝晩の散歩コースからは富士山がよく見えるのでお父さんはいつも富士山を見ては「お前の住んでいる所はこの富士山が見えるだけでも十分価値があるんだぞ」と言います。
僕も一度は富士山に登ってみたいと思いますが足を傷つける地面なので靴を履かないと無理なのだそうです。
散歩でも良い天気の時よりは雨降りの時の方が僕は好きです。
なぜだかはよくわかりませんが僕は水を見るとわくわくしてついついテンションが上がってしまうのです。
だから雨の日の散歩の時はいつでも思わず「スキップ」してしまいます。
でもお父さんは「晴れ男」なので雨が降る事はあまりありません。
どうせなら踏み踏みさんのようなお姉さんに飼ってもらった方が良かったかなあ?
かならず「ゴロゴロ」するお気に入りのベンチです
お父さんは今日会社が休みで家でのんびりしていますが朝から仲間の皆さんの山行記録、日記やブログを読むのに忙しくて僕のブログを書いてくれるのをすっかり忘れていたので僕が催促してブログを書いてもらう事にしました。
お父さんとお母さんは仲間の皆さんとの「オフ会」から帰って来てから馬鹿にご機嫌で何かにつけて僕にその時の話を聞かせてくれます。
一日目はあんなに天気が悪くて普通なら怒る所ですが「山に登る事に対してあきらめがついてかえって良かった」なんて言ってるし、僕を動物病院に預かってもらった事でも相当のお金を払わなくてはいけなかったはずなのに「その分人間の宿泊代が安かったから良いんだ」なんて言っています。
天気が悪くてもお金が掛かっても「ああ良かった、楽しかった」と言っていますから本当によっぽど楽しかったんだと思います。
その上美味しい物を食べたりお酒をたくさん飲んだりして来たそうですからそれはそれは楽しかったに違いありません。
おまけに温泉にも2回も行って来たと言いますから本当に人間の世界で言う「盆と正月が一緒に来た」ようだったようです。
そんな話を聞かされるたびに次は絶対に僕も一緒に連れて行ってもらいたいと思っているので皆さんの方からもお父さんとお母さんに「次は賢ちゃんを一緒に連れて来てね」と言って下さい。
よろしくお願いします。
今テレビではゴルフの大好きなおじさんの「証人喚問」というのをやっていましたが何だか質問する人に迫力のある人がいなくて物足りなかったとお父さんが言っていました。
僕はそろそろ夕方の散歩に連れて行ってもらいたいです。
昨日から今日にかけてお父さんとお母さんは「オフ会」に行ってきたそうです。
オフ会というのは初めはお父さんも知らなかったらしいのですが調べると「普段はインターネットのブログとかHPで交流している人達が実際に集まって何かイベントをやる事」なんだそうです。
それでお父さんとお母さんが参加している登山のサイトのメンバーの人が集まって飲み会をやったのだそうです。
僕は連れて行ってもらえなかったのですが今日の夕飯の時にお父さんとお母さんがその時の事を話してくれました。
昨日は朝から雨が降っていましたがお父さんが出掛ける時に天気が悪いのは本当に珍しいのだそうです。
でも昨日は「踏み踏み」さんというお姉さんと「だい」ちゃんというお兄さんが来るので天気が悪くなるのはわかっていたのだそうです。
それでお父さん達は山に登る予定を変更して温泉に入ってから会場に行ったらしいです。
会場に着くとまだ午後の1時だというのにもう工場長さんと香川支部さんという人達がお酒を飲み始めていたと言うから驚きです。
お父さんも決して嫌いな方ではないので早速仲間に入って飲み始めたそうです。
そのうちにどんどんメンバーが集まって来て全部で25人ぐらいの人が集まったそうです。
お父さんは1時から夜の10時過ぎまでずーーーっとお酒を飲み続けていたので今日はちょっとつらかったと言っていましたが夕飯の時はいつもと同じようにお酒を飲んでいました。
色々な美味しい物を食べて夜遅くまでお酒を飲んでとても楽しかったらしくお父さんはお母さんに「次の飲み会はいつ頃にしようか?」と話していました。
そんなに楽しいのなら次の時は絶対僕も連れて行ってもらいたいです。
このお兄さんは一番最初から飲んでいたので一番最初に沈没したのだそうです
「晴れ男」vs「荒れ女」対決第一戦は「荒れ女」の勝ち
今日の第二戦はピーカンお札の勝ち
今日も朝からお役人の不祥事のニュースが報道されていたようですが、毎日毎日いくらでも出て来ますねえ。
不祥事と言ってもただの不祥事ではなくて犯罪ですからね、中央省庁のエリ−トによる。
コメントした某大臣が四文字熟語の読み方を間違えてキャスターから突っ込まれていましたが卑しくも日本の国の大臣ですからねえ、日本語を正しく使えないのはいかがなものでしょうかとお父さんが嘆いていましたよ。
さて、お父さんとお母さんはもう何日も前から今日の天気の事をずいぶん気にしていました。
昨日になっていよいよ天気が悪そうだと決まった時には最後の神頼みで「晴れ乞い」の儀式と言うのをやっていました。
お母さんがいたら「馬鹿な事はやめろ」と言われたのでしょうがお父さん一人だったのでごそごそやっていました。
そんなお父さんの努力も空しく今日は朝から雨が降っています。
おまけに台風が近づいて来ていて10月に上陸すると10年に一度の事なんだそうです。
「踏み踏み」さんというおば、いやおねえさんとこの間家にも来た事のある「だい」さんが雨を連れて来てしまうのだそうです。
どうしてお父さん達がそんなに天気の事を気にしていたのかと言うと今日はどこかで「イベント」というものがあるからなのだそうです。
天気が良ければどこかの山に登ってからイベントの会場に行くつもりでいたらしいのですがこの天気なのでそれはあきらめてどこかの温泉に寄ってから会場に行く事に決めたそうです。
そんなわけで今日と明日は僕一人でお留守番です。
お留守番と言っても家に一人でいるのではご飯を食べる事が出来ないので行きつけの「動物病院」にお泊まりをします。
お父さんとお母さんの話をちょこっとだけ聞いた事がありますが僕の宿泊料金はお父さんが出張に行く時に泊まるホテル代よりも高いのだそうです。
そんなに高いお金を払うぐらいなら僕も一緒に連れて行ってくれれば良いのにと思うのですがなかなかそうも行かないらしく僕が一緒に連れて行ってもらえるようになるのはお父さんの宝くじが当たってからの事になりそうです。
お父さん、お母さん今日はあまり飲み過ぎないよう気をつけてね。
お土産待ってるよー。
昨日の夕方の散歩の時に面白い光景に出会いました。
小学生ぐらいのおねえちゃんが僕よりも大きな「ゴールデン」君(ちゃん?)をおんぶして歩いていたのです。
びっくりしたお父さんが「どうしたの?」と尋ねると「動かなくなっちゃったから」と言ってそのまま歩いて行ってしまいました。
今日のお話は山の想い出の第二弾です。
安倍峠というのは静岡市とかその近隣に住んでいる山に興味を持っている人ならほとんど誰でも知っているぐらい有名なハイキングコースなのだそうです。
僕がお父さんと安倍峠にハイキングに行ったのは2005年の4月の事ですからあと3ヶ月で3歳になろうとしていた頃です。
その前に一度、家から近い梶原山という低い山に行ったことはあるのですが1000mを超える高さの所に行くのは初めての事でした。
朝早く家を出て梅が島温泉と言うところまで車で行きました。
この温泉にはお父さんたちが毎年飲み会をやる旅館があるのですがご主人が高齢で病気がちのため今は営業をしていないのだとお父さんに教えてもらいました。
温泉街のちょっと上の方に車を停めるスペースがあってそこに車を置いて登り始めました。
登山道に取り付くといきなり急な山道でした。
僕は梶原山と同じような所だと思っていたのでちょっとびっくりしましたがすぐに慣れてしまい山の中は涼しくて気持ちが良いのでお父さんの前をどんどん登って行きました。
