プロフィール

  • ID: 1542
  • ハンドルネーム: ぺんぎん隊
  • 性別: 男
  • 年齢: 48
  • 住所: 栃木県 宇都宮市
  • 所属クラブ:
  • 登録日: 2007年10月20日


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私の山行記録 新着

2008年11月15日
浅草岳 [ 1585.50m 越後山脈(福島県・群馬県・新潟県) ]
山行フォトギャラリー (8) 8
2008年10月19日
奥白根山 [ 2577.60m 那須日光(福島県・栃木県・群馬県) ]
前白根山 [ 2373.00m 那須日光(福島県・栃木県・群馬県) ]
登山行程ルート表 登山高低差グラフ 山行日記+写真 (5) 5 山行フォトギャラリー (10) 10 登山ルート地形図(国土地理院) 登山ルート地図(グーグルマップ)
2008年10月04日
朝日岳 [ 1896.00m 那須日光(福島県・栃木県・群馬県) ]
那須岳 [ 1915.00m 那須日光(福島県・栃木県・群馬県) ]
登山行程ルート表 登山高低差グラフ 山行日記+写真 (2) 2 山行フォトギャラリー (10) 10 登山ルート地形図(国土地理院) 登山ルート地図(グーグルマップ)

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アーカイブをご覧いただけます。November 2007

山渓遊び、時々仕事

そして今日は「時々」の方の日。

舗装道路に四角くカッターを入れて舗装を剥がす。
舗装の下のつき固められた砕石を削岩機で掘り起こす。
ユンボでガサガサ掘れれば楽だけれど、核深部は人力で掘る事になる。

何故か人力の役目は私なのだ。



山砂の中に埋もれている黒いパイプを見つけ、それを辿りながら更に核深部へ。
頭の上を自動車が行き交う中、70cm四方の四角い穴の中で格闘する私。

黒いパイプを辿った先に青いビニールで大事そうに包まれたものが頭を出した。目的のお宝である。

これで億万長者!

になるわけが無い・・・

お宝の横に付いているコックを閉めて黒いパイプを取り外す。その後に砲金のキャップをねじ込んで一丁上がり!



さて、遊びに行くか!
2007年11月30日 by ぺんぎん隊 | 日日日日(ひびにちじつ) | コメントを書く | No Trackbacks |

連夜でダイジけ?

 「結構厳しいへつりがあってさぁ・・」なんて渓流を遡行中に平気で使うのですが、よくよく考えてみるとこの渓流用語「へつる」の語源を知らないのですよ。

 多分みんなは知ってて使っているのでしょうが私は“知らずに知ってる風を装いながら”巧みに会話を交わしていた訳であります。まあ、日本語にはその言葉の語源や意味合いを正確には知らなくても周りの状況から読み取って「ああ、たぶんこんな・・・であろう。」と予測の会話が成り立つものである。当て推量とでも言うのだろうね、たぶん。

 さて、この当て推量で周囲とニコニコと会話が出来ているのだからまあ良いじゃん!なんて思っていたのだが、ちょっと語源に疑問を感じてしまったお陰で普通に会話出来ていたのが急に気恥ずかしくなり「それじゃいっちょ調べてみましょうか!」と言う事になった。



昨日に引き続きインターネット検索と言うものが活躍。

 「へつる」と打ち込んで検索ボタンを押すだけでアッと言う間にズラズラ〜っと答えが並んで出て来るものと信じていたのだが、以外や以外、出てくるのは「讃岐うどんをつるつる・・」とか「納豆石鹸つるるとさらり」なんてやつが沢山並んでいるのである。「ん?納豆石鹸・・・?」などと変な誘惑に乗せられて脇道にどんどん逸れてしまう。ちなみにこの「つるるとさらり」は納豆の保湿成分でアトピー肌にいいそうである。そうそう、他には「つるかめ算」なんていうのもあった。鶴と亀の足の数の違いからお互いの匹数を求めるなんて書いてあったが算数は苦手なのでここは無視。

結局「へつる」と入れても「つる」にばかりヒットして「へ」は無視されてしまった感じである。「へつる」としたのが間違いなのかと「へずる」に差し替えて再度検索したが結果は同じであった。

ここで急きょ頭に浮かんだのが「塔のへつり」。

「塔のへつり」と言うのは会津芦の牧温泉近くの景勝地の事である。こうした地名が頭に浮かぶ自分の博識さにいささか胸を反らせつつ検索開始。出て来たページに目を凝らすと景勝地の紹介と宣伝の片隅に『“へつり”とはこの地方の方言で危険な崖のこと』と書いてあった。おっ、崖とは少しだけ調査が近づいて来たような予感である。しかしここまでで手掛かりがプッツリと切れてしまった。

仕方ないので単純にネット国語辞典で「へつる」を検索。すると「剥る」と出て『へずる。削り取る』なんて書いてある。う〜ん、岩場を削り取るように進むのであろうか・・・。
またまた仕方ないのでYahoo検索に頼る。ずら〜っと並ぶのは予想した通りに渓流釣り、沢登りのページばかりである。私自身が「へつる」が判らずに検索しているのに「渓の呼ぶ声」(私のHPです・・・苦笑)がヒットしているあたりが可笑しくもあり哀しくもある。いやはやなのである。

そしてとうとう見つけたのであります。沢屋さんの沢用語のコーナー。この管理人の方も私と同じ様に仲間内の会話に当て推量方式で挑んでいたらしく、調べ始めた経緯も私と同じであった。世の中には私のような奴もいるもんだと変に嬉しく感じたのである。
結局「へつる」の語源はと言いますと国語辞典で調べた「剥る」が語源らしいとの記載の他に『東日本で山中の絶壁や川岸などの険岨な路などのことをいう』という説明があり「塔のへつり」語源も含めて一応の納得をみたのである。
ここで気が付いたのだが「へつる」と書いて来たが語源から辿れば「へずる」であり「つ」ではなく「す」なのである。しかしそうなると「塔のへつり」ではなく「塔のへすり」となるのであるな・・・。まあ方言と言う事で深くは考えないことにしよう。

余談だが我々の間で「ゴルジュ」という言葉も使われるがこいつの語源はフランス語で「咽喉」の事だと言う。知らず知らずの内にフランス語を使っていたなんてそれこそ両手は腰に胸を反らせてワッハッハと威張りたいものである。ところで「ゴルジュ」とすっきりと発音しているがフランス語と聞いた途端に「ンゴルジュゥ」などと鼻に掛けて発音練習をしてしまった自分が悲しいのである。まあ今回は「へつる」の語源発見までで良しとしようではないか。

こんなとこでいかんべ?
さてとねっぺか!

2007年11月30日 by ぺんぎん隊 | ダイジだぁ〜 | | No Trackbacks |

父のスタート地点へ・・・



 1998年9月、私は初めて渓泊まりの荷物を背に荒川を訪れた。支流石滝川に山越えで入渓するためである。そして翌々日の昼頃、渓泊まり初体験の興奮を持ち帰った私は両足を荒川の冷たい水に洗わせたまま青空の下の流れに架かる大石橋を眺めていた。

 澄んだ空に透明の水、そこに一本の吊り橋が架かる風景。言葉にならない感動でその一コマの風景を心に刻んだものだった。

 時が過ぎた今、色褪せずにその風景を思い出しながら、そこに一人の姿を当てはめていた。

渓支度に身を包んだ隊長の姿だ。

 昨年から本格的に渓あるきを始めた息子に私がどうしても見せたい風景。私の全てが始ったその場所に息子を連れて来たかった。
 どうしてもと思い詰めるほどの事では無いけれども彼が渓を歩き始めた時から漠然と着かず離れずに思い描いた風景だった。

 山形県朝日連峰荒川。とうとう夢に描いた風景を実現しに息子を連れて行く時が来た。

 荒川本流の車止めに到着し身支度を整える。同行者の息子である小1のイサキくんや隊長を見て周囲の先客たちは怪訝な様子。

 そんな周囲の眼差しを尻目に大人も支度を始める。30m補助ロープ、スリング、テープをザックに入れサイドバンドにはカラビナをぶら下げる。腰にはハーネスといった出で立ちだ。
 大人たちの身支度と小さな子供の存在がミスマッチで周囲の反応も変わる。それまでは子供を連れたハイキングまがいの釣り人くらいに多少小馬鹿にした視線だったのに・・・。その変わり様が可笑しかった。



 ワイヤーで渡した足場板一枚の吊り橋に隊長もイサキも不安顔だ。まずはイサキが父親にサポートされながら渡る。続いて隊長も行く。私は橋から少し離れてカメラを構える。遠くから見ていても恐々と渡る足取りで二人の心境は手に取る様だ。

