プロフィール

  • ID: 548
  • ハンドルネーム: 賢パパ
  • 性別: 男
  • 年齢: 60
  • 住所: 静岡県 静岡市
  • 所属クラブ:
  • 登録日: 2006年12月11日
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私の山行記録 新着

2008年07月20日
甲斐駒ヶ岳 [ 2967.00m 南アルプス北部(山梨県・長野県・静岡県) ]
登山行程ルート表 登山高低差グラフ 山行日記+写真 (5) 5 山行フォトギャラリー (10) 10 登った山の地形図(国土地理院) 登った山の地図(グーグルマップ)
2008年07月05日
浜石岳 [ 707.10m 富士山・伊豆(神奈川県・山梨県・静岡県) ]
登山行程ルート表 登山高低差グラフ 山行日記+写真 (3) 3 山行フォトギャラリー (8) 8 登った山の地形図(国土地理院) 登った山の地図(グーグルマップ)
2008年06月28日
日本平 [ 307.20m 富士山・伊豆(神奈川県・山梨県・静岡県) ]
登山行程ルート表 登山高低差グラフ 山行日記山行フォトギャラリー (9) 9 登った山の地形図(国土地理院) 登った山の地図(グーグルマップ)

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アーカイブをご覧いただけます。June 2007

今年の富士山初登頂

又今週も間際になって週末の天気予報が好転したので急遽今年の「初富士山」を計画して登って来ました。
朝の2時45分に家を出て5合目駐車場に着いたのが4時10分頃でしたが駐車場には既に車がたくさん停まっていました。
すぐに支度を済ませて4時25分に登山開始です。
詳細は「山行記録」をご覧いただくとしてこちらでは要点を紹介させてもらう事にします。
まず気になる天気ですが登り始める前に駐車場からは頂上がはっきりと見えていましたし登っている時も遠くに江ノ島らしき島影が確認できたぐらいですから途中まではとても良かったです。
もう一つ気になる雪の方は一カ所だけトラバースするところがありますがアイゼンなしでも9合5勺までは問題なく行けました。
そこから上は雪渓です。
登山道は雪の下ですから雪渓の上を歩く事になります。
ここで賢パパは大きなミスを犯してしまいました。
昨年も同じルートを登ったのにそれを忘れてアイゼンなしで登れるルートを探してしまったのです。
昨年も同じ事をやって結局アイゼンを着けて雪渓を直登した方が速いという事をわかっていたのにバカな事をしたお陰で大きなタイムロスがありました。
その間にすっかりガスが湧いて来て一度は登頂をあきらめ掛けましたが幸いにも視界が回復したので再び登り出しました。
大幅なタイムロスのお陰で頂上に着いたのは8時過ぎの事でした。
富士吉田口から登ったパーティはほとんどのメンバーがスニーカーでしたから向こうは除雪がしっかりされているんでしょうね。
「剣が峰」に登ると言ってリーダーの人が5人ぐらいずつアンザイレンしていましたがかなりの雪の中をスニーカーで大丈夫なのかと心配になりました。
無事に下りている事を祈るばかりです。
下りは最初からアイゼンを着けて雪渓を下ったのでかなりスピードアップが出来ましたが8合目から下は「腐れ雪」状態でアイゼンの効きの悪いところがあったので慎重に下りました。
5合目駐車場は大にぎわいでしたがもう8時前にはガスがわいていたので眺望は良くなかったと思います。
5合目まで下りたのは10時15分です。

G.W.に登った越前岳です。


芦ノ湖方面です。湖水なのか霧なのかはっきりしません。


ブル道です。まだ結構な雪です。3mではきかないと思います。

2007年06月30日 by 賢パパ | 日常の事 | コメントを書く | No Trackbacks |

もの忘れについて

最近(と言ってももう10年ぐらい前からですが)もの忘れが
ひどくなりましたね。

特に人の名前が出て来ません。

テレビで誰か有名人の離婚の話題を放送していたりする時
ついこの間同じような事があった芸能人がいた事は覚えているのですが誰だったか名前が出て来ません。

「おーい、この間離婚した芸能人って誰だっけ?」と賢ママに
教えてもらってやっと思い出します。

もっとひどいのになるとこんな事がありましたよ。
新幹線通勤で横浜に通っていた頃の事ですからもう4,5年ぐらいは前の事になりますかねえ?
通勤の帰りに駅の階段で同じ会社の別な事業所に勤めている人に出会って挨拶をされました。
こちらも知っている人ですから挨拶を返します。
さて、そこからが大変でした。
顔は知っているけど名前がどうしても思い出せない。
「確かに顔見知りなんだけど名前が出て来ない。さて誰だったかしら?」と悩みます。
思い出せないと気持ちが悪いですから何とか思い出そうとあれこれ考える。
挙げ句の果てにその人が勤務する事業所の知り合いに電話します。
「下りの電車にこのぐらいの時間に乗るやつで歳は大体いくついくつぐらいなんだけど」
「特徴?わりかしいい男でやさしそうな顔してて若い女の子に人気がありそうなやつ」
何人かの写真をメールで送ってきます。
「そうそう、これこれこの男、なんて言ったっけ?」
「ああそれなら○○だよ、知ってるだろ?」
「エーッ!初めて聞いたよその名前」賢パパ絶句です。
何と名前を知らなかった事を忘れていたのですから。

最近では何かをしようとして目的の場所に着いた時に「あれ、何しに来たんだっけ?」と言う事がしょっちゅうです。

それでもまだ賢ママに「飯はまだー?」と訊いたら「なにを言ってるんですか、さっき食べたばかりでしょう」と言われたりする事がないだけ良いかと思っています。

賢はすっかり良くなって昨日から再び自分の「わんルーム」に戻りました。
それでも結構スリムになって散歩させていたら思わずこんな歌が出てしまいましたよ。

いーまでは首輪も回るほどやーせてやつれたお前のすーがた〜♪
得意のはいはい歩き復活です。



ふるさとウォークさーん、この花の名前何でしたっけ?
確かについこの間まで覚えていたのに出て来ません。
教えて下さい。

2007年06月29日 by 賢パパ | 日常の事 | 2 コメント | No Trackbacks |

サッカーくじBIGの事

とうとう出ましたね。
「エッ、何が?」って、サッカーくじBIGですよ。
一等賞金が宝くじ史上国内最高額の6億円ですよ、6億円。
実は賢パパも「一攫千金」を夢見てかなり前から時々買っていました。
ところが高額賞金に目のくらんだ方たちが殺到したためコンビニでの販売が中止となってしまいここしばらくは買うことができませんでした。
それでも少し前からコンビニ販売が復活したので一度に5口ずつ買っていました。
一口が300円ですから5口でしめて千と五百円です。
これで6億円当たれば安いものです。
6億円当たったら賢ママには2億円上げると今から約束しています。
「子供にはどうしようか?」賢ママが真面目な顔で訊いてきます。
「それは遺産で残したって相続税でだいぶ持って行かれちゃうんだろうからなあ」
「かと言って大金が手に入れば真面目に働かなくなって本人達の為にならないよな」
「だったらこうしましょう。子供名義の通帳に五千万円ずつ入れておいて子供には内緒にしておきあの子達が定年を迎える頃に渡してやるのよ。それなら年金なんてどうなったって老後は安心だし」
「でも寿命が延びているから死ぬまでにかかる金は五千万じゃあすまないかもよ。」
まだ当たる前から使い道でかなり盛り上がっている賢パパ&ママでした。
で、肝心の結果ですがものすごく惜しいのがありました。
ご覧の通りです。



1等が14試合分すべて的中で6億円が2本出ました。
2等は一つ外れでこれは賞金が百万円台でした。
二つ外れの3等が10万円ぐらいだったと思いますが見て下さいこの結果を。
何と二つだけ当たりで後は全部外れというのがあるんです。(左から二つめ、2番です。ピンクに塗ってあるのが的中した試合です。)

賢パパは思わず「えーっ、これってめちゃ惜しいじゃん。逆なら3等当たっていたのに」と口にしていました。
これまでは全然かすりもしなかったのにこれなら希望が持てるかなと思いました。
なにしろ「当たり」と「外れ」が逆なら良かったのですから本当に惜しいと思いました。

でも、後で冷静になって良く考えたら「当たり」の確率は三分の一だけど「外れ」の確率は三分の二なんですよね。
やっぱり「一攫千金」なんて夢見ていないでしっかり仕事をしなさいという事でしょうかねえ。

今の賢のライブ画像です。
もうすっかり良くなったのに廊下に上げてもらってごきげんです。
早く散歩に連れて行けと催促しています。


今日は18日の職場の飲み会以来久しぶりに飲みに行きます。
例によって「はなの舞」草薙駅前店です。
明日は休みをもらってゴルフですが天気が心配です。(さすがの「晴れ男」も梅雨には勝てないかも)
今日は賢パパにとってはもう「週末」です。

今「みのもんた」のニュースでやっていますが山口県の母子殺人事件の裁判の弁護団ってどういう人たちなんでしょうね?
まあ一種の「売名行為」なんでしょうがもし自分の家族や親族が被害者だったとしてもこんなやつの弁護を引き受けるんでしょうかね?

