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プロフィール

  • ID: 1187
  • ハンドルネーム: 木偶野呂馬
  • 性別: 男
  • 年齢: 64
  • 住所: 長野県 松本市
  • 所属クラブ:
  • 登録日: 2007年06月22日
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私の山行記録 新着

2008年06月28日
焼山 [ 2400.30m 妙高山・戸隠山周辺(新潟県・長野県) ]
登山行程ルート表 登山高低差グラフ 登山ルート地形図(国土地理院) 登山ルート地図(グーグルマップ)
2008年03月09日
天狗岳 [ 2645.80m 八ヶ岳・筑摩山地(山梨県・長野県) ]
登山行程ルート表 登山高低差グラフ 山行日記+写真 (5) 5 山行フォトギャラリー (10) 10 登山ルート地形図(国土地理院) 登山ルート地図(グーグルマップ)
2008年02月17日
聖山 [ 1447.15m 八ヶ岳・筑摩山地(山梨県・長野県) ]
登山行程ルート表 登山高低差グラフ 山行日記+写真 (5) 5 山行フォトギャラリー (10) 10 登山ルート地形図(国土地理院) 登山ルート地図(グーグルマップ)

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ブナ帯からダケカンバ帯へ



 9:20発。いきなりの急登。周辺にはブナの巨木がいっぱいで、特に大きなこの1本はブナ独特のなよとした腰まわりに深い皺を刻み込み、蒼苔やツルアジサイを絡みつかせてどっしりと立つ。
 ブナ倒木に頭が茶色のジャグマアミガサタケに似たキノコを発見。似てはいるが少し違う。足元にズダヤクシュ。


 9:55,相方の調子が上がらず1500m付近で休憩。10:05発,徳本峠に比べると1ヶ月遅れのサンカヨウを見る。
 10:15,巨大化したミズバショウのある湿地帯を通過。入り口に門衛のように並び立つブナの樹肌に醜い刃物による落書きがある。100年,200年と晒される恥を本人はこの世に生きてこの地を踏んだ証しとでも思っているのだろうか・・。


 湿地帯付近から道が幾分緩やかになり、1670m付近で5mほど下って小さな雪渓を越えやせた尾根の登りにかかる。10:45,サラサドウダンの咲く1741mのピーク付近を通過。左手南西方向の樹間に雨飾山,北に金山と思われる雪に覆われた丸い山頂と南西に派生する尾根を見る。

 雨飾山方面/金山方面か

 右手の眼下には先刻まで歩いて来た林道がつづらに折れて乙見峠のトンネルにつながるのを、また遠景に黒姫山,高妻・乙妻山,戸隠山の山々を見る。

 乙見トンネルへ

 やや下って左に廻りながら進むと沢音が近づく。沢は道の10mあまり下にあって突き当たりに細い滝があり、道はその滝の上部に廻りこんで沢に入るが、沢はまだいっぱいの雪でそこからはずっと雪渓歩きとなる。標高は1800mを越えダケカンバ帯となる。


2008年06月30日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

信越古道へのアプローチ

 6月28日(土) 境界線グループ山行


金山 天狗原山
 
 道路封鎖で計画変更
 7:30,小谷温泉と妙高・笹ヶ峰をつなぐ林道の小谷側基点に着く。その林道の入り口に鎖が張られ、「小谷山菜監視委員』と言う腕章をつけた男女2人の張り番が立っていて『ここから先へは入れません』と言う。理由を聞くと山菜の不法採取を防止するためだと言う。
 よくよく見れば林道入り口の看板(小谷村)は「この先から車両通行止めですよ」と言う告知の看板であって、鎖は村とは関係ない。