大きな木の林の中を1時間ぐらい登って行くと分かれ道に出て左に登って行くと八紘嶺と言う山に行くのだそうですがお父さんは僕を連れて右に下り舗装された林道に出ました。
この林道は静岡市の梅が島地区と山梨県の身延町を結ぶ林道として開通したのだそうですがちょっとした雨が降るとすぐに崩れてしまっていつも通行止めになっているのだそうです。
帰りはこの林道をのんびり下りましたがところどころで土砂崩れが起きていてこの時も通行止めになっていました。
山にはお父さんの大好きなみやまつつじの花が咲いていてとてもきれいでした。
昔お父さんは家の庭にこのみやまつつじを植えた事があるそうですが最初の年こそ花を咲かせたものの何年か経つと全く花が咲かなくなってしまい今はもうなくなってしまったそうです。
僕たち動物は自分で動く事が出来るから厳しい環境の所に置かれたら逃げ出す事が出来ますが植物さんたちは自分では動く事の出来ないものがほとんどなので厳しい環境に置かれると枯れてしまうんですね。
この話を聞いて僕は植物さんの苦労がわかるような気がしました。
でも僕たち動物の仲間でも厳しい環境から逃げ出したと思ったら今度は人間とか他の天敵にいじめられて行く所がなくなってしまう事がよくありますからどんどん住みにくい世の中になって来ているのは動物も植物も一緒だと思いました。
僕の場合はちょっと「自由」が足りないけどご飯をちゃんと食べさせてもらって危険もない生活なので何とか我慢してこの家で暮らそうと考えています。
登山道の始まりです
みやまつつじの花です
お父さんとお母さんは日帰り温泉が大好きで二人でよく出掛けて行く事があります。
僕も温泉は大好きなので一緒に連れて行ってもらいたいのですが僕が入れるような温泉はあまりないので連れて行ってもらえません。
いつだったかは忘れましたが一緒に車に乗せてくれたので僕も温泉に入れると思って喜んだ事がありましたが、僕は一人、車の中でお父さんとお母さんが入って来るのを待っていただけでした。
お父さんとお母さんが温泉について話をしているのを聞いたことがありますが二人とも露天風呂が好きなようです。
今まで山梨県の温泉には相当行っているらしいですが一番好きなのは
「ほったらかし温泉」という変な名前のついた温泉だそうです。
この温泉についてはこの間お父さんのお友達の「ふるさとウォーク」さんも紹介してくれました。
何が良いのかと言うとそこから眺める景色と他の温泉とは比べようがない「開放感」なんだそうです。
この温泉からは天気が良いと眼下に甲府盆地が広がりそれを隔てて富士五湖方面の山並みとその後ろには富士山が姿を見せてくれるそうでその眺望は「みたまの湯」と甲乙つけがたいとお父さんが言います。
お風呂は露天だけで屋根がありませんからとてつもない「開放感」なのだそうです。
その代わり雨とか雪が降るときは大変です。
屋根がないのでもろに身体にかかってしまいますからそれを避けるために笠をかぶって入るのだそうです。
しかも嬉しい事に営業時間が「日の出の1時間前から」と言う粋なはからいのお陰で満天の星を眺めながらゆっくりと日の出を待つなんて風流な入浴が出来るのだそうです。
写真を見せてもらいましたがこんなお風呂なら僕が入っていても全然違和感がなさそうだし今度行く時は絶対に一緒に連れて行ってもらいたいと思いました。
これなら僕が入っていても全然おかしくないと思います
お父さんは今58歳で、12月には59歳になり来年には「還暦」を迎えるのだそうです。
還暦というのは干支(えと)という考え方から来ているのだそうで十干と十二支を組み合わせたものだと言う事です。
干支というのはお聞きになった事があるかもわかりませんが「ひのえうま」とか言うあれで一番の始まりが「甲子(きのえね)」で60通り目で元の「甲子」に戻るのだそうです。
それで暦が元に還るから60歳の事を「還暦」と言うのだとお父さんが教えてくれました。
お父さんが産まれたのは60年も前の事なので今とはずいぶん違っていて僕が聞いたら驚くような事がたくさんあったそうです。
テレビなんか今みたいなカラーテレビではなくて「白黒」だったらしいのですがそれだって普通の家ではなかなか買う事が出来ず大相撲の中継がある時などはテレビのある家に子供達が集まって見せてもらったそうですから驚きです。
冷蔵庫も電気冷蔵庫ではなくて四角い箱の中に氷を入れて中の物を冷やしていたそうですがそれだって普通の家にはなかったそうですから昔の人は冷たい飲み物なんてなかなか飲めなかったそうですよ。
電話だって今みたいにケータイなんて勿論あるはずがなく普通の電話でしたがダイヤルでかけるのではなくハンドルをグルグルと回して交換台を呼び出して相手の電話につないでもらって話をしたのだそうです。
それも普通のうちにはない家が多くてお父さんの小学校では長い廊下の端と端に一台ずつ設置されていて子供達が電話をかける練習に使っていたと言いますから驚きです。
道路は舗装などされていなくて砂利道が普通で車なんか滅多に走る事はなく馬車が走っていたそうですから想像も出来ませんね。
それと一番変わったのはやはり何かと話題になるあの問題だそうです。
お父さんが子供の頃は湖に毎年氷が張ってそこでスケートをして遊んだそうですが今では全く張らなくなってしまったそうです。
又、雪だって結構降ったのに今はその頃に比べたら全然少なくなっているようです。
「温暖化」確実に進んでいるとお父さんは話しています。
この山にも昔はもっと雪が多かったようです
動物にまつわることわざや格言はたくさんありますね。
動物と言えば一番身近なペットは僕たちと猫君ですから僕たちの仲間にまつわることわざはどのくらいあるのかなあなんて思ってたらお父さんが調べてくれました。
色々とあるようですがほめる時に使うようなのが少なくて大体は「不名誉」な部類に属するものが多いのだそうです。
へー、こんなのもあったのかと思うようなのも見つかったそうなので紹介してもらう事にします。
・犬がごうなら猫もごう
「ごう」とは乞食の意味で犬と猫に区別はないと言う事から「えこひいきをするな」という意味だそうです。
・犬が駆けだしても笑う
ありふれた出来事にでもおかしいものを見たように喜ぶ事で「箸が転んでも笑う」と同じ意味だそうです。
・犬が星見る
身分と不相応な高望みをすることだそうです。
・犬が西向きゃ尾は東
当たり前の事、その当たり前の事を強調する時などに使われるそうです。
・犬になっても大家(たいか)の犬(又は犬になるなら大家の犬)
主人を選ぶなら頼りがいのある大人物にしなさいという意味だそうです。
・犬にも食わせず棚にも置かず
しまい込んでしまって役立っていない事、けちな人の行動を言うらしいです。
・犬に論語
ありがたみのわからないことで同じ意味のことわざに「猫に小判」「豚に真珠」「馬の耳に念仏」などがあるそうです。
・犬も朋輩(ほうばい)鷹(たか)も朋輩(ほうばい)
役割や立場、能力に違いがあろうとも同じ会社に勤めているものは同僚で仲良くしてゆく義務があると言う意味なんだそうです。
・犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ
犬のような獣さえ主人の恩は長く忘れないのだから、人間たるもの恩知らずではいけないなんて完全に僕たちを見下してますよねえ。
・犬も歩けば棒にあたる
皆様ご存じの格言。元の意味は、「犬もそこらを出歩くと棒で殴られたりするかも知れぬ」ということで、「じっとしていれば何でもないのに、生半可に何かしたり、でしゃばったりするから、災いに合うのだ」ということ。しかし、このごろは「じっとしていないで何かやれば思いのほか、幸せにぶつかることもある」と、逆の意味で使われることも多いのだそうです。
・犬に肴(さかな)の番
番をさせる者の選び方が適当でないことのたとえで同じ意味で「盗人に倉の番」と言うのがあるらしいです。
