アーカイブをご覧いただけます。October 2007
渓歩きが主体のぺんぎん隊。そんな私たちに必須のアイテムがザイルです。
このブログサイトのみなさんはザイルというとロッククライミングを頭に描くことと思いますが渓歩きに於いてはそれほど厳しい場面は登場しません。
しかしザイルは様々な場面で登場します。勿論、岩壁や滝の登攀、下降にも使われますが早瀬の川を渡ったり大きな渕を越える時の補助ロープとして活躍します。時には露営地の天幕の梁となったりもします。
そうした場面でザイルを使うには日頃からの練習が必要になります。持って行っても使い方を知らなければ宝の持ち腐れどころではなくて只のお荷物ですし、出すのが億劫で使わなかったりするのも使い慣れていない所から来ます。
登山道にも鎖場やフィックスされたロープが下がっている場所がありますが、実際にそれを使う使わないを別にしても手に触れているだけで安心という事もあります。
昨年、隊長と私は栃木県鬼怒川の源流部にあるオロオソロシノ滝を登り稜線まで詰めました。滝の登攀ではザイルが大活躍してくれました。
ザイルワーク一つ覚えるだけで小学生でも沢を詰めて稜線に上がれるのですから便利なアイテムとして覚えておくのも良いかも知れませんね。
文化祭が日曜日に行われたので隊長は月曜日が代休。私には代休は無いので仕事だったが隊長は副々隊長(女房)と「鉄道博物館」に行った。「鉄道博物館」は秋葉原万世橋にあった「交通博物館」が移転したもので今月の14日がオープンだった。
オープン当初ということもあって混雑が予想され敬遠していたのだが代休の月曜日なら子供も少ないだろうと思って行く事にしたのだと言う。ところが行ってみたら子供達が沢山来ていたとの事。秋は他の学校も同様で行事が多いらしく代休利用の来館者が多かった様だ。アトラクションの1時間待ちは普通で「こんな筈じゃ・・・」といった顔の親達の苦笑が飛び交っていたらしい。
お目当ての鉄道模型のジオラマの操縦などは整理券が貰えず(開館1時間で終了したらしい)に断念してミニ新幹線に乗って来たと言う。それでさえ1時間待ちだったそうだ。これじゃ平日にも関わらずディズニーランド並みの混雑だ。
私の父は旧国鉄の職員だった。国鉄の官舎が線路脇に建てられていた事もあって私も鉄道が大好き。結局隊長も父親譲りの鉄道ファンになった様子だ。
最近は私があげたお古のデジカメを持って鉄道写真を撮りに行くのが楽しいらしくこの日もカメラ片手に歩いて来た様だ。
まあ私はもう少し来館者が落ち着いてから行こうと思う。
昨日は隊長が通う小学校と地域の街づくり推進委員会が合同で秋の文化祭を開催しました。
午前中は小学校生徒による学習発表会が行われ、午後からは地域のサークルがそれぞれの成果を発表。合わせて模擬店やバザーなども開かれて楽しい一日を過ごしました。
宇都宮市もご多分に漏れず中心市街地の空洞化が進み小学校の生徒も200名ほど。各学年が1クラスという状態が続いています。
そんな事から春に行われる運動会も地域と合同で開催するようになって4年が経ちました。
学校と父兄、学校と地域、こんな風に学校を中心としての交流が進んでいます。
私も体育協会や青少年指導員として各行事に参加協力させてもらっています。
「ガサガサ」と言うのは田んぼの畦や用水路で網を使ってやる「追い込み漁」の事です。大人は胴長やウエーダーを履き、子供は長靴で水に入ります。
細かい事を言うと9mm以下の網目の網を使うことは内水面漁業規則違反になるのですが、観察する対象を水生昆虫までと考えると9mmでは不可能なので「観察した後はまた全部水に帰すのだから」と勝手に理由を付けて細かい網目の網を使用しています。(栃木県内水面管理委員さんゴメンナサイ!)