 『自分達の権益を守るために公道を封鎖するなんてバカなことがあるか』と抗議して押し問答になった末に『300m先にゲートがあって、そこから先には入れないがそのゲートまでなら行ってもいい』と言う返答を得た。
 『当たり前だ,ゲートまでの進入を阻止する権限はあなた方にはない』と言っているところへ別の人が来て『昨日(金曜日),役場が視察に行って崖が崩れた部分などの調査をした。まだ崩れた所があって通れないからゲートが開いてない』のだと『どこがおかしいのか』と胸を張らんばかりの横柄さで村の代弁者みたいなことを言う。『それなら少なくとも「妙高高原方面・車両通行止め」の告知看板は、国道から小谷温泉に入る分岐点に立てておくべきだろう』と言うとそれには答えずに去ったが、監視委員の2人は鎖を外して入ってもいいと言う。


 当初の目的は信越古道の信州側の調査で、笹ヶ峰の杉野沢橋まで林道を18kmほど走り、そこから金山谷(真川)を遡って金山と焼山を結ぶ稜線との交差点に当たる富士見峠までの道を歩くつもりだった。
 それを諦めて林道を4kmほど歩き、金山登山口から金山を目指すことにする。通行止めが分かっていればもう1時間早く出たものを・・。
 8:05発。松尾川に沿って高度を上げる。林道周辺には白い花が目立ち、やがてサワグルミ,トチ,ブナの林が現れる。


 1時間歩いて9:10に金山登山口に到達する。

2008年06月29日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

春が来た!


 ショウジョウバカマ/グルマソウか・・?


 ミズバショウ/ユキザサ


 北信,焼山と雨飾山の中間に位置する金山。1800〜2000m付近の山上にようやく春が来た。
 雪を割って顔を出す、まだ赤い芽は多分ヤグルマソウだ。芽を出したばかりのミズバショウのあさみどり,少し前に雪が融けた辺りではショウジョウバカマが盛んに花をつけ、ユキザサは食べごろ・・。


  登山口付近ではウワミズザクラが咲き、ヤグルマソウも花をつけていた。


 下部では巨大化したミズバショウ。サラサドウダンも全開。


 中腹にはユキザサ,ツバメオモトの花


 雪渓付近ではシラネアオイ,サンカヨウ


 尾根にはマイヅルソウ,ミツバオーレン,イワナシ等
 
 そして
 

 山頂付近はたっぷりの雪。 金山山頂まで30分を残してタイムリミット,天狗原山で引き返す。
 今は閉ざされたこの場所にも、もうじき春がやって来る。その頃にもう一度来ることにしよう・・。


2008年06月29日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

真っ赤っか



 6月26日(木)6:00起床。アジゴマ1,サケ1切れ焼く。ホレンソ入り厚焼き卵,みそ汁,糠漬けキューリ,ニンジン,ナス,キャベツ。淡竹煮物,トマト,他つくり置き惣菜。C通常出勤。夏アルプス冒険学校案内掲示板投稿,新規開拓『しおじりひろば』に投稿。ログインうまく行かず昼までかかる。平郡島キャンプ記事投稿中に消失,苦労が水の泡,再投稿試みるもログイン不能。断念。スーパーへの野菜出荷の誓約書と管理日誌を作成,夕方提出。午後第2農園,ハウス内ルコラ,ブロコリ,白菜,キャベツ播種用苗床づくり。明日フキ採り来園者あり準備の草刈。猛烈な草薮の一部を鎌で刈る。キヌサヤ収穫,B規格(曲がり)多し。赤タマネギ50個掘る。ジャガイモ実一部食害痕跡。イノシシに非ず。  
 夕H牧場・牛糞堆肥2トン届く。赤タマ,キヌサヤ進呈。びっくりグミ多数真っ赤に熟れる。甘酸渋の3味渾然。C早いカエルコール。スーパー書類提出後帰宅。キヌサヤ選別・出荷時間なく明日に。イカフライ揚げる。刻みキャベツ,野菜スープ,キューリスティック味噌+マヨ味。co-op助け合い要請,31ヒさん宅野菜の手入れ。
 6月例山行28,29ヒしらびそ高原・下栗の里は見送りとなり3月連続流れるので28ヒのみ信越古道信州側偵察とするもルート厳しく2名(じゅんちゃ)のみの見込み。週末に降り癖か・・?  