・犬の糞(くそ)に手裏剣(しゅりけん)
つまらないことに貴重な物を使うたとえだそうです。
・犬の遠吠え(とおぼえ)
弱い犬は遠くから人に吠えかかる事から臆病者は陰では虚勢を張り大きな陰口をたたくと言う意味だそうです。
・夫婦げんかは犬も食わない
これは元々は「犬も食わない」ということわざがあって「何でも食べる犬でさえ食べない」という様子から「誰も好まず相手にもしない事」という意味で使われていたのですがそれに「夫婦げんか」をくっつけて一つのことわざにしたのだそうです。
それにしてもこうしてみるとあまり嬉しいことわざはありませんね。
まあ、猫君だって「猫の額」とか「猫の手も借りたい」とかあまり良いことわざはないようですからこの勝負は引き分けという所でしょうか。
犬が西向きゃ尾は・・・・
あれっ、ノブ君には尾がない。
ルビーちゃんの尾は下向いてるよ。
昨日はとても良い天気で山に行くにはうってつけでしたがお父さんは「草取り清掃」に参加したのでどこにも行く事が出来ず「もったいない、もったいない」と嘆いていました。
毎日の散歩は僕の日課になっていて朝と夕方の2回お父さんが連れて行ってくれます。
僕の友達の中には「雨の日は行かない」なんて言う犬もいるようですが僕の場合はどんなに天気が悪くても毎日2回は必ず行きます。
それにプラスしてお父さんが時々山歩きに連れて行ってくれるのでそんな時はとてもラッキーです。
僕を飼い始める時はお母さんが「散歩は毎日私がさせるから」と約束してお父さんの許可をもらったらしいですが朝はお父さんのご飯の用意があるし夕方はお父さんの方が帰りが早いのでお父さんの役目になったそうです。
そんなわけでお母さんが連れて行ってくれるのは日曜日の夕方だけでそれもお父さんが一緒に行く事が多いですからお父さんは毎日僕の散歩に付き合ってくれている事になります。
散歩のコースはいくつもあってどのコースも大体30分ぐらいで一回りして来ますが休みの日などはもうちょっと遠くまで出掛けて1時間近くになる事もあります。
朝の散歩に出掛けるのは4時半ぐらいなので夏はもう明るくなっていますが今頃の時期はまだ星が出ていてとてもきれいです。
夕方もこれからはどんどん日が短くなって行くので帰る頃はすっかり暗くなってしまいます。
朝の散歩は時間が早いので友達と出会う事はありませんが夕方の散歩では友達に会う事がよくあります。
僕は友達も好きですが飼い主さんの方がもっと好きなのでそばに行ってなでなでとかしてもらいます。
そして散歩から帰るとご飯を食べさせてもらいます。
ご飯を食べ終わると何もする事がないので一日中玄関の「わんルーム」の中で寝ています。
お父さんもお母さんも昼間は会社に行ってしまうのでつまりません。
毎日毎日「お父さん、早く帰って来ないかなあ?」と首を長くして待っている僕なんです。
お気に入りのベンチでゴロン
散歩友達のわんこ達です
昨日の夕方、お父さんと散歩をしている時に通りかかった家の前にプランターが置いてあってつぼみを持った植物がありました。
お父さんに訊くと「菊」と言うお花だそうです。
お父さんは昔植物に関係のある仕事をしていた事があるので花に関する知識を少しは持っているそうです。
お父さんが菊の事について教えてくれたので紹介しておきます。
菊は作付け面積がダントツ一位の切り花でバラ、カーネーションを合わせて3大切り花と呼ばれていますが需要の多い時期に供給が出来るようにその性質を利用して「抑制栽培」と言う方法が採られているのだそうです。
菊には日照時間が短くなると花芽が出来て花が咲く「短日性」と言う性質があるのだそうです。
だから夏から秋になって日が短くなると花が咲くんですね。
所が菊の需要が増すのはお正月から春のお彼岸にかけてなんだそうです。
植物は工業製品と違って「作り置き」が出来ませんから必要な時期に咲かせなくては需要に応える事が出来ません。
そこで考えられたのが「電照」と言って菊に照明で明るさを与えて「昼間」と勘違いさせる方法なのだそうです。
秋になって実際は日が短くなっているのに照明で明るくしているので菊は「まだ花を咲かせる時期にはなっていない」と思っています。
そして需要が増える時期に開花するようなタイミングで照明をやめてしまいます。
すると菊たちは一斉に花を咲かせて農家の方達がそれを収穫するのだそうです。
同じような事を「光」ではなく「温度」でやっているものもあるそうです。
皆さんもよく口にする事のある「いちご」がそれだそうです。
いちごの需要はクリスマス前後に集中するのでその頃に実をつけるようにするための調整をするのですがいちごには冬を越して春になると花を咲かせて実をつける性質があるのだそうです。
そのため、春に植えた苗を夏の間は涼しい所に置いておき秋に温度の高い所に戻す事で「春が来た」と勘違いしたいちごが花を咲かせて実をつけると言うわけです。
所が菊のように「照明」ならそれほどお金が掛からないのですが「冷房」だと莫大なお金が掛かってしまうのだそうです。
そこで考えられたのが「山上げ」と言って苗を高冷地に持って行ってしまうやり方なんだそうです。
夏の間富士山の麓のような涼しい所で過ごさせた苗を秋になると元の土地に戻していちごを「春」状態にしてしまいクリスマスの頃にちょうど実が出来るようにしてしまうのだそうですから人間はうまい事を考えるものですね。
切り花も良いですがやっぱり自然の中で咲く花の方が好きなお父さんです。
昨日は雨が降りましたが今朝になるとすっかりやんでいて今日はとても良い天気でした。
お父さんとお母さんが話しているのを聞いたのですが「踏み踏み」さんという人が静岡に来たため天気が悪くなったのだそうです。
そんな人がいるなんて驚きです。
今日は何も予定がないとお父さんが言うとお母さんは「賢を連れてどこかに行って来たら?」とお父さんに勧めました。
「そうだなあ、それでは日本平にでも行って来るか」とお父さんが答えて今日の「日本平ハイキング」が決定しました。
お母さんが会社に出掛けた後で家を出て日本平に向かいました。
昨日の雨で登山道がぬかるんでいるかも知れないとお父さんはちょっと心配したようですがいつものようにサンダル履きで歩きます。
登山口の所から見えた富士山は頭が雪で白くなっていました。
お父さんは又来年登るそうです。
登山道はちょっとだけ湿り気がある程度で全く問題ありませんでした。
頂上の近くに「日本平ホテル」がありますがこのホテルの日本庭園は前にキムタクが主演したTBSテレビのドラマ「華麗なる一族」の万俵家の庭として放映されたそうです。
頂上からは清水港を隔てて富士山がとても綺麗に見えていました。
帰りは登った道とは違うコースでゴルフ場の横を通って下って来ました。
山の中腹に木の箱がいくつか置いてありましたがミツバチの巣で野生の「日本ミツバチ」が巣を作ってくれれば蜂蜜が採れるのだそうです。
草薙神社の中を通ってつつじヶ丘団地まで戻り近所の「はなちゃん」の家の前でおじさんとおばさんにちょっとだけ遊んでもらいました。
お父さんが「日本平に登って来た。」と教えて上げると「えらいね、賢は、そんなに遠くまで歩けるんだ?」とほめられました。
家を出てからちょうど2時間のハイキングでちょっと疲れたけどとても楽しかったです。
来週はお父さんとお母さんがお泊まりのお出掛けなので僕はひとりで動物病院にお泊まりします。
お父さんとお母さんは色んな所から集まる「山仲間」の飲み会があるらしいです。
楽しそうですが僕は連れて行ってもらえないので寂しいです。
その代わり次の週にでもどこかに連れて行って下さいね。
万俵家の庭です
のどが渇いたので水を飲みました
清水港と富士山です
ミツバチの巣です
はなちゃんの家の前で
セリーグのCS第一戦は竜が大男をやっつけました。
日本シリーズ進出まであと2勝、がんばれ、竜!
