アーカイブをご覧いただけます。October 2008

ブロッコリーと一緒に/ハウスに引越し

畑が足りない。ブロッコリーを処分したが何株かはまだ廃棄できない。そこでしばらくの間ハウス内に移植して勢いで蕾を大きくさせることを試みる。ついでに寒そうに縮こまっていたカマキリもハウス内に引っ越してもらった。

向こうの端に残っている数株をハウス内に移し、施肥して耕す。

腹の大きなカマキリが産卵できずにうろうろしている。

珍しくマルチをきれいに張れた。

白タマの苗は育ちすぎていたので上を切る。こうしないと抽苔(とうだち)してしまうのだ。

10月中に1000本全部を植えたかったが、750本止まりで明日にずれ込んでしまった。
終わるとすぐにキヌサヤの播種が待っている。

早くもフキノトウの卵

ヘビイチゴ・実/ヘビイチゴ・花

せっせと耕す傍らにヘビイチゴの赤い実を見つける。何と花もたくさん咲いていた。

弾けた!

キャベツが裂けていた! ウサギにでも食われたのかと思ったがそうではない。いつまでも畑に置いていたために成長しすぎて中から弾けたらしい。
キャベツをつくるのは初めてでこんなことも知らなかった。知らないことばかりだがそこが面白い!

ハウスのサイドが2ヶ所破れているためにちっとも温度が上がらない。買い換えたいが一部分だけなので、ボロボロになった古いビニールで継接ぎした。この冬はこれで充分! すぐに暖かくなり始めた。

ゴミとして捨てるしかないものも使えるなら使いたいが、3年間紫外線を浴び続けたビニールはしなやかさを失って、破れると言うよりひび割れてしまう。これ以上使い続けるとバラバラに壊れて小さな断片が土に混じってしまう。
ビニール袋やブルーシートも最後にはホコリのように小さな小さな破片になる。それが一番やっかいなのだ。

山と畑と田圃と人に捧げる食の感謝祭
合鴨,野菜の祭典 終わる!
・・・ 10月25日(土)〜26日(日)
〜森くら囲炉裏端より転載〜
絞める作業は木崎湖畔のYan先生のお宅へ持っていってやってもらった。頚動脈を切るのだが、まだ苦しませずに処置する自信がないので・・。
写真は70度のお湯に1分間通したあとの羽を抜き取る作業。これとて楽しい作業ではないのに、子供達もがんばってくれた。
実は春からここまで、母親と合鴨農法の先生と子ども達には、長くて密度の濃い体験の物語がありました。
以下・・・

『 昨日と今日はいつもお世話になっている千年の森の仲間のところで収穫祭でした。山の恵みと一緒に僕の田んぼのお米や鴨が食材として使われました。
昨日、鴨の血抜きをしました。早い話、殺すのです。僕がやります。
今回は仲間たち、とくに子供たちが可愛がってきたかもなのでぼくがやりたかったのです。
殺すときに失敗すると、時間がかかると、かもは苦しみます。
それは避けたかったのでどうしても僕がやりたいと思っていました。

僕の田んぼに特によく来てくれていた小さい友達のひとりは、やっぱりとてもかもをかわいがっていて、カモを殺すのを嫌がりました。つれて帰りたいと言いました。僕ももし出来ればそうでもよいと思いました。そうして欲しいと思いました。
でもやはりその仲良しの鴨を絞めることになりました。鴨を僕が絞めているとき、その彼は泣いてしまいました。僕は鴨を絞めるのは未だに少しつらいです。特に今回はつらかったです。
彼らのかもを殺した僕は、小さい友達のみんなに嫌われたのだろうと思っていました。一日中そのことを考えていました。

田んぼの仕事が忙しかったので、鴨の血抜きが終った後は僕は手を出さず、収穫祭の準備や、毛抜きや解体は仲間のみんながやってくれました。田んぼの仕事の間、僕はずっと、泣いていた彼のことを考えていました。
夜は収穫祭だったのですが行くのが少しつらかったです。
少し遅れていきました。行くと、まず最初に子供たちが僕に声をかけてくれました。少しほっとしました。

かもを殺すのを嫌がっていた子達がとても嬉しそうに食べ物が美味しいといってくれてとても嬉しくなりました。
実はその子たちはこれまで決して鴨を口にしませんでした。
今まで何回か僕のうちで鴨を食べる会に来てくれたのですが、鴨を食べるのはかわいそうだからといって決してかもの肉は食べなかったのです。
でも今日、仲良しだった、一番可愛がっていた鴨が絞められるところを見て、泣いて、半日寝込んで、そのあと、はじめて鴨を食べました。そして、美味しかった、と本当に嬉しそうに僕に話しかけてきてくれました。

僕は彼らに何かが伝わったと感じて嬉しかったです。
そして今日伝わった何かはきっと彼らの子供たちにも伝わるだろうと確信しました。
いろいろ嬉しいことがあった二日間でしたが、そのことが一番嬉しかったのでそのことを書きました。 』
※この記事は『森のくらしの郷(森くら)』のブログ『森くら囲炉裏端』と、記事の中に紹介されている『YAM先生』のブログ 『木崎湖畔の生活』
http://www.doblog.com/weblog/myblog/78163/577#577
から転載したものです。
1000株/ここに250株

タマネギの苗1000株。赤い帯は赤ダマ50×12束で600株,黄色い帯は白ダマ100×4束で400株,これを今月中に植えつける。

準備完了/植えつけ終了
5穴のマルチを敷いて赤ダマの苗250本を1時間10分で植えつけ。暗くなった。本日ここまで。明日は畑をつくらなくてはならない。腰が痛い!

干し理想,66日目

いつの間にかダイコンが大きくなっていた。8月23日播種の干し理想,66日目。

41日目くらま&ネズミ/ニンニク

こっちは9月17日播種,41日目のくらまと地ダイコンのネズミ。タマネギ用の5穴マルチに播いて1穴おきに間引くつもりだったのを忘れていてで超過密になった。
ニンニク290株はきわめて順調。

花咲くブロッコリー・・,脇芽を出して盛んに蕾をつけているが、これを処分しないと次のキヌサヤが播けない。畑が足りん!

一夜にして落ち葉が吹き溜まる。/最後の一果。

朝から強風がゴウゴウとうなって吹き荒れていたのでハウスが気になって午後から出かける。
前夜からの烈風で途中の道に落ち葉が吹き溜まりをつくって、いよいよ木枯らしの季節到来か・・,木々が葉を落とした分だけ周りが明るくなってきた気がする。

やっぱり端っこがめくれていた。ロープをかけていなかったら全部吹き飛ばされるところだったがセーフ!
前日,あまりに穏やかだったの固定ロープは翌日にしようか・・,と横着を考えたが、それを怠って何度も痛い目にあっているのでロープだけはかけておいたところ、たちまちその答えが出ることとなった前夜来の風である。
過去に一番驚いたのは、ロープの片側の端をハウス用の鉄パイプに結びつけて、そのパイプをワラビ杭で地面に縫いつける作業を省き、15本の固定ロープを縛りつけたパイプを言わば片側にぶら下げた状態で放置しておいたのが致命となり、そのパイプごとビニールを反対側まで吹き飛ばされていたことで、そのため剥がれなかった妻面の壁のビニールとの間が引きちぎられてしまったと言う苦い経験があった。それでハウスの前後両端と屋根の部分は別々にしたのだが、懲りずにロープの端を地面にしっかり固定するのを怠ってその後も何度も吹き飛ばされた。
新しく買い換えたからにはムザムザ風の餌食にさせる訳にはいかない。

どっこい生きていた!