ぺんぎん隊の「ガサガサ」は魚や昆虫を採ってお終いではありません。子供達にその一つ一つの名前を教える事から始まり「どうしてここに居るのか?」を解説していきます。毎年続ける事も大切。「昨年居た生物が今年は全然居なくなる」その事実を知る事。逆に言うとそこに居てはいけない生物の存在もありますし環境の変化もあります。外来生物然り、河川改修工事然り。
金魚や錦鯉、タイワンドジョウ等々、普通は当然の様に思える生き物も本当は自然の河川に居てはいけない生物。メダカだって居て良い地域と居たらおかしい地域があるのです。
こうした事を「見て、触って、感じて」それこそ身をもって生態系の不思議を体験して行くことで子供達に自然の大切さや生物多様性の重要さ、日本固有の生物の知識を教えています。
これからは水が冷たい季節。水生生物も長い休みに入ります。私たちのガサガサも来年の春まで一休みです。
これは私が釣り屋仲間にお願いして今年の春から始めているゴミ拾いの運動のHP掲載用のバナーです。
私たちは自分の足の力で辿り着く源流で遊ばせて貰っています。汗を流し一歩一歩、時にはそのあまりの辛さに悪態をつきながらも大自然を満喫するために歩きます。
ある日、丁度そんな思いで8時間もかけて辿り着いた川の源流部で立ち木から無残に垂れ下がったブルーシートを目にしました。幕営時の天幕に使用されていたのは紛れも無いでしょう。使用した人物なりグループなりの姿は当然もうそこにはありません。目を転じると木の陰にきちんと畳まれたブルーシートと何故か空のガスボンベがありました。露営後に誰かが置いて行った物でしょう。
前者は廃棄物、そして後者はデポと呼ばれる次回使用目的物です。
私から見れば両方ともがゴミです。自分の土地ならまだしも公共の場に私物を置いておく事など街中では考えられない自己中心的な我ままでしょう。それこそ汗を流して辛い山道を越えて行くような場所に「次回」などという保障はありません。
こんな光景は源流でイワナを釣るみなさんなら一度は目にしていると思います。
私たちはそんな状態を長い間何処にでもある見慣れた光景として苦々しくは思いながらも悪態をつき横目で一瞥をくれて通り過ぎていました。それでも中には事の重大さに逸早く気付き仲間たちに声を掛けて清掃釣行などをされた釣りクラブもありましたし、私も一度だけそれに参加する機会に恵まれましたが、その時は運悪く悪天候の為に入渓が出来ずに終わってしまいました。でも、そんな自然を愛する人たちに囲まれて過ごした一夜が私に正常な意識を取り戻させてくれたのでした。みんな自然を愛する熱い心を持った良い人たちでした。
ゴミを捨てない事は勿論、ゴミを見たらそれを処分すること。何処の誰かも判らないゴミを投棄した人を相手に抗議していても現実は何も変わらないのです。「ゴミを捨てるな」「持ち込んだ物は持ち帰れ」と言ったところでゴミは既に其処にあるのです。
確かに馬鹿らしいし腹も立ちます。しかし最終的にゴミが消える事は自分たちがそこで気持ち良く過ごせる事でもあるのです。だから他人の尻拭いではなく自分のためなのだと思うようになりました。
そんな事を考えていたところに決定的な事を目にしてしまいました。月山・朝日の山々を管理する人々が立ち上げているホームページのトップページに「*釣り屋さんへマナーが悪いと規制がかかりますよ。 ゴミは公園管理人が持ち帰りました。」と記載されてしまったのです。それこそ私が目にして来た露営地の事を指しているのでした。
自然を愛する人々は私たち釣り屋ばかりでなく登山者もいれば沢屋も山菜採りもキノコ採りもいます。そんな人たちに「釣り屋は川を汚す」と言われてしまったのです。「そんなことは無い、私たちは綺麗に使っているのですよ」と言ったところで現実にはゴミが山のようにある。「川を汚すのは釣り屋だけでは無いでしょう」と反論したところでゴミはもうそこに有るのです。
一人一人は微力でもみんながその気になったらどうだろう、ゴミは減らないだろうか?