 小屋までに3つの吊り橋があるけれど進むほどに頼りなくなるのだ。増水時にはその頼りなさが数倍にも増すのは前年の遡行で体験済みだ。今回は息子達が居ることでこの場面に細心の注意を払って来ているし岩魚釣りで渓の遡行もする。スリングもテープもカラビナもハーネスも全てその為に用意して来た。
 
 子供達を大人のフィールドで遊ばせる為にはやはりそれなりにハンデがある。吊り橋しかり、遡行ではホールド、スタンスしかり。大人にはちょっとした落ち込みであっても子供には大きく立ちはだかる滝なのだから大人の感覚で歩いては子供達が可哀想だ。



 こうして入渓した荒川で岩魚釣りを楽しんで天幕で野営をする。夜には焚き火を囲んで普段家庭ではしないような会話を子供と真面目に語り合う。夜は抱き合うようにして眠る。

 楽しく一夜を過ごしたテン場を綺麗に片付けて帰路に着く。帰りの吊り橋では子供達の笑い声が渓に響き渡った。

 最後の大石橋を渡り川岸から車止めへと向かう息子に声を掛ける。

「ちょっとこっちに来てごらん。」

 私が誘ったのは大石橋を眺める荒川の本流だ。かつて私が感動して眺めた景色に隊長をはめ込んでみたかった。私が何故そこに隊長を誘うのかを原くんは知らないがイサキを伴って着いて来た。私は大石橋をバックに隊長の写真を撮った。「多分これが今回の最大の目的だったのかも知れないなぁ。」そう思いながら二枚三枚とシャッターを切った。



2007年11月29日 by ぺんぎん隊 | 渓あるき | コメントを書く | No Trackbacks |

プチ遭難を体験して(終章)

 さて、遭難の原因は判明した。そう、あれは遭難なのだ。下山時刻が予定より大幅に遅れたり、陽が落ちても幕営装備を持たない身で山中に居たのであるからあれはれっきとした遭難だと私は思っている。そしてそれは大変恥ずかしい事なのだ。

 遭難するにはそれなりの理由がある。私たちの場合を考えてみることにした。

•今までに沢を詰めて稜線まで上がった経験があまりない。
•時間的余裕に欠けていた。
•1:25000図は持参していたものの要所要所での現在地確認をしていない。
•一番大切な場面で「多分こっちだろう」的な感覚での行動をしてしまった。

この全てにリーダーとしての私の責任がある。

•地形図に在る登山道の存在だけを頼りに計画を立てた事。
•沢登りのグレードだけが頭にあり容易な場所だと思っていた事。

結局は計画を甘く見ていた結果である。

 それともう一つ。

 日没が近づいた時点で「沢に下りましょう。」と言われて承諾した部分に自分ながら疑問を持っている。我々の教えられた基本は「道に迷ったら元に戻る」「沢に下らずに尾根に上がる」と言うものだった。しかし私たちは沢を目指して下り、結局は登山道に出た。結果オーライという奴である。

 でも本当に良かったのかな?という疑問は残る。道迷いの遭難で重大事故に繋がるのはここである。無理に下って行く中で滑落や転落を招く事例が多いからだ。
 ここで私がこの意見に反対しなかった理由は只一つだった。この日の私たちは沢登りの装備でありザイル・ハーネス・カラビナ・エイト環などを全員が持っていたためだ。こんな時、大体が沢に出合う場所は崖であるから以上の装備無しでは絶対に沢に向かわなかった。

 でも本当に正しかったのか?無事に帰ってしまった事実が結果判断を鈍らせているのは間違いない。息子が一緒に居たという状況で、もし沢に降り立つ場面に遭遇したとしたら、「お前はザイルワークが完璧に出来たか?」と考えると自信が無い。リーダーとして、親として、失格と判を押されるに違いない。

 夕暮れの中、約2時間にわたる道迷いの最中、メンバーの家族や釣り仲間達の顔が何度も浮かんだ。内心「これはまずい!」と思い始めてからは自分達の居る状況が恨めしくもあり情けなくもあった。このまま帰れなければ街では大騒動になり、メンバーの家族には大きな不安を抱えさせる事になる。本当に情けないし恥ずかしいし腹立たしい気持ちだった。そんな中で息子は終始温泉の就業時刻を気にしていた。のん気と言えばのん気なのだろうが私への絶対的な信頼が有ればこそののん気さなのだろう。大騒ぎされたり泣き出したりされなかっただけでもメンバーの負担は軽減された事だろう。私にとっては心の支えにさえなっていた。そんな息子を考えると更にリーダーとして、親としての責任の重大さを感じる。

 私たちの遊びは「もしもあの時・・・」ということが多々ある。その時は焦りもし判断に悩んだりもするが、一旦無事に帰って来たとなると一転してヒーロー気分となる。「こんなに危なかったんだぜ!」と如何にも自分は凄いのだと仲間に吹聴することが多いと思う。しかし、本当はそんな経験はしない方が良いし、してしまった事自体が恥ずかしい事なのだ。そして恥ずかしい思いをしないために日頃から努力しなければならないと今回あらためて反省し決意する思いだ。

それにしても彼等はいい仲間だったと思う。



2007年11月29日 by ぺんぎん隊 | 登山隊 | | No Trackbacks |

う〜ん、眠いのに!



昨夜というか今朝というか時は真夜中。

突然「岩魚は痛さを感じるのか」と考えてしまった。布団に潜り込み枕に頬擦りしている最中のことであるから本当に突然なのだ。

しばらく布団の中で考えていたが空っぽに近い私の頭の中でいくら探し物をしてみたところでこの手の答えは出て来ない。仕方が無いのでムクッと起き上がりパソコンの電源を入れた。いやいや、寝床にパソコンは無いので我が書斎までヨタヨタ歩いたのだった。(注:書斎=机と本棚のある部屋・・・笑)

インターネットで検索して判ったことだが、こんな事に疑問を持つのは子供たちくらいのものらしい。私のようなオヤジが瞳を輝かせてドキドキしながら調べる事ではないのである。それでも構わん!と変に意気込んで検索結果に目を走らせた。



「ねっとで水族館」というページに行き当たった。魚の五感について丁寧に書いてある。結果から言ってしまうと魚には痛覚は無いそうだ。だから岩魚にも痛覚は無いということだ。飲まれた鉤を外したり、ナイフでハラワタをとる時に暴れたりするが、あれは痛くて暴れているのでは無いらしい。ここでひとまず心優しい私としては胸を撫で下ろす結果である。

それでは何故魚は鉤を外したり、腹を切られたりした時に暴れるのだろう?というまたまた子供じみた疑問にぶち当たるのである。

想像力豊かな方はもう薄笑いを浮かべながら「ば〜か!」と思っていることだろう。答えは触覚である。そうそう五感と書いたあたりから既に予想可能なのである。鉤を外す際にギュッと握られたり冷たい刃先がスッと身体に触れたことに反応して暴れているのである。
ちなみに魚は人間に近いまたそれ以上の感覚を持つと言う事も判った。目玉はご存知の通り360度に近い視界を持ち色彩も判別出来る。耳と側線の連動で音や振動にも敏感に反応する。水溶性の匂いに敏感で甘い、辛い、塩っぱい、酸っぱいと味まで判ると言うのである。これにはビックリ。

ひとつ利口になった気分でエヘンと胸を反らせつつ子供向けホームページを閉じた私だった。

おいおい、胸張ってね〜で、早く寝なくてダイジけ?

2007年11月28日 by ぺんぎん隊 | ダイジだぁ〜 | | No Trackbacks |

プチ遭難を体験して(再び現地にて)・・・その2

 ところが2100m付近でなかなか高度が上がらず2304mのピークをまだまだ大分上部に見る位置で登山道は突然大崩壊地に飛び出したのである。そして登山道はそのまま大崩壊地をトラバースして向こう側の林に消えて行く。

そんな馬鹿な!

高度計を再度確認するが2100mである。後に山頂に着き高度計の表示を見ると20m足りなかった。誤差は20mの範囲だった。大崩壊地は登山道から更に100mくらい上から崩れていた。

 登山道は大崩壊地を横切っていた!



 この事実は全く予想もしなかった。地形図でも登山道は大崩壊地の上に位置している。手持ちの地形図の作成年(平成2年)以降に登山道の位置が下がったのかな?