 
2008年06月28日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

夏のベーコンづくり



 夏休みのキャンプで燻製づくりをやりたいので手伝ってもらえないか〜と言う要請が来た。
 生憎平郡島のキャンプと重なっているので、スタッフの方に体験してもらい、独力でやってもらうことにした。
 ベーコンに限らず肉の加工は気温が低くて細菌が繁殖しにくい冬場に行うことにしているので夏のベーコンづくりは初体験。使い捨ての手袋をして細菌の感染を防ぐのは勿論のこと、体温で肉の温度が上がるのを避けるためになるべく肉塊に直接触れないようにして短時間で塩漬けした。

 塩35g,三温糖10g,ブラックペッパー10g,オールスパイス,セージ,シナモン,ナツメグ各少々。

 バラ肉の表面にまんべんなくこすりつけ、フォークで突き刺してしっかり刷り込む。
 
 冬場の作業では肉塊が冷えて固くしまり、特に脂肪の部分に塩がうまく乗らないので余った塩を厚化粧のようにこってり塗リつけてラップでくるむ。


 夏場は脂肪が緩んで柔らかくなっているので塩の乗りがよく、きれいに摺り込むことができた。塩が足りないんじゃないかと思うくらいで、この点が冬の作業と大きく異なる。
 ラップに包んだ肉塊は冷蔵庫内で1日1回上下をひっくり返しながら1週間かけて熟成させる。

2008年06月25日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

38km(日)&107km(全)・・・終わりの終わりは小杉駅

 小矢部川河口 
 七美
 18:00,出発。R415を南に下がって港最深部の貯木場を越え、七美と言う交差点から港岸に沿って西に進もうとした。自転車で家路を急ぐ女子高生に『伏木駅』はそちらでいいかと尋ねると『(伏木駅を)知らない』と言う。
 『えぇッ!』と思ってもう一度地図を見直して初めて富山新港と小矢部川河口の位置を混同していたことに気づき愕然とする・・。
 気づいた位置があまりにも悪く、伏木駅まで行くにはさらに港岸で15.7km,端折って国道を通っても14.5km,最寄りの小杉駅に戻るにしても6kmはあろうかと言う半端な場所で選択を迫られる事態となった。早く気づいていれば、射水からバスで富山駅に帰ると言う選択肢があったのだが・・。


 射水市の新港から欲張って高岡市の氷見線伏木駅まで行こうと言うのはあまりにも無理な思いつきで、最後は七美の交差点から最寄りの小杉駅に向かうことになり、2時間歩いて20:07にようやく駅に着く。その道のりの長かったこと・・。
 結局この日は38km歩き、しかも次回の出発点をハッキリ決められない中途半端な位置での中断,無駄歩きの幕切れとなった。
 こうして締まらない結末を迎えたが、その思いつきと成り行き任せの無駄や挫折や何が起こるかわからない偶然性,知らないうちに38kmも歩いていたと言う意外性がむしろ面白かった。
 伏木駅に届いて能登半島への足がかりをつけられなかったのは残念で、中途半端な位置で終わっただけに、今は1日も早く続きの1歩を踏み出したいと言う気持ちが強い。
 最高に面白い旅だった。         
2008年06月24日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

富山新港・新湊・伏木



 2本煙突を真近に見る/こんな所にまでキジがいた
富山新港
 海老江港から富山新港をめざして直進。16:30,暑さに閉口して民家の塀にできたわずかな影で休む。目の前に小学校があり、その方向からキジの鳴く声が聴こえてきた。目を凝らすと学校の手前にある野球のグランドと道路の間の草地をキジ♂が悠然と歩いているのが見えた。どこまでもキジに縁がある。



 16:40発,新港に向かう。おりしも目の前の造成地に高い橋脚を立てる工事が行われていた。それは新港をはさんで対岸の越の潟町とを結ぶ巨大な橋をつくる工事の一環と思われ、港の向こう側と思われる位置にも橋脚の影を望むことができた。さらに進んで新港に突き当たるとその全貌を見ることができる。