2007年06月28日 by 賢パパ | 日常の事 | 2 コメント | No Trackbacks |

お国柄

先日金峰山登山に行った帰りのこと、賢ママの「すずきKei」のガソリンがなくなりかけました。
途中で入れないと家までもちそうもないのでテキトーなスタンドで入れる事にしました。
賢ママはいつも入れる所が決まっていてそこまで走れればいいと言うので10L入れてもらう事にしました。
その時賢パパの脳裏に随分昔の嫌な思い出が浮かんだのです。
それは子供達がまだ小さい頃の事ですからもう15年以上も前の事になりますかね。
賢パパ、ママと二人の子供の一家そろって近県にドライブした時の事です。
やはりガソリンがなくなりかけた事があったのですが自宅近くのスタンドの会員価格なら安いのでとりあえず自宅までもてば良いと思って10L入れてもらおうとしました。
観光地に近いそのスタンドのおじさんの口から帰って来た言葉は思わず耳を疑うようなひどいものでした。
「入れんで良い!」
「はーっ?」
怪訝そうな顔をした賢パパに向かってもう一言。
「入れなくて良いから出て行け!」とおっしゃったのです。
びっくりしました。
「乗車拒否」と言うのはありますが「給油拒否」なんて聞いた事がありません。
喧嘩するのも大人気ないし、かと言って満タンになどする気は失せてしまったのでそのまま退散して他のスタンドを探しました。
その時の驚きと言ったらありませんでした。
そう言えば同じ県で似たような経験をした事があります。
結婚前ですから25年以上も前の事でしょうか?その県に魚釣りに行った事があります。
昼飯を買いに入った小さなスーパーのようなお店でトマトを売っていたので弁当と一緒に買いました。
トマトにつける塩を買おうと店の主人に尋ねると「塩は置いてないのでうちのやつを分けてあげる」と言って5gか10gをアルミフォイルに包んでくれました。
「有難うございます」と礼を言い、弁当とトマトのお金を払って帰ろうとすると主人に呼び止められました。
この時も主人の口から出て来たのはびっくりするような言葉でした。
「塩のお金を払っていって下さい。5円で良いです。」
静岡だったら当然の事ながら塩はサービスですがそうではなかったのですから驚きです。
この話をくだんの県出身の知り合いに話した所「それは当たり前の事だ」と言われてこういうのも「お国柄」というのかなあと思いました。
一つ未だに心の隅に引っかかっているのはあの時は海から遠いその県では昔、貴重品となっていた「塩」だから5円取られたのか他のものでも取られたのか確認が出来ていない事です。
そんな事を思い出しながら地元清水のスタンドに入って恐るおそる「悪いけど10L入れて下さい。」と言うと帰ってきた答えは「10Lでも良いけれどもう少し安い1000円分というのも出来ますがどちらにしますか?」だった。
「お国柄」という言葉を改めて実感した出来事でした。
写真はアガパンサスです。昔はあまり見かけませんでしたが近頃はよく目にするようになりました。
本文とは関係ありません。

昨夜の賢です。まだ食事を減らされていて腹を空かしているようです。
特別に廊下で寝させてもらっているのにもう当たり前のような顔で上がり込みます。



2007年06月27日 by 賢パパ | 日常の事 | コメントを書く | No Trackbacks |

賢パパの友達が飼っているペットたち

賢パパのハンドルネームの由来は飼っているペットのラブラドールレトリーバーの賢に由来している事はHPで紹介済みですが賢パパの友達にもペットを飼っている人がたくさんいるのでその一部を紹介します。
まずは○藤桃太郎君(本名は「武王号」)です。柴犬の男の子でまだ2ヶ月半ぐらいのいたずら盛りです。飼い主さんは有名な「雨男」ですが僕ははたしてどうなるかなあ?

このブログを掲載した後で飼い主の「雨男」さんからコメントの追加を要請されました。
「私の幼い時と一緒でめちゃめちゃいたずらです。
現在、散歩の訓練中です。」

続いてアメリカンコッカースパニエルの2頭です。

名前:宮○ろくべえ(左) じぷた(右)
性別:雄       雄
年齢:2歳      5歳
特徴:ろくべえ:人間大好き、生き物全て好き、すずめにも尻尾を振って近づく。
じぷた:ちょぃと気難しい頑固者。とってもキレイ好きの芸達者。
飼い主さんが横浜に住んでいて静岡まで新幹線通勤をしているのでいつも帰りが遅いため散歩はもっぱらママさんの役目です。

お次もわんちゃんでミニチュアダックスフントの○Rey君です。
お兄さんわんこ2頭と合わせて3頭で飼われていましたが少し前にもう一頭かわいそうなお姉さんわんこが仲間入りして今は4頭の大家族です。
散歩はパパさんとママさんの二人がかりで連れて行ってくれます。
まだ小さかった頃(生まれて40日後)家に遊びに来た賢パパにだっこしてもらった時の写真です。

同じく○さんのお宅で飼われているアッキー君です。


今度はちょっと変わったペットでかわらひわの○田ぱんこちゃんです。
先月賢パパの会社の構内で巣から落ちて鳴いているのを拾われて親切な飼い主さんに飼ってもらいました。
獣医さんのところに行って話を聞いたところ一度飼ってしまうと
野生には戻れないから一生面倒を見て上げなさいと言われたそうです。
飼い主さん末永く可愛がって下さいね。
えさ入れのえさがなくなると近寄って来て手からえさをもらって行く可愛いぱんこちゃんです。


同じ飼い主さんのところで飼われている○田アンギラスちゃんです。

名前:アンギラス
性別:メス
年齢:5歳(数え年)
特徴:チャイムの音で猛ダッシュしながら押入に逃げ込むスーパー内気な女の子。
身体能力が高く、2m上まで軽くジャンプが出来る。鼻つまりですきっ歯で、毎晩イビキをかく。
「ニャーン」が言えずいつも「ガー」になってしまうが、性格は超乙女なブリッ子ちゃん。何故か化粧水が好物。

そして最後に○田賢です。
7月の15日で5歳になる男の子です。
太りすぎを気にする賢ママが食事を控えめにしているせいか
いつも腹ぺこで散歩に行って友達わんちゃんの飼い主さんからおやつをもらう時焦って手まで食べてしまうそそっかしさんです。
得意の「はいはい歩き」を披露します。

以上賢パパの友達が飼っているペットたちでした。
2007年06月26日 by 賢パパ | 日常の事 | 2 コメント | No Trackbacks |

山の想い出(八ヶ岳)

八ヶ岳に登ったのは赤石岳で「あわや遭難」というひどい目にあった2ヶ月ぐらい後の1982年の10月の事でした。
その頃は今みたいに10月の第二月曜日なんて言うのではなく10月10日が「体育の日」と決まっていましたから9日から10日にかけて一泊で出掛けたのですが恐らく連休だと混むから9日は平日で有休を取って行ったのだと思いますが定かではありません。
余談になりますが「体育の日」というのは東京オリンピックの開会式の行われた日を記念して定められた祝日でこの日は「晴れの特異日」と言って過去の統計から見て晴れる確率が非常に高い日ですから秋の山行を計画される時は参考にして下さい。
本題に戻ります。
この時の山行は会社の後輩のY氏と二人でした。
会社では後輩でしたがY氏はかつて会社の山岳部で活動していた山の先輩です。
それ以前にも日帰りで安倍奥などの山にちょくちょく一緒に登ったり仙丈甲斐駒の時も一緒に登った事はありますが二人だけでの本格山行は初めての事でした。
9日は行者小屋まで行くだけなのでそんなに早い時間の出発ではなかったと記録にあります。
美濃戸口に昼頃着いてだらだらゆるやかな登りを歩いて2時半前には行者小屋に着きました。
小屋泊だったのかテント泊だったのか記憶にないのですがたぶんテントだったと思います。
昼間は良い天気だったのですが夜中に低気圧の通過があったらしく朝起きると上の方は一面の雪景色でした。
冬の装備は持参していませんでしたがうっすら積もった程度だったのでアイゼンなしでも慎重に行動すれば全く問題ありませんでした。
阿弥陀岳から赤岳、横岳、硫黄岳と回って赤岳鉱泉を経て行者小屋に戻ったのだと思いますがあまり良く覚えていません。
25年も前の事ですから忘れてしまっても仕方のない事だと思いますがはっきりと覚えている事がいくつかあります。
一つは美濃戸口に向けて下山途中で地元の方々が河原でキノコ汁パーティーをやっていて通りがかった賢パパ達に声をかけてくれておいしいキノコ汁と缶ビールを御馳走になった事。
もう一つは帰りの国道20号線で長い直線があったのですがここが黄色のセンターラインで前をのんびり走っている車を追い越す事が出来ずにいらいらしながら走っていると後ろから猛スピードで追い越して行ったやつがいて「バカヤロー、捕まらないかなあ」と思っていると直線の終わりにパトが待っていて見事に「一巻の終わり」でこれは本当に気持ちが良かった事。
肝心の山の景色や何かはあまり印象に残っていないのに何でこんな事ばかり
覚えているんでしょうかねえ?
この画像は蓼科山からの八ヶ岳です。