だが1ヶ所だけ、特段の被害はなかったが奥の端がロープをかけたにも関わらず捲れていた。これは中日の落合監督がシャツの端をズボンの中にきっちり入れてベルトをしっかり締めているように、前後の端のビニールの下に入れて置かなかったからで、それも後回しにした罰。自然と言う奴はちょっとした手抜きも見逃さないでそこを攻めてくる。
そう言う点で屋根を張ったからにはサイドの破れ穴を塞いでおかないととんでもないことになる。わずかな穴からでもハウスの中に風が入るとハウスは飛行船になり簡単に持ち上げられてしまうからで、今回は持ち上げられなかっただけでも儲けものかもしれない。

秋咲きクロッカスが1輪
自然に対して文句を言っても始まらない。学ばない者がアホなのだ。

キナメツムタケ?

唐花見湿原で今シーズン最後のキノコ探し。チャナメツムタケを探していて見つけたこのキノコはチャナメに近いキナメかシロナメのどちらかではないかと思うが、 キナメはなめこのように固まって発生することが多く、シロナメは点々と生えるようなのでシロナメかもしれない。
チャナメ系はシラカバのある林に生える。生えていた木は多分ウダイカンバの倒木。いい匂いがしてひとかけら食べてみると温和な味だ。ただしこの時点では吐き捨てる。

ウダイカンバと思われる倒木

チャナメはナメコに似てナメコより美味しい。キナメ,シロナメはチャナメの近縁種でキナメが一番美味しいと言う。実はお昼にチャナメを食べたばかりだったのだが、3年前に教えられて採ったことがあるだけなので採るのはちょっと自信がない。
誤食されやすい毒菌のカキシメジではないようなので持ち帰って茹で、小さいのを1つだけ試食してみたが、シャキシャキした歯ごたえと『これぞキノコ!』と言う味で非常にうまい! 問題ないので明日(今日か!)味噌汁にする。

この時期のキノコは落ち葉に埋もれて見つけにくい。地上生のものは特に分かりにくい。そんな中で落ち葉色そっくりのアミタケを発見。実は今年初めて。

ヌメリスギタケと思われるが乾燥続きでぬめりがない。美味しいキノコだが老菌。

倒木が無数にあって今後が楽しみ!

茹でたブロッコリーは緑が鮮やかで宝石のようだ。
ブロッコリーの収穫後に脇芽がどんどん出てきていっぱい蕾をつける。なぜかこっちのほうが美味しい。
ブロッコリーが嫌いな人の中には固く締まりすぎてゲシゲシする食感が苦手と言う人が結構多い。
中央の大きな蕾の場合は中心部が周囲に圧されて固くしまっているが、その点,脇芽は緩やかに育っているのでそう言う感じがなく、蕾がほころぶ寸前に採ると食感がよく味も濃い。

細工は流々と作業は順調に進んで向こうの端まで進んだのだが・・・,何と、長さが1m足りないッ!
両端のそれぞれ2.5m分と妻面とは春にしっかり張り替えて、中間部分の屋根を開放しておいたので、きっちりハウスの長さ分だけ買えばいいと思って5.4m×15m分を買ったのだが・・,その時になって初めて15.5mあったことを思い出した。
それにいくら両端が決まっているからと言ってもたるみを計算に入れて50cm〜1mくらいは余裕をみて置くべきであるのにそこに頭が廻らなくなっているのに愕然とした。

仕方がないので一旦端から決めていたのを50cm分奥にずらす。こうなると上から被せたビニールを両端の鉄骨にパッカーで固定できないので、両端に張ってある2.5m部分の下に入れなくてはならない。夕方までにそこまでやるのは無理なので取り敢えずは固定ロープを張って強風に備えるだけに留める。

この作業が大変で、はじめに張った時より手間を喰い、固定ロープをかけ終わった頃にはすっかり暗くなってしまった。
以前は細かなところにまで念には念を入れ、万事遺漏がないよう事に当たっていたのでこう言う失敗はこたえる。

畑に吸い込まれた雨が蒸発してしまう前にすばやくビニールをかける上では絶好の日だったが、張り終えた直後のビニール天井の内側には早くも水滴がついていた。曇天無風の寒い日であっても地面からはどんどん水が蒸発しているのが分かる。

ハウスホウレンソウ発芽/露地ニンニク発芽

ハウス内では10月16日播種のホウレンソウとルッコラが発芽。これからゆっくりと育つ。一方,露地では最後(10月5日)に植えつけたニンニクも発芽した。しばらく後には永い眠りにつく。

ビニール張り開始/ビニール張り前

待っていた雨がやっと降った。しかも2日連続で・・。たっぷり雨を吸ったハウスにこれからビニールを張る。向こう半年間,ハウス内は潅水しない限り砂漠になる。なのでこの雨を待っていたのだ。
そして今日は無風,曇天でまさにビニール張り日和!
幅5m40cm×長さ15mのビニール/ビニールにも表がある

幅5.4m,長さ15mのビニールが折りたたんである。これをまず屋根の端っこに乗せて・・

脚立にあがってハウスの内側から反対の端を向こう側に引っ張り出して行く。中央の部分と両サイドを交互に引っ張りながら徐々に伸ばす。

この時,そよとでも風がふくと舞い上がってめくれてしまう。1人で張るときは無風でないと絶対に無理。

ここまで45分。無風のおかげで順調に進んだ。

第1段階終了・・・,のはずなんだけど・・・。あれぇッ!!!!???

出荷準備OK

久々に出荷したらブロッコリーが大きすぎると言われた。大きすぎるということは成長させすぎという意味だろう。もっと蕾が開いていない段階の堅く締まったものを出せと言うことなのだろうが・・。
まあ1球300g超は少し大きすぎたかもしれないが、堅く締まったものより少し緩んで全体がふっくらして来た時の方が美味しい。

コマツナとナバナも出荷してみた。1袋200gで130円,2割引かれて104円だ。わずか8袋分を収穫してきれいに揃え袋詰めするのに2時間かかる。
すらりと伸びたコマツナは防曇の袋に入れるのだが、袋の先端を折り返しておかないとすぐに萎びてくる。なので一番肝心の葉っぱの上端の部分を折り曲げて無理やり袋に詰めなくてはならない。なんとも窮屈そうで見栄えもよくない。
もっと長い袋を使えばよさそうなものだが、この上は20号の袋で長さはあるが幅が馬鹿広くて横綱のパンツを小学生が履いたようになる。

出荷の規格の問題や手数料,売り手と買い手の顔の近さなどを考えると家の傍に売り場を作るのが一番いい。特に買い手の反応が分かるのがいい。
近々のうちに何とかしようと思っているところ・・。

南アルプスを望む高原と伊那谷の深い渓谷を結ぶ急坂の中間,長野県下伊那郡上村(現飯田市),標高800m〜1100mの間に耕地や民家が点在する下栗の里。

下栗の里は山腹を切り開いた急傾斜の土地で、近隣から縄文時代の土器が出土する等,古くから自然の恵みを求めて人々が暮らしている土地であり、日本の原風景が残る地として『日本のチロル』とも呼ばれている。
最大斜度38度の斜面を覗き込むと崖の上にいるような感じで、斜面に立っているだけでも相当きつい。ましてそこで作業するのは大変な重労働だ。
東京都下桧原村の30度近い斜面の畑で作業したことがあるが、そう言う畑では一番下から始めて土を一段づつ上に上げながら耕す。そうしないと土がどんどん下に下がって行くのだ。

見下ろすと道路の真下に道路があり、その脇に民家があってその間の斜面が耕地となっている。はるか下方,遠山川の深い渓を隔てた向こう側には民家とわずかな棚田が見えている。
谷底に近い所では稲作も可能なのかもしれないが、ここには平らな畑と言うものがなく、斜面を利用してイモ類や蕎麦,粟,黍,稗等の雑穀,豆類、椎茸などを栽培するほかない。また、斜面を保護しつつ有効利用する上からお茶の栽培も行われている。斜面を覆う深い霧がお茶の栽培に適しているのだろうか・・。
道がカーブする辺りのちょっとした空き地には、これらの農作物やイモ田楽,豆腐等の加工品が売られている。

多分聖岳方面・・?