 富山新港から伏木にかけての地形は複雑に入り組んでいる上に富山新港を伏木富山港とも言い、富山港ではないと言う意味の富山新港に対して新湊と言う地名があって新港の先には新湊漁港があり、さらにその先に庄川,小矢部川と言う2つの川の河口があったりして非常に分かりにくい。
 にも関わらず目標とする伏木駅までの地図の読み込みが不充分で、地形や地名をしっかり把握していなかった。
 氷見線の伏木駅は小矢部川の先なのだが、この時点では単純に富山新港を越えれば伏木駅はそのすぐ先だと思い込んでいた。それが迷走の原因になった。
射水火発

 対岸は目の前だ(西)/越の潟に向かう船

 16:50,堀岡新明神と言う地区で港に出ると対岸の方向から強い風が吹いてきた。強風で波立つ海を見ながら港に沿って左折すると対岸の越の潟との間を往復する堀岡渡船発着場に出る。丁度越の潟に向かう船が出たところだった。渡船で対岸に渡ってしまえば早いがそう言う訳には行かない。

 新港の奥(南)方向/堀岡発着場

 富山新港は中央部で東西に分かれていてそれぞれが奥深くに入り込んでおり、東側は特に深くて1.7kmも先で海竜新町から南下したR415に突き当たるまで伸びている。従ってこの後は先ほど海竜新町から港まで歩いた分だけ並行して戻ることになる。新湊火発の2本煙突はその中にあるので煙突を中心にぐるりと廻ることにもなる。

 写真の赤いラインは工事中の新港を跨ぐ道路。その起点は海竜新町・R415(左の黄色いライン)の南下点。港に沿ってそのラインまで戻る。※地図は上が南


 17;20,2本煙突の真下を通過。17:50にR415に突き当たって10分の休憩。ここまで、道の駅・滑川から31km,神通川を渡ってからでも13kmあまり歩いていたが、ぐるっと廻って港の向こうに出れば伏木に着くものと、この時点ではまだ思っていた。

 

2008年06月24日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

少年達



 砂浜で遊んでいる少年達の集団があった。テトラポットの上に棒切れを渡して橋をつくろうとしているらしい。
 おとなや年長者がついていなくて子ども達だけで海辺で遊んでいるなんて今時珍しいと思って近寄って写真を撮っていると、子ども達が気づいて怪訝な顔でこちらをうかがい、動きをやめてしまった。
 叱られると思われたら不本意なので『何でもないよ,ただ写してるだけだから続けなよ!』と言ったが何となくぎこちなくなり、せっかく無心で遊んでいたのを邪魔してしまった。
 


 16:00,海老江海浜公園通過。浜辺で遊ぶ女子高生達。


 公園を彩るハマナス。


海老江港
 海老江の海浜公園を直進すると海竜新町と言う町に出る。右手には海竜スポーツランドとか元気の森公園等の施設のある広大な造成地が広がる。左折するとR415につながり、新湊を経て伏木駅に向かうが、ここは富山新港をめざして直進する。

 海竜新町方面/海老江港



 海老江の港付近から左手を見ると2本の煙突が真横に並んでいた。遂にその足元まで来た!

 

 
 
 
2008年06月24日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

やっと夏・・・高温多湿こそ我が季節



 土砂降りの雨に湿度むんむんの蒸し暑い土日。トマトとカボチャがアッと言う間に伸び、タマネギは地上部が全部倒れて収穫期を知らせる。キヌサヤが盛んに実をつけ、グミが赤く色づき始めた。
 野菜たちの大好きな高温多湿の季節・・! あまってら農園にやっと夏が来た。