 大崩壊地の延長?地形図にある地点より更に上へと崩壊が起きたと言う事か。こうしている間にも大きな岩が乾いた音を立てて転がり落ちて行く。

 精密ではないにせよ高度計の指す数値や崩壊地前後の登山道の様子から地形図にある登山道の記述間違いとしか思えない。更にネットで見た沢屋の記述も記憶違いか別のルートだったのだろう。15mの藪漕ぎは更に100以上上なのだから・・・。

 登山道から見上げる大崩壊地には見覚えがある。このあたりの地点から上部を見上げ最後の詰めを相談した記憶がある。その時にもう少し周囲を見渡す余裕があったら横切っている登山道を見つけることが出来たかも知れない。反省と後悔はいつも手を繋いでやって来るものらしい。


2305ピークに突き上げる大崩壊地


 現地を再訪し結果として私が思っていた「跨いだかも知れなかった登山道」は存在しなかったと思われる。獣道か単なる地形の悪戯だったのだ。

 折角行ったのだから大崩壊地を詰めてその謎の登山道を実際にこの目で確かめて来たら良いだろうと言われるかも知れないが、実はもう二度とあの大崩壊地の登攀の恐怖と詰めの藪漕ぎはしたくないのが正直な思いだ。

 再度登った事でこの一年の間、大きな重量で圧し掛かっていた「もしかしたらあれが・・・」という仲間達に対する責任からは逃れる事が出来たと思っている。でも最初の計画段階で既に『遭難へのプロローグ』は始っていたのかも知れない。

 「行けば何とかなるさ!」これが山渓をフィールドとする山屋、沢屋から「釣り屋は最低だ。」と言われる所以なのかも知れない。地形図も満足に読めない、コンパスも使えない(持っていても使わないのも同類)では、そう言われても返す言葉が無い。

<つづく>

2007年11月28日 by ぺんぎん隊 | 登山隊 | コメントを書く | No Trackbacks |

隊長、元気出せや!

 毎月何かしら教えてくれるふるさと教室というものがある。
時々私も講師をしたりする。
先日のドッチビー&野外料理もこの活動の一つだ。

 子供が楽しみにしているのは当然の事だが、
結構私も楽しみにしていたりする。
特別な材料が必要なものは無理だが、
簡単に作れたりやれたりする物なら覚えて損は
無いと思う。

これは「万華鏡作り」を教えてもらった時のこと

「万華鏡って知ってるかい?」
「知ってるさ、児童館で作ったもん!」
私の問い掛けに胸を張る隊長。
そう言えば夏の頃に友達と児童館に遊びに行って
「作って来た!」と見せられたのを思い出した。

「あれさぁ、中の模様が全然動かなかったよね?」
「うん、のり付け過ぎちゃって・・・」
「今日は注意して頑張るよ〜に!」
「わかった!」

という事で始まった。

うちの隊長は期待通りの不器用である。
親の期待を裏切った事が無いほど必ず失敗する。
ついつい口を出したくなるが、なるべくなら自力で
やらせたいのも親心。

周囲が一所懸命やっている中でどうもいい加減さが
目に付いて口やかましく小言を小声で・・・
まあ、親が一緒に来ている席はどこも似たようなものだ。

それでも息子にすれば満足の行く作品が出来た様子。
出来上がった万華鏡を何度も覗いてはああだこうだ
言っている。

家に帰って誇らしげにお母さんに見せる。
「僕が作ったんだ!」
「友達もみんな自分でやったんでしょ?それじゃ普通でしょうに!」
「・・・」

隊長ダイジけ?
元気出せや!


2007年11月27日 by ぺんぎん隊 | 日日日日(ひびにちじつ) | | No Trackbacks |

プチ遭難を体験して(再び現地へ)

 今回一年ぶりに再び現地に足を運んで来ることが出来た。

 日光沢温泉から根名草山へとあの日下った登山道を今度は山頂まで忠実に登り返す事で2304mピーク付近での釈然としない思いを解明したいと思い続けていたからだ。

 この時私の心には単純に遭難した理由は「私が跨いだ登山道の確認」というものだった。

「やっぱりここか、あの時もう一度戻って確認していたら・・・」それが検証の結果だと思っていた。

 日光沢温泉で腕時計の高度計の数値を合わせて登山道に入る。長い長い急登が続く。1900m付近で手白沢温泉方面への分岐に到着する。あの日、闇夜の中で喜びの余り記念撮影をした思い出の場所である。登山口からここまで高度差約500m強、1時間半の行程だった。地図と高度計に狂いは無い。


 
 この後、登山道はしばらく長いアップダウンが続く。2000m付近からまた登山道は高度を稼ぎ始める。所々尾根上の歩きになり周囲の展望も開けて来る。手白沢方面の視界は大きく開けて抜群の眺めである。

 地形図では1900m辺りから登山道は稜線を忠実に走っているように見えるが実は尾根の西側を巻くように走っている。登り方向から言うと左手に尾根の斜面があり右手が谷側である。
 2020mから2050m付近に見覚えのある斜面と登山道があった。あの日、長い徘徊から登山道に転がり出たのはこの辺りに違いない。



 2100mを越えていよいよ2304mピークに近づいて来た。遭難ポイントの核心部である。

 登山道の右手にコメツガの藪がありその下は大崩壊地、左手に針葉樹の林がある場所を予想しながら歩く。

机上で検証し、そして現地検証でも「やっぱりここか!」で終わる筈だった。

<つづく>

2007年11月27日 by ぺんぎん隊 | 登山隊 | コメントを書く | No Trackbacks |

イワナわんたん



川の辺宴会での食材は現地調達が建前。

現地に行っている目的は一応イワナ釣りなのでテン場(テント場=野営地)にはイワナが一匹か二匹はある。
う〜ん、無い時の方が多かったりもする・・・

イワナが人数分ある時は「焼き枯らしでもやっぺか!」となるが、大体が人数分の半分も釣れない。
大物なら刺身にして・・もあるのだが、大物も釣れなかったとなればみんなの口に行き渡るイワナ料理を考えなければならない。

そこでイワナわんたんの登場

イワナを叩いて玉ねぎのみじん切りと塩コショウと少量の味噌で味付けをする。イワナは皮を剥いでから叩く。皮も小さくスライスして入れてもいい。

出来上がった具材をワンタンの皮に包んで油で揚げる。

スナック感覚で酒の肴に最高の一品となる。


2007年11月26日 by ぺんぎん隊 | 渓あるき | 6 コメント | No Trackbacks |

プチ遭難を体験して(机上にて)

 ビバークをしないでその日の内に帰還出来たから遭難ではないのか?自力で下山出来たから遭難ではないのか?

 記録的にはこれは遭難では無いのだろう。でも釈然としない部分が多くて机上で地形図を睨みながら原因を考えていた。

その日の私たちのルートとコースタイムを記す。

女夫渕温泉駐車場7:00→日光沢温泉8:20→オロオソロシ沢入渓9:00→奥の二股にて昼食12:00→大崩壊地登攀12:30→稜線15:40

 沢を奥の二股から大崩壊地へと詰め上がって来たことは間違いの無い事でルートミスは無かったと判断している。では地形図でこれほど明瞭に記載されている登山道が何故無かったのか?

 行く前に読んだ沢屋さんの遡行記にあった様に大崩壊地を詰めて15mの藪漕ぎもした。彼らの記録と何ら違わない過程を通過していた。そして登山道だけが無かった。登山道が見つからないままに歩き出した事から全てが始ってしまった。



 私の記憶の片隅に釈然としない部分があるのは藪を漕ぎ終わって息子とみんながいる所まで行く途中に一跨ぎした土が剥き出しの細長い連なりが頭から離れなかったからだ。

「あれが登山道だったのでは・・・?」

 そう思うと「何故あの時に確認しなかったのか!」と悔やまれるのだ。

 その時はそれが登山道かも知れないなどと思いもしないくらいに頼りないモノだった。でも結果を振り返るととても気になる存在に膨れ上がって来ていた。栃木県の登山ガイドの本を見ると根名草山への登山は金精峠からの入山が主流で日光沢温泉側の登山道はあまりポピュラーではない様な紹介がされている。これが余計に拍車を掛けた。

「あまり使われない登山道なら細くて不明瞭もアリか?」

 こうした中で机上の憶測を立てた。

•大崩壊地を詰めて2304mのピークの方向に向かった。

•この時、気が付かない間に不明瞭な登山道を跨いでしまった。

•沢屋の記述通りの経過に満足して登山道が無いことをそれ程重大と考えなかった 。

•記念撮影後、現在地が判らないままに移動を始めた。

•下方を目指す意識から2304mピークの東側に派生する尾根の北側斜面を下り始めていた。

•天候の急変で腕時計の高度計が50m単位の誤差を生じていた。

•雲が垂れ込めコンパスだけが頼りで北を目標に下った。

•登山道が有る尾根の東斜面を北に下って行った為に手白沢へは下り切らずに登山道と平行に尾根を下った。

•北へ忠実に進んだ事で偶然に登山道に転がり出た。

こんなところが机上検証の結果だった。

 徘徊途中の辛さから多分2304mピーク北側の針葉樹マークがある東斜面あたりを徘徊したのだろうと地形図上の一番厳しそうな斜面を睨んで憶測を逞しくした。
 
 しかしここでも釈然としない思いはあった。

 手白沢の大崩壊地に迷い込まない様に尾根の東斜面は避け続けた筈だった。だから真北に向かって下る私たちにとって左手に尾根の高みを見てはいけないのも事実で、現に左手に高みを見ると即座に軌道修正していた筈である。まあ、雲のお陰で目視できる間近の高みだけが対象だったのは仕方が無いがコンパスと地形図との睨み合いの格闘の末、リカバリーは一応成功した。