パリーグは日ハムが進出を決めたので残念ながら竜vsロッテの対戦はなくなってしまいました。
さて、皆さんは「冤罪」という言葉を知っていますよね。
僕はお父さんに教えてもらったのですがやってもいない事件の犯人にされて裁判に掛けられて有罪になってしまう事なんだそうです。
つい最近ある「冤罪事件」のやり直し裁判が行われて「無罪」の判決が出されたと聞きました。
その翌日無罪判決を受けた被告の人の会見の様子をニュースで見たお父さんが「あまりうれしそうではなかった」と言っていましたね。
事件のあらすじは大体以下のようになっているそうですが難しいのでお父さんに説明してもらいます。
2002年に婦女暴行容疑で逮捕された元タクシー運転手が物証のない事件で起訴されて有罪となり服役した後刑期を終えて2005年に出所しました。
所がその後で別の容疑で逮捕された51歳の男がこの事件の犯人だと自供した事から元運転手が犯人でないことがわかったのです。
そして2007年1月17日に男性の親族へ経緯を説明し富山県警察が謝罪、1月19日に記者会見で事実が公表されたのです。
これを受けて、男性の無罪判決を求める再審請求が富山地裁で行われその判決が出たわけです。
なお、富山県警が男性に冤罪事件について謝罪したとされる2007年1月23日夜の翌日、24日昼に男性は富山地方検察庁に呼び出され、「当時の取り調べ捜査官、担当検事を恨んでいません」などという内容の調書を自白調書に続いてまたしても意思に反して作成させられたという事です。
男性が、知らないはずの事件の詳細についての自白書類が富山県警により捏造され、署名・指印させたことも判明しているそうです。
無罪となった男性は真犯人発覚後にマスコミのインタビューに答え、尋問した刑事から「身内が間違いないと認めている」と告げられ弁明しても聞いて貰えず、罪を認めざるを得ない状況に陥ったと答えています。
また、同意すること以外は意見を述べることを刑事から禁じられた上で、刑事の言うことが事実だという念書を書かされ署名させられていたとも告白しているそうです。
同様の捜査手法は、同じく冤罪が確定した大量選挙違反の志布志事件でも採られています。
すなわち、「お前の家族も、お前が犯人だと言っている」と告げたり、偽造まがいの手法により作られた家族の手紙を見せることで、被疑者を絶望に追い込み、自暴自棄になったところで自白を採るという手法が使われたようです。
長勢甚遠法務大臣も1月26日に男性に対し謝罪はしたものの、男性が述べた自白の強要については違法性が無いと述べました。
そのため、当時の捜査員に対する処分は行わないとされているそうです。
この事件の再審の内容ですが、無罪判決が確定したものの、取調べをした警察官等の証人尋問及び処分が実施されていないなど冤罪事件が発生した真実が解明されておらず、真実が闇に葬られた形となっているようです。
これが書き出しにある「あまり嬉しそうではない」理由のようです。
冤罪事件の被害者たちが同じような証言をしている事から、このような方法は冤罪を生み出す手法として時代や場所を選ばずに行われている方法であるとも指摘されています。
6月6日には、日弁連主催で「えん罪を生み出す取調べの実態」というシンポジウムが緊急に開かれました。
今回の再審では尋問した取調官の証人尋問を却下したり、ただ単に無罪判決を出す手続きにすぎない裁判に「本気で真相を究明し、反省する気があるのか」という疑問や非難が出ました。
ちなみに判決中述べた裁判官のあまりにも他人事な発言に男性は「むかついた」と裁判長に対し怒りをあらわにしたそうです。
なお、男性の父親は男性の逮捕当時入院中で、息子の逮捕は知らされず男性の服役中に亡くなっていると言いますから本当にお気の毒な事だと思います。
裁判員制度実施が近づいている今一般市民も裁判というものにもっと関心を持つ必要があるのかも知れませんね。
僕たちの場合は強いものが勝ちなので警察も裁判所もありませんよ。
それに比べて人間の社会には色々なルールがあって理不尽な暴力などからは守られているように見えますがうっかり油断するとこういう事があるので大変ですね。
僕は今までに何回かお父さんに連れられて山に登った事がありますが、初めて連れて行ってもらったのが「梶原山」という山です。
山と言っても高さは300mもないぐらいの低い山でおまけに頂上のすぐ近くの駐車場まで車で行く事が出来るのでちょっと物足りない山行でしたよ。
行ったのは2005年の2月ですから2002年生まれの僕が2歳半ぐらいの時でした。
その前の年に富士山、蓼科山、北岳、甲斐駒ヶ岳などの山に登ったお父さんはどうやら再び本格的に山登りを始める気になっているようでした。
年が明けて2月のある日僕を連れて梶原山に出掛けたのです。
お父さんは朝が早いですから近くの山に出掛ける時でも家を出るのはとても早いです。
まだ薄暗いうちに出発して駐車場に着いたのが6時半前でした。
夜明け前の頂上からは清水港や富士山が見えていました。
あまりにあっけなく頂上に着いてしまったので尾根づたいに歩いて近くの「帆掛山」という山まで行きました。
この山は通称を「一本松山」と言うのだそうで梶原山よりは少し高くて300mをちょっと超えているそうです。
ぐるりとあたりを一回りしただけの1時間にも足りないぐらいの山歩きでしたがとても楽しくて僕はこの時以来山歩きが大好きになりました。
もっともっと色々な山に連れて行ってもらいたいと思うのですがいつも僕を家に残してお父さんはお母さんと二人で出掛けてしまいます。
毎回とは言いませんからたまには僕も連れて行って下さい。
お願いします。
最近(と言うかもうかなり前から)お父さんの国では少子化という問題が起きているそうです。
年々生まれる子供の数が減り続けてこのままでは将来働き盛りの若者の割合が少なくなりお年寄りの生活を支えて行く事が難しくなってしまうのだそうです。
僕たち犬や他の動物の場合は本能として「子孫繁栄」という行動を取るので子供を産んで育てるのに適した時期になると子供を産むだけの体力のあるメスの身体の中で「フェロモン」という物質が作り出されてそれがおしっこに混じって排出されるようになります。
オスはそのにおいを嗅ぐ事によって生殖本能が騒ぎ出し繁殖行動に出るわけです。
そうすると赤ちゃんが生まれて子孫が増えて行くわけですが人間の世界のように病院なんかありませんから病気になって死んでしまったりする子供も多く生存率は人間にはとても及びません。
人間の場合は大脳が発達しているので僕たちのように「本能」で行動するよりも「理性」で行動する事の方が全然多くていつでも赤ちゃんを作れる準備が出来ているのだとお父さんから聞いた事があります。
でも僕は「理性」が働かなくて「感情」を抑えきれなかったために赤ちゃんが生まれてしまった人をたくさん知っています。
それに人間は暖房とか冷房によってある程度自然をコントロールする事が出来ますから季節によって子育てのしやすさが左右される事は少ないようです。
食べ物だって一年中あるし、天敵もいないしそう考えるとどうして「少子化」が問題になるほど赤ちゃんが生まれないのかわかりません。
お父さんの言う事には人間は目先の事よりももっと長い目で将来の事を見ているので今仮に子供を産んだとして、育てるのは難しくないかも知れないけれどその子が大きくなって大人になった時幸せに暮らして行けるかどうか考えるととても希望が見えないので子供を産むことにためらいを感じてしまうのだそうです。
それなのに政治家はその原因を取り除こうともしないで何とか生まれて来る子供の数を増やそうとするけどそんなの無理に決まってるとお父さんは言います。
政治家は生活に苦労した事がないので一般庶民が今何に困っているのかわからいのだそうです。
そう言われて見れば大臣まで作って少子化を何とかしようとしているのに一向に効果が出ませんものねえ。
僕たち動物の場合は増やすのは簡単です。
僕が公園などに散歩に連れて行ってもらうとよくネコ君にエサを上げている人を見かけますがエサが豊富にあって食べて行く心配がないと雌ネコはフェロモンを出して雄に繁殖行動を促します。
するとどんどん子供が増えますが飼い猫ではないので子育てがとても難しいのだそうです。
たいていの場合カラスの餌食になったり交通事故に遭ったりして死んでしまうのだそうです。
面白がってエサを上げている人はその後の事までよく考えないといけないとお父さんが言っていました。
お父さんはよく120歳まで生きると言っていますがその頃には若者の数が少なくなって年金なんてどうなっているのかわかりませんねえ。
赤ちゃんは可愛いですよねえ。
皆さんこんにちは、賢です。
まだブログを書くのに慣れていないので苦労しています。
読みにくいところがあっても勘弁してくださいね。
この頃賢ママはよくお父さんと一緒に山登りに出掛けていますが僕がこの家に来たばかりの頃は山登りなんて全くしませんでした。
いつごろから山に行くようになったのかお父さんに訊いてみました。
お父さんの説明によると結婚してからたった一度だけ家族で竜爪山という山に登った事があるそうですが子供たちがまだ小学生の頃と言いますから今から15年ぐらい前の事だそうです。
穂積神社というところまで車で行ったので頂上までは1時間足らずで登ったそうですがその一度だけで賢ママと子供達は懲りてしまい二度と「山に登る」とは言わなかったそうです。
それからお父さんは家族を誘っての登山をあきらめて一人で登っていたそうですが2005年に会社の人たちと富士山に登った話を聞いた賢ママが興味を持って「私にも登れるかしら?」と言い出して、それを聞いたお父さんが「チャンス到来」とばかりに連れて行ったのが始まりのようです。
賢ママ(以下、お兄ちゃん、お姉ちゃんと同じようにお母さんと呼びます。)は高校生の頃一度だけ富士山に登った事があるそうですがお父さんと登ったこの時は3時間半ぐらいで頂上まで登ったのでお父さんが褒めてあげたら山登りを始める気になったらしいです。
そして家に帰る車の中で「今度はどこの山に登ろうか?」という話になったのでお母さんの気が変わらないうちに山の世界に引き込んでしまおうと考えたお父さんがすぐに山用品を扱っているスポーツ店に連れて行って登山用の靴を買ったという事です。
富士山に登った2週間後には早速お父さんが蓼科山に連れて行ったそうです。
蓼科山を選んだのは慣れていない人でも比較的簡単に登れる割にはいかにも「登った」という達成感が得られる事となんと言っても頂上のあの景色だそうです。
大きな岩がごろごろしていてしかもそれが半端な広さではなく圧巻だと言います。
それに天気が良ければ八ヶ岳の眺望が素晴らしいのだそうです。
あいにくその日はガスがかかっていて八ヶ岳は見えなかったそうですがお父さんの狙い通りお母さんは山の面白さに目覚めてそれ以来積極的に山に行こうとお父さんを誘うようになったそうです。
お父さんとお母さんはよく「賢には蓼科山は無理だろうな?」と話をしていますが僕だって今までに色々な山に登っているのでそんな面白そうな山なら是非連れて行ってもらいたいものです。
お父さん(パパと呼ばれるのを嫌がるのでこれからはこう呼びます。)は最近怒っています。
よくニュースとかの報道を見ては怒る事の多いお父さんですが原因はどうやら静岡空港らしいです。
皆さんは飛行機を利用する機会は多い方ですか?