 ジャガイモの畑がイノシシに荒らされてあちこちで被害が出ている。昨年は収穫前の芋を根こそぎやられたが、今年は種芋が掘り返されたり、できた芋を片っ端から食べられたりして早々と収穫を諦めた人もいる。 
 あまってら農園でも種芋を掘り返されたが本体は健在で盛んに花を咲かせている。今のところそれ以上の被害はないが、早急に対策を講じなければ全部食べられてしまうのは目に見えている。
 イノシシはまわりにトタンで塀を作れば入って来ないが、ムジナや鹿を含めた獣類全般に対する最も有効な手だてを講じるなら電柵を張り巡らせるしかなく、本気でそれを考える時期に来ている。物入りなことだ・・。

2008年06月23日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

迷走20kmの終わりの始まり


 四方西岩瀬海岸

 神通川を渡って草島と言う町の食堂で久々にまともな食事を摂り、13:40出発。四方荒屋と言う交差点の手前から海岸線に向けて右折。1.5kmで四方西岩瀬と言う海岸線に出る。
四方港
 インターロッキングと芝で覆われ、あずまや風の休憩所やトイレが整備された開放的な海浜広場を通り抜けて四方漁港に到達(14:40)。前方にもう一つの目標だった射水の2本煙突が見えてくる。

 射水の火発煙突/四方漁港

 15:00,少なくともあの煙突を見上げる所までは行くと決めて出発。それが長い長い迷走の始まりだった。



 四方から射水市の海老江にかけての海岸は格別美しく優雅だ。前方に射水,後方に富山の火発の煙突。



 次第に遠ざかるアルプス。近づいてくる2本煙突。いつのまにか射水しに入っていた。
射水市境界 富山新港 
2008年06月22日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

二十四節気『夏至』・・・6月21日・太陰太陽暦皐月十八日


夏至 (げし) 6月21日 五月中 二至二分 (皐月:さつき) 太陽視黄90度
 『陽熱至極しまた、日の長きのいたりなるを以て也』(暦便覧より)
 一年中で一番昼が長い時期であるが、日本の大部分は梅雨の時期であり、あまり実感されない。花しょうぶや紫陽花などの雨の似合う花が咲く季節である。

 月と季節の暦より
 二十四節気・夏至,6月21日 太陰太陽暦5月18日
 昼が最も長く、夜が最も短い日。太陽が赤道から最も離れ、北半球では南中高度が最も高くなる。梅雨の長雨の最中。
 七十二候
第一候:6月21日〜25日
 乃東枯(ないとうかるる)
 乃東(ないとうは夏枯草。ウツボ草とも言い、この草が枯れ始める頃の意であるが、日本のウツボ草は夏に枯れないので異種だと言われている。
第二候:6月26日〜7月1日
 菖蒲華(しょうぶはなさく)
 古く、アヤメ,アヤメグサと呼ばれたサトイモ科のショウブ(葉や根に芳香があり、邪気を払うとされた)の花が咲く。黄緑色の細かい花が棒状にかたまって咲く。
第三候:7月2日〜6日
 半夏生(はんげしょうず)
 薬草の半夏(カラスビシャク)が溝縁などの湿ったところに生える。昔はこの日までに田植えを済ませることになっていた。

2008年06月22日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

富山港・神通川




 11:15発,バレーコートのある岩瀬浜と言うその海岸はそのまま広い港湾施設につながり、10分で富山漁港に着く。商業港としての富山港はここより先の神通川の手前にあるのだが、この時点ではよく分からないまま漁港の船や釣りを見て先に進む。


 大目標だった火発の煙突/立ちはだかる港湾施設

 ここに来てはるか黒部・魚津の海岸から眺めた火発の煙突が目の前に見えてきた。だが漁港から富山港に向かう道は岩瀬と言う名の運河を挟んで複雑に入り組んでおり、その一番外側を海・港と陸地の境にそって延々と歩くので煙突までは容易に辿り着けそうになく覚悟を決めて忠実に水際を歩くことにする。
富山港
 