遠山川の先に見えているのは光岳・イザルガ岳方面や聖岳への登山ルートに当たる易老岳方面であろうか・・。
長野県に住んでいてもここまで来ることは滅多になく、紹介してくれたKさん以外は皆初めてだ。なので南アルプスを望むと言ってもどれがどの山かはまったく分からない。

最大斜度38度の畑/看板のかかる木はキハダ

集落の一番高い所に公共の宿舎や農産物売り場を兼ねた食事処のある広場があり、ここで暫時休憩,買い物の後、しらびそ高原を廻って帰途に就く。

しらびそ峠から大沢岳方面

いつの日か遠山川〜易老岳経由で光岳・イザルガ岳を目指したいものだ。

8月のキャンプに続いての平群島。
前回、帰り際にJunさんから『次はみかんの摘果で!』と声をかけられ、摘果作業がどんなもんかも知らずにやってきた。
柳井港を朝8時30分の便で出て、10時過ぎに到着。JunさんとNonちゃんに迎えられ今夜の宿泊地Jさん宅へ。みかんの摘果作業は昼からということで、まずは五十谷海岸、その後下見でみかん畑に行く。

畑を見た後、帰りの山道で思いがずアケビを発見。ピークを迎えとったんで可能な範囲で収穫した。ただかなり高いところにあるものに関しては手が届かず、泣く泣く断念。栗拾いと共にかなりの時間をかけて山の幸の収穫に没頭した。今年は台風がほぼなかったおかげでアケビの実は落ちずに残ってたとの事。

昼食を挟んでいよいよ摘果作業。今年は裏作でみかんの量は少ないとのこと。みかんは去年実がなった木には今年はならない。作業は単純で、見た目に小さい物や2つ3つと連なってできている物を切り落としていくというもの。
落としたみかんをいくつか食って見ると、糖度は9じゃが酸味と甘味が入りまじとってうまい! 一般に甘いみかんは糖度12くらいのものらしい。
ここでの失敗は翌日も来るだろうと思って、落としたみかんを持って帰らなかったこと。聞けば充分に使い道はあったとのことで、みすみす見捨ててしまった…。
摘果作業後には午前中に採り残したアケビを採るべく再び同じ山道でチャレンジ。今度は魚を突くモリを持ってきとったけぇ高いところもある程度採って日暮れと共に終了。こうしてアケビに栗、むかごを収穫して一日目が終わる。

夜はJunさんが捕った海の幸に栗やアケビと豪華な食材が並んだ。

コマツナ美しく
コマツナを少しづつ間引いて使おうと引き抜いてみて驚いた。この野菜がこんなにきれいに出来たことは未だかつてない。
コマツナはアブラナ科の中でも特に虫の標的になり易く、無農薬であればなお更虫穴だらけで見る影もなくボロボロにされるのが常で、また葉が縮れたり硬くなったりしてなかなかうまくできないのだが、なぜか今回は虫害を受けず素直にやわらかく育った。

ナバナもきれい
隣に撒いたナバナもきれいに育っている。どちらも第2農園でつくるのは初めて。
第2農園は第1農園より標高が高く元々虫害が少ない場所である上に、秋口に入って播種(9月16日)し虫害を受けにくい時期だったことが幸いしたのかもしれないが、一番大きな違いはやはり土なのだろう・・。
ダイコンの異常が見られたのも第1で、第2の方は問題なく順調に育っている点を見ても第2農園は第1農園より数段優れていてそれが実証されたと言える。
そうなると第1農園ではつくる気がしなくなってしまうが、土づくりを工夫して改良しなくては畑にも地主さんにも申し訳ない。

虫害が少ないルッコラ/コマツナ,ナバナ,ルッコラ

現時点の青菜御三家。ルッコラを浅漬けにしてみた。辛味が強調され歯ごたえもシャキシャキしてなかなかいい。
塩をして強く重石をかけるのでなく、調味液に漬け込んで軽く重石をする方が素材を潰さず、より歯ごたえがいいと思うのでその方法を研究中。

食べきれないほどのブロッコリー。今の時期は買えばかなり高いが、売れば安い・・。
ブロッコリーは極めて栄養価が高く、そのせいか少しでも傷むとまるで動物質のものが腐ったような強烈な臭いを発する。

熊伏山にて/聖岳?

途中でリタイアしかけた人も頑張って2時間丁度の12:10に登頂。山頂は南東から北東方向にかけて開けており、静岡県西北部の2000m級の山々の向こうに南アルプスの聖岳〜赤石岳方面が望めるが、あまりの好天に却って稜線付近がもやもやしてハッキリしない恨みがあった。
やや広めの山頂では3人の先行者が談笑しており、当地の事情に疎い我々は浜松から来たと言うその人達に山の名を教わったが、20万図を広げてみてもよくは分からず、多分あれが聖岳であろうと言うことになった。下山途中にその山を遠望するにいい場所があってそれはそこで確かめることができたが、赤石岳かと思った山は大沢岳だった。

ブナ二態
12:46より下山。急登ゆえに慎重に下る。鬱蒼と樹木が折り重なったところではまだ青く、日当たりのよい尾根では黄葉が進んでいる。

若々しい木もあれば、立っているだけの朽木もある。

12:50に分岐点,13:25反射板鉄塔を通過。途中,北東に開けた窓から聖・大沢岳方面を望む。

13:58青崩峠着。無事下山。程よい汗をかく快適な軽登山だった。時間があれば静岡側の登り口まで往復したいところだ。
この後駐車場に戻って宿泊班は兵越峠方面に向かい、日帰り班は下栗の里からしらびそ高原を廻って帰る。

青崩峠にて

里山楽会『境界線』の10月山行はR252幻の国道,静岡県境青崩峠を訪ねて熊伏山に登った後日帰り班と宿泊班に分かれ、日本のチロルと言われる下栗の里に泊まって翌日はしらびそ高原を探勝(日帰り班はその日のうちに下栗・しらびそ高原を廻って帰る)と言う計画。
久々の晴天の下,6:00に安曇野市を出て190km走り、3時間あまりかかって青崩峠入り口着。体をほぐして9:40から歩き始める。

青崩峠は飯田市南信濃,下伊那郡天龍村,静岡県浜松市(旧水窪待ち)の境界にあたり、かつて遠山郷と遠州秋葉神社を結んで往還が盛んだった秋葉街道最大の難所である。峠の名の由来は、斜長石,角閃岩,黒雲母,輝石などを含んだ青白く見える顕著な大崩落地を間近に見ることである。
南アルプスのすぐ西を通って長野県と静岡県を結ぶ道は国道252号だけであるが、この青崩峠は未だ不通のままで幻の国道となっている。それ故、両県を結ぶには青崩峠の約3km東を通る兵越峠を迂回するしかない。
R252の不通部分を直線で結ぶと青崩峠を通ることになるが、ここに道路を敷設したりトンネルを掘るのは不可能と思われる。それに代わって兵越峠と青崩峠の間に広規格のトンネルを掘る計画があり、将来はそちらが国道になると思われるが、工事はまだ緒についてもいないようだ。