お父さんは平均したら3〜4年に一回ぐらいのものですかねえ?
昔は九州や四国あるいは北東北なんかへの出張の時は飛行機を使ったそうですが最近では新幹線の事情が良くなっているので飛行機には乗れなくなった所が多いそうです。
先日の四国出張の時などは新幹線→在来線特急乗り継ぎでも全然不便を感じませんでしたと言っていましたよ。
それだけ鉄道路線が整備され新幹線がより遠くまで延びている時代に逆行するように静岡に飛行場が作られようとしているのだそうです。
1987年12月に県議会の議決によって空港建設予定地を榛原・島田に決めたとありますから今から20年も前の事だと言います。
この議決を受けて建設に向かって一直線に進んで来ましたがそれから20年の間に状況は大きく変わっているのだそうです。
変わっていなくても静岡に空港なんて必要がない事は県民が認めている事なんだそうです。
ここからはちょっと説明が難しいので賢パパの助けを借りて直接書き込みをしてもらいます。
隣の県に住んでいても他県の事はよく知らない方が多いと思いますから静岡県の交通事情を説明しておきますが鉄道も道路も太平洋の海岸線と平行して東西に幹線が走っています。
新幹線は一番東の熱海から一番西の浜松まで県内に6つの駅がありますから駅の数ではどこの県にも負けないと思います。
道路は東名高速が県を横断しており道路事情も悪くありません。
それなのになぜ空港なのでしょう。
県議会で議決された時県民の多くが「なぜ飛行場なの?」と疑問を感じました。
事業の途中で「住民投票の請求」も出されました。
住民投票なんてやられた日には「ノー」と出るのは明らかですから県議会ははねつけました。
利用予測なんてめちゃくちゃです。
東京に出た方がはるかに便利な熱海や名古屋に行った方が便利な浜松の人までみんなこの空港を使うという予測で作られたものです。
ここまで露骨にごり押しされると県民も根負けしてしまいとうとうみんなあきらめの境地です。
地元の建設業界活性化の目的はわかります。
しかし作った後まで毎年赤字の補填を税金でされたのではたまったものではありません。
そんな事よりこの高齢化社会に向けて「老人福祉」を充実させて欲しいと思うのは中高年の皆さんだけでしょうか?
お父さんも自分がまだ若い時にはあまり「高齢者福祉」などと言う問題には関心がなかったみたいですがもうすぐ年金をもらうような歳になって例の社会保険庁の色々な不祥事や何かの事もあって税金の無駄遣いには相当怒っているようです。
これは愛知県のセントレア空港だそうです。
飛行場の立地要件には「背景人口」も重要なんだそうです。
皆さんおはようございます。
今日から僕が賢パパに代わってブログを書く事になりましたので応援よろしくお願いします。
早速昨日の事を話します。(僕の話を聞いて賢パパが入力してくれます。)
昨日は僕にとって素晴らしい一日でした。
人間の世界ではこういうのを「盆と正月がいっぺんに来たようだ」と言うのだそうです。
前に賢パパから教わった事があります。
賢パパは本当は今日、賢ママと山に登ったり温泉に入ったりする事になっていたのですが今日は天気が悪そうなので昨日山歩きをしておこうと考えたそうです。
ひとりで行くのもつまらないという事で僕を一緒に連れて行ってくれました。
竜爪山という山に行ったのですが頂上までは登らずに先月「ひとちが」さんが登ったルートを穂積神社と言う所まで一回りして来たのです。
竜爪山には前に一度登った事がありますがあの時はずいぶん上の方まで車に乗せて行ってもらったので楽でした。
昨日は下の方から歩いたので結構大変でしたがとても面白かったです。
登山道の入り口にいきなり「熊出没注意!」と言う看板があってパパが確かめると熊が目撃されたのはちょうど「ひとちが」さんが登った日だったそうです。
賢パパは「ちがこさんなら熊だってこそこそしっぽを巻いて逃げ出すさ」と言っていました。
それから一番びっくりしたのが登り始める時に今にも降り出しそうだったのに賢パパは雨具の用意を何もしないで登ったのですが全然降らないどころか最後には青空が見えていましたから驚きです。
でもあまり自分を過信するといつかきっと痛い目に遭うような気がしました。
竜爪山には大勢の人が登っていて「ひとちが」さんの描いた絵の通りだと思いました。
ひとちがさんの絵の才能には賢パパと賢ママも感心しています。
山から帰ると今度は「ドッグラン」に連れて行ってくれました。
お山の中にある私設のドッグランなのですが無料開放してくれているのでとても有り難いです。
散歩仲間の涼音(リオン)ちゃんやルビーちゃん、クライフちゃん達と思いっきり駆け回り大満足の一日でした。
山歩きとドッグランで疲れたので帰りの車の中では良い気持ちで眠ってしまいました。
今日も一緒に連れて行ってもらいたいけど独りで留守番だろうなあ。
こんにちは、山○賢です。(誰ですか、山内賢なんて言ってるのは?お歳がわかってしまいますよ)
経緯は賢パパが説明してくれたので省略しますがこれからこのブログを担当する事になりましたので皆さん、応援よろしくお願いします。
担当すると言っても賢はPCを扱えないので賢の考えた事を賢パパに口述してそれを賢パパにPCで処理してもらってブログにします。
賢の考えている事をうまく表現出来るかどうかちょっと頼りない所がある賢パパですが皆さん温かく見守って上げて下さいね。
それでは簡単に自己紹介をしておきます。
名前は先ほども言いましたが「黒ラブ」の山○賢です。
しつこいようですが山内賢ではありません。
歳は7月で5歳になったばかりですから人間で言う所の「男盛り」ですね。(女盛りはあるけど男盛りっていうのもあるのかなあ?)
趣味は雨の中の散歩とそこここかまわずゴロゴロと転げ回る事です。
特技と言うほどの特技はありませんがどんな飼い主さんからも可愛がってもらえる事ですかね。
毎日これと言って不自由のない暮らしをさせてもらっていますがちょっと不満なのが嫁も彼女もいない事です。
賢パパはどうしても人間の目で見てしまうので気がつかなかった事がたくさんありますから僕は犬の目で見た人間社会のおかしな点や面白い点を書いてみたいと思います。
皆さんよろしくお願いします。
突然の事ですがただいま限り「賢パパの登山ブログ」からの引退を宣言します。
今日、賢と二人で約1時間半ぐらいの山歩きをして来ましたが歩く道々で賢とじっくり話をしました。
その時に賢が言う事には「賢パパのブログはまあまあそこそこ読めるには読めるけどやっぱり人間の目で物事を見ているので色んな事に気がついているようで案外気がついていない所がいっぱいある。」のだそうです。
続けて言うには「この辺で一度賢にバトンタッチしてみませんか?賢が犬の目で見れば人間には気がつかない事で大事な事がよく見えるからもっと面白いブログが書けるようになるから」と来ました。
ここまで言われては賢パパ、何も苦労して毎日書く意味がありませんから快く賢に後をまかせてこのブログから引退する事にしました。
ではこれで賢に引き継ぎますので皆さん今まで以上にご贔屓にしてやって下さいね。
よろしくお願いします。
近頃賢の散歩に出るとどこからともなく良い香りが漂って来ます。
そう、人によっては「トイレのにおい」と言われるあれです。
香りの正体は「キンモクセイ」の花です。
キンモクセイについては先日「モモたろう」さんのブログで紹介されていましたが読んでいて思わず「ほろり」と来るような青春時代の想い出でそのすぐ後にこんな無味乾燥な文では気が引けたのでちょっと間を置きました。
さて、気を取り直して、キンモクセイは静岡県の県木、県の木になっているぐらいですからこちらではどこにでもあって全然珍しくありませんが賢パパ、初めてこの香りに出会ったのは高校3年生の時ですから随分遅いですよねえ。
賢パパのふるさとの方にはこの木はなかったようで修学旅行で行った京都のどこかで初めて香りを嗅いだのです。
「随分良い香りのする花だけど何と言う花なのかあ?」と思っただけで花の名前を調べる事はしませんでした。
今の時代みたいにインターネットなんかがあれば簡単に調べられるのでしょうが当時は調べようにもどうして調べたら良いかすら思い浮かびませんでしたから。
その後花の名前が「キンモクセイ」であることがわかりましたがそのままになっていました。
最近この香りをかいで昔の事を思い出し「どうして賢パパのふるさとの方にはなかったのだろう?」という疑問を持ちちょっと調べてみる気になりました。
キンモクセイ(金木犀)はモクセイ科モクセイ属の常緑小高木樹でギンモクセイの変種とあります。
「金」があるぐらいですからやっぱり「銀」もあるんですね。
中国南部が原産で、江戸時代に渡来したそうで、桂花とも呼ばれています。
主に、庭木として観賞用に植えられていて秋になると小さいオレンジ色の花を無数に咲かせ、芳香を放つとも書かれていますね。
芳香はギンモクセイよりも強いそうですよ。
雌雄異株であるが、日本では雄株しか入っていないので結実しないとありますからこれで賢パパのふるさとの方にはなかったわけがわかったような気がします。
結実しないと言う事は自然繁殖が出来ないわけですから日本にある金木犀の木は全て誰かの手によって植えられたものと言う事になるのでしょうね。
中国が原産ですから西の方からだんだん東に勢力を広げて来たものと思われますが自然繁殖ではなくて誰かに植えてもらわなくては勢力を広げる事が出来ません。
それで東北地方の方までは行き渡っていなかったのかなと勝手に納得している賢パパです。
余談ですがこのキンモクセイを市町村の木に指定している自治体は
茨城県 - 牛久市
神奈川県 - 大井町
長野県 - 高森町
愛知県 - 日進市
滋賀県 - 草津市
大阪府 - 豊中市
兵庫県 - 明石市
福岡県 - 田川市、筑前町
佐賀県 - 鹿島市
大分県 - 別府市
熊本県 - 山鹿市、甲佐町
などがあり、
市町村の花に指定されている自治体には岡山県 - 建部町があるそうですがやっぱり東北地方の市町村は入っていませんよね。
賢パパの会社の敷地内に植えられているものです。
こんなにたくさんの花が咲くのですね。
週末の天気が心配な賢パパですがどうでしょうかねえ?