私などが言い出す前に既に行動されている方々が多いと思います。「お前に言われなくともそんなことは前からやっているよ」と言ったところでしょうが、私はそれらみなさま個々の行動を横に繋げて行く事を目的としました。一人よりも二人、二人よりも団体で源流のゴミをやっつけてやろうという意識付けをお願いしたいと思いました。
私は一源流釣り屋ですから先輩たちがしたような大きな清掃釣行などは企画出来ませんが一緒にやってくれる仲間はいます。そしてたぶん多くの釣り屋のみなさんも私と同じで仲間がおられる事でしょう。みんなが一人一人、またそれぞれのグループが目指す源流は違います。その行った先々でみんなが同じ意識を持ってそれぞれ一つのゴミを持ち帰って来たとしたら・・・
そしてそれを自慢する場所を作ったら面白いかも知れない。それは見る目によっては不謹慎かも知れないけれどお互いの苦労を褒め励まし合い、多少の洒落を含み楽しみながらやる方がこの活動が長く続くのではないかと考えました。
それぞれ個々で、グループで、それぞれの行動範囲で、それぞれの都合で・・・そんな横の繋がりを広めて行く。渓に限らず登山でも同じ事。
みんなに共通するのはゴミを山や渓に放置しないという「釣り屋の常識」の意識付けと
共有する一つの掲示板です。
一人でも一グループでも多くのご参加ご協力お願い致します。
先月、黒部川源流赤木沢を詰めた。この時の計画段階で元々が釣り屋の私は大いに悩んだ。普通なら川岸の高台にでもシートを張って野営してしまうのだが黒部川周辺は指定地以外の野営を禁止している。
そこで今回は登山要素の多い行程なのでこの際山小屋を利用しようと考えた。山登りが趣味の皆さんから見れば何の事は無い選択肢なのだろうが避難小屋くらいしか利用した事が無い釣り屋には結構勇気がいる選択なのだ。
何故か?単純に混雑して寝返りも打てない等と言った話を聞いているからである。結構気が小さいのである。(笑)
まあ、それはそれとして一日目を薬師沢小屋、二日目を太郎平小屋に予約を入れた。これで宿が出来た。予約の段階で小屋には寝具があると聞いた。勿論食事も出る。
私が普段源流に釣りに行く場合、二日分の食料、行動食、アルコール、コッヘル、シュラフ、マット、着替え、釣具等々で60Lザックが満杯(単にアルコールが多いだけとも言う)になる。当然、雨蓋は頭より高い。
ところが今回の場合は食料、シュラフ、マットが不要となる。それはそれで嬉しいのだがザックの容積は普段の半分以下。何か忘れ物をしているような気がしてパッキングを何度も繰り返した。装備を全部詰め込んだ状態で部屋に置いてあるザックを見ると泥酔したオヤジが電車で寝ているみたいなだらしない姿。ならばと40Lザックを引っ張り出したのだがこちらはザック自体の重さが重い。仕方ないので60Lで行く事にした。
行って来た感想として装備は今回のコースでは30Lザックで十分。ナップザックでもいいくらいだった。(笑)それ程に山小屋が充実していて登山道も整備されていたという事だろう。
そもそもザックそのものが大きいのが悪いのだが山屋さんなら2泊の小屋利用で使う時のザックとその中身というものはどんな物なのだろうか?
おにぎりが大好物
一番末の息子がまだ保育園の年中さんの頃だったから6年前くらいになるだろう。大好きな絵本で「ペンギンたんけんたい」という絵本があった。それを毎晩寝る前に読んであげたものだった。もう何度も読んで聞かせているのに毎回々々目を輝かせては「次は?」「そで?」と聞き返して来た。寝かせる為に読んでいた筈が、読み聞かせる内に目を輝かせてしまうのだから困りモノではあった。
その物語はペンギンの隊長とペンギンの副隊長とペンギンの副々隊長がペンギンの隊員50匹を連れて無人島のジャングルを探検するという物語だった。探検の途中で色々な動物に出会う。島の動物に出会うたびに隊長が「ぼくたちは!」と言うとその後に「ペンギンたんけんたいだ!」と副隊長と副々隊長が叫ぶのである。50匹の隊員は「うんうん・・」とうなずいて只々通り過ぎて行くというものである。
ある日、高原山の麓の公園へ女房が作ってくれたおにぎりを持って二人で遊びに行った。息子と誰も居ない渓流沿いを歩いていた時だった。いきなり「ぼくたちは!」と息子が叫ぶので「ぺんぎんたんけんたいだぁ!」と乗りのいい父親は叫び返したのである。我が家で「ぺんぎん隊」が結成された瞬間である。
「たんけん」という言葉は少年の心を揺さぶる魔法の言葉である。私が小さかった頃にもこの言葉を頭に浮かべては親の知らない色々な事をやったものである。