9:40発。峠の道の登りは静岡側に比べると高度差が大きくてきついが遊歩道として整備され歩きやすい。途中に青崩神社を見て10:00に峠に着く。

中央構造線のV字渓谷〜小嵐川&電反射板
10:10発。6〜7分で右手信州側が開け、中央構造線のV字谷を見下ろす場所に出る。目の高さには大崩れ跡,眼下には駐車場が見えている。
道ははじめ遊歩道の延長のように手すりや偽木の階段があり、やがてそれが切れるとやせた急な尾根道となる。ゆったり息を整える場所もない連続した登りが続き、40分あまり歩いたところで仲間達が小休止(10:53)するのを尻目に電波反射板の鉄塔まで先行してブログへのメール投稿を試みる。(11:00〜05)

急なやせ尾根を攀じ登ること1:20でようやく緩やかな広い混交林に出る。『ここで待ってます』と言いだす仲間もあり、休憩を取って英気を養い山頂を目指す。

11:50,観音山と言う山への道を左に分けて右折。ここまでは県界尾根,ここからは村界尾根となる。ブナの大木の見事な黄葉を見ながら通過する。『あと30分』の木札があり、緩やかな登りの気持ちのよい樹林帯がしばらく続いた後、再度『もう少し』の木札を見てやや右折した後20mの下りを降りてまた登り返し、12:10,南東から北東方面が大きく開けた熊伏山頂に着く。

コマツナ&ナバナ/コマツナ

ハウスではコマツナ(手前)とナバナ(奥)が順調に生育し、間引いて食べれる大きさになった。
コマツナは通年播種,収穫だがナバナは2月頃に蕾をつけさせたいが、このままでは早すぎるかも知れない。長日野菜なので冬至前に蕾をつけることはないと思うが成長しすぎて固くなってしまうかもしれない。
いずれにしてもハウスにビニールをかけてからの話しだ。

ナバナ/ルッコラ播種

ホウレンソウとルッコラの播種。ルッコラはちょっと遅かったかもしれないがホウレンソウは月末までにもう一度播きたい。
畑には大量のルッコラが生い茂っているが、田舎ではイマイチ人気がなくて売れず、このままおいて少しづつ食べても食べ切れそうにない。味は保障できるので誰かもらってくれないかなぁ・・と思う。
生食意外に食べ方がなく一度に食べる量に限度があるのがこの野菜の弱点だが、浅漬けに向いていないか試してみようと思っているところ。

何にせよ 冬場に青々とした野菜があるのは嬉しいことだ。

堆肥の山の中から今年もカブトムシの幼虫がいっぱい出てきた。その数,昨日だけで30尾。太さは500円玉級,長さは10cm近い巨大なやつばかりがポロポロと出てくる。
去年は100尾以上の幼虫が出てきたので、ハウスの奥に50cm立方の穴を掘って堆肥を詰め、上に敷き藁をしてカブトムシの揺りかごをつくり放牧。6月ころまでは蛹が見られたが、7月に見た時はもぬけの殻で1尾の成虫もみなかったからみんな無事に羽化して飛んで行ったのだろう。

これがカブトムシの揺りかご。藁を剥がして中の堆肥の所に放り込んでおくと勝手に潜って行く。
堆肥の山はまだ3トン分くらいあるので、まだまだいっぱい出てきそう。

そろそろハウスにビニールを張らなくては・・。

散々ハナイグチを採ってもう今年は終わりだろうと思っていたらまだあった。しかも1ヵ所に20本以上がひしめきあった大集団・・。
一体この森で何本のハナイグチが発生したのだろう・・? 少なくとも自分だけでも300本は採ったし、採らなかった老菌も100本以上はあった。自分以外に沢山の人が入った形跡があり、小さすぎて採らなかったものが翌日には無くなっていたりしたから相当数が採られているのも確かだ。
同じカラマツ林なのに隣の山林は乾きすぎているせいかあまり発生しているように見えない。足跡が沢山あるところを見るとしっかり採られているのかもしれない。
一昨年も大量発生を見たが今年ほどではなかった。去年は少なかった。年によってバラつきがあるが手入れも大事。しばらく手入れしていないので今年はしっかり手入れしておかなくては・・,と思っている。

アミタケによく似たこのキノコ。裏はアミタケそっくりだがカサの色がこげ茶色。カサに厚みがないのと茹でても紫色に変化しない点がアミタケと異なる。
まあしかしイグチの仲間なので、アバウトな感覚で食ってみた。どうと言うこともない。

森の中には色んなキノコがいる。標本写真をとる場合は、このように縦に切って撮ることも重要なのだそうだ。カサの内側のヒダの様子がよくわかる。柄の部分も縦に割るべきなのだが、それにはカッターが要る。

終点めがね橋〜近代化遺産第1号

6号トンネルは進入禁止

5号トンネルを抜けると目の前に橋が見え、終点のめがね橋に着く。( 9:30 )
橋を渡った突き当たりに次のトンネルがあるが、その前にバリケードがあって中に入らないようにと言う看板が立てかけられ、その手前には見学者の求めに応じて説明をしてくれると言う2人のボランティアガイドさんがいた。
ガイドさんの話しによると、遊歩道は今後熊の平駅跡まで延長される予定だそうだ。

めがね橋と言っても橋の上にいればただの道に過ぎず、4連アーチ,レンガ張りの橋脚を見るためには下に降りなければならない。右手にそのための道があり、私達のように遊歩道を歩いてきた者だけでなく、車で国道を走って来た人も上がって来れるようになっていた。

橋脚を見上げる

その道を下って橋を見上げる。200万個のレンガが使われていると言う橋脚は、ただただ素晴らしいと言う他ない。
色々な所から見上げて見るとちょうど車道の真ん中辺りが一番いい距離,いい角度の位置になり、それは誰にとっても同じなので、みんな申し合わせたように車を警戒しながらそこでカメラを構えることになる。ヘアピンに近いカーブなので結構危ない。
8:45発,中山道の入り口に向かって来た道を引き返す。
歌碑『碓氷の春』

8:50発。歩き始めてすぐに旧18号線の下をくぐると、そこに北原白秋の歌碑『碓氷の春』があった。
『 うすいねの 南おもてと なりにけり
くだりつつ 思ふ 春のふかきを 』

1号トンネル
目の前に1号トンネルの入り口がぽっかりと開いている。馬蹄形,レンガ張りの単線トンネルは私の郷里にもあった。その狭いトンネルに真っ黒い煙を残して列車が吸い込まれて行くのを幾度見たことか・・。
明日に向かう通路だったはずのものが過ぎ去った時代にいざなう道になってしまった。列車に乗って通過しこそすれ、歩くことなど許されなかったその道が、今は歴史を遡る道として目の前にある。

1号トンネルを出ると左手に『中山道⇒』と書かれた標識が現れる。木段を登り土手の上に出てトンネルの上を反対側に移動し、併走する旧18号線を渡るとそこが中仙道碓氷峠越えの入り口であるが、先ずは終点のめがね橋をめざす。