さて、今までの温泉紹介では比較的「お薦め」の温泉を紹介して来ましたが「これから行ってみようかな」と思っている所が実はあまり「お薦め」ではないということも考えられますのでそういう温泉を紹介しておきます。
デメリットの紹介ですから実名は避けますのでご了承下さい。
・○母の湯
このブログの常連さんである「ひとちが」さんの地元の温泉です。
これは必ずしも当たっていないかも知れませんので反論のある方は是非お願いします。
おそらく賢パパ&ママは訪れた時期が悪かったのだと思います。
富士山に登った人たちが帰りに寄るのにちょうど良い場所にあるので富士登山のシーズンに行ったのが間違いだったのだと思います。
とにかくものすごい混みようで人がたくさんいるせいか全ての施設がやたら狭く感じられました。
確認のために富士山のシーズンが終わった今の時期にもう一度行ってみる必要があるかも知れません。
ただ、1時間入浴というのがあって当時は400円でひとっ風呂浴びることが出来たのは良いと思いましたね。
・上○の湯
地名から想像していたのは見晴らしの良い高台にある露天風呂でしたが行ってみると想像していた場所とは全然違って、峠からかなり下った所にある温泉でした。
露天風呂もありますが四方を壁に囲まれた風情のないものでここはあまりお薦めとは言えません。
・○野の湯
「高齢者保養施設」の看板があって一瞬戸惑いますが一般の利用もOKです。
駐車場が狭くて入りきらない時は少し下の駐車場に置きます。
施設的にはいまいちで露天もありませんが硫黄泉で少しにおいもあって効きそうな感じは良いと思いました。
客は坊主頭の人ばかりでもしかして身○山の修行僧でしょうか?
自販機もなく食堂もこじんまりしたさえないものですが入浴料は400円と安めです。
・○じの湯
スーパー銭湯でどこかの源泉をほんのちょっと混ぜただけのいわゆるまやかしものっぽいです。
値段は550円と安いですがシャンプーの類も置いていなくて施設的にはいまいちです。
体中に色々な絵を描いてある人が3人も入っていてちょっと落ち着きませんでした。
二度と行きたくない風呂の一つです。
やっぱり行き着く所は・・・・・・
昨日10月10日は「目の日」だったそうです。
「10」を眉毛と目玉に見立てているのでしょうかね。
そこで今日は「目」に関係のある話題を一つ紹介します。
皆さん、いきなり変な質問で申し訳ありませんが「とり目、脚気(かっけ)、壊血病(かいけつびょう)」って何だかわかりますか?
若い人達にはわからないかも知りませんが賢パパが中学生ぐらいの頃の保健体育のテストなんかにもよく出された問題で答えは「ビタミン欠乏症」つまりはビタミン摂取が不足した時にかかる病気のことです。
もう少し詳しく説明すると「とり目」というのは別名を「夜盲症(やもうしょう)」と言って名前の通り夜になると目が見えなくなってしまう症状です。
その原因がビタミンAの不足によると言う事は広く知られている事です。
脚気はビタミンB、壊血病はビタミンCの不足によって引き起こされるのですが本題のとり目とは関係がないのでここでは説明を省きます。
今日の話は「とり目」についてですがどうしてこんな名前が付いたのでしょう?
「wiki」によれば次のように説明されています。
夜盲症(やもうしょう)は、夜になると視力が著しく衰え、目がよく見えなくなる病気。
俗に鳥目(とりめ)と呼ばれる。
なお、鳥類は全て鳥目と誤解されることが多いが、ニワトリなどを除いて鳥類は夜間も視力を持つものが多い。
一般に昼行性が多いが、フクロウ、ヨタカ、ゴイサギなど、夜行性や薄明活動型(夕方に活動)の鳥類も少なくない。
やっぱり「鳥類」すべてが「夜盲症」というわけではありませんでしたよ。
そう言えば雁の渡りの様子を描いた絵なんかで月が出ているものがあったような気がしますね。
ゴイサギの別名は「夜ガラス」と言うぐらいですからやはり夜間に行動するのでしょうね。
フクロウやミミズクなどの仲間は暗闇でもよく見えるように瞳がとても大きく出来ているのは皆さんもご存じでしょう?
こうして見ると「とり目」なんて名前を付けられて怒っている鳥がたくさんいる事がわかります。
「だからどうした?」って言われると困ってしまいます。
ただこれだけの事ですから。
昨日が「目の日」だって言うから何か目に関係あるネタはないかなあと思っただけの事でした。
これは「かわらひわ」という小鳥です。
多分「とり目」だと思います。
昨日、賢ママのお仕事仲間の方からお土産を頂きました。
「な・な・何と」・・「松茸さん」と「冬ソナチョコレート」
でした。
そうなんです、彼は「韓国」に行ってきたのでした。
「松茸」さんはスライスして、オーブンで表面をさっと焼いて
頂きました。
賢パパが2/3で賢ママは1/3を仲良く食べました。
「あ〜、お・い・ひ・い♪」
「冬ソナチョコ」も「お・い・ひ・い」・・・(やったね)
箱にかすかに「ヨン」様が写っていましたよ。
(しかし、賢ママは一回も冬ソナを見た事がありません!)