初めて渓流に連れ出される
「隊長、探検に行こう!」こう声を掛けられた隊長は目を輝かせて「どこに行くの?」と問い返してくる。魔法の言葉を使っているのだから当然の反応とほくそ笑む父親である。「うん、山に流れる川でおさかな退治だ!」ここで魔法の言葉の二つ目をさりげなく使うのである。「退治」これは「桃太郎」の昔から小さな子供たちにはお決まりのヒーロー的目的意識である。こうして何の事は無いまんまと岩魚釣りに誘い出す悪魔の様な父親なのである。
まだ雪の残る渓流を長靴で歩かされても「隊長、釣れました!」と隊長への報告めいた言い方で岩魚を見せればご機嫌である。私が先を歩けば「僕が隊長だよ!」と自分が前を歩きたがる。ふきのとうを教えれば「食える」と聞いた途端に「全部採って帰る!」と言い出す始末。渓歩きが満更嫌いでも無さそうな姿に満足の父親だった。
父のビレーで10mの滝を登る
またある日は「隊長、山を探検しませんか?」と誘いを掛けた。「山?いいよ。」自分が父より上に立てる唯一の遊びがぺんぎん隊なのである。こうして出掛けたぺんぎん隊最初の登山が古賀志山である。相変わらず「僕が隊長だよ!」と登山道を小走りに歩くのである。それから横根山、篠井連峰、大小山と数をこなして行く間にいつしか隊長の足は鍛えられて行った。最近では2000m近い山にも足を運ぶようになり私より前を歩く姿は名実ともに「隊長」そのものである。
子供と過ごす時間は楽しいし貴重な時間でもある。そうとは知ってはいても現実は難しいものである。昨年、私の住む地域に「おやじの会」と言うものが発足したと聞く。土曜日が休みとなり余暇を持て余す子供たちに父親が如何に付き合うべきかを考え実践する会だと言う。確かに子供に合わせて遊んであげるのは結構大変なものである。
遊園地に行ったりテレビゲームを買い与えるのは容易いがお金が掛かる。薄給の財政を源流釣り一本に絞りたい父親としては避けて通りたい道である。それならば自分の遊びに子供を巻き込むのが一番手っ取り早い。フィールドから道具立てまで或る物で楽しめる。大人の遊びを子供がやるには多少のハンディキャップが伴うが時間を掛けることでそれは補える。私が楽しければ息子も楽しいのだと勝手に決め付けて引っ張りまわしている。そうする事でいつしか自分が記憶の中の住人となった時でも彼らが山や渓で遊ぶ姿が見られたら・・・と思う。父親の遊びを「楽しい」「羨ましい」と思って貰えればと願う。
渓流で流しそうめん
ぺんぎん隊も今では仲間が増えた。私同様に手っ取り早い手段を選んだ仲間たちである。年に数回「遊びましょうか!」と集まるのである。それぞれ家族単位のぺんぎん隊だがそれでも集まれば楽しくにぎやかである。子供同士も仲良しになり魚捕りや山菜・キノコ採り、釣りなどを一緒に楽しんでいる。父の楽しそうな姿を見て子供が笑う。子供の笑顔を見て幸せになれる。そんな遊びがぺんぎん隊の目標である。
仲間達とガサガサ
岩魚釣りが趣味で川の源流まで行く事が多い。3〜4時間歩く事は日常的で時には8時間もかけて深山に入り込むこともあります。
でも岩魚の事を知れば知るほど釣果が減って行く。4時間かけて着いた釣り場で1時間も釣りをしない事が多い。そこに行くだけで、そして岩魚を見るだけで、楽しいと思う最近の釣り。まあそれもありかな・・・(笑)
秋に産卵され、その冬にふ化した岩魚は4月下旬〜5月上旬に3cm程の稚魚になります。梅雨になるまで流れの緩い場所で過ごす日々が続き、梅雨の増水時に一時姿を隠します。梅雨明けの7〜8月頃、妙に元気の良い5〜7cm程の岩魚が見られます。これが成長した稚魚たち。秋の禁漁間近には8〜10cm程に成長し成熟しないまま越冬します。この冬が岩魚達の満1歳の誕生日、これで1年です。
翌年3月解禁。水生昆虫を追って元気に泳ぐ姿が見られます。10〜13cmに育った満1歳の岩魚たちです。まだ怖さを知らない彼等は釣りエサをのどの奥まで飲み込んでしまうほど元気です。
彼等が15cmに達するのはこの年の夏以降。多くの漁協で定めるキ−プしても良い大きさの15cm以上に育つのは1年目の秋ということになります。まだ未成熟の子供岩魚のままで産卵に参加したりしなかったりの生まれてから2回目の冬を迎えます。これで2年です。
翌年、雪解けの頃に姿を見せる15〜18cm程の綺麗な岩魚は前の秋に成熟しなかった岩魚たちです。この大きさの岩魚が今では一般的に釣り人のタ−ゲットとなって、魚籠に納められています。彼等が成熟して産卵活動に参加するのがこの年の秋です。これで3年です。