<つづく>

2007年11月26日 by ぺんぎん隊 | 登山隊 | コメントを書く | 2 Trackbacks |

街の秋



もう近郊の山は紅葉も終わり冬支度に入りました。でも宇都宮市内は今が紅葉の盛りです。
2007年11月25日 by ぺんぎん隊 | 写真 | コメントを書く | No Trackbacks |

プチ遭難を体験して(回想)・・・その3

メンバーから「沢を目指して下りましょう!」と意見が出された。私は一瞬躊躇した。ビバークするにしても水が必要だとの意味である。

 少し考えた後に沢を目指して下る決断をして全員が斜面の下方を目指す。私と息子が藪を分ける中、小林さんが最後尾でサポートしてくれている。荒川くんと原くんが偵察隊と言ったところか。少し離れるとメンバーが何処に居るのか姿が全く判らなくなってしまうほどの深い藪を声を掛け合いながら漕いで行く。しばらく下ると原くんの声が聞こえた。

「あった!登山道ありましたよ〜!」

 ここまでその声を聞き飽きるほど聞いて来た私は内心「又かよ!」と全然期待をせずに息子と繋がる手元のスリングを眺めていた。

すると次に荒川くんの声で「ありました!本物で〜す!!」と叫ぶのが聞こえて来た。今度のは違う、本物らしい。

 息子と小林さんと声のする方向を目指して懸命に藪を漕いだ。そして薄暗くなる中で私たちは登山道に転がり出たのだ。

 登山道に出たとほぼ同時に陽が落ちて周囲が暗くなった。間一髪だった。各自がヘッドランプを取り出して点灯。原くんが自分のランプを息子のヘルメットに装着してくれた。

 ヘッドランプ頼りの下山が始った。これがまた結構渋い。足元しか照らされない明かりの中では登山道の先の状態が判らないのだ。目の前の段差だけを見ながらの下山。登山道脇に少しの踏み跡が分かれるだけでも「これはどっちだ?」と判断に時間が掛かる。息子にヘッドランプを貸して無灯火の原くんを私と小林さんが間に挟んでの歩き。前を照らし後ろを照らしの繰り返しである。



 それでも登山道という立派な『道』は着実に登山口へと導いてくれた。途中で手白沢温泉への分岐を確認出来た時に初めて全員が心からの笑顔が出た。道を失ってから始めて地形図上で自分たちの位置が確認出来た安心感からだった。

「ここを下れば帰れる!」

確信を得て足取りに力が蘇った瞬間だった。
日光沢温泉の登山口に下ったのが午後8時半頃で女夫渕の駐車場に着いたのが午後10時だった。携帯電話の通信圏内に入るには更にそこから1時間を要したので各自が無事下山を家族に報告出来たのは午後11時近い時間だった。これが昨年のオロオソロシ沢を詰め上がってからの顛末である。

<つづく>

2007年11月25日 by ぺんぎん隊 | 登山隊 | | No Trackbacks |

観音様と石の街

今日は副々隊長が「映画のエキストラに出るから!」と朝早くから出かけて行くのを布団の中から見送った。隊長は風邪気味の様子で元気が無い。仕方ないので地域コミセンから誘われていた今週火曜日に行われる宇都宮市郊外の大谷の歴史探訪コースの下見に行って来た。

大谷って皆さんご存知ですか?大谷観音は?大谷石は?

多分、関東近郊もしくは石仏オタクならご存知でしょうか。関西方面だとちょっと知らないでしょうね。

大谷観音と言うのは日本最古(平安時代)の石仏彫刻として知られている。(知られて無いって!・・笑)とパンフレットに書いてある。
大谷石というのは耐火に強く(石だもんねぇ・・)、石の重量が軽く、石質がやわらかく、見た目に温かみが有る色合い、といった特徴から建築石材として広く使われました。その石が取れるのがこの大谷地区で衰退した現在ではその石切り場が資料館として公開されています。

それではざっとご紹介



これが大谷観音が祀られる大谷寺。坂東33観音の19番札所です。御止山と呼ばれる小さな岩山(大谷石の山)の岩壁にへばり付くように本堂が建てられている。
本堂の中に入ると、その岩肌に千手観音(大谷観音)が彫り刻まれている。御止山の岩肌そのものが本殿、ご本尊の一部なのでした。
撮影禁止の大谷観音の写真が何故かある・・・(爆)



さて、大谷寺を出て目の前の岩山を回り込むと青空の下に身の丈八十八尺と言われる平和観音が柔和な顔をしてこちらを見下ろしている。宇都宮市の市民でもその多くがこの平和観音を大谷観音と思い込んでいる節がある。まあ、大谷に来るのは小学校の遠足以来だという大人が多いのだから記憶が定かでないのも当然でしょうか。



平和観音を後に大谷資料館へと行く。全山大谷石の山の表面だけ残し中の石は全部切り出してしまっている場所。まあ、カキ氷の表面を残して中身をくり抜いた感じの山をご想像戴ければ・・・。



石切り場の洞窟の中は気温3℃。一言「寒い!」
綺麗に切り出された大谷石の切断面が見事に続く。いくつもの部屋に別れて掘削、切り出しされていた様子が判る。

裸電球が所々に吊り下げられて幻想的にさえ見える。確かに「幻想的な雰囲気の中で・・・」と題されて町おこしの一環事業として絵画展やコンサートなどもこの洞窟内で開かれている。



宇都宮市郊外にありながら滅多に行かない隠れた名所(?)を今日は歩いて来た。うん、疲れた・・・

2007年11月24日 by ぺんぎん隊 | 日日日日(ひびにちじつ) | コメントを書く | No Trackbacks |

プチ遭難を体験して(回想)・・・その2



この時点で頭にあるのは下山予定地の日光沢温泉が北方向にある事と、尾根を越えてはならない事の二つだった。

 地形図に記されている登山道は尾根の西側に位置している。間違って尾根を東側に越えてしまうと手白沢の大崩壊地が存在するのだ。
現在地も目標物も定まらないままに斜面を北へ北へと下って行く。コメツガの藪を漕いだり、樹木を伝いながらの下りで突然スッパリと切れ落ちる崖に阻まれたりと既にこれは遭難の状況である。



この時点で時刻は夕方4時を回っていた。地形図とコンパスを頼りに進む傍ら、メンバーそれぞれが目を皿のようにして登山道探索に努めた。そしてこんな時は樹木同士のちょっとした空間が真っ直ぐ続くような場所が有れば全てが道に見えた。メンバーから「あったぞ〜!」と登山道発見の声が上がる。喜び勇んで飛んで行き全員でそれを辿るがいくらも進まない内に藪に消えてしまった。獣道などはもう完全に立派な道に見えたものだった。



こんなことを何度繰り返しただろう。道を失ってから既に2時間は経過していた。道無き斜面を行きつ戻りつの徘徊は続いていた。藪の中に居る事も手伝って周囲は薄暗くなり始めていた。

今回の沢登りには小学4年生の息子も同行している。

事態が把握出来ていない彼は大人たちが道を探している最中でも「まだ温泉やってるかな?」とのん気な事を言っている。息子を不安がらせない為に私と原くんが時折冗談を飛ばしながらここまでやって来たとは言え普通の下山ではないことくらい気が付いても良さそうなものだが、終始この調子の息子だった。

それでも周囲が薄暗くなって来た事で一つの決断を迫られる事になった。緊急ビバークだ。この状態で陽が落ちたら最悪だ。まだ明るい内に全員が安全にビバーク出来る場所を探さなくてはならない。


<つづく>
2007年11月24日 by ぺんぎん隊 | 登山隊 | | No Trackbacks |

宇都宮歩け歩け大会



今日は隊長の号令の下、副隊長、副々隊長揃って第13回宇都宮歩け歩け大会に出た。今年で13回目と言うこの大会、ぺんぎん隊は5年前からの連続出場。ぺんぎん隊幹部三人が揃うのは今日で二度目である。