昨日はとても良い一日でした。
by賢ママ
2005年の8月末に賢を連れて櫛形山に登り賢の200mクラス初登頂を果たしてからは9月の「中年登山隊の富士山リベンジ登山」で昨年登頂をあきらめた人たちを主なメンバーとして富士山に無事全員登頂を行い、話を聞いた賢ママが「登ってみたい」と言い出したため9日後に賢ママを連れて登りましたがやはり登山小屋が営業を終えた後とあって女性には「トイレ」の問題がついて回るようでありました。
幸いこの時は頂上の小屋で撤収作業が行われていたのでそこのトイレを借りて事なきを得た賢ママでした。
更にこの翌月に単独で登った賢パパでしたからこの時は2ヶ月の間に3回も富士山に登った賢パパでした。
まず9月9日の
「中年登山隊のリベンジ登山」ですがメンバーは去年とほぼ同じで例の「雨男」さんも名前を連ねていました。
何しろこの方の「雨男」ぶりは半端ではありませんからメンバー全員が相当気にしていましたし当の本人もかなり気にしていたようです。
当日は前回と同じように会社が終わってから出発して5合目駐車場に行き小田原からのメンバーと合流しました。
記録を紐解くと5時40分に登山開始とありますからもうだいぶ明るくなってからスタートしました。
確か登り始めるときは頂上が見えていなくて「もしかして今年も?」という不安が隊員一同の脳裏をかすめたものです。
途中でガスが湧いて来てかなり寒くなったので上半身だけカッパを着た事を覚えていますが頂上に着いて祝杯を挙げていると太陽が顔を出してくれてとても暖かくなった記憶があります。
こうして2年越しの思いがかなったこの時の富士登山でした。
この話を聞いたり写真を見たりした賢ママがどういうわけか「私も登ってみる」と言い出したので「善は急げ」とばかり熱が冷めないうちに連れて行こうと9日後の
18日に登りました。
賢ママは登りに強く3時間半で頂上に立ちましたが下りには弱いためかなりのスローペースで下りたので2時間40分もかかってしまいました。
この時は少しでも傾斜の緩い「ブル道」をシーズン終了後である事から使わせてもらいました。
これですっかり登山にはまった賢ママはその後早速靴を買いに行き本格的な夫婦登山が始まりました。
その翌月は埼玉の大貫金吾さんが500回目の富士登山を行うというので仲間が集まって記念登山をする事になっていました。
10月22日の事でしたが遠くからの人は6合目の小屋に泊まって翌朝から登る事にしていました。
賢パパは近いので日帰りで出かけましたが当日はあいにくの荒天でした。
それでも5合目駐車場で準備を済ませて歩き始めましたがものすごい雨と風で前に進む事さえ困難です。
賢パパ、とうとう6合目までもたどり着けずに撤退してしまいました。
ところが車に乗って帰ろうとしたとたんに風と雨が弱くなったのです。
一度下りかけたスカイラインを途中から引き返して駐車場まで戻りました。
しかし、一歩外に出ると又元のような激しい風雨です。
仕方なく後ろ髪を引かれる思いで家に帰った賢パパでした。
その時のリベンジというわけでもなかったのでしょうが翌週の
26日に登ろうと決めました。
幸いこの日は素晴らしい好天に恵まれて伊豆大島から芦ノ湖などがとてもよく見えていました。
10月だと既に何回かの積雪があり、こうして少し残っているのですね。
下山途中で秦野市の佐々木さんという方にお会いしてしばらく登山道で立ち話をしましたがこの年だけでも80回も登ったと言っていましたから大変なものです。
大貫さんが22日の登頂を頂上目前で断念して、その後日を改めて無事に500回登山を達成した事もこの時に聞きました。
この後せっかくやる気になっている賢ママを完全にこちらの世界に引きずり込むためにどこかに登ろうと考える事になるのです。
3連休も今日でお終いです。
しかも天気が悪そうですからゆっくり休む事にします。
つい先日、今年の「イグノーベル賞」受賞者の発表があり、今回女性の日本人研究者が「牛糞からバニラ香料を抽出する」研究で受賞していましたね。
賢パパ、毎年今頃になるとこの賞の受賞者が決まるのを楽しみに待っていますよ。
ところで、この「イグノーベル賞」ってどういうものか皆さんご存知でしたか?
イグノーベル賞 (Ig Nobel Prize) とは、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられる賞である。
ノーベル賞のパロディ的な賞で、1991年に創設された。
イグノーベルの名は、「ノーベル賞」に反語的な意味合いの接頭辞を加えたもじりであると共に、「卑劣な、あさましい」を意味する"ignoble"と掛けている。
同賞には、工学賞、物理学賞、医学賞、心理学賞、化学賞、文学賞、経済学賞、学際研究賞、平和賞、生物学賞などの部門がある。
毎年10月、風変わりな研究をおこなったり社会的事件などを起こした10の個人やグループに対し、時には笑いと賞賛を、時には皮肉を込めて授与される。
授賞式は毎年10月、ハーバード大学のサンダーズ・シアターでおこなわれており、「本物の」ノーベル賞受賞者らも出席する。
本物のノーベル賞では、式の初めにスウェーデン王室に敬意を払うのに対して、イグノーベル賞では、スウェーデン風ミートボールに敬意を払う。
受賞者の旅費、滞在費は自己負担で、式のスピーチでは聴衆から笑いをとることが要求される。
制限時間が近づくとヌイグルミを抱えた少女が受賞者の裾を引っ張り壇上から下ろそうとするが、この少女を買収することによってスピーチを続けることが許される。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
この面白い賞を獲得した日本人は結構たくさんいまして「エーッ、あの人が」というような方も受賞していますので抜粋して紹介しておきます。
1992年に資生堂の研究者は「足のにおいの原因となる物質の特定」という研究で受賞。
1995年には慶應義塾の教授が「ハトを訓練してピカソの絵とモネの絵を区別させる事に成功」した事に対して受賞。
1997年には当時一世を風靡したおもちゃ「たまごっち」により、数百万人分の労働時間を仮想ペットの飼育に費やさせた事に対して経済学賞が贈られています。
その後1999年には探偵社の方が「夫のパンツに吹きかける事で浮気を発見出来るスプレーを開発」した事によって化学賞を受賞。
これはご存じの方がおられるかも知れませんが2002年には犬語翻訳機「バウリンガル」を開発したおもちゃメーカーの方と共同研究者に平和賞が贈られています。
更に2004年には「カラオケを発明し、人々に互いに寛容になる新しい手段を提供した」業績に対して大阪の会社経営者に平和賞が贈られ、その翌年には二人の日本人が受賞しました。
その一人があの有名な「ドクター中松」事、中松義郎氏で受賞の対象となった研究が「34年間、自分の食事を撮影し、食べたものが脳の働きや体調に与える影響を分析したこと」と言うのですから面白いですね。
この他にも何人かの日本人が受賞していて今回の受賞が12人目となるのだそうです。
そして今回の授賞式の席上で今回の受賞となった「バニラ」を使ったアイスクリームが観客に振る舞われたそうですがさすがになかなか食べられなかったそうです。
しかし最後に本当は牛糞バニラは使われていない事がバラされて一同美味しくアイスを頂いてハッピーエンドとなったそうです。
世の中には色々な面白いものがあるんですねえ。
賢パパ、こんな面白い種類の犬を作り出しましたが受賞の対象にはなりませんかねえ?
本当は公園で転げ回って半分が黒犬で半分が白犬になってしまった賢です。
昨日の富士登山は好天に恵まれてしかも「初冠雪」のおまけまでついて申し分のない山行でしたが一つだけ問題がありました。
捻挫が完治していない左足首をかばったせいか今朝起きて賢の散歩に出掛けようとして歩き出すと左の膝に違和感があるのです。
痛みと言うほどでもありませんからすぐに良くなるとは思いますがねえ。
と言うわけで今日は良い天気なのに山歩きには出掛けないで会社に行く事にしました。
今日か明日にはやっておかなければいけない仕事があるのですがどうせなら天気の悪そうな明日にしようと思っていたのです。
予定変更で今日のうちに片づけます。
今日の話題は日帰り温泉の紹介です。
金山沢温泉は南アルプス市芦安芦倉にある市営の日帰り温泉ですが賢パパ&ママが訪れた頃はまだ南アルプス市が出来る前の事だったので芦安村の村営温泉でした。
数年前の11月に芦安村へ紅葉見物を兼ねて出掛けてみたのですが賢パパの家からはちょっと遠いのが問題です。
設備的にはそれほど豪華とは言えませんが素朴な「癒し系」の温泉です。
場所的には夜叉神峠から近い所にありますので山登りでかいた汗を流すのにはもって来いかも知れませんよ。
賢パパ&ママが訪れた時はたまたま「紅葉祭り」が開催されていてそちらの方に人が出ていたので入浴客が少なかったから良いようなものの普段は相当混んでいるのではないかと思われます。
特に登山シーズンの土日などは相当な混雑かも知れませんね。
ここは「ふるさとウォーク」さんのお膝元なので何か情報をお持ちかも知れませんよ。
http://domestic.travel.yahoo.co.jp/bin/tifdetail?no=jtbsh003490
http://kanayamazawaonsen.web.fc2.com/
昨日富士山では「初冠雪」が観測されたそうです。
そう言えば山頂の神社の屋根をよく見ると残っていますねえ。
昨日の最終(と言っても19時ですが)の富士山麓の天気予報は静岡側と山梨側でまっぷたつに分かれました。
静岡側はどこも「曇り」だったのに対して山梨側は「晴れ」でした。
今日富士山に登ろうと考えていた賢パパでしたが正直迷いましたね。
明日の方が天気は良さそうですから明日に延ばす事も考えました。
で、出した結論は「今日決行」でした。
前線さえ通過してくれれば後は大陸からの高気圧に「すっぽり」と言うパターンですから問題は前線の通過する時間だけでした。
賢パパ、「前線の通過は早い。」と読んで計画を実行に移したわけです。
「高気圧すっぽり」とは言ってもやはり安定している朝のうちに登ってしまうに限りますから明るくなったら行動しようと決めて3時過ぎには出発しました。
家を出てすぐに車のフロントガラスに雨粒が落ちて来ましたが「想定内」の事ですから慌てません。
ただ、富士山スカイラインがすごい霧で10m先も見えないぐらいだったのでちょっと焦りましたが登って行くに連れて霧は消えて行きました。
5合目駐車場に着いたのは5時少し前ですがこの時期にしては珍しく大にぎわいです。
準備を済ませて5時ちょうどに登り始めましたが好天が期待出来そうです。
順調に行程を刻んで頂上着が7時50分でした。
何とか3時間を切る事が出来てほっとしました。
頂上では山梨側に回って「ふるさとウォーク」さんの様子を見て来ました。
元気そうに働いていたので安心して下りに就きました。
下り始めは良い天気でしたが8合目から下はガスの中でした。
ここで一つめのことわざです。
何も富士山に限った事ではありませんがとにかく山登りは「早立ち、早着」に限ります。
ありふれたことわざですが「早起きは3文の得」でしょうかねえ。
もう一つのことわざですが、賢パパが富士山に登る目的の一つに「メンタル面のリフレッシュ」があります。
初めて登った時も仕事が行き詰まってくよくよ考えて落ち込んでいた時でした。
そんな時富士山に登ったら「自分は今、日本で一番高い所にいるんだ」と言う実感が湧いて来て「小さな事でくよくよしてもそんな事は小さい小さい」って思えるようになって帰って来れたからです。
最近、いわれもない理不尽な事が続いて落ち込みがちな賢パパだったのでこの機会に富士山に登って来ようと考えたのです。
下りは後から後から登山者が続いていましたが賢パパが登った早朝はほとんど人に遇わなくて十分に頭の中を整理する事が出来ました。
で、出した結論が第二番目のことわざ「触らぬ神にたたりなし」です。
C−chan、このことわざの意味はわかりますか?