1号トンネルから400mあまりで2号トンネルに到達。2号トンネルは傷みが激しいらしく上半分がコンクリートの皮膜で補修されている。100mほどのそのトンネルを抜けて300m先で再び国道の下をくぐり、200m歩くと3号トンネルだ。

3号トンネルからは4号トンネルが見える。いや、よくよく見るとその先に5号トンネルの入り口まで見えていた・・。

一番長い5号トンネルの仄暗い灯りの向こうに出口が見えてくると、そこが終点のめがね橋だ。
トンネルの先には6号トンネル,そこから先は進入禁止となっているが、強引に入って行く人がいるらしい。
財団法人碓氷峠交流記念財団と碓氷峠鉄道文化むらは、次のような警告を発している。
〜旧信越本線 碓氷線(横〜軽)の鉄道用地立入厳禁について〜
『 標題用地は、安中市の所有地となっております。碓氷峠鉄道文化むら〜軽井沢間の列車運行計画は現在進行中であり、本用地への立入は非常に危険であり、また本計画の阻害となりますので、用地内への立入は固く禁止します。〜以下略 』
碓氷線復活プロジェクトと言う運動があるらしい。
入りたい気持ちはわからなくはないし自分も入ってみたいのはやまやまだが、もしそこで事故が起こったら復活計画そのものが打撃を受けるのは明らかである。
運動の妨げになることは慎みたいものだ。

上信越道下を通過/まっすぐな長い道

8:00,碓氷関跡から再出発。およそ1kmは続くかと思われるまっすぐな道の行く手6〜700m先の上空に高く聳える上信越道の巨大なつり橋が見えてくる。15分でその真下を通過。抜けるような青空を背景に時代の申し子のような高速道路の巨大なタワーが廃線の架線を睥睨し、踏みつけている。踏みつけられた足元から睨み返す者がいることを刻んでおくのだ。
吊り橋を越えてもなおまっすぐな道が続く。

古びた信号/頭上には架線がある

サイドの送電線から電車の真上の架線に電気を導入する

架線をたるませないように引っ張る重石/絶縁用の碍子

アプトの道は、2本ある線の一方(上り線)の軌道に、レールの上面に合わせてアスファルトを敷き詰めて歩道にしたものなので頭上には架線がそのまま張られている。
架線を吊り下げるためのワイヤーの張り方や、電車の真上にある架線に軌道の両サイドにある送電線から電気を導入する仕組み(特にカーブする部分),架線がたるまないようにピンと張るために電柱に設けられた重石と重石を引っ張るワイヤーと架線との間にある絶縁のための碍子の関係等,電車の架線と言うものがどのように張られて電気がどのように導入されているのか、その仕組みをじっくり観察するいい機会になり面白かった。

線路の両脇の土手はきれいに草が刈られ、所々に保線作業の内容を書いた看板が立てられていて、線路内や周辺斜面の異常,樹木やの様子から排水溝の水の流れにまで気を配る作業の様子から、碓氷線復活にかける並々ならぬ決意が伺える。

レンガづくりの変電所

1.2km続いた直線部分が終わり、線路が緩やかに左にカーブする辺りの右手に古いレンガ造りの建物が現れる。これが丸山変電所。
左手にはトロッコ列車『シェルパくん』の停車駅が設けられている。(8:25通過)
丸山変電所の辺りから線路は大きく左にカーブし、まもなく霧積川と言うきれいな川を渡る。森村誠一の『人間の証明』で知られた霧積の名は、長野県境の霧積山塊と呼ばれる山々(一ノ字山、留夫山、鼻曲山、剣の峰)で年間を通して霧の発生が多いことに由来するものと思われる。

峠の湯 シェルパくんはここまで

8:40,碓氷峠の森公園の一画にある峠の湯に到達。早朝4時に朝食を摂っただけなので空腹を覚え、線路を離れて休憩所のベンチで軽く腹につめる。
横川駅から峠の湯までの距離は2.8km。シェルパくんはここが終点で、ここからは5つのトンネルを通ってめがね橋に向かうこととなる。

上:廃線トレイル『アプトの道』起点 下:アプトの道より上信越道を見上げる。

10月12日(日)信越線廃線ウォーク&旧中山道・碓氷峠越え。安曇野市スワンガーデンを5:00に出発し軽井沢駅へ。同駅7:05のバスで横川駅着7:35。7:45から歩き始める。
駅駐車場の西隣が鉄道文化村で、そこに『ウォーキングトレイル・アプトの道起点』と書かれた看板(写真)があり、そこが出発点。文化村は9:00開園なのでこの時間では列車を外から見ながら通るだけになる。
ここはアプト式から粘着運転への切り替えに伴って登場し『峠のシェルパ』と呼ばれて廃線まで活躍した補助機関車『EF63型電気機関車(ロクサン)』が牽引するトロッコ列車『シェルパくん』の始発駅となっている。

シェルパくんの雄姿を見ながらアプトの道に入り、麻苧茶屋を通り抜けると屋外鉄道展示館の脇を通る。遠目ながら沢山の電車に混じって特急『あさま』の懐かしい姿も見られる。

機関車の向こうに『あさま』

電車いろいろ/貨物列車の最後尾はこの箱だった。

10分で中山道を横切る地点に到達。中山道ウォークでは欠かせないポイントである碓氷関に寄る。
碓氷関は醍醐天皇の時代(899年)に群盗を取り締まるために設けられたものが江戸時代になって徳川幕府の確立・安定と言う政治的な意味を持つものとなり、『入り鉄砲に出女』の取り締まりを狙いとしたものとなったとある。
総ケヤキの堅牢堅固な門柱・門扉は当時のもの。

碓氷関の見学を終え、改めてアプトの道を歩き始める。時刻は8:00ちょうど。

スギヒラタケは、一般的なキノコとして食用されていたが、2004年(平成16年)秋、腎機能障害を持つ人が摂食して急性脳症を発症する事例が相次ぎ、同年中に東北・北陸9県で59人が発症,うち17人が死亡すると言う事例が起こった。発症者の中には腎臓病の病歴がない人も含まれていたため、政府は原因の究明が進むまで、腎臓病の既往歴がない場合も摂食を控えるように呼びかけている。

厚労省,および林野庁の『注意喚起』
『スギヒラタケは、キシメジ科スギヒラタケ属のきのこで、栽培は行われておらず、スギ等の切り株・倒木に夏から秋にかけて発生します。
平成16年と19年にスギヒラタケ摂取者に急性脳症を疑う事例が発生していますので、腎機能の低下していない方も含め、スギヒラタケの摂取を控えていただきますようお願いします。』

スギヒラタケに関するQ&Aの冒頭文
『スギヒラタケと腎機能が低下している方の急性脳症との関係については、現在、調査が行われていますが、平成16年と19年にスギヒラタケ摂取者に急性脳症を疑う事例が発生していますので、腎機能の低下していない方も含め、スギヒラタケの摂取を控えていただきますようお願いします。』

峠を越える道なので立峠(善光寺街道)のような草生した明るい山道を想像していたが、青崩峠の遊歩道は鬱蒼とした杉・檜の林の中の石畳のある道で、苔むした林床が古色然とした落ち着いた雰囲気を醸し出しており、しっとりとしたその林床のあちこちに無数のキノコの発生が見られた。

スギヒラタケ/これもキノコ

リュウノウギク
このところキノコモードになっているのでついついそちらに目が行ってしまうが、林の中には武田信玄公が腰をかけた石だとか健次屋敷跡などと言う史跡もある。