2007年06月25日 by 賢パパ | 山の想い出 | 2 コメント | No Trackbacks |

羊頭狗肉

驚きましたね。このニュースを聞いた時は。
思わずこの四文字熟語が頭に浮かびました。
この熟語の出典となっている、かの国の出来事ではなくて我が日本でこんな事があったのが驚きです。
これも競争社会の弊害ですかね?
とにかく企業は競争に勝たないと生き残る事が出来ません。
で、競争が起こります。
それでも昔は日本の「技術力」を他の国が真似できなかったから競争は国内だけのものだったのだと思います。
ところが近頃(と言ってもずいぶん前からですが)はアジア諸国の技術レベルが高くなって日本とそれほど違わなくなって来ました。
そしてむこうはまだ賃金がうんと安いですからコストダウンの手っ取り早い方法が輸入とか海外生産とかになって来ます。
そんなやり方でコスト競争をしていました。
ところがこのケースは違いました。
まさに「羊頭狗肉」です。
牛肉と偽って豚肉を混ぜていたんですって?
それも初めの会見では「牛肉が足りなくなってやむなく豚を混ぜた」なんておっしゃっていましたがだんだん明るみになった事実を見るとあきれるばかりです。
豚肉混入だけでなく他のいんちきも毎日のように出て来ます。
これを「羊頭狗肉」と言わなかったら一体何を言うのでしょう?
それにもまして頭に来るのは既に昨年から内部告発の文書がお役所には届けられていたと言うではありませんか。
お役所は何もしないで見ていただけなんですよね。
又公務員に対する愚痴になってしまいますが「問題意識」とか「危機感」とか持って仕事にあたって下さいよ本当に。
「公僕」なんてへりくだった呼び方をしているけどそんな意識を持っている人なんているんですかねえ?
安倍さんは法律を作って何とかしようとしているみたいですが法律じゃなくて心の問題じゃないですかね?
「良心は道徳を造るかも知れぬ。しかし道徳は未だ甞て、良心の良の字も造ったことはない。」(芥川龍之介「侏儒の言葉」より)
身にしみて感じますね。

昨夜の賢です。「大腸炎」のため2日間病院がよいしました。心配してくれている方がいるので最新の画像をアップしておきます。
普段は玄関の「わんルーム」暮らしなのですが特別に家に上げてもらいました。


2007年06月24日 by 賢パパ | General | 2 コメント | No Trackbacks |

思わぬいただき物

昨日の朝いつものように会社の屋上で就業前のラジオ体操をしているとRちゃんが建物の下を通りかかりました。
大きな箱を重そうに抱えていました。
このRちゃんはもともと賢パパとは仲良しだったのですがひょんなことから遠い親戚であることが判明したのですからまさに「事実は小説より…・」を身をもって体験しました。
どうして親戚関係がわかったかと言うとそれは賢ママの伯父さんのお葬式の時のことでした。
納骨が終わってからお決まりの「精進落とし」があってどこかの会場で酒と料理が振る舞われました。
適当に飲んで食べて会もそろそろお開きになろうかと言う時になって賢ママのいとこの方が賢パパの所に近づいて来ました。
「○○さん(賢パパの本名)XX(賢パパの会社の名前)にお勤めとうかがっていますが?」
「ええ、そうですが、何か?」
「いや実はうちの姪っ子もXXに勤めているんですがね、おい兄貴。」とその方のお兄さんを呼んで来ます。
「うちの娘をご存知ではないでしょうか?鈴木Rと言うのですが。」
「はて、鈴木さんですか?えーっと?」考え込む賢パパ。
「あー、今は嫁に行ってMになってます。MRです。」
今度は賢パパが驚く番です。
「エーッ!Rちゃんですか、Rちゃんなら良く知っていますよ。職場も近いし、良い娘さんですね」
と話がはずみ身近な所にいた親戚にびっくりしたものでした。
それ以来本当に「親戚づきあい」が始まってそば粉をいただいたり竹の子をいただいたり色んないただき物をしてばかりで恐縮している賢パパであります。
そのRちゃんが賢パパの席にやって来て「差し入れです。」と渡してくれたのは、何と「モモ」でした。
フルーツ王国福島県出身の賢パパですが一番なじみの深いフルーツがこの「モモ」です。
子供のころ蝉取り網を持って野山を駆け回ったものですがモモ畑の近くに行くとそーっと網を持つ手を伸ばしてセミならぬモモを取った事もありました。
又、収穫作業をしている畑のそばを通りかかった時などちょっと虫食いがあったりすると「ほれ、食え」と言って小父さんがほおってくれたものでした。
そんな子供時代があったせいか賢パパの一番好きなフルーツの一つがモモなのです。
普通は何かいただき物があった時は職場でみんなにもおすそ分けを振る舞う事にしている賢パパですがモモとマンゴーだけは別です。
このモモは家に持ち帰って一人で食べる事にしました。(賢ママはフルーツが好きじゃないので賢に少し分けてやります)
さくらんぼは毎年送られて来るので少しは期待していましたが昨日のモモは全く予想していなかったので嬉しさ倍増です。
昨日は賢ママが飲み会、じゃなくて仕事で遅かったので賢パパは自分で夕飯を作りました。
メニューは牛薄切り焼き肉賢パパオリジナルソースにもやしソテー添え、温泉たまご、冷やしトマトとデザートのももでした。
ドリンクは賢パパオリジナルチューハイでレモンチューハイを自分でブレンドしたものの中にモモの果肉が入っていて飲みながら果肉を食べます。
うまいんだなあ、これが。
なつみ(娘です)夏休みに帰ってきた時はうまいもの食べさせてやるから早く帰って来いよ。
いただいたモモです。

昨日の晩飯です


2007年06月23日 by 賢パパ | 日常の事 | 2 コメント | No Trackbacks |

夢と現実

今日は夏至ですね。そうです1年中で一番昼の時間の長い日です。
一番昼が長いと言うと日の出が一年中で一番早くて日没が一番遅いと思っておられる方もいるようですが日本においてはほとんどの所でこれからまだ日没は
遅くなって行きます。(日の出もどんどん遅くなります。)
賢パパの誕生日は大体「冬至」と重なる事が多いですから
今日から数えてちょうど一年半後にめでたく「還暦」を迎える賢パパです。
還暦=60歳、60歳=定年ですから「再雇用契約」がなければ30何年間勤めて来たこの会社ともお別れです。
仕事を辞めた後に考えている「夢」があります。
キャンピングカーを購入して(オプションで犬小屋をつけて)賢を連れての全国行脚、そして賢と二人で色々な山に登る事です。
賢ママはまだまだ働かなくてはいけないので静岡に残って留守番です。
時々合流して一緒に山に登ったり温泉に入ったりします。
これは勿論定年を迎える前でも「宝くじ」で何億円も当たれば実現できます。
しかし同時に考えるのは定年後の暮らしのこと。
働きたくても働き口がなければ収入は年金のみ。
退職金はたいてキャンピングカーなんて買ってしまったらたちまちその日の暮らしにも困ります。
夢を持ちつつも現実を受け止めなくてはいけないこの生活。
今世間は年金問題で大騒ぎしていますがこんなご時勢では又年金払わない人が増えるのかも…・
一部の悪い人のせいで公務員が悪く言われてかわいそうな所もありますがやはり「危機感」とか「緊張感」持って仕事に取り組んでほしいですね。
政府は「少子化対策」に大臣まで作って何とかしようとしているけど動物だって鳥だって生まれた子供が安心して暮らしていける環境にならないと繁殖しないし逆に環境さえ良ければ嫌でも増えて行くものなんですよね。
自然界の原理原則はそのまま人間社会にも当てはまる事なのに偉い政治家の先生には何でそんな簡単なことがわかんないんでしょうかね?
こんな事を考えながら床についたら昨夜は「ロト6」で高額賞金をゲットする夢を見ました。
夢が実現する日は来るんでしょうかね?
とりあえず今日一日頑張れば休みになります。
週末の天気を気にしながら仕事して来ます。
賢です。太りすぎを気にする賢ママが食事の量を少なめにしているせいかいつも腹をすかしています



2007年06月22日 by 賢パパ | 日常の事 | コメントを書く | No Trackbacks |

さくらんぼの想い出

昨日は夜、自治会の体育関係の仕事があるのでその前に
賢の散歩を済ませて夕飯を作って食べてから出掛けなくては
いけないからいつもより更に早く帰って来ました。
賢の散歩を済ませて郵便受けの中を見ると宅急便の「不在連絡票」が入っています。
「どれどれ?」差出人の住所を見ただけで中身が何だかすぐにわかってしまいます。
住所は「山形市」とありますね。
山形と来れば今の時期で思いつくのは・・・・?
そうです、「さ く ら ん ぼ!」
毎年今頃になると賢パパが通っていた大学の正門のすぐそばにある「中華料理店」のご主人が送ってくれるのです。
「フルーツ王国」福島県出身の賢パパは大の果物好きでさくらんぼも勿論大好きです。
サクランボと言えば今年もやられたようですね、収穫間近の実泥棒。
昨日のニュースでも報道されていましたが何十万円分も取られてしまったと言っていましたから農家泣かせの泥棒で許せない行為です。
賢パパが学生の頃などは飲みに行って寮に帰る道すがらにある畑の木からちょっと一枝失敬して口の中に放り込んでは種を「ぷっ、ぷっ」と吹き出して歩いたものですが決してたくさんは取りませんでしたよ。
ところが最近ではさくらんぼが盗まれたり米がなくなったり、電線や半鐘まで盗まれてしまう世の中ですから何ともやりきれません。
昔の泥棒は「食うのに困ってつい出来心で」と言うのが多かったように思いますが今は「面白おかしく暮らすために」泥棒をやったり、振り込め詐欺をやったりと本当の「ワル」が多すぎます。
この間の「躾」の所でも書きましたが政治で世の中を変える事なんて無理なんですかねえ?
今年もたくさんいただきました
家族だけでは食べきれないので今日会社にも持って行きます