今回の会場は瑞穂野自然の森公園周辺でのファミリー、ふれあい、健脚の3コース設定。ぺんぎん隊は11.5kmのふれあいコースに参加。ちなみにファミリーコースは6.6kmでほのぼのお散歩気分、健脚コースは24.5kmで結構マジウォーキング集団が多いコース。

雲ひとつ無い秋晴れ。開会式、出発式を経ていよいよ歩き出す。



まずは会場から600mほどにある大関観音堂をお参り。ものすごい長蛇の列。ここでぺんぎん隊はお参りを遠くから済ませて一気に追い越しにかかる。人が多過ぎて自分の歩幅さえ遠慮気味ではウォーキングにならない。

稲が刈り取られて寒々とした田んぼの中の農道を歩く事1km。宇都宮市指定天然記念物の大イチョウがある成願時へ到着。樹高30mの老木。鎌倉時代の武将足達藤九郎盛長が植えたとされる宇都宮市最古のイチョウといわれる。
そう言えば最近栃木県内で文化財の大ケヤキを所有者が無断伐採して問題になってたなぁ・・・などと思いながら銀杏の臭いに鼻を押さえながら退散。



一路、鬼怒川河川敷へ

晩秋の川の景色は一言「寒い!」。でも今日は何時になく県北の山々が綺麗に見える。前日光連山、皇海山、日光白根、男体山、大真名子、小真名子、女峰山、高原山、那須茶臼岳、全部が綺麗に揃い踏み。ほんのり雪化粧の男体山は今日も餃子模様。



鬼怒川に架かる喜楽橋を渡り返す時に鬼怒川の冬の風物詩である脚立に乗って竿を出す寒ザコ釣りを眺める。「男体山に初冠雪と聞いたら寒ザコの季節」という釣り人の伝承を思い浮かべる。



農家の庭先にたわわに実る柿の実。軒下には吊るし柿。一つ一つ秋を拾いながら楽しい二時間半のウォーキングだった。



会場に戻るとボランティア団体が色々なブースを構えてお出迎え。副々隊長は隊長を巻き込んで大量に野菜を買い込んで来た。

「全部で1000円!」

近頃ではピカ1の笑顔でした。(笑)



2007年11月23日 by ぺんぎん隊 | 探検隊 | | No Trackbacks |

プチ遭難を体験して・・・(回想)

昨年の8月、奥鬼怒川のオロオソロシ滝を登り、そのまま沢を詰めて稜線に上がった。稜線に登り全員で記念撮影をして意気揚々再び歩き出したところからそれは始まったのである。



 オロオソロシ沢を登り1900m付近の奥の二股から2304mのピークに向かう大崩壊地を詰めて登山道に出た所から下山の予定。
大岩が転がる大崩壊地を何とか登り切り、藪を漕いで稜線付近に飛び出して、全員で歓喜の記念撮影をしたのだ。そして1:25000の地形図に記載されている登山道を探し始めたのだが・・・。

登山道がない!

稜線直下に在る筈の登山道が見つからないのだ。さして広くも無い周辺を全員で探したがそれらしき道が全く見当たらない。

「まあ大崩壊地を登り切りこのルートに間違いは無い」と気軽に判断して歩き出した。
「そのうち登山道に出るだろう!」と・・・。 

この遡行計画をする段階で滝の規模を下調べするつもりで開いた沢屋さんのホームページに登山道まで詰め上がったレポートがあり一応目を通していた。

沢登りの部分は新鮮味がなくなるので流し読み程度で済ませたが、詰め上がりの部分は私の不安材料でもありそれなりに記述を読んで来た。
そしてそれにも大崩壊地を登り15mの藪漕ぎの末に登山道に出たと記してあった。今の状況とその記述とは寸分違わないのだが、違うのは登山道がそこに無いことくらい。そしてその登山道が無いという状況が一番まずいのだった。



北西方向に登山道を探しながら多少移動したところで地形図を開く。同行の小林さんが持っているコンパスと照らし合わせて現在地の予測に入る。しかし雲が低く垂れ込めて周囲の尾根さえ目視出来ない状況になっていた。

現在地測定の目安には周囲の目標物が必要なのだが何一つ取れない状況だ。仕方が無いので詰め上がった地点を一つのポイントとしてコンパスと高度計(腕時計)を頼りに尾根を北方向に下り始めた。少し進んではコンパスで方向修正をしながらの歩きだ。歩きと言っても既にもう木々や岩につかまり道無き斜面を下るという状況になっていた。

<つづく>

2007年11月22日 by ぺんぎん隊 | 登山隊 | コメントを書く | No Trackbacks |

渓泊まりは楽し・・・



日帰りの釣りには行かない私。当然お泊りは高級ホテル「川の辺、星の下」。

自炊が常

60Lのザックの半分以上が食べ物で、その半分以上がアルコール。
こんな荷物を背負って4〜8時間歩き釣りを30分くらいやって後は呑んだくれている。

ここで思い切って新カテゴリー

題して「川の辺、星の下」クッキング!(爆)

第一弾

「雪代そば」

何てこと無い川の水で打つ手打ちそば
雪解けの渓水で打ったのが最初だったのでこの名前。時期が代われば単なる「渓そば」となる。(笑)



食べ物には手を加えるのが基本。
買って来たものをそのまま食べるのは待ち切れないビールを開けた時の乾き物くらいかな・・・
でも最近は怠け気味かも。(笑)

常にぺんぎん隊の宴会料理は豪華なのだ!




2007年11月22日 by ぺんぎん隊 | 日日日日(ひびにちじつ) | | No Trackbacks |

やっぱり・・・

足利の大小山に登った時のこと

妙義の山頂に立って北にある日光連山を眺める私の横に隊長が立っていた。

隊長は周りの風景に全く興味無し

それはいつの登山でも同じで隊長は何の為に山にやって来ているのだろう。聞いても笑っているだけだ。

ふと隊長の足元を眺めてビックリ

隊長はやっぱりペンギンだった。

って事は歩行練習か?


2007年11月21日 by ぺんぎん隊 | 日日日日(ひびにちじつ) | | No Trackbacks |

読者登壇



地元紙下野新聞の読者登壇という投稿コーナーに「登山者のマナー 特に喫煙を」というのがあった。宇都宮市郊外にある古賀志山(583m)にハイキング登山に行き「登山道の地盤が緩いため通行止」という看板を見て引き返して来た方の記事だった。

古賀志山はこの2月に山火事があった。冬の乾燥した毎日が続く中での山火事は24時間を経ても鎮火せずに30時間燻り続けた。この消火時に消防のヘリ2機が近くの赤川ダムから水を掬い上げて山腹の火災場所に水を落とした。そしてその放水で緩んだ山肌が未だに回復せずに登山道崩落の危険アリとして看板を立てて現在に至っている。

山火事の原因は登山者のタバコの不始末。

一時、古賀志山は入山禁止、登山禁止の措置を取られそうな時期もあった。なぜなら登山道及び山域の一部に私有地があり、地権者が入山禁止を打ち出した様だ。

まあ、勝手に自分の庭に入り込んでタバコで火事を起こされたら誰でもそうなるだろう。

以前にもこんな事があった。

古賀志山は知る人ぞ知る岩のゲレンデがある。岩のゲレンデとはクライミングにちょうど良い岩壁の事。
クライマーは古賀志山に難易度の高い岩壁を求めて集まって来る。人の集まる所にはゴミも集まる道理、周辺のゴミは惨たんたる有り様となったそうだ。
この時も地権者は入山禁止措置を取った。当たり前の結末。結局、心あるクライマー達がゴミを処分し、以後の使用に十分注意を払う事で再度許可が下りた。

ポイ捨てのゴミ、ポイ捨てのタバコ

そんな人は自分の庭でもポイ捨てをやるのだろうか?

2007年11月20日 by ぺんぎん隊 | 日日日日(ひびにちじつ) | コメントを書く | No Trackbacks |

一等だけが一等賞じゃない!