前年秋、産卵に初めて参加した彼等は今までと違った春を迎えます。秋の産卵で体力を使った彼等は緩い流れの中でエサを捕食しています。体型はほっそりと痩せて体色も黒ずんでサビと言われる状態になります。大きさは25cm程になり、夏にはすっかり体力も回復して美しい魚体が戻って来ます。こうして秋には2度目の産卵活動に入るのです。これで4年です。
岩魚は産卵しても生きています。5〜6歳の40cm級の岩魚も居るくらいです。但しそれは自然環境に打ち勝ち、外敵に襲われたり、釣り人に釣られない幸運な岩魚だけに限られています。生存率は1歳魚で10%、2歳魚で5%と言われ、25cmに育つ3歳魚では?%です。
こうしてみると天然魚の25cm以上の顔が見られるのは幸運としか言いようがありませんね。
魚釣りにしてもキノコや山菜採りにしても自分が対象としている物を勉強する事が自制自粛と言った面からも自然の恵みの持続に役立つものだと思っています。
好きだから末永く楽しみたい。それは全ての自然相手の遊びに言える事だと思っています。
10月14日に岩魚の人工産卵床作りをした。私の趣味は岩魚釣り。そして毎年禁漁になるこの時期に行われる恒例ボランティアだ。
岩魚と言う魚は以前は「幻の魚」と言われた程だが今は人工飼育が可能になって数多く養殖される様になっている。
その反面、天然の岩魚が激減している事実がある。
これは環境破壊や水質汚染という部分と釣り人の増加も大きな原因となっているけれど養殖魚の放流という普通では気が付かない部分が大きく作用している。
岩魚だけに限らず同種間での交配は天然であろうが養殖であろうが交わされる。そのことから考えて天然の岩魚が棲む川に養殖の岩魚を放流したらどうなるかが判るだろう。
岩魚はその川独特の種がいると言われている。色の違いや斑点の大きさの違い、それの有る無しなど百者百様だ。だから天然の岩魚と養殖の岩魚、果ては違う水系の天然岩魚同士も交配を避けなければならない。
そんな理由で毎年岩魚の人工産卵床作りを続けている。
これは出来上がった産卵床。
丸太で障害を作り流れを緩やかにして川床にはコブシ大の石の上に砂利を敷き詰める。岩魚が川床を掘りやすくして加えて水の通りを良くする。生んだ卵に十分な酸素が供給されるよう工夫する。
10月末頃、こんな産卵床に岩魚がやって来る。必ずしも作った場所で産卵する訳では無いのだがそれも愛嬌。
そんな風に自然を眺めながら時には手を貸す活動も面白いものだ。
これ、アミタケ。
イグチの仲間で鍋物・汁物に美味しいキノコです。食感も出汁も良いですよ。熱を加えると紫色に変色します。
低山の松林が狙い目。
これはナラタケ。地方によってはモダシとも言うキノコで広葉樹、針葉樹共に出るキノコ。普通は倒木や埋もれ木に出るキノコですが切り株にも出ます。
これも鍋物、汁物に良いキノコ。でも茎は消化が悪いので食べ過ぎない事。それと生食は中毒を起こしますから厳禁です。
これはコウタケ。香茸と書くように香り良いキノコです。干し上げるとより香りが良くなります。
炊き込みご飯や混ぜご飯、天ぷらが美味しいです。
こんな具合に里山はキノコの宝庫です。図鑑片手に探してみるのも楽しいかも!
でも判らないキノコは口にしないことです。慣れている人がいたら聞いてみるのも一手です。
怖がるだけじゃ覚えられないキノコ。何も難しい事はありません。食べて美味しいキノコだけ少しずつ覚えたら良いのです。
山歩きの楽しみが増えると良いですね。
舞茸採りに行きました。
見つけた時は嬉しくて舞い踊ると言われる舞茸。それが名前の由来だ。そしてそれは本当の事。
かなりの斜面を這う様に登りミズナラの根元を探し回る。そこに舞茸が有ったなら自分が居る場所も忘れて踊り出してしまう。おかげで斜面から転げ落ちた事もある。

今でこそ栽培物が安価で手に入る舞茸だが、やはりキノコは食べる歓び以上に採る楽しみがある。キノコを採りに行くことが楽しくて採取はそれの産物でしかない。極端な話、行くだけで楽しい。
商売じゃないのだから目の色変えて採ったりもしない。キノコ採りは楽しく遊べればそれでいい。
今のところ話題無し・・・
登山・リバートレッキング・山菜・きのこ
色々書いて行きたいと思います。
よろしく!
写真は「ぺんぎん隊」のHPです。
遊びに来て下さい。
http://www.geocities.jp/oginnchan/