2007年06月21日 by 賢パパ | 日常の事 | 2 コメント | No Trackbacks |

飲み会のこと

前回ぐらいから口語体に変えてみました。
どうも「文語体」っていうやつは論説調で堅くてなじみにくいですからね。
さて、一昨日は職場の仲間との飲み会でした。
若手メンバーの所に初めての赤ちゃんが無事に生まれたので
そのお祝い会を兼ねた飲み会でした。
大体職場の飲み会の開始時間は17時半ぐらいからと決まっているのですがこの日は夕方5時半から1時間ぐらいの会議に出るメンバーが3人ほどいたので飲み屋の予約は一応6時15分からにしておいてあとはテキトーに集まってやりました。
会議に出てから来る連中は早くても18時半過ぎからの参加となるでしょうからあまり早くから始めているのも悪いと思って18時ちょっと前まで時間つぶしをした後で行きました。
店は行きつけの「はなの舞」草薙駅前店
10回飲み会をやるとしたら9回はここでやります。
店に入ってとりあえず「生ビール」を注文すると18時前なら一杯350円ですと来た。
同じビールを飲むのなら安いに越したことはないですからこちらは勿論大歓迎です。
この店のバイトの女の子は美人ぞろいです。
美人と言えば飲み屋の女の子の事でこんな経験をしたことはありませんか?
結構酒を飲んだ後で2次会とか3次会とかで初めての店に行った事ってないですか?
スナックかなんかで若くてきれいな子がいてすごい愛想良くサービスしてもらってご機嫌で帰ります。
「あの店は結構穴場だから又行こう」なんて思って1週間か2週間くらい後で友達を誘って行ったりしますね。
「若くて美人の子が大勢いて良い店だから」なんて自慢しながら店に入ります。
会社が終ってから真っ直ぐどこにも寄らずに来たのでまだ空いています。
中に入って「?」と首をかしげます。
「えーっ、顔ぶれが変わっている?」
「いらっしゃーい。」と声を掛けてくる女の子に尋ねます。
「この間の○○子ちゃん、今日は休み?」
今度は女の子が「?」です。
「お客さん冗談言っちゃ嫌だ、私のこと忘れたの?」
そう言えばどことなく面影が残っていますが記憶にある○○子ちゃんとは全然違うお世辞にも美人とは呼べない代物で連れて行った友達の視線は冷ややか。
こういう経験は何度もしていますからすぐに「アッ!」と気がつきます。
「しまった、あの時は相当飲んでいたんだっけ。」
何か酔っぱらっていると誰でも美人に見えてしまうんですよね。
皆さんそんな事ありませんか?
えっ?俺だけ?
うちの職場の飲み会は和気藹々のムードです。
仕事の話をするやつなんて誰もいないし下戸でアルコールが全然だめなメンバーでもウーロン茶で2次会までつきあいます。
この日の主役もアルコールが苦手なのでウーロン茶で最後まで酔っぱらいにつきあって挙げ句の果てにアッシー君までやってくれました。
こんな楽しい飲み会ならもっともっとたくさんやって欲しいものです。
1次会終了

2次会に突入 これは「ロシアンルーレットたこ焼き」とか言うやつで一個だけものすごく辛いのが入ってるようです

この二人かなり盛り上がってます

賢パパの十八番「金太の大冒険」

2007年06月20日 by 賢パパ | 日常の事 | コメントを書く | No Trackbacks |

公園の話(続編)

昨夜は久しぶりで飲み会をやり寝たのが遅かったので今朝は不覚にも寝過ごしです。
気がつくと4時半をまわっていてあわてて飛び起き賢の散歩に行って来ました。
最近ちょっと寝不足気味だったようです。
昨日に引き続いて近所の公園の紹介をします。
向田公園は子供の遊ぶ姿が見られます

ここは比較的繁華街に近いためいつもにぎやかです

ここも大勢の人たちの憩いの場となっています
2年前に県警のヘリが墜落して5人の方が亡くなってしまいました

ここも一応「三角公園」などと呼ばれています

「ひょうたん塚公園」の中には古墳があります。
小さいながらもれっきとした「前方後円墳」

この公園の中にも古墳があります。

これは先日の「お茶の話」で紹介したかった「やぶ北茶」の原木です。


芝生公園は市民の憩いの場です。

県立大学です。賢の散歩コースの一つです。

昨日の朝賢の散歩の時に気がついたのですが家から歩いて5分もかからない場所にもこんな小さな公園がありました。

以上ぜーんぶ歩いて10分以内の所にある公園でした。




2007年06月19日 by 賢パパ | 日常の事 | コメントを書く | No Trackbacks |

公園の話(その1)

賢パパの家の近くには公園が多い。
どのくらい多いのかというと歩いて10分以内の所にある公園だけでこれだけある。
その理由の一つに都市計画法かそれに関する条例の定めがあるのだと思う。
比較的新しく(と言ってももう30年近く前の事になるけれど)開発(造成)された賢パパの住んでいる近くには住宅団地が多いのだが恐らく開発の条件として住宅何戸に対して最低一カ所の公園を作る事が義務づけられたのではないかと思う。
まあお陰で緑が多くて住みやすい環境にはなっているのが。
欠点を上げると高台にあるので出掛ける時は良いのだが帰りはどのルートを取っても必ず登りになってしまって歩いて帰るのが大変な事。
歩いて1分の所にある「つつじヶ丘公園」

ほとんど遊んでいる人がいない「えびす公園」

大きな住宅団地の中に2つあるうちの一つ「桜田公園」

同じく「西ノ谷公園」

ここは公園と言うよりも「スポーツ広場」

高台にある「東山公園」

まだまあります。
続きは明日紹介します。
今日は久しぶりでチームの飲み会があるので楽しみです。
天気が良ければ一旦帰宅して賢の散歩をさせてから出掛けるのですが雨が降ったら散歩は賢ママにお願いします。
2007年06月18日 by 賢パパ | 日常の事 | コメントを書く | No Trackbacks |

大満足の一日

先週の土日が雨でどこにも行けなかったので今週金峰山登山を計画していた賢パパ&ママであるが天気予報はあまり良くないとの事だったので実行するかどうかはかなり流動的であった。
木曜日くらいまではおそらくダメだろうと、ろくな準備もしていなかったのだが金曜日になったら一転して予報は「晴れ」。
「晴れ男賢パパ」の面目躍如である。
念のため土曜日の天気予報を確認してから今日の金峰山登山決行を決定。
そうなると忙しい。
少しでも早く到着した方が駐車場の確保とか涼しいうちに登れて良いとか考え4時半出発と決定し3時過ぎには賢の散歩に出掛けた賢パパであった。
今日も朝食抜きとあってママの仕事がないので予定より早く4時過ぎには出発。
早朝とあって道路は空いていて途中でコンビニに寄ったり道をちょっと間違えたりしたのにちょうど3時間で大弛峠の駐車場に到着する。
駐車場を見て驚いた。
7時を少しだけ回ったところだというのに満車で皆路上に停めている。
賢パパも「道路に停める人は左側に」という案内に従って左側に駐車。
7時20分に登山を開始して11時15分に戻るまでずーっと快晴。
空の色は「スカイブルー」と言うよりは「マリンブルー」と言うような濃い青で日焼けが気になった賢ママであった。
帰りは増穂町の「まほらの湯」で汗を流して大満足の一日でした。
みずがき山は異彩を放つ

富士山をバックに賢ママジャンプ

金峰山と甲斐駒ヶ岳

2007年06月17日 by 賢パパ | 日常の事 | コメントを書く | No Trackbacks |

山の想い出(仙丈、甲斐駒)

賢パパの山行は1969年の朝日連峰と71年の蔵王山という学生時代の2回のあとしばらくブランクがある。
それはまだ自分で計画してどこかに登ろうというほど山登りに魅力を感じていなかったし、何よりも就職して横浜に住んだ事で環境が大きく変わり、都会の暮らしに慣れるのが先決と思っているうち今度は静岡に転勤となり再び慣れない環境での生活に追われて山に出かけるほどの心のゆとりがなかったせいかも知れない。
それでも静岡に住んでしばらくすると友達も増え飲みに行ったりする機会も多くなって来る。
そうすると色々な出会いの場が出来て友達の輪が広がって来る。
飲んでいる時の話題に「山登り」が出て来ることも多くなる。
すると、もともと嫌いなわけではないので自然に興味が湧いて来るようになる。
そんな事があって前回の「山の想い出(地元の山々)」にも書いたように79年ぐらいからは会社の後輩を誘って静岡市北部の「安部奥」と呼ばれる方面の山々に登り始める事になる。
79年〜80年頃はもっぱら安部奥の山を登っていたのだが81年に久しぶりの本格山行に出かける機会が訪れる。
賢パパの会社には昔「山岳部」があり若い人たちを中心に活動が盛んだったと聞く。
賢パパが入社した頃には中心になって活動していた人たちが家庭を持ち子育てなどの役目に追われてあまり自由が利かない時期だったので部活動は休止していて一部の個人が計画を立てて山行する事が多かった。
そんな時山岳部で長年活動されて来た長老が定年退職される事になりそれを記念して昔のメンバーが仙丈ケ岳と甲斐駒ケ岳に登ろうと言う企画が提案されたのだ。
山岳部に所属したことのなかった賢パパであるが山が好きなのなら一緒に来ないかと誘われて連れて行ってもらえる事になったのである。
この山行はHPの山行記録にも載せてあるので行程についてはそちらを参照していただくことにしてここでは特に記憶に残っている事を紹介させてもらう事にする。
一日目は広河原からバスで北沢峠まで上がりテントを設営してから仙丈に登った。
賢パパにとって初めての3000m峰登山で頂上に立った時の感激を今でも覚えている。
素晴らしい快晴のもと頂上で乾杯したビールの味は格別だったし、360度の大パノラマも感動ものだった。
下りは別ルートで馬の背ヒュッテから藪沢コースを下山したがアイスバーンのトラバースがあってアイゼンを持たない全メンバーがかなり苦労させられた事を思い出す。
夜はテントの外で飲めや歌えの大宴会をやったことがまるで昨日の事のようだ。
翌日は朝から降り出した雨の中を甲斐駒に向かったのだが仙水峠では雪に変わっていて駒津峰あたりはかなりの積雪があり、アイゼンなしでは万一の事が心配とあってやむなく撤退して登頂は次の機会に譲る事となった。
それ以来甲斐駒には格別の思いを持っていた賢パパであるが念願かなって2004年に初登頂を果たす事が出来た。
好天に恵まれた甲斐駒登山は駒津峰から望む山頂の気高い美しさに加えて甲府盆地から八ヶ岳にかけての大パノラマをプレゼントしてくれ以来賢パパはますます甲斐駒の大ファンとなった。
何とか賢ママを連れてもう一度甲斐駒の頂上を踏みたいと思っている賢パパである。
週末の予報は雨のはずが梅雨入りしたとたんにこの好天である。
工場長の金峰山からのみずがき山の写真を見て次の山行は金峰と決めている賢パパとままである。