私が三角点に興味を持ったのは当然ながら登山を始めてからです。幸いにもその等級を特別意識しないで三角点の存在その物に興味を持てた事が今更にして良かったと思いました。

三角点という存在は登山をする者には言わずもがなの知識で三角測量の基準点であり地形図作成の基本となるものだと知られている。一等三角点網を基準に二等三角網、そして三等三角網と三角点の網を増やしてより正確な地形図を作製するための記録作りが行われて来ました。

今でこそGPSが利用されていますが基本は「人力」すなわち徒歩にて観測点(三角点)を選点、設置、観測がされて来たわけです。機材もその下地になる櫓の木材なども人力で担ぎ上げた時代を経て今があります。
ですから一等も二等も三等も、それは単なる選点の順番だけの等級で実は同列の価値を感じなければいけないものと思っています。観測の基準点とするわけですから見晴らしの良い場所が選点されるのは当然ですが、一等だから高い山の頂に在るとは限らないし、また頂を外した場所に選点される事も多いのです。
一等三角点が有るからと言ってそれがその山のランク付けだと思うのは大きな間違いでしょう。



先日、那須の山に登りました。三等三角点のある山での事です。私が隊長に「ほら三等があるから手を置いてご覧、写真を撮ってあげるよ。」と言っている傍から近くに居た中高年のベテランらしき男性登山者が自分の連れに向かって「私は一等にしか興味が無いからねぇ、三等で写真を撮る必要なんて無いんだよ。興味も全く無し。」と言っているのが聞こえました。

私は人それぞれとは思いながらもとても嫌な気分になりました。三角点その物に興味が無い方が余程救われる思いでした。一等だから価値があり三等には価値が無い。
1:50000図を広げて連れの人に周囲の山々を説明しているその方が妙に空々しく見えて来たものでした。
あなたが手にしている地図はどうやって出来たのかご存知ですか?
余程そう言いたい気持ちを抑えて隊長を促して下山して来たのでした。


2007年11月20日 by ぺんぎん隊 | 日日日日(ひびにちじつ) | | 2 Trackbacks |

「渓の達人」と「しなそば」

「しなそば麺坊」 

これが渓の達人が営むお店の名前です。

マスターは宇都宮渓遊会という山岳渓流釣りの総本山的な釣りクラブにおいて源流部会を創設した中尾章男さん。
現在でも現役の山渓の達人でありながらしなそば屋を営む超多忙な方です。
本当は山渓に行けないくらいの忙しさを希望する経営者としての心と、渓に行きたいばかりに店を「ラーメン研修会の為」とか言いながら休業する遊び人の心とが葛藤している御仁です。

この度、お目出度いのかお目出度く無いのか「栃木のおいしいラーメン2008」とか言うテレビチャンピオンのラーメン王が書いた本にお店が紹介されました。



本人曰く
「今回の編集者の一押しがキノコそばなんだよなぁ・・・」

何となく判る嘆き

マスターは昔ながらのあっさり系しなそばにこだわりがあり、当然お店の売りは店名にもある「しなそば」。そしてそれに数倍手間をかけたチャーシューが乗るチャーシュー麺がご自慢。
キノコそばは一つのバリエーションでしかない。

でも物は考え様

キノコそばに釣られてお客さんが来ればしなそばもチャーシュー麺も食べてもらえる機会があると言うものです。そのために休日の月曜日は毎週キノコ探しで山には入っている。そう、キノコそばに使うキノコは天然物をマスター自ら採取に行く。当然キノコの知識はプロ。私のキノコ師匠でもあるわけ。

ところで本で一押しの「キノコそば」は700円。この本の値段が1200円。
私と隊長は本を買うよりプラス200円でキノコそば2杯を選びました。
要は本の方は立ち読みで済ませたと言うことです。(笑)



本は買わずともお店の売り上げの貢献を選択。兎に角もラーメン本に取材されるお店になったのですからいかんべぇ!


2007年11月19日 by ぺんぎん隊 | ダイジだぁ〜 | | 2 Trackbacks |

野外料理とドッチビー



昨日は子供達と一緒に野外料理とドッチビーを楽しみました。

青少年指導員として地域の子供達とのふれあう機会が多い私ですが、そこはぺんぎん隊副隊長ですから得意の分野です。“子供達が喜ぶ何かを・・・”と考えがちな大人と一風変わって“自分が楽しけりゃきっと子供も楽しいのだ!”という発想が基本の私です。だからやることは身体を使う遊びや火を使う活動が多いです。
今回は「ふるさと教室」の授業として私が担当する野外料理と体育協会のレクリエーションである「ドッチビー」を一緒にやって休日を過ごしました。

野外料理は「サケのホイル焼き」
子供達にホイルを配り玉ねぎを敷きサケを乗せ、ニンジンとシメジをその上に。最後にバターをひとかけら乗せてホイルをふっくらとさせて閉じます。
最初の玉ねぎは問題なし。次のサケの切り身で子供達の手が躊躇しています。普段は生のサケの切り身など手で掴んだ事が無い子供たちですから仕方ありません。
そう、箸など使わず全部手でやるのが良いのです。(笑)

自分のホイルにサケが乗ったことで一安心の子供たち。次のニンジンは問題ありません。「さあ、シメジを配るからおいで〜!」と声を掛けると「わぁ〜!」と集まって来ます。
大きな株から1人3本ずつ採らせて石ズキを私がハサミで切ってあげるのですが、意外と多い「キノコ嫌〜い!」という声。「せんせ〜い、1本でも良いですか?」と言う子が結構いました。「嫌いでも1本は入れること!」と約束してそれぞれに配ります。



ホイルに包み終えたら焼き上げるだけ。お昼に合わせて他にもキノコ汁と舞茸ご飯を作っています。さてお昼までは体育館に移動して「ドッチビー」。

「ドッチビー」とは新しいスポーツでドッチボールのボールの代わりにフリスビーでやるスポーツ。ルールはドッチボールと同じですから初めての子供達にも簡単に出来ます。
私は野外料理の担当で今回は競技に参加しませんでしたが結構本気モードになりやすくて運動量の激しいスポーツです。
フリスビーは柔らかい素材なので顔に当たっても痛くありません。だから1年生から大人まで一緒に遊べる競技です。多分、今後は各地で流行り出すかも・・・



お昼も近くなり歓声の上がる体育館から休憩中の子供達を一旦外に呼び出して自分のホイルを鉄板で焼かせます。大体10分でホイルの合わせ目から蒸気が吹き上がります。そしたら出来上がり。

競技を終えて全員一緒に外での昼食。
自分の前に置かれたホイルを全員一緒に開きます。美味しそうな匂いにみんなも嬉しそう。キノコ汁と舞茸ご飯を配って「いただきま〜す!」。



頃合を見計らってこの日の授業は終了したのですが、面白いことにあれだけ聞こえていた「キノコ嫌〜い!」という子供達の声がウソのようにホイル焼きは勿論、キノコ汁も舞茸ご飯も全員ペロリと残さず食べてしまっています。大勢の友達と一緒と言うことと野外で食べるという事は好き嫌いを無くすきっと何よりの“おまじない”なのでしょうね

2007年11月18日 by ぺんぎん隊 | 日日日日(ひびにちじつ) | | No Trackbacks |

晩酌



アルコールの値上げで晩酌にはもっぱら焼酎か発泡酒を飲む毎日。
そう、私は毎日晩酌をします。(笑)
でも外には滅多に飲みに行きませんから安上がりに出来ています。

安上がりのもう一つは酒の肴は自分で作る事です。今日は「キノコの辛し和え」を作りました。湯掻いたキノコに醤油、みりん、砂糖、和からしで味を付けました。簡単に済ますなら湯掻いたキノコに麺つゆと和からしをあえても良いですよ。

ツンとした辛味とキノコの土臭さが妙に合って美味しいですよ。

そうそう、今夜のビールは貰い物のエビスです!
さて飲むぞ〜!
2007年11月17日 by ぺんぎん隊 | 日日日日(ひびにちじつ) | | No Trackbacks |

森の小人たち



キノコ採りに興じる子供達がおとぎ話に出て来る可愛い小人たちに見えたので思わずカメラを向けた。
残念ながら白雪姫はいなくて魔法使いのおばあさんが沢山だったけど捕まらずに上手に遊べたみたいだ。



キノコの収穫に一喜一憂する大人たちとは全く違う次元で遊ぶ彼らがとても可愛いと思う。そして大人たちもそんな彼等を見るのが一番嬉しいのでした。




2007年11月17日 by ぺんぎん隊 | 写真 | | No Trackbacks |

我が家の居候



ぺんぎん隊の本部には可愛い居候がいます。名前は「うめ吉」と言います。
本部の居候になったのは15年前。
河原に捨てられていたのをおじいちゃんと娘達が拾って来てからの居候です。
拾った時には尻尾が半分有りませんでした。多分他の野犬にでも喰いちぎられてしまった様です。

うめ吉は何故か家の前を通るお姉さん達に人気があります。「可愛い〜」とか言われて短い尻尾を目一杯振って喜んでいます。飼い主としては嬉しいことです。

お手、お代わり、お座り、待て・・・出来る事はこれくらいです。
そうそう、私が傍に立って「こちょこちょ」と言うと仰向けになって寝転びます。お腹をこちょこちょくすぐられるのが大好きな様です。
唯一私だけに見せる姿です。

まあ、こんな「うめ吉」くんですがよろしくです!
2007年11月16日 by ぺんぎん隊 | 日日日日(ひびにちじつ) | コメントを書く | No Trackbacks |

ホームページとブログ



 私は「渓歩き」の専用ホームページ(HP)を持っています。ひとつひとつ積み上げて来た気持ちに30万アクセスという数字が応えてくれて大変ありがたい思いです。

 HPを運営していてそれは開設することよりそれの更新を持続して行く方が難しいものと考えています。
 しかし現在はHP支援ソフトという便利なものがありますから、面倒なタグ操作は必要なくなりワープロソフト感覚で更新して行くことが出来るようになりました。

 一方、私がお世話になり始めたブログ。手軽に日記感覚で記事が更新出来ると思いがちですが、実は使う側としてはHPの更新とやっている事は同じです。

 管理画面を開いて記事を書いて画像をアップロードして・・・という作業はHPソフトを立ち上げて記事を書いて画像を貼って・・・と同じです。

 ならば何故ブログを利用し始めたのか・・・?