途中にやや老朽化した橋があるが全体としてはよく整備された道で、まっすぐ歩けば20分ほどで峠に着く。
峠には『史跡・青崩峠』と書かれた立派な石柱と海抜を記した標識,丸太を張った展望テラスなどがある。

標高1082mはかなりの高さだが遊歩道の起点からはさほどの高度差はない。
峠から西に向かって標高1600mあまりの熊伏山と言う山への登山道がある。テラスの一画に置かれた書き込み帳を見ると熊伏山から下りてきたと言う人の記入がかなりあって結構人気の山であると思われた。
峠からは伊那側の眺望が効かないので遊歩道を反対側に少し下ると開けた場所があり、遠山郷と思われる集落の赤い屋根が見えた。深い谷の向こうに見えるその赤い屋根のことを歌った歌碑が峠にあった。

しっかり道草を食って1時間あまり遊び、車に戻って次は遠山郷の側から峠の反対側の上り口にある国道の消失点を目指す。

文字通りの毒見をしてみた。
写真は青崩峠遊歩道で見つけたツチスギタケ。ヌメリスギタケモドキにそっくりだが地上生でぬめりがない。いい香りがするので持ち帰って調べてみるとツチスギタケで、毒キノコ扱いになっているが食べてどうと言うこともなく、美味だと言う人もいるので味噌汁に入れて食べてみた。
潜伏期間は1時間で、吐き気,嘔吐,腹痛,下痢となっているが、今のところ何ともない。味噌汁に入れたのでは美味しくも何ともなかったが、甘辛く煮ると美味しいと言う記述があったのでやってみたらいい味だった。

このキノコが毒菌の分類がされているのは上に書いたような症例があるからだが、一方では美味しいキノコとして普通に食べられていると言う事実があり、仮に症状が現れたとしても命に関るほどの猛毒のキノコと言う訳でもないので食べてみることにも意義があると思った次第。
実際に実験的に食べている人は結構いるようだ。かと言って食べてみることを推奨している訳ではない。

もう1種類はムラサキシメジっぽいので多分そうだろうと言うことでこれも試食。特徴のホコリ臭さがあったので間違いないだろうが、汁の実にした限りではさほど美味しくはない。甘辛く煮つけてみたがホコリ臭さは変わらない。
試食に当っては一度に2種類以上のキノコを食べるとどれがどう影響したのか分からなくなるので1種類づつ,少量食べて様子を見ながら量を増やす。そこは慎重にやる。
安全と分かっても家族にも勧めないで1人で食べる。なぜならキノコの毒は即効性のものだけとは限らないので数年後の影響までは責任が取れないからだ。

結論から言うと青崩峠,下栗の里,シラビソ高原と鬼面山の登山をジョイントするのは不可能と言うことになる。
地蔵峠に行かれない以上,こちら側から鬼面山への登山はできず、逆の大鹿側から地蔵峠に行くには一旦,飯田に戻って中央道またはR143で松川まで行き、そこから大鹿村に入らなければならないが、その距離は80kmに及ぶので事実上無理。
鬼面山には西側の豊丘村からのルートがあるが、その場合も一旦飯田まで出なければならない。
と言うことで鬼面山の下見は一応脇において、シラビソ高原,下栗の里を経由してR152に戻り、第2の不通区間である青崩峠に向かう。

この間のつながっていない国道を結ぶ唯一の間道は兵越峠を通る道である。地元の人が『ヒョー峠』と呼ぶこの峠は、長野県と静岡県の境界に当るのだが、今も明確な境界線が確定していない〜と言うことになっている。そして、毎年10月の最終日曜日には、信州軍と遠州軍が『国境』をかけて綱引きで対決する『峠の国盗り綱引き合戦』が行なわれている。
長野県は飯田市南信濃、静岡県は浜松市水窪町の両商工会の青年部から各々十五名の精鋭が選出され、三本勝負を行なって勝った方が1メートル、相手側に『国境』を広げることができると言うユニークな行事として話題になっている。
遠山郷からその『国取り綱引き』の行われる国取り公園のある兵越峠を越えると三遠南信自動車道と思われる広い道路に出てまもなく草木トンネルをくぐり、三度R152に出る。ここから青崩峠に向けて頼りない舗装道路が伸びていて10分ほどで『塩の道・青崩峠遊歩道』と書かれた看板のある場所に着く。

アケボノソウ
ここで舗装は終わるが道はまだ上に向かって伸びているので、オフロード感覚で悪路に車を乗り入れて終点まで行ってみた。一度ヘアピンを曲がって雨でえぐれた河原のような道を200mも行かないうちに広場のある終点に到達。そこには青崩峠の遊歩道につながる道と、それとは逆に兵越峠に向かう遊歩道があり、ヒョー峠まで2時間となっていた。
戻って青崩峠入り口で昼食を摂った後、峠に向けて歩く。

シラビソ高原の紅葉/しらびそ峠から赤石・大沢岳方面
R152,信州側の南信濃と遠州側の水窪を結ぶ幻の国道,伊那山脈の青崩峠を歩く計画の下見に行ってきた。
中央道飯田ICで降りて喬木村の県道251を西南西に走り三遠南信自動車道の矢筈トンネルを抜けるとR152に達する。
R152は上田市から茅野を通り杖突峠から伊那市高遠,大鹿村,飯田市遠山,浜松市水窪を経て浜松市に至る長大な国道である。南信の伊那市八幡宿以南は遠山郷を経て火の神様・秋葉神社の参拝に使った信仰の道であったことから秋葉街道とも呼ばれ、また塩の道としても重要な道であった。

南信から三遠方面にに抜ける国道には他に飯田から新城・豊川方面に至るR151があるが、南アルプス西麓の急峻な山ひだと深い渓谷に最後までより沿って太平洋まで走る国道はこれ1本だけである。しかし、この国道には不通部分が2ヶ所あって、1本の道としてはつながっていない。
その不通部分の一方が矢筈トンネルの東口付近と大鹿村の間に立ちはだかる地蔵峠であり、もう一方が飯田市遠山郷と浜松市水窪を隔てる青崩峠である。

下栗の里/道の真下に家や道がある

『境界線』の月例山行としてこの幻の国道を歩き、南アルプスの展望台・シラビソ高原と、日本のチベットと言われる下栗の里を訪ねて1泊し、翌日地蔵峠から伊那山脈の鬼面山に登ると言う計画を立てたのだが、地蔵峠に至る林道がけ崩れで不通になっているらしいとの情報を得て、鬼面山登山の可能性を探るため急遽現地調査に行くことになった。
R152の最初の不通部分をつなぐのがしらびそ峠方面に向かう御池山林道の途中から左折し、地蔵峠を通って大鹿村のR152につながる蛇洞林道と呼ばれる林道であり、唯一の頼みであるこの蛇洞林道が不通になるとお手上げなのだ。