駒津峰からの甲斐駒山頂

鳳凰山と富士山

2007年06月16日 by 賢パパ | 山の想い出 | 2 コメント | No Trackbacks |

躾の大切さ

製造業に携わっておられる方にはなじみが深いと思うが
職場環境維持改善で用いられるスローガンに「5S」と言うのがある。
初めてこの「5S」なるスローガンを聞いた時賢パパの頭の中には「整理」「整頓」「清掃」「清潔」の四つは浮かんだのであるがもう一つのSが何なのかとうとう思いつかなかった記憶がある。
今では「しつけ」とすんなり出てくるが当時は「何で躾なの?」と訝しがったものである。
会社暮らしを長くやったり子供の成長に伴って色々な人との関わりが広くなるに連れてだんだん「躾」の大切さがわかるようになって来たと思う。
賢パパの働いているフロアーは居室(オフィスルーム)と実験室に分かれている。
デスクワークをやる時は居室のデスクの前でパソコンに向い、実験をやる時は実験台のある部屋で仕事をする。
居室で各人が出したゴミは決められたゴミ箱に分別して自分で捨てるのだがこの他に実験で出る特別な廃棄物がある。
それは所定の入れ物に溜めておいて一杯になったところで気がついた人が決められた捨て場所に持って行って捨ててくる事になっている。
この特別な廃棄物の処理の仕方を見ると「躾」の大切さを痛感する。
若い人たちを見ていると廃棄物の入れ物が一杯になっても平気で山盛りにして次のものを捨ててしまっているケースが多い。
一杯になった入れ物をガムテープで貼って封をして決められた場所に捨てに行くのは決まって「ベテラン」と呼ばれる歳の行った人たちである。
どうしてこういう現象が起こっているのか考えてみるとまさに「躾」以外の何ものでもない事がわかる。
ベテラン社員の入社した時代はまだ会社内においても「上下関係」がはっきりしていて新入社員は先輩社員に厳しくしつけられた。
特に職場の整理整頓清掃については新人の役目と決まっていて作業場にゴミや埃があるのが見つかったりしたら例え自分が当番の時でなくても新入社員の連帯責任として厳しい罰を科されたものである。
そして翌年になると今度はその若者たちが次の新入社員の躾係を受け持つ事になる。
こうして毎年毎年新入社員の躾がされて来たのである。
それが「三つ子の魂」ではないけれどいつまでも頭の中に残っていて進んで行動させるのであろう。
ところが今の時代は企業競争の激化でそんな余裕がなくなって新入社員といえども「即戦力」として採用する企業が増えている。
賢パパの会社も「コストダウン」最優先の経営方針となり、例外ではない。
新入社員の躾などしている余裕がなくなってしまい先に紹介したような事態を招いている。
これは家庭に当てはめても同じことが言えるのではないだろうか?
昔、学校で悪い事をしたら先生に叱られるのは当たり前で「げんこつ」や「立たされ」など日常茶飯事の事だった。
そして家に帰って親にそんな事を話そうものなら「先生が怒ったのならお前が悪いに決まっている」と又ポカリとやられるから親には絶対話さない。
それが最近では先生にしかられると子供が親に言いつけると聞く。
親の方も親の方で「子供の人権」などと大騒ぎするからたったものではない。
やれ「体罰」だ、やれ「行き過ぎ指導」だと学校や教育委員会に文句を言う親がいるというから驚きだ。
そういう人たちは自分の家庭で子供の躾が出来ているかと言うと決してそうでもない。
となると誰が子供の躾をするのか、結局誰もやらない。
子供は確かに「自由」に育つのだろうが社会の「ルール」を知らずに育ってしまう子が多いのは当然だ。
政治家の先生方にはこの国の将来のことを真剣に考えるのならうわべだけの「教育改革」でなく真の教育について
議論を尽くしてもらいたいものである。

賢パパのデスク
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問題の廃棄物捨て場
一昨日賢パパ達が片づけたばかりなので今はきれいだが・・・・・



2007年06月15日 by 賢パパ | General | コメントを書く | No Trackbacks |

そば打ちの話

昨日でブログを始めて2ヶ月目に入った事になる。
2700人もの方達に拙い文章をお読み頂いて心より御礼申し上げます。
近頃「ネタ詰まり」に陥りつつありますが何とか続けて行きたいと考えておりますので皆さんのご声援よろしくお願いします。
さて、賢パパの趣味のひとつに「そば打ち」がある。
横浜に転勤となり、新幹線通勤を始めた頃に会社の後輩の手ほどきを受けて覚えたのであるからかれこれ七、八年になる。
習いたての頃は面白くて週に3、4回は打ったものだ。
土日は良いとして平日は朝の6時過ぎには家を出るのであるから大変だ。
起きてから粉を練って延ばして切って茹でて食べてから出勤する。
賢パパも大変だったが食べさせられる賢ママと子供達も大変だったと思う。
何しろ初めの頃は失敗作もあって箸で食べるよりもスプーンを
使った方が良いのではと思うようなのもあったから・・・。
それでも「習うより慣れろ」とはよく言ったもので百回、二百回と打っているうちに何とか人様に差し上げても恥ずかしくないようなものが出来るようになって来た。
日頃お世話になっている方々への感謝の意味で毎年大晦日には年越しそばを打つ事にしているが去年など我が家の分を併せると50人前以上も打ったのだからちょっとした蕎麦屋状態である。
これまでの経験から到達した賢パパの持論は「そばのうまさは粉で決まる」である。
異論を唱える向きがある事は承知の上で言わせてもらうが粉が決めてだ。
これは勿論賢パパの場合であるから聞き流して頂いて結構である。
打ち手の腕が悪くてそばにならないのでは話にならないが
そうでないならばやはり味の決め手は粉という事になる。
スーパーで売られているものから通信販売の粉まで色々な粉を試してみたがやはり値段と味は比例関係にあるようだ。
新幹線通勤をしている頃は小田原の乾物屋で売られている粉を通勤の帰りに途中下車して買っていたが勤務地が変わってからは通販で調達していた。
その後知り合いがそば打ちを始めたいと言うので教えて上げたところこの方が研究熱心で地元の製粉所の良い所を見つけて来てくれたので今ではもっぱらそちらの粉を使っている。
賢パパのそば打ちの事を知っている人は多いので旅先から土産にそば粉を買って来てくれる人も多いが観光地の粉はそれなりなものが多い。
ひどいのになると信州で買ってきた粉をよく見ると愛知で作られたものだったりする。
もっとひどいのになると原産地が中国だったりする事もある。
外国産の粉は値段が安い代わりに味はかなり落ちる。
やはり、米などと同じように産地の気象条件が味の決め手となっているようだ。
賢パパの経験だけから言わせてもらうと八ヶ岳山麓の粉が一番であとは北海道とか栃木、茨城とかが良い。
昔はうまいそばを食べさせる店が多くあったような気がするが
この十年間ぐらいで「これはうまい。」と思うそばに出会ったのはたったの5回ぐらいのものだ。
国道52号線沿いにある小さな蕎麦屋のそばも美味しかったが昔に比べて味が落ちてしまったような気がするし、旅行の帰りにたまたま入った店で美味しいのを食べられたのでわざわざ出掛けて行った茅野市の蕎麦屋も次回の時は味が変わってしまっていた。
賢パパが自分で打ったそばで本当にうまいと思ったのはわずか3回ぐらいしかなく確率から言ったら百回に一回か二回ぐらいの低いものだ。
それでも懲りずに今日も良い粉を探してうまいそばを追い続ける賢パパである。
賢パパのそば打ち道具(麺棒とのし板は家具職人をしている賢ママの叔父さんの手作りである。)