 実はトラックバックに興味があったのです。

 みなさん、トラックバック使ってますか?これってブログならではの機能なんですよ。(笑)

 HPの場合は自分の書いた記事を読んで欲しい場合は掲示板で告知するか知り合いのHP仲間にリンクをお願いするかです。

 ところがブログのトラックバックと言うのは相手の記事に自分が勝手にリンクを付けてしまう機能です。言い方は悪いかも知れませんけど自分の記事に関連している話題に積極的にトラックバックを掛けてしまい、そこに訪れた人に「ん?こっちは何が書いてあるのかな?」と興味を引かせる機能です。

 このトラックバック機能使う事が本来のブログの有り方だと思っている私です。

 例えば朝私が書いた記事の「登山道のゴミについて」を誰かが自分のブログで記事に書いたとします。それを私のブログにトラックバックします。他の誰かがまた同じ事をします。そしてまた他の誰か・・・こうしてどんどん横の繋がりが出来て行くと言う姿になります。
 
 多分同じ話題性の記事ならばトラックバックされた相手も嫌な気にはならない筈。勿論常識の範囲内でやることが大切ですけどね。そしてトラックバックされたら自分の方からもその記事にトラックバックをする。絶対に損は無いのです。読んで欲しいからブログを書いている訳ですからアクセスが増える事に損はありません。

 そんなこんなで同類の話題探しにブログを周回している毎日です。
 そのうちあなたにもトラックバック行くかも知れませんよ!

 よろしくお願い致します。

m(_ _)m隊長 <(_ _)>副隊長

 

 
 
2007年11月15日 by ぺんぎん隊 | 日日日日(ひびにちじつ) | | No Trackbacks |

山で見るゴミ

私が岩魚釣りの為に奥山へと入り込むと空き缶やペットボトルが捨てられているのを多く見掛けます。

登山道で見かけるゴミにはどんな物が多いのでしょうか?




2007年11月15日 by ぺんぎん隊 | 日日日日(ひびにちじつ) | コメントを書く | No Trackbacks |

水漏れ副隊長ってとこかな。(笑)

私の仕事は水道屋。

折角の仕事だから少しその辺の話でもすっかんね、聞いとごれ!(するから聞いて下さい)

宇都宮の水は鬼怒川を水源にした水で美味しい水と言われています。その美味しい理由は・・・

日本の「美味しい」とされる水の基準は(厚生労働省7か条)

・蒸発残留物が30〜200mg/L以内  
 宇都宮の水は84〜150
適度なミネラルを含んでこくのあるまろやかな味がします。

・遊離炭酸3〜30mg/L以内
 宇都宮は2〜14
水に溶け込んでいる炭酸ガスにより清涼感があります。

・臭気強度3以下 
 宇都宮は1〜2
臭いが殆ど無く不快な味がしません。

・硬度10〜100mg/L以内
 宇都宮は35〜57
硬度が低くクセがありません。

・有機物等3mg/L以下 
 宇都宮は0.5〜1.8
有機物が少なく渋みがありません。

・残留塩素0.4mg/L以下 
 宇都宮は0.3〜0.5
濃度が高いとカルキ臭がしますが適度な濃度で安全性を確保しています。

・水温20度以下 
 宇都宮は11.8〜17.4
冷やすと更においしく飲めます。

 こうして厚生労働省があげた7ヶ条をほぼクリアした宇都宮の水道水ですから美味しいはず。

 条件の中にもある「ミネラル」というのは5大栄養素の1つで筋肉や神経の働きを調整したり、たんぱく質などの代謝にも深く関係する物質でありながら人体で作ることが出来ないので食べ物や飲み物から摂取する必要があります。そして硬度とは水に含まれるマグネシウムやカルシウムを表す数値で一般的に日本の水は硬度が低く「軟水」と呼ばれています。

 でも、いくら「宇都宮の水が美味しい!」と言ってもこんな物まで有るのには水道屋の私もビックリでした。「原材料名」を見ると笑ってしまいますよね。





市長さん、そんなに自慢してダイジけ?

2007年11月14日 by ぺんぎん隊 | ダイジだぁ〜 | | No Trackbacks |

ぺんぎん達のキノコ採り



土曜日、日曜日と新潟の山へ行って来ました。登山ではなくてキノコ採り。主役は子供達です。

ぺんぎん隊長であるうちの息子を筆頭に下は2歳から上は11歳の子供10人。毎年春の山菜と秋のキノコ採りで集まる仲間達です。最初は隊長1人だった子供も一人増え二人増えと年々多くなりました。

天然のキノコを初めて見る子供達ばかりですから山は大騒ぎでした。採れたキノコはクリタケ、ヒラタケ、ナメコ。
見るのも初めてなら自分達の手で採るのも初めて。無造作に摘み取る子もいれば恐々と手を伸ばす子もいます。



「小さいから残してあげようか?」
「根っこまで採るともうでなくなっちゃうよね?」

傍で聞いていると彼らなりに何かを相談し合いながらキノコを採っています。

それを聞いているだけでも楽しい二日間でした。

クリタケは鍋、ナメコは味噌汁、ヒラタケはバター炒めと姿を変えて夜の宴会に登場したキノコは次々に子供達のおなかへと消えて行きました。


2007年11月13日 by ぺんぎん隊 | 山菜キノコ | コメントを書く | No Trackbacks |

お待たせしました!

それでは先週に出した問題に答えたいと思います(笑)

この週末は隊長その他大勢の子供達と遊んで来ました。
詳しくは別の欄に書きますけど問題に出した「鎌」の使用方法をお答えします。



隊長は何をしてると思いますか?

木の幹に何かが有るんです。

それは・・・



キノコ!

このキノコはヒラタケと言います。
キノコは種類によっても違いますが通常は地面や倒木に生えます。
でも、この地方のキノコは立ち枯れた樹幹にも出るのです。と言うより倒木よりもこの出方の方が多いくらい。ですからこの地方にキノコ採りに行くにはこの鎌が必需品なのでした。

と言う事で答えは「キノコ鎌」でした!(笑)
2007年11月12日 by ぺんぎん隊 | 山菜キノコ | | No Trackbacks |

黄葉

今日は夜には帰って来ますけど多分疲れているからパソコンの電源は入れないでしょう。

という事で予約更新第二段「黄葉」

日光の紅葉に間に合わなくてカメラ片手に手持ち無沙汰にしていたら、身近な所で銀杏並木の紅葉に出会いました。

見てやって下さいませ。







*明日は「これ何〜に?」の答え発表で〜す!(笑)
2007年11月11日 by ぺんぎん隊 | 写真 | | No Trackbacks |

八幡山



これは宇都宮市中心部、八幡山公園にある一等三角点。標高は158mです。我が家が標高110mくらいの場所ですから大して高い場所ではありません。

八幡山公園は桜の名所で春には提灯飾りと花見客でにぎわいます。そんな場所に一等三角点があると知って訪ねてみました。

でも、何処にあるのか判らない。

知り合いに聞いても三角点があることなど知りませんでした。公園に聞こうかと思った矢先に見つけたのが「点の記」でした。
「点の記」の地図を検討して探しあてられました。

こんな探検も結構面白いです。


2007年11月10日 by ぺんぎん隊 | 日日日日(ひびにちじつ) | | 1 Trackback |

遅すぎた秋

この週末、ちょっと家を留守にします。当然遊びです。

そこでちょっと気になるのがこのブログです。まだ開設2週間ですが一応毎日更新しています。この留守にそれが途切れてしまうのがちょっと嫌なんです。だから予約更新してから遊びに行って来ます。(笑)