頂上での缶チューハイ、ご時世ですからアルコール分の低いやつを山の神様と半分ずつです。
頂上ではこんな「ピーカン」でした。
8合目まで下って来るともうこんな感じです。
雨男の「だい」さんですが昨日の瑞牆山は良い天気だったようで「晴れ男」に変身ですかね?
もうちょっと様子を見てみないとわかりませんかね。
今日はちょっと「ネタ切れ」で苦心しましたがこんな話を書いてみます。
先日の「闇の職安」というサイトで知り合った見ず知らずの男達によって無念の死を遂げた娘さんのお母さんがこの犯人達を死刑にして下さいという「嘆願書」への署名運動を始めたというニュースが報道されていました。
一方では「死刑廃止」を訴えて活動を行っているたくさんの死刑廃止論者がいます。
賢パパの考えは「死刑存続」に賛成です。
どうしてかと言うと死刑の判決が出されるような事件にはそれなりの理由があると思うからです。
逆に言うならば「滅多な事では死刑にはならない」からです。
去年酒酔い運転で幼い子供3人の命を奪って逃げようとした挙げ句、今もって素直に自分の非を認めていないあんな「人でなし」のような人間でさえ絶対に死刑になる事はないのですから裁判官が「死刑」の判決を下すのはよっぽどの事なのだと思います。
ただ、度々書いているように「真実は一つ」であるにもかかわらず「複数の判断」が発生するケースが頻繁に起きていますから本当に「有罪」なのかどうかの見極めは慎重になされるべきだと思います。
万一冤罪だった人に刑を執行してしまって後でそれがわかっても、もう取り返しがつかないのですから。
光市の母子殺人事件のようなケースは本人が自分の犯罪を認めているのですから冤罪の恐れはありません。
愛する妻と子供を全く自分勝手な動機で奪われた上、全く謝罪も反省もしない犯人を見たら誰だって「仇を討ちたい」と思うではありませんか。
廃止論者の根拠はよくわかりませんがこんな所に「人道主義」を持ち出すのはお門違いではないかなあと思う賢パパです。
これも相当の「わる」ですが死刑にはなりません。
今日は参りました。
朝起きていつものように、まずはブログを更新しようと思ったのですが何回やっても開けません。
仕方がないのであきらめて会社に行きましたが気になって仕事の途中で何度もSNSを開いてしまいました。
帰宅してみると直っているようなので遅まきながら更新です。
今日は第一回「山行記」飲み会の開催地からほど近い櫛形山の紹介です。
2005年は3月に
「竜ヶ岳」4月に
「安倍峠」に登った後5月にこの年初めての
富士登山を行いました。
9合目から上は頂上まで雪渓でしたがアイスバーンではなくそれでいて「腐れ雪」でもない程よく締まった状態だったのでアイゼンを着けなくても快適に登る事が出来ました。
頂上直下で先行者に追いついて頂上まで一緒に登って言葉を交わしました。
埼玉の大貫さんと言う方でその時は480回目ぐらいの登頂との事でしたが帰宅してからネットで調べたら結構有名な方でした。(500回登頂を達成された大貫金吾さんです。)
この時は下山して駐車場で着替えをしている所にTVのバラエティ番組の収録のスタッフが現れて急遽初のテレビ出演が実現しました。
この後7月に賢との
竜ヶ岳登山、8月には賢ママとの日帰り伊豆大島プチ旅行で
三原山に行き「さあ、次はどこにしようか?」と考えました。
賢は「安倍峠」→「竜ヶ岳」と高度を上げて来たのでそろそろ2000m級でもOKです。
そこで2000mクラスの山で賢でも行けそうな山に候補を絞って色々と探してみました。
蓼科山は高度差はありませんが将軍平から上の岩場はとても無理そうです。
あと、日帰り出来そうな2000m級はと探してみると「大菩薩嶺」と「櫛形山」が見つかりました。
大菩薩は一度登った事がありましたがあの広い登山道なら賢と一緒でも問題はなさそうです。
櫛形山を調べてみるともっと簡単に登れそうです。
ただ、初めてなので登山道の広さとかがわかりません。
手軽に登れるので人気があって登山者の数も多いようだし。
どっちに登るか散々迷った挙げ句の果てに「櫛形山」に決めました。
勝手がわからないので登山者の少ない平日の早朝を狙って登る事にしました。
ルートを調べるとたくさんありましたが一番簡単な池の茶屋からだとコースタイムで登りが1時間となっていたのでそこから登る事にしました。
3時から4時頃出発の予定でしたが早く目が覚めてしまったので予定より少し早めの2時50分に家を出ました。
身延山分岐まで約1時間は予定通りでしたが丸山林道から池の茶屋方面に行くのに一度道を間違えてしまったため20分程のタイムロスがあって5時10分ぐらいに登山道入り口着です。
高山植物の咲く登山道を賢を連れて空身でどんどん登って行きました。
頂上に着いた時はコースタイムよりもずいぶん早かったのでそこが頂上とは思いませんでしたが確かに「櫛形山」の道標が立っているので頂上に間違いないようです。
北岳から赤石、聖岳方面まで南アルプスの眺望が良く富士山も雲の上に姿をのぞかせていて素晴らしい景色でした。
今度の第一回「山行記」飲み会はこの山のすぐ近くで開催されるので賢ママと一緒に登って来るつもりです。
先日叔父さんのお葬式に参列するため田舎に帰った時の事です。
帰りの時間が読めなかったため夕飯をどうしようかという話になった時、賢ママから「お弁当で済ませてもらえると助かるわ。」と言われました。
賢パパ、実は駅弁というものがあまり好きではないのです。
なぜか?と言うと割合に嫌いなおかずが多いからです。
以前
「うなぎの話」にも書きましたが小さい頃から食わず嫌いが多くて苦手な食べ物がまだたくさんあるのです。
幕の内弁当なんかだとおかずの種類が多くて何でも食べる方にとっては楽しみなお弁当なのでしょうが賢パパにしてみれば食べ残して捨てるのはもったいないし飢餓に苦しんでいる人達に対して申し訳ないとの思いがあるので思わず尻込みしてしまいます。
だから賢パパが弁当を買う時は大体が「うなぎ飯」とか「とんかつ弁当」とかシンプルなものを買う事が多いのです。
しかしそれらはたいていが朝飯か昼飯用で「飲み物」とのセット使用ではないのです。
夕飯となれば当然「飲み物」がつきものですからそうなるとやはり「単品」のおつまみでは物足りなさを感じてしまいます。
そんなわけで賢ママの申し出に対して返事を渋っていると理由を知っている賢ママが先手を打って来ました。
「シウマイ弁当でも食べたら?」と持ちかけて来たのです。
「だって東京から乗るんだよ」と言うと「確か、東京駅にも横浜崎陽軒 の売店があったはず」だと言うのです。
シウマイ弁当があるならすべての問題が解決します。
シウマイそのものも美味しいですがそれ以外のメニューもすべてが賢パパの大好物ばかりだからです。
特に竹の子の甘辛煮とまぐろの照り焼きは抜群の美味しさです。
このシウマイ弁当には想い出があって、今でも食べるたびに感傷に浸る賢パパですよ。
もう36年も前の事になりますが賢パパは山形から横浜まで入社試験を受けに来ました。
新幹線なんてありませんでしたし貧乏学生でしたから夜行の急行列車で夜中に山形を出て早朝に横浜に着きました。
その時の昼食とし