秋葉街道,R152の長野県と静岡県の県境を結ぶはずの幻の国道青崩峠。一帯にサルナシの蔓が多いのに気づいて実を探してみた。
が、見つかったこの実はサルナシではなかった。よく似てはいるが形状はマタタビに近く、しかし味はサルナシにははるかに劣るがマタタビほど不味くはない。
ミヤママタタビにはまだお目にかかったことがないが、図鑑などで見る限りこのようにお尻が尖っておらず枕形である。尻が尖っている点はむしろマタタビに近いが、マタタビは広島では8月下旬にはもう黄色く熟していて軽く摘んでもぐじゅぐじゅに潰れ、食べると酸っぱくてピリ辛くお世辞にも美味しいとは言えない。
ネットで調べるとサルナシ,マタタビ,ミヤママタタビには葉にそれぞれ特徴があるようなので、葉や蔓をしっかり確認すればよかったと後悔中。
即ち、『サルナシの葉には光沢があり、ミヤママタタビとマタタビはよく似ている』とある。自分はマタタビとサルナシの違いはよくわかるが、サルナシと思っていたものの中に葉の光沢がなくて弱々しい感じのものがあるような気がしていた。さらに『ミヤママタタビの枝の色は赤みが強いのに対して,サルナシは灰色がかった褐色である』とあった。もう一度機会があればしっかり見てこようと思う。
なお、『マタタビは葉の先端から中央部にかけて白くなることが多いが,ミヤママタタビでは同じ部分がピンク(はじめは白)になる』とあった。
観察眼がいい加減だとつくづく思う。写真を撮ってよしとするのがマイナスになっている。スケッチする習慣をつけないとは思うのだが・・。

ハナイグチの幼菌をゆでる。
冷やしてスライスする。鮮やかな黄色が食欲をそそる。
ニンニクをおろして送油で溶き、刺身風にしていただく。

まだまだ次々とハナイグチが発生している。

完成! 味よし
タンサンを使ったアク抜き4回の後,たっぷりの水で躍らせないよう静かに煮る。

落し蓋
途中で砂糖700g(栗は1100g)を3回に分けて投入し、アルミホイルに穴を開けた落し蓋をしてゆっくり煮詰める。

ひたひたかそれ以下になったところで火を止める。ここまで約2時間。後は朝までゆっくり冷えるのを待つ。この過程でさらに味がしみ込む。

我ながらいい仕上がりで、初めてにしては上出来か・・,と自画自賛。初めての方がテキストに忠実で謙虚なのでうまくいくことが多いのかも・・。

4回目のアク抜きが終わった時点でさらに壊れて結局60個中,45個(75%)が残った。残ったものもかろうじて渋皮で包まれて形を保っているだけなので、箸でつまんでも壊れかねない。
そもそも栗の実は大きな双葉の元になる部分が2つ組み合わさっているので縦に2つに割れやすくできている。なので、ケバをとる時もブラシを縦方向に使うことが肝要で、横方向に使うとそれだけで壊れてしまうことがある。
さほどに丁寧に扱う必要がある渋皮煮だが、壊れた栗も一緒に煮るとこっちの方が味がよくしみ込んでおいしい。

60個の栗のみの中で、表面に黒い瘡蓋のようなものがついているものはやはり美味しくなかった。これを無理に剥がすと壊れてしまうのでそのまま煮て食べる時に取り除けばいいかと思ったが、瘡は表面だけでなく内部にも及んでいた。
こう言うものを一緒にすると他のものにまで影響があるかもしれないのではじめから取り除いておいた方がいい。素材の厳選が最も重要だと言うことだ。

丸々と実がつまった大粒の栗を大量にゲット。これから渋皮煮に挑戦する。
まずは熱湯につけてさめるまで置き鬼皮をやわらかくする。こうすると皮が簡単に剥けるが、渋皮を傷つけるとそこから煮崩れるので丁寧に慎重に剥く。

鬼皮を剥いた栗は水につけてアクをとる。以下作業中。

並行して夕食づくり・・,今夜はチヂミ。
チヂミの粉200gにニラ1束,ピーマン1個(刻む),エリンギ(スライス),キムチ50g,卵1個,干しエビ,ゴマ少々を合わせて水250ccを加えて混ぜ、フライパンで焼く。これで2枚分。

もう1つはキムチを入れず、バナナとミョウガを入れてみた。手当たり次第なんでもいいのだ。

栗の方はタンサン(重曹)でアク抜き,1回目。きれいな水1.5ℓにタンサン大さじ1.5と栗を入れて火にかける。沸騰したらアクをすくって火を止め、アクでまっくろになった湯を捨ててきれいな水で栗を洗う。
これを3〜4回繰り返す。

2回目もまっくろ・・。歯ブラシで渋皮についたケバを取り除く。沸騰した時になべの中で踊って実割れしたものが出た。

3回目もまだ黒い・・・,と言うよりいくら繰り返してもアクの色が出なくなることはない。
外見は立派な栗も鬼皮を剥くと、黒いかさぶたのようなものがこびりついているものがあり、きれいなものはわずかしかない。その上、ここまでで60個中,11個が実割れし、次第に健全な実が減っていく。
現在4回目のアク抜き中。これ以上やると煮る前に実が崩れてしまいそうなので4回でやめる。

祭り笛 町に鳴る日は思い出す 遠い想い出
山裾の 村の祭りで 父の背に すねてせがんだ
綿菓子の 味の恋しさ

町を行く 水の流れに浮かび来る 淡い面影
赤い帯 似合う娘と 水車小屋 まわる水車に
かけていた 夢の はかなさ

大太鼓 消えて儚く想い出の 消えて儚く
母の手に しみてかすかな 麦の穂の
匂い求めて 街角に ひとりたたずむ
NHKラジオ歌謡・・歌は平尾昌晃

祭りが終わった後の灯篭はどことなくさびしげだ。

毒菌の代表格の1つ,テングダケ。なかなか風格があり、一度見たら覚えられる。
夏から秋にかけて針葉樹林,広葉樹林共に発生する。

傘は4〜25cmではじめは半球形,後にまんじゅう型から平らに開き、遂には中央がややくぼむ。表面にややぬめりがり、灰褐色ないしオリーブ褐色。放射状の溝線があり、全面に白いツボの破片が多数付着する。

ヒダは白くて密,離生する。
柄も白く、膜質のツバがあり、ツバから下は多少ささくれる。根元は膨らみ、ツボの名残りがリング状にある。

症状は軽い酒酔い状態から嘔吐,よだれ,視力障害から精神錯乱などの副交感神経麻痺,重症では筋繊維けいれんから意識不明になる。
毒成分のイボテン酸,ムッシモールなどの複合作用で症状が複雑。近縁種のベニテングダケより毒性が強い。

ハエトリの名で知られ、火であぶってハエの捕殺に利用されていた。

ニカワハリタケに間違いないだろうと言う見込みで食べてみた。
食べ方は2通りではじめは醤油・・,ゼラチン質の食感で味はなく、格別醤油だから美味しいと言うことはないように思う。

次にシロップをかけて食べた見た。こっちの方が断然いい。寒天ゼリーなどに入れてデザートとして楽しむのがベストかも。
その他,酢の物に入れるのもいいかも・・。

茹でずに生で食べるが,味よりも食感を楽しむキノコだ。
写真の下2枚は黄色く写っているが、これは光の関係で、実際はやや透明感のある白。通常,ニカワハリタケは褐色だが、稀にこのようなまっ白いものがあるのだそうだ。

クリタケ

猛毒だが美しいベニテングダケの写真を撮るために唐花見湿原に行ってみたが珍しく1本も出ていなかった。期待したハナイグチもまったくなかった。
途中,池田町の大峰高原に寄ってチャナメツムタケを探していると、図らずもM女史にバッタリ会った。女史もチャナメ狙いだが時期的にまだ早いので本気ではなかったらしい。
ところが思いがけずクリタケの大株を見つけたと言って見せてくれたのが冒頭の写真。見事な株だ。

どんぐり池

本命のチャナメはもちろん、ハナイグチも全然ないので一緒に唐花見湿原に行ったが、ここでも空振り。そもそもキノコの匂いがしない・・。

女史が帰った後,冬にスキーとスノーシューで登った南鷹狩山に向けて歩いてみた。全山がカラマツの山なのでイグチ類を期待したがやはりパッとせず。わずかに見つけたのはこれ。

ニカワハリタケ?・・・裏が針状でネコの舌とも言うらしい

スギヒラタケかと思ったが、ニカワ質で裏に針がある点が違う。ニカワハリタケではないだろうか・・。もしそうならゼリーのようにシロップに漬けて生で食べられるはずだが、森で見つけたらその場で醤油をかけて食べるのが一番だと言って醤油を持ち歩く人もいるそうだ。試してみよう!