大したものじゃないのですが「遅すぎた秋」と題して紅葉の時期に行きそびれた日光の写真を見て貰いますね。



二荒山神社の紅葉




中禅寺湖畔ボートハウス横にて

2007年11月10日 by ぺんぎん隊 | 写真 | コメントを書く | No Trackbacks |

これは昨年の写真・・・



この写真は昨年同時期の思川の写真。

これを見て可哀想と思うか、気持ち悪いと思うかは判りませんけど・・・

最初の記事に「お帰りなさい」と題を書きましたが、本当のところは「お還りなさい」なんです。

サケは生まれた川に帰る母川回帰能力を持つ生き物。
どの時期に自分が生まれた川を記憶するのかは未だに不明です。

でも、何故生まれた川に帰るのか。

ボロボロになっても帰ってくる場所。
それは自分の原点だからでしょう。
種の継続、子孫を残すという生き物だったら当たり前の本能は自分が生まれてこうして生きた来た原点を次世代の新たな出発点として選んでいるのかも知れません。

生まれた川に屍を晒しているのも自然のサイクルの一つなのでしょう。

海と山とを繋ぐ大切な自然の営みです。


2007年11月09日 by ぺんぎん隊 | 渓あるき | コメントを書く | No Trackbacks |

オマケです

思川のサケの遡上を見に行って思わぬオマケに出会いました。

可愛いでしょ?(笑)




*賢パパさんからサケ遡上の南限情報のコメント募集がありました。情報お持ちの方は是非コメントお願い致します。
2007年11月09日 by ぺんぎん隊 | 渓あるき | コメントを書く | No Trackbacks |

お帰りなさい



ここは栃木県小山市を流れる思川です。

毎年この時期になるとここに帰ってくるものがいます。
これです ↓



これ、何だか判りますか?
サケなんです。

海から生まれ故郷のこの川に産卵のために遡って来たサケ。鰭はボロボロ。

サケはここで産卵をして一生を終わります。




*賢パパさんからサケ遡上の南限情報のコメント募集がありました。情報お持ちの方は是非コメントお願い致します。
2007年11月09日 by ぺんぎん隊 | 渓あるき | | No Trackbacks |

この辺で「いかんべ」



 十何年か前に全国で町おこし事業が盛んに行われたっぺ?
 そん頃に栃木県南那須町の大金(おおかね)は町おこしに「いかんべ共和国」つっうのをやったんだ。確か街中で通用するパスポートみてぇなもんを発行して街ぐるみのレクリエーション企画や観光事業の一環として地場産業の宣伝をやってたんだぁ。たしか生意気にHPなんかもあったんべ?
今はどうなっているのか知んねぇけど、まあおらちには大金は関係ねえ話だ。

ここで言う「いかんべ」

 「いいだろう」という意味合いで、物を見せびらかして「いいでしょう!」と言う意味よりは「もうこれでいいでしょう?」という感じの方が多いかな。
「もうその辺でいかんべぇ。」
ここいら辺りで勘弁してやっぺ!ってニュアンスだわね。

 おらちのブログのカテゴリー「ダイジだぁ〜」は日常の「ダイジけ?」っていう話を書こうと思っていたけんど、いつの間にか方言紹介になっちまったわね。(笑)
まあ、これから記事を書いて行く上でおらちの方言の意味合いを判ってもらった方がいかんべからこんな感じでもいかんべけんど、しゃらくさいわな。
でも、これじゃいつまでも話が進まねぇから方言の紹介は「この辺でいかんべよぉ・・・」

他の方言もまた話のうちに出っからダイジだぁ。


2007年11月08日 by ぺんぎん隊 | ダイジだぁ〜 | | No Trackbacks |

これ何〜に?



これ、何だと思います?

ホームセンターで購入した草刈鎌298円の刃の部分だけ使って作っています。
柄は釣竿です。

何に使うかって?

あはは、それが問題です。
正解しても何もありませんけどね。(笑)

本当なら「藻狩り鎌」っていう正式な品物があるんですけど身近では手に入り難いのです。それに刃だけでも2000円近くします。

釣竿を使うのは柄の長さ欲しいからなんです。

正解は週明けに発表しますからお楽しみに!



2007年11月08日 by ぺんぎん隊 | 何だろう?シリーズ | 7 コメント | No Trackbacks |

やだ〜ん♡

宇都宮市は女房の故郷なんです。

結婚する前、女房の両親に挨拶に伺った時の話。

今思えば最上の扱いをされていたのですよ、応接間に通されてたんですからねぇ、普段は玄関先か居間で接客が通常で応接間は使わない家ですから。(笑)

ご両親に結婚の承諾を得る時はお決まりの設定でお決まりの挨拶があるもの。

「娘さんとお付き合いさせて戴いております○○と申します。この度、○○さんとの結婚のお許しを戴きたくご挨拶に伺いました。」

まあこんな挨拶をしたと思うのですがそこで女房の父親から意外な言葉が出たのですよ。

「やだ〜ん♡」

これには『ええっ!?』ですよ!(笑)

私は一瞬固まってしまいました。しかし女房も女房の母親も何事も無かった様にニコニコ笑っている。

いきなり断られて、しかもオカマ言葉かよ!

心の動きを悟られないように愛想笑いでごまかしつつ自己紹介を交えて世間話が進んで行きました。その間、父親の口からは何度も「やだ〜ん」の言葉が発せられ私はその度に愛想笑いするしかありませんでした。進んで行く会話の中でご両親共に別段結婚には反対されていない雰囲気を嗅ぎ取ってその日は安心して今後をお願いしつつ辞去させて戴いたわけです。

東京に帰る私を一人見送りに来てくれた女房にず〜っと我慢していた質問をぶつけました。

「お前の親父ってカマっ気あんの?」

女房は「何で?」と不思議そうに聞き返して来ましたので

「お前の親父さぁ、俺が何か言うと『やだ〜ん♡』って言うじゃん。あれってヤバイよね?」

それを聞いた途端に女房は大爆笑。

「あれっ!あれはね『いや、どうも』って言ってるのよ。」

「えっ?『いや、どうも』が何で『やだ〜ん♡』なのさ?」

「それじゃ『いや、どうも』を早口で言ってみなさいよ。」

「ん?いや、どうも・いや、どうも・やどうも・やどうも・やどあ〜ん・やだ〜ん・・・」

「ねっ、うちのお父ちゃん早口だからそう聞こえのよ。」

「な〜んだそうなの!俺はまたちょっとお前の親父はヤバイかな?とか思って心配してたんだよね。」


納得した私は思い出し笑いをしながら安心して一人で帰りましたとさ。

こんな話じゃブログはダメだべぇ?

ダイジかぁ?


画像は記事と関係ありませんm(_ _)m
2007年11月07日 by ぺんぎん隊 | ダイジだぁ〜 | 8 コメント | No Trackbacks |

奥鬼怒川湯沢

これは昨年夏、仲間達に混ざって奥鬼怒川湯沢に河川清掃に行ったの時の隊長の様子。


河原の石の上に腰掛けて流れを見る。何のつもりか流れの中をおぼつかない足取りで渡って行く息子が見える。上体を前に倒し、お尻を突き出してヨタヨタと歩く。川の真ん中辺りで進退窮(きわ)まった様子で突然こちらを振り返る。



 父親が見ている事を知ってか顔が少し歪む。助けを求めているようでもあり、「見たな!」と言っているようでもある。こちらに向かって帰って来るかと思いきや、また正面に向き直り対岸に歩き出す。
 彼が立ち止まって振り返った辺りが川の流芯で、流れが一番強くそして深い。それを越えれば渡り切ったも同然である。彼が息をついたのが肩の動きで判る。一気に流れを横切る。
 対岸に上がった彼は大きく頷くと間を於かずに再び川の中に入りこちらに向かって歩き出した。これで彼の行動の意味が判った。彼の目的は自身の力での渡渉だったのだ。
 再び難所である流芯に来て立ち止まる。手も足も出ない様子。流れと戦っている彼の身体が不安定に揺れている。私にもよくある話だが川も山の斜面も右向きと左向きでは自分に強い向き方がある。彼は川上が右側にある方が強いらしい。
 それでも「どうしたものか?」と自分の置かれた状況を整理判断している様子がありありと判る。流されたら拾えばいい、大人から見ればそんな流れであっても彼には大きく強い流れなのである。恐る恐る摺り足で前に進む。何時でも手が使えるほどの前傾姿勢である。少しずつ少しずつ、そして終には岸へ辿り着く。
 湯沢テン場前の光景である。何て事無いと言ってしまえばそれまでだが、眺めている私には「頑張ったね。」と褒めてあげたい感情が湧い