賢パパのそばが大好きな賢


2007年06月14日 by 賢パパ | 日常の事 | コメントを書く | No Trackbacks |

晴れ男vs雨男

先週末はあいにくの天気で予定されていた山行がキャンセルとなった方が多いのではないだろうか?
賢パパもママと二人で金峰山に登るつもりでいたが断念した。
 賢パパは晴れ男である。
超晴れ男と言っても良いかも知れないぐらいの晴れ男である。
みんなの山行記録を見てもらえばわかると思うが50回ぐらいの山行で雨にたたられた記録はたったの2回しかない。(もっともそのうちの一回はあやうく遭難しかけたほどの大雨だったが)
これは悪天の時など予定をキャンセルしている事もあるけれど前日までは大雨の予報だったが急に回復したと言う事も度々あった。
去年の筑波山の時など当日の朝まで大雨で東北本線が運転見合せとなったぐらいの悪天候であったがせっかく帰省したついでに何とか近くまで行くだけでもでも行って見ようと新幹線で小山まで行くとだんだん回復の兆しが見えて来てロープウェイに向かうバスの中では運転手が驚くほどの好天となり我ながらその「晴れ男」ぶりにびっくりしたものだ。
又、やはり昨年賢ママと二人で長野県の須坂市にカンガルーの「ハッチ」を見に行った時なども静岡を出る時は運転していても前が見えないぐらいの大雨だったのに長野に着いたら太陽が顔を出していて結局用意して行った傘を開く事はなかったと言う晴れ男ぶりである。
反対に賢パパの先輩に雨男の人がいる。
この人は普通の雨男なんていうものではなく「超」の字が二つも三つもつくほどの雨男だ。
海で魚釣りをしていた時のこと、周りはものすごく良い天気なのにその人の乗っている船の所だけ雨が降ったというエピソードの持ち主で今では知らない人がいないぐらいの雨男である。
そんな晴男の賢パパとその先輩の雨男が一度一緒に登山をした事がある。
2004年9月3日の事で「晴れ男VS雨男」の対決である。
結果はこの通りの悪天候で文句なく雨男の勝ち。
その翌年再び同じ様なメンバーでリベンジ登山を行ったがその時は頂上に着くまでは怪しい空模様で今年も雨男の勝ちかと思われたが頂上に着いたとたんに急変して晴男の勝ち
先日賢パパはその雨男さんにサッカーのJリーグ観戦に誘われた。
前日は「大雨洪水警報」が出されたほどの大雨で当日の天気もかなり心配された。そこに持って来て超雨男さんである。
当日の朝目を覚ますと予想通り降っている。
賢パパは雨男さんの家に電話をして「雨がやまなかったら中止にしましょう」と連絡。
そのまま昼頃まで降り続いた雨だが昼過ぎになると嘘のようにやんで晴れ間が顔を出している。
慌てて雨男さんに電話すると「実はこんな天気になるとは思わずすでに中止を決めて別の予定を入れてしまった。」との返事。
なるほどと納得、予定変更を行わず雨でも観戦と決めていたならきっと大雨の中での観戦となったことだろう。
昨日は久しぶりで富士山が頭を見せていたが例年に比べて雪がずいぶん多いようだ。
早い年だと5月下旬に初富士山をやっているのだが今年の初富士山はまだまだ先の事になりそうである。
画像は今朝の散歩の途中で撮影したもので本文とは関係ありません。
テッポウユリ

ムシトリナデシコ

2007年06月13日 by 賢パパ | General | 2 コメント | No Trackbacks |

陸を歩く魚「岩魚」の話

賢パパの数ある趣味の一つに「渓流釣り」がある。
今ではほとんどやらないから「あった」というのが正確な表現かも知れない。
渓流釣りというのは川の最上流部でやる事が多く川の流れの様子(渓相)も中流、下流域とはかなり異なる。
中、下流のように平地を流れる事は少なく段差がついているような所を流れたり滝などもたくさんある。
どこの川の上流部(源流)でもどんどん上まで詰めて行くと必ず大きな滝があって「魚止め」の滝とか「岩魚止め」の滝とか言う名前がつけられている事が多い。
ところが、である。
たいていはその滝のさらに上流にも岩魚はいることが多い。
ある程度の高さなら普段は越えられないような滝でも増水した時に岩魚は泳いで上って行くのだが到底越えられないと思われる高さの滝の上流にも姿があるから不思議なことだ。
確かに岩魚は普通の魚とは違う形をしている。
鯉やフナ、ヤマメといった魚よりはドジョウやうなぎに近い形をしていて水から出して地面に置いても倒れないでにょろにょろと這う事が出来る。
このやり方で水量の少ない川などでも背中を出して移動する事が出来るのだ。
「岩魚は歩く事が出来る」と言われている所以である。
しかしそうして「歩く」事が出来るのも平らな所か、傾斜があっても緩やかな所に限られるのだがどう見ても人間でさえも登るのに苦労するような急傾斜の上にも岩魚はいるのであるから不思議だ。
この事に疑問を感じていた賢パパであるがその理由の一つは人間のせいだと気がついた。
昔はそうでもなかったが現在はスポーツフィッシングとやらのブームでフライトかルアーとかで釣りをやる人が増えている。
湖でもそうだがこういう釣り人(しゃれた呼び方で「アングラー」と言うらしい)が釣りの対象となる魚を湖や池に放流して生態系を崩してしまい問題となっている。
渓流でも自分だけの釣り場を作ろうと目論む釣り人が密かに岩魚を生かしたままで運び上げ「まさかこんな所に?」と思うような場所に放流してそれが自然に繁殖したのではあるまいか?
こうして「魚止めの滝の上にも岩魚がいるのはなぜ?」という賢パパの疑問は解消されたのである。
ところがこの疑問に新たな説が名乗りを上げた。
今年の1月に賢パパが参加した何回目かの新年会の席上でその説は突然発表された。
発表者は賢パパの昔の上司で当時会社の経営陣のトップに近いところにいる人だった。
この大先輩は博学で飲むたびに面白い話を披露してくれるので一緒に飲む機会を楽しみにしている。
それに会社のトップに立っても決して偉ぶらない気さくな人柄で人気を集めていた。
残念ながらこの3月で定年退職され今では悠々自適の生活を送っている。
その大先輩の口から「新説」が発表された時の驚きと言ったらまさに「目からうろこ」ものであった。
もったいぶらないでその説を公開すると「鳥」が犯人だと言うのである。
かわせみなどの鳥がヤマメや岩魚と言った渓流魚を捕まえて食べているのは良く知られている。
この鳥達が魚を捕らえるとその魚をくわえたまま一旦木の上にとまる。
滝つぼで捕まえた魚をくわえて滝の上にある木の枝にとまる事は良くある事だ。
この時に間抜けな鳥がいて何回かに一回はくわえた魚を落としてしまうのだそうだ。
すると魚は「ラッキー」とばかり水の中に戻って生きながらえる事が出来る。
自然の営みの中でこういう事が繰り返されて魚止めの滝の上流にも新しい生態系が出来たのだと言う。
「なるほど」と納得せざるを得ない名説である。

写真は昨日の散歩の時に撮った花(ほたるぶくろ、がくあじさい)です。
本文とは関係ありません。


2007年06月12日 by 賢パパ | ちょっとした知識 | コメントを書く | No Trackbacks |

朝の日課 その2(賢ママ)

賢兄(長男)が我が家に戻ってきてから、賢ママの日課にお弁当つくりが増えた事は以前書きました。その他に「アイロンかけ」も日課になった。賢兄は毎日スーツで出勤する。つまり、毎日Yシャツをアイロンかけするのである。これは、予想していた事なので、「洋服の○×」でYシャッを購入する際に「形状記憶Yシャツ」なるものを買い、「お洗濯してもしわにならない!」「アイロン不用!」・・今って、なんて便利なものがあるんだろう(涙)と感激したのですが、「なんか、普通のYシャツと変わらないじゃん(あれ?)」・・・という、訳で毎日、アイロンかけしています。

2007年06月11日 by 賢パパ | 日常の事 | 1 コメント | No Trackbacks |

インターネット囲碁

思えばずいぶん便利な世の中になったものである。
賢パパは趣味で囲碁をやるのだが「定石」などを覚えるのは面倒くさいのですべて自己流でやっている。
そのせいなのか元々スジが悪いせいなのかは知らないが何年やってもさっぱり上達しないでいる。
先日、数年前に会社をリタイアされた先輩と泊まりがけでゴルフに行く機会があり夜の宴会の後で久しぶりにこの先輩と囲碁を打った。
その時に話を聞いて「インターネット囲碁対局」なるものがある事を初めて知った。
先輩は会社をリタイアされた後はしばらく「碁会所」に通って打っていたらしいが今ではもっぱら「ネット対局」をされているらしい。
色々と詳しい事を教えて頂き早速「お試し会員」に登録した。
他にもいくつかのサイトがあるらしいが一番登録者数の多い所にした。
世界中の国から何万人もの人が登録していていつでも好きな時に誰かと対局できるし、あらかじめ連絡しておけば特定の相手を選んでの対局も可能であるから大変便利だ。
登録にあたって自分の力量を自己申告するのであるが賢パパは過去の体験から大体一級程度かなと思っていたけれどちょっと控えめに二級で申告した。
申告通り二級で登録されて対局が始められる。
ところが実戦を行ってみて驚いた。
同じ二級クラスの相手には全く歯が立たない。
やってもやっても負け続けてたまに勝つのは相手にミスが出た時だけ。
持ち点制なので点数がどんどん減ってそれに従いランクも下がっていく。
五級、六級などはあっという間に通過して十級も瞬く間に通り過ぎる。
落ち着いたところは十四級から十六級の間であるから驚きだ。
勝ち負けでポイントの増減があって数万人のメンバーがいるのであるからこういうランク付けになるのはやむを得ない事であるが一、二級を自称していたのが十何級となると複雑な心境である。
そのネット対局であるが一ヶ月間のお試し期間を終了してその後正式会員登録を行いめでたく正会員となった。
昨日のような天気の悪い日とか晩飯の後に気軽に世界中の人と囲碁の対局を楽しんでいる賢パパである。
遠く離れた場所に住んでいる友達といつでも好きな時に一局対戦できる。
本当に便利な世の中になったものである。
ネット対局の画面

現在早朝の4時半であるが対局中の会員が100人もいる。
好きな人はいるものだ。
2007年06月11日 by 賢パパ | 日常の事 | コメントを書く | No Trackbacks |