その他色々・・・,いずれも正体不明。

ヤマウルシ/リュウノウギク

天平の森遊歩道/ミズキの実?

明科長峰山の南隣,天平の森遊歩道を歩く・・。林の中は秋一色!
個性的なキノコ達

ベニタケ?/何だろう・・?

ハッタケの仲間?/幼菌
木の実もいろいろ

ガマズミ/湿地帯あり

見上げれば空/アケビもいっぱい

碓氷線廃線ウォーク & 中山道・碓氷峠越えトレッキング計画・・・08年10月12日(日)
山のあしおと中学校+山のあしおと中学校(おとなの冒険学校)
来る10月12日(日)廃線となった旧信越線・横川駅〜軽井沢間の廃線遊歩道ウォークと旧中山道・碓氷峠越えをジョイントした『廃線ウォーク&中山道・碓氷峠越えトレッキング(全行程15km+α)』を行います。

旧信越線の横川〜軽井沢間(旧碓氷線)は、1997年の長野新幹線開業に伴って廃止され、現在,この区間の代替交通機関としてはJRバス・碓氷線(1日7往復)が運行されています。
旧碓氷線の廃線部分11.2kmのうち群馬県側の約10kmは松井田町(現・安中市)が買収しており、残り約840mについても軽井沢町に買取を陳情する動きがあるなど、この線の復活を望む声は強く、廃線跡は廃止前と変わらない状態を保つように管理されており、かつての線路跡が遊歩道となっている以外にも線路部分が多く残されています。(遊歩道区間は、横川駅〜旧線のめがね橋まで)また碓氷峠鉄道文化村では、横川駅側の廃線跡を利用して、かつて使われていた保守機関車500Aなどを走らせています。

一方、中山道は昔ながらの宿場の景観を残す松井田町・坂本宿から峠道に入り、羽根石茶屋,山中茶屋跡,陣場ヶ原等を通って旧碓氷峠に至ります。旧碓氷峠は明治時代になって現碓氷峠(国道18号線の旧道)が開通するまでは関東と信濃や北陸を結ぶ重要な場所でした。
旧碓氷峠から、中山道は熊野神社,旧軽井沢の街中を通って中軽井沢,追分宿へと向かいます。坂本宿から追分宿までの距離は25km弱,標高380mの横川駅から、最高点の熊野神社の1210mまで、高度差800mあまりの登りで、特に登山道に入ってから刎石山までは水平距離700mの間に一気に300m登ると言う急登で、中山道有数の難所である碓氷峠の厳しさを体験できます。
今回は前半のめがね橋までの5km+α(折り返し分約1.5km)の廃線ウォークと、坂本宿から旧碓氷峠を経て軽井沢駅に至る約12kmの中山道ウォーク・第1行程をジョイントする約18kmを歩きます。

日時;2008年,10月12日(日)
集合;場所:安曇野市スワンガーデン 時刻:5時00分
解散;場所:安曇野市スワンガーデン 時刻:17時20分頃
コースタイム;
5:00スワンG5:15 ⇒ 6:50軽井沢駅P7:05 ⇒ 7:39横川駅8:00
⇒ 9:00碓氷峠の森公園9:20 ⇒ 10:00刎石山10:10 ⇒ 11:40山中茶屋12:30
⇒ 13:20旧碓氷峠13:30 ⇒ 13:50熊野神社14:00 ⇒ 14:40 碓氷峠15:00
⇒ 15:20軽井沢駅15:40 ⇒ 17:10スワンG/解散17:20
服装・装備;上着・長袖シャツ/ズボン/下着類/保温着、防寒着/雨具/登山靴,軽登山靴/靴下/手袋/帽子
※手袋必携。天候の急変に備えて防寒・保温の用意,熱中症防止のため帽子着用,雨具はズボン+上着式、傘も有効他
持ち物;ザック&ザックカバー/弁当/水筒・飲料水,2ℓ以上/行動食・非常食/ビニール袋/ロールペーパー/タオル/
その他(ハンカチ、ティッシュ,磁石,地図,時計,現金,その他は必要に応じて)
参加費、および費用
参加費;会員:無料 非会員:200円
費用;鉄道文化村入園料:小学生300円 中学生以上500円。ただし当日は営業時間外の通過となります。
JRバス碓氷線運賃:小学生以下250円 中学生以上500円(往復はそれぞれ450円,900円)
参加資格、条件;
小学生以上で3〜5kgの荷を背負って7時間程度歩ける人。
交通費の分担について;
スワンガーデンから軽井沢までの往復のガソリン代、および高速道路・有料道路料金を参加者全員で負担しますのでご協力下さい。ガソリン代は満タン返しによる実費とします。
申し込み・締め切り;10月9日(木)
前日からの参加について;要望があれば前日に鉄道文化村,他を訪れます。宿泊は適当なキャンプ場がないので、道の駅・雷電くるみの里(東御市・18号線)で仮眠となります。日程は参加者と協議して決めます。

写真は善光寺街道ウォーク・刈谷原峠&麻績宿

復活したカタダイコン/間引き完了

一時は諦めたカタダイコンがその後復活し、間引きを終えた。後はゆっくりと成長を待つだけ。

一度成長を止められた苗と後から追い播きした苗。左の3本は追い播き,右下の1本はダメージを受けた苗。後から播いた方が追い越した。双葉の時につまづくとその後の成長が著しく阻害されることがわかる。

当然ながら双葉を虫に喰われたりした場合は致命的で回復不能。

9月17日播種のくらま/同

最後に播いた50日系ダイコン,くらま

9月15日間引き当時の干し理想/9月27日

間引き後の成長には目を瞠るものがある。

薄暗い林間に浮かぶ妖しげな白い傘・・,一瞬ドクツルタケかと思ったが、ちょっと様子が違う。何だろう・・?
傘の表面は白いがやや黄味を帯び、ドクツルタケのようなドキッとする白さではない。

柄にドクツルタケのような明瞭な鱗片が見られず、基部にツボがない,だが、シロタマゴテングタケも鱗片がないからそこだけでは何とも言えない。

柄の上部に『白く膜質で放射状に裂けたツバを持ち、時折傘の縁にツバの残片がついている』とあるが、放射状に裂けていると言う点以外はその通り。ただしドクツルタケもシロタマゴテングタケもツバのつき方はほぼ同じで傘の縁にツバの残片がついていることがあるので決め手にはならない。柄が中空ならハッキリするがそこは確かめなかった。
ヒダが隔生して密,ドクツルタケは離生して密ないしやや疎でこの点が一番異なる。

食菌のシロオオハラタケにほぼ間違いないと思われるが、ドクツルタケ,シロタマゴテングタケは共に致死性の猛毒菌なので、敢えて危険を冒すことはない。
薄暗い林では結構目立つキノコだ。