 11:40,岩瀬運河を渡るために橋まで遡らなければならない。


 岩瀬運河・あの橋を渡り/対岸まで戻る



 港に沿って進むと/展望台に行き着く


 11:50,富山湾展望台に着き内部を見学。灯台内部のような螺旋の階段を登って展望階に上がると北アルプス,立山・剣連峰から薬師岳方面がよく見えた。また火発の煙突もほぼその全体像を見ることができる。



千原崎交差点
 12:00のサイレンを聞いて展望台を後にし、港に沿って南進するも沢山の港湾施設の阻まれて海岸線を通ることができず、市道を通って12:20,R415の大きな交差点にさしかかる。ここまで道の駅から16.0km。
 ここから右折してしばらくは国道を歩き、富山火力発電所のある工業団地を通り越して四方に向かう。
 

12:35,萩浦橋と言う大きな橋を渡って神通川を越え、直進して草島と言う町の食堂で昼食を摂る。13:00

2008年06月21日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

古志の松原はどこ?



 松林の中のサイクルロードにマツの花粉


 8:20に浜黒崎海岸に着き。キャンプ場を見たり清掃員の方と話したりして8:45に出発。クロマツの中のサイクルロードを歩いたり、時には林と浜の間の護岸堤の道を歩いたりして丁度1時間,諏訪川,琵琶川と言う2つの小川を越えて古志5丁目の町名表示板に到達。今川橋から2.2km地点のこの辺りが古志の松原と思われたがそれらしい目だった標識もなく、そのまま日方江と言う地区に入る。


 越し方・滑川方面をふり返る/ここにもハマエンドウの花




 どこまでも続く白砂の浜だが釣りを楽しむ人々の影もまばら・・。


 背後から照りつける太陽が暑い。10:05,村川と言う名の3つ目の小川を越えた先にあずまや風の休憩所を見つけて日陰に逃げ込む。
 浜では腕にタトゥを入れた5〜6人の若者達が声高に騒いでいて、彼らのものと思われるバーベキューの用具や食材がテーブルを占領していたが、構わず椅子にかけて休む,と言うより暑さ疲れに放心して40分もの間ぼんやりと過ごす。
 10:45,戻って来た若者達と入れ替わって発ち、10分歩いてサイクルロード終点に到達。今川橋からの距離4.5km。


岩瀬浜
 サイクルロードが終わる辺りから海岸が広くなり、パラグライダーの練習する人や常設のコートでビーチバレーに興じる集団等,浜での遊びも多様になってきた。
 11:00,木陰に腰をおろして地図を見ながら今後の行程を検討する。
 地図によると古志の松原はこの辺りを指すらしいが、ここにもそれらしい標識はなく結局分からず終いだった。いずれであってもすでに古志の松原に到達したことは明らかだが、その先の行程をどうするかハッキリとは決めていなかった。


 はじめの計画では東富山駅に近い富山港を終点とするつもりだったが、あわよくば次の能登半島の旅への足がかりとして氷見線の伏木まで行けないものかとも考えていた。
 その可能性を再検討しようとしたのだがあまりにも大雑把な地図で細かい所がよく分からない。時間的には少なくとも富山新港までは行けるのし、伏木までは決して無理ではない〜,とこの時は考えていた。
 

2008年06月21日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

支え人




 クロマツの林と砂浜が美しい浜黒崎海岸は海水浴場としてキャンプ場として市民の憩いの場となっていると思われた。
 だが、進行方向に従って東側から入って最初に炊事棟を覗いて唖然とした。そこは、宮崎海岸からここまであまたあるキャンプ場の中でこれほど汚くて不衛生なキャンプ場はないと言うほど酷かった。