間違った日本語の使い方

先日TVでサッカーの試合を観戦していた時の事である。
実況中継のアナウンサーが「劣勢の○○チームの監督がベンチから選手に向かって盛んにゲキを飛ばしております。」と言っているのを聞いた。
これを聞いていた賢パパは思わず「エーッ、違うんじゃないの?」と叫んでしまった。
「ゲキを飛ばす」とは正しくは「檄を飛ばす」と書くのであってその意味は自分の主張や考えを広く人々に知らせる。また、それによって人々に決起を促したりするのであって決して「激」を飛ばすのではないからである。
この「檄を飛ばす」というのが誤って使われている日本語の代表格であるが他にも使い方の間違いが目につくものがあるのでこの機会に紹介しておこう。
「さわり」もよく間違われる言葉の一つだ。
「それではあまり時間がないのでほんのさわりだけでも紹介して下さい」のような使い方をされる事が多いが実はさわりとは「核心部分」のことなのである。
もっともっと正しい使われ方をしていない日本語はたくさんある。
「姑息」「憮然」「雨模様」なども間違った使い方をされる事の多い言葉である。
正確な使い方は皆さんで調べてみて下さい。
今日は天気予報が当たって「雨模様」である。
先日の工場長の山行記を見て金峰山登山を計画した賢パパ&ママであるが眺望が悪いのではその目的を達成できないので今日はあきらめて、昨日に引き続きパソコンの前に座ってトラバの練習でもやる事にする。
ああ、あと雨がひどくなければJリーグ観戦に行きます。
自分でブレンドしたチューハイの「賢パパスペシャル」を魔法瓶に入れてこっそり持ち込みます。
せめて雨降ってない事を祈るばかりです。
画像は日本平からの富士山と清水港で本文とは関係ありません


2007年06月10日 by 賢パパ | ちょっとした知識 | 3 コメント | No Trackbacks |

変わった仕事

賢パパは何かの書類の「職業」欄には「会社員」と書く。
もっと詳しい分類が必要な時は「技術職」とか「研究職」という言葉を使う。
賢パパの仕事は化○品の製造会社のサラリーマンで化○品の新製品開発の研究をしているのだ。
賢パパが今の会社に入社したのが1972年のことであるからもうサラリーマン生活35年目を迎えたことになる。
60歳が定年だから来年の12月でめでたく卒業となるがまだまだ働けるのでその後どうするかはまだ決めていない。
こんな賢パパのサラリーマン人生の中で変わった仕事をし経験を紹介する。
時はバブル真っ盛りの1990年代終わりごろ景気の良かった賢パパの会社も化○品の他に事業のネタになるような分野の模索をしていた。
その時にいくつか候補に挙がった分野の一つに「植物」が入っていたのである。
賢パパの先輩でかわいがってくれた人がそっちの研究の道に進んでいたので賢パパも頼み込んでそちらの方面に引っ張ってもらった。
そこの部署では色々な面白い仕事をやらせてもらったが賢パパにとってこの頃の6年間ぐらいは毎日が楽しくてしようがない日の連続だった。
その部署に移って初めての仕事が「植物園開設」計画。
これは会社のイメージアップも兼ねてミニ植物園を作って会社関係者や一般の方にも公開しようという計画で賢パパの仕事はその為の情報集めだった。
で、何をやったかと言うと全国の植物園見学!
全国というと大袈裟だが近いところでは静岡、愛知からちょっと遠くだと千葉更に足を伸ばして沖縄まで見学に出向いた事もある。
とにかく明けても暮れても植物園の見学をしていれば良かった時期でこの仕事はかなり楽しい仕事だった。
変わった仕事はこれにとどまらず更に別な分野の経験もする。
植物の栽培と香料抽出がそれである。
詳しい事を書くと色々問題があるのであまり細かい紹介は出来ないがユリの花を栽培して香料を抽出したりあるいは大規模な畑を借りてラベンダーを大々的に栽培しそれを刈り取ってやはり香料を取るような事も行った。
ラベンダー畑は暖かな静岡では珍しかったので地元の新聞で紹介された事もあり、その記事を見た植物好きの方達が見学に訪れるほどだった。
極めつけは「バラ」の栽培である。
会社の敷地の中に1000万円以上の予算を使って300坪くらいの本格的な「バラ温室」を建設しその中でバラの花を栽培して「どうやったら効率的にバラの花をたくさん取る事が出来るか?」などという研究をしたのである。
そんな目的で花を作るのだから取れた花の使い道などなく、ただ捨てるだけ。
何しろ規模が大きいから取れる花の数も半端じゃない。
一日に300本も取れるのであるから処理に困った。
時々は車で会社に行って帰りにはトランク一杯のバラの花を積み込んで家に持ち帰り隣近所にまでおすそ分け。
おすそ分けと言っても普通の量じゃないからご近所さんからは大喜びされたものである。
そんな仕事もバブルの崩壊とともにいつの間にか姿を消して行って今では昔のように化○品の新製品開発の仕事をしている賢パパである。
定年まで残りの日数のカウントダウンが始まるのも近い今日この頃、もうすぐ賢パパが退職した後で発売される商品の開発を担当する日が近づいて来ている。
話は変わって今日のゴルフは散々でした。
何と言っても「ドライバー」がまともに当たらないのでお話になりません。
四字熟語で言ったら「一打一入」なんてものではなく、「一入十打」なんて言うのもありました。
ゴルフ場に払ったお金を打数で割ったら一打当たりのコストが出ますが賢パパのゴルフはいつもメチャ安です。
これに懲りずに29日に又行く約束をしてしまいました。

画像は合宿飲み会の時のもので本文とは関係ありません。
誰の髪の毛が一番多いか(少ないか)比べっこしました。


2007年06月09日 by 賢パパ | 日常の事 | コメントを書く | No Trackbacks |

平常心

今年の春の東京六大学野球リーグ戦は早稲田大学の通算39回目の優勝で幕を閉じた。
完全優勝のおまけつきだったが何と言っても話題にしなくてはいけないのが昨年の夏の甲子園大会で人気実力とも1、2を争った「ハンカチ王子」こと斉藤投手の大活躍だろう。
その斉藤投手が優勝を決める大事な試合の先発を任され慶応の打線をある程度抑えて勝利の立役者となったのだからファンのおばさんたちのフィーバーも最高潮に達したに違いない。
早稲田が優勝を決めたその日、すずらん畑見物&山登りに出かけていた賢パパは帰りの車中からラジオの実況中継を聴き帰宅してからすぐにTV観戦した。
テレビのスィッチをつけると折りしもピンチを招いた「ハンカチ王子」がマウンド上で苦しそうな表情を浮かべているところであった。
解説者が「ただでさえ独特の雰囲気を持っている早慶戦なのに優勝がかかった大一番で一年生に平常心を期待するほうが無理」だとコメントする中、大奮闘した斎藤君であった。
平常心に関してはこんな思いを持っている。
子供のころ何かの本で読んだ話だが江戸時代の事、将軍の宴席に呼ばれて参上した公儀お庭番(今で言う所のSPみたいなもんですかね)のトップに対して」「余興として何か得意技を披露してみろとの命令が下った。
服部半蔵だったか誰だったかは記憶に定かでないがそのお庭番は静かに席を立つとゆっくり歩いてふすまの前に行ってふすまを開け放ち幅3寸(9cmぐらい)の敷居の上に乗ると端から端まですーっと歩いて見せたそうだ。
そしてそのままもとの席に戻ると何もなかったように座ったので不審に思った重臣が「早く得意技を……」と促すとお庭番は平然と「今披露しました。」と答えたそうだ。
宴席に参加していたメンバー一同が訝しげに「あんなのが得意技なら俺にだって出来るぞ。」
と言いたげな雰囲気になったのを制してお庭番は口を開いた。
「私はあの敷居の下が3000尺の谷底でも渡る事が出来ます。」
それを聞いた一同の口から感嘆の溜め息が漏れた事は言うまでもない。
似たようなことは現在の我々の生活の中でも時々見受けられる。
プロゴルファーが「これを入れれば初優勝!」というときアマチュアが打っても入りそうなショートパットを外すシーンが良くある。
恐らく練習ラウンドでは100回打ったら100回入るパットでも「初優勝」の文字が頭に浮かぶと大きなプレッシャーとなるのであろう。
「平常心」、簡単なようであるが日頃の訓練によって「絶対に失敗しない」という確固たる自信に変わるまでの精神力は誰しもが習得したいと思っているところだろう。
我が家のおぼっちゃまは散歩に出ただけでもう「平常心」なんてどこかに飛んでいってしまうから情けない。

それから昨日の宿題の答えは「一打一入」でした。
賢パパは今日、会社をさぼ・・・じゃなくてお休みをいただいてゴルフに行って来まーす。
賢ママは会社でお仕事です。
それでは皆さん頑張って働いて下さい。

2007年06月08日 by 賢パパ | ちょっとした知識 | コメントを書く | 1 Trackback |

四字熟語

賢パパは四字熟語が大好きだ。
暇なときはインターネットで四字熟語の語源などを調べている。
過日、後輩と飲みに行く機会があって、飲んでいるうち昔の事が話題になったがその後輩は入社して間もなく賢パパから宿題を出された事があると言う。
20年以上も昔の事であるからすっかり忘れてしまっていた賢パパであるが何とか思い出そうとしてヒントをもらった。
「会社の仕事とはあまり関係がないことで文系のカテゴリー」と言う。
それで「もしかしたら!」と何となく思い出した。
四字熟語の宿題だった。
例えば「一○一○」になるような四字熟語を考えつくだけ書いて来るとか動物の名前が入ったやつとかそんな他愛のない宿題を出したような記憶が残っている。
一○一○だと結構浮かんでくるものでまあ最低でも10個くらいは出来ないとダメだなんて脅かして書いて来させたものであるが、これが一、一ではなく一→二、二→三と一つずつ上がって行くような四字熟語となるとなかなか簡単には行かない。
例えば一石二鳥、二束三文、三寒四温と来て四捨五入、五臓六腑までは大抵の人が出来る。
ところがこの後がなかなか出て来ない。
仕事中にみんながああでもない、こうでもないと大激論。
そう言えば選挙の用語で「六増七減」なんてなかったっけ?
と言った具合に決着する。
次は七転八倒でこれはまあすんなり出てくるほうだがその次が又難しい。
さんざん苦労した挙句マージャン好きの一人が言った。
「八種九牌」はどうだ?
マージャンを知らない人だと何のことかわかんないだろうけどまあ良いかでしゃんしゃん!
そこに通りかかった一人のメンバーが苦労している我々に声を掛けて来る。
事情を説明すると「何だそんな事で苦労しているのか、そんな問題はメッチャ簡単!」と言い放つ。
それなら答えてみろと迫るみんなを尻目に「一泊二日、二泊三日、三泊四日、五泊六日、六泊…・」
とどんどん続ける。
一同唖然、である。
俺たちの苦労はなんだったんだ、馬鹿野郎ーっ!でその日の四字熟語教室はおしまい。
ちなみにゴルフのホールインワンは何と言うかご存知ですか?
皆さん考えて下さい。
答えは明日。
ヒントはこのブログの中に同じパターンの熟語がありますよ。
画像は富士山、四字熟語は「風光明媚」ですかね。


「役満聴牌」

これは「破顔一笑」
と言うより「喜色満面」か
2007年06月07日 by 賢パパ | 日常の事 | コメントを書く | 2 Trackbacks |

巣から落ちたかわいそうな小鳥

今日は比較的仕事が少ないのでやるべき事は午前中で大体終らせて「午後から休んで家に帰ってしまおうかなあ」と考えていると一通のメールが入って来た。
写真つきのメールで「会社の構内で保護されたのですが何と言う名前の小鳥かわかりますか?」という内容のものだった。
ペット遍歴で紹介した事があるが賢パパは子供のころに何種類もの小鳥を飼育した経験がある。
はっきりとは写っていない写真であったが見た瞬間に「イソヒヨドリ」では、と思った。
最近会社の構内や近隣でよく姿を見かけるし、つがいと思われるペアが建物の屋上などで遊ぶ姿を頻繁に見ていたからである。
早速ネットで検索して調べてみるとどうやらイソヒヨドリに間違いなさそうである。
メールの返事を打っていると本人から電話がある。
会社の外の階段のところに落ちていたのを保護して来た人がいるのだがその人はとても世話をする事が出来ないとの事で誰かの机の上に「捨て子」してしまい、それを拾わされた人が困って泣きついて来て面倒を見させられる羽目に陥ったのだとか。
家に持ち帰ってインコの餌をふやかしてあげたりしているらい。
賢パパに飼ってもらえないかと言う。
さすがの賢パパもイソヒヨドリは一度も飼った経験がないので二の足を踏む。
メールで賢ママに相談すると昔オカメインコのピー子を飼った経験のあるママは簡単に賛成してくれる。
賢ママの賛同が得られれば鬼に金棒であるが困ったことに肝心の飼いかたがわからない。
しばらく待ってもらって飼育法を研究中の賢パパであるがどなたかイソヒヨドリの飼育法(餌など)をご存知の方、教えて下さい。よろしくお願いします。
イソヒヨドリ?(写真が小さくて見づらい)



2007年06月06日 by 賢パパ | 日常の事 | 1 コメント | No Trackbacks |

山の想い出(地元の山々)

賢パパの山行体験を振り返ってみると子供の頃に駆け巡った里山を除くと大学生の頃の朝日連峰と蔵王山に登っ後、就職してからはしばらく登っていなくて1979年に山歩きを再開した事になっている。
就職したのが1972年の事で1974年に横浜から静岡に転勤となったから静岡に移った後5年目でようやく山への思いが再燃したのだろう。
当時は独身寮に住んでいて、何もする事がない休みの日など同じ寮に入っていた後輩を誘って地元の山に出かけたものである。
寮のすぐそばには谷津山という高さ100mあまりの低山があったがこの山(と言うよりは丘)に登ると静岡の街から郊外までが一望できたのでよく登ったものだ。
天気の良い日など南アルプスの山々が見渡せて真っ白な雪を頂いた峰々を眺めては山への思いを馳せたものである。
まがりなりにも「山行」と名の付くものは近場では竜爪山(1000mちょっと)からになる。
静岡には安倍川という川が流れていてその川を遡った源流部は「安倍奥」と呼ばれる山岳地帯となっている。
竜爪山は安倍奥に連なる山岳地帯の前衛峰的な山で静岡の市民からは一番身近な山である。
賢パパは竜爪山を手始めに色々な安倍奥の山にチャレンジした。
その頃は車を持っていなかったので交通手段はもっぱらバスを利用した。
車があれば便利には違いないが一番の欠点は車を置いてある場所まで戻らなくてはいけない事である。
その点バスなら好きな所に下りて来れるので変化に富んだ山行を楽しむ事が出来たのも事実である。
車で行く場合だと梅ヶ島から登ったら梅ヶ島に下りる事になるがバスなら梅ヶ島から登って八紘嶺を経由して大谷崩れに下りたり更に足を伸ばして山伏まで行ったりする事も出来た。
安倍奥唯一の2000m峰である山伏岳には何度も登ったし雪洞訓練をやろうと仲間数人で登ったら肝心の雪が全くなくてやむなく小屋泊まりにした事も懐かしい想い出である。
その後賢パパの思いは南アルプスに向く事になるのだが入門コースとしての安倍奥の山々への登山は山への情熱を強く燃えさせてくれた貴重な体験となっているのかも知れない。
一昨年ぐらいから山登りを始めた賢ママはまだ安倍奥の山には登った事がないのでそのうちどこかに一緒に登ってみようかと思っている賢パパである。
梶原山からの谷津山と静岡市街

久しぶりで歩いた安倍峠のみやまつつじ

安倍峠登山道にて

舗装された林道にて

2007年06月05日 by 賢パパ | 山の想い出 | コメントを書く | No Trackbacks |

充実の一日

一昨日は正直者が馬鹿を見る世の中に怒りまくった賢パパであるが昨日は久しぶりで充実した一日だった。
前日の天気予報では曇りだが雨の心配はないとの事なのでかねてから予定していた芦川のすずらん見物に出掛ける事にした賢パパと賢ママであるがせっかくだからついでに蛾ヶ岳に登って来る事で話がまとまった。
当然の事ながら帰りはどこかの日帰り温泉で汗を流してくる事になる。
そこで頭を悩ませたのが先に山登りをするかすずらん見物をするかだ。
さんざん悩んだ挙げ句、帰りに寄る温泉の事を考えて山を後にする事に決めた。
6時出発と決めて5時過ぎに賢の散歩から戻ると賢ママはもう支度が出来ていると言う。
今までに何十回お出かけした事があるか数え切れないが予定より早く出発出来た事は
記憶にない。
珍しい事があるものだと不思議に思ったが理由はすぐにわかった。
賢ママはパパの朝ご飯の用意をしていなかったのである。
とにかく5時半に出発して芦川を目指す事にする。
日曜日の早朝という事で道路はかなり空いている。
息子に車を取られてしまった賢パパは賢ママの軽を運転して出掛けて来たので運転には慎重で注意深く飛ばす。
車の運転が飯よりも大好きな賢パパは一旦ハンドルを握ったら滅多な事では休憩など取らないのだが空腹には勝てず朝霧のコンビニで朝食休憩。
初めての道ながら「ふるさとウォーク」さんからのアドバイスもあり順調に進んで7時半過ぎには無事到着。
まだ早い時間のせいか駐車場にはほとんど車がない。
駐車場からすずらん畑までは自然道を少し歩くのだがひんやりした空気が清々しい。
すずらん畑に着いてみて驚いた。想像していたよりはるかに規模が大きい。
まだまだつぼみの株が多く本格的な見頃はもうちょっと先になるのかも知れないが素晴らしい自然の美しさを満喫することができた。
すずらん畑見物を先にしたのも正解で早朝の客が少ない時間にゆっくり見物する事が出来て良かった。
その後再び精進湖ブルーラインまで戻って今度は蛾ヶ岳の登山口のある四尾連湖に向かう。
9時ちょっと前に到着して9時に登山を開始。
詳細は山行記参照。
温泉をどこにするか迷ったが賢ママが奮発して「下部ホテル」に行こうと話が決まり行ってみるとあいにくの混雑で本日の日帰り入浴は午後1時からとの事。
仕方がないので内船にある「南部の湯」に久しぶりで寄ってみる。
ゆっくり汗を流した後昼食を食べ賢ママは生ビールをうまそうに飲むが賢パパは運転があるので見ているだけで我慢我慢。(帰ってゆっくり飲んでやる)
途中で晩ご飯の買い物をして家に戻ったのが2時ちょっと過ぎ。
あとはのんびりくつろいで明日からの仕事に備える賢パパとママであった。
車窓からの愛鷹連峰

すずらん畑

公衆トイレもすずらん


可憐な花を咲かせている