 どう言う神経でこんな使い方が出来るのだろう〜と思うが、1つのグループだけがこんな使い方をしたのではないのかもしれないとも思う。多分,はじめは小さなゴミの取り残しがあってそれが次第に溜まって汚れが酷くなると、それを全面的に掃除しようとする人が出ない限りどんどん溜まって行き、一旦ゴミ溜めと化すと止めどもなく酷くなって行くのだろうと・・。
 ところが炊事棟はもう1つあり、そこには一心不乱に清掃している人がいてそこはこれ以上ないというほどきれいにされていた。声をかけて『向こうは酷いことになってますネ』と言うと『すみません 一生懸命やってるんだけど相棒が休んじゃって間に合わなくて・・』と、あたかも自分の責任であるかのように謝られてしまったので恐縮して少しだけ手伝い、写真を撮らせてもらった。
 白砂青松の海岸とキャンプ場を仕事とは言え美しく保とうと言う人と、汚して省みない利用者との落差をどう埋めて行けばいいのだろう・・。。


 あまり書きたいことではないが、このキャンプ場は『いらっしゃいませ』の歓迎の横断幕の横にどぎつい色で使用規定を大書したものものしい看板があり、禁止事項が高飛車な調子で並べられていた。多分,様々な問題に手を焼いているのだろうと思われるがキャンプ場の雰囲気にそぐわない気がした。


 松林も白浜も海もみな美しいのに・・。
2008年06月20日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

圧巻! 常願寺川のハマダイコン



 旅を終えてすでに1ヵ月半が過ぎ、モタモタしているうちに記憶が怪しくなってきた。こう言う時にデジカメの写真はメモ以上の記録力があって頼りになる。
 だがたとえそれがなくても忘れられない光景と言うものはある。極言すればそう言う強いインパクトを脳に刻み込むことができればそれだけで充分であり、その他のことはどうでもいい瑣末なことに過ぎないと言ってもいいくらいだ。
 常願寺川の土手を埋めつくしたハマダイコンの花の特大群落は今もはっきりと思い浮かべることができる,その忘れられない光景の1つだった。
常願寺川

 8:20,常願寺川の土手に到達。水橋から堤防道路を歩いて20分,道の駅・滑川からは2時間で6.5km。体調が回復したのと荷物が軽いのとでここまでほどよいペースで来た。


 河口を見ると常願寺川の泥水が沖にまで達して海の色とは違う層を成しているのがよくわかり、上市川辺りの沖合いに見えていた白く濁った帯の正体を確かめることができた。 


 河口,0km地点

 河口から200mほど遡って県道1号線の今川橋を渡る。橋から上流の堤防もびっしりとハマダイコンの白い花に埋めつくされていた。



 今川橋を渡るとそこから富山港に至るまでの長い長い松林にそって走る自転車道路が始まる。8:40に浜黒崎と言う名の海水浴・キャンプ場で最初の休憩をとる。
 当初,目的地とした古志の松原はわずか2km先であり旅は大詰めを迎えた・・,筈であった。
浜黒崎海岸


2008年06月20日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

水橋の艀場


 上市川河口・手前/上市川河口対岸

 上市川にかかる魚躬橋を渡って再び海岸線に戻り、なおも護岸壁の上を進んで程なく富山市に入る。
上市川

 上市川上流方向


 壁のすぐ内側のわずかな空き地にも野菜が植えられていたり、狭い地域に不釣合いなほど大きな神社があったりするのを見下ろしながら歩き続けるとやがて水橋と言う町で白岩川と言う川に突き当たってそこで護岸堤が終わる。

水橋の艀場
 川に沿って上流に向かうために左折すると、そこに『艀場』と書かれた常夜灯があり、側に艀場なるものの説明板があった。

 水橋の艀場・常夜灯/説明板

 常夜灯の先から左手に1本の支流が運河のように伸びており、それを越えるためにその運河にかかる橋まで遡ってその橋を渡り、白岩川まで戻って上流に向かう。かつて水橋川とも呼ばれた川は今も重要な交通路のようで、次々と上流に向かう船が見られた。

 白岩川にかかる『浦の橋』を渡って下流に向かい、水橋漁港の側を通って再び海岸線に出る。


水橋漁港
2008年06月19日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

滑川から富山へ・・・日本海海岸線行脚・最終日



道の駅ウエーブパーク滑川

 5月6日(祝代)
 海岸線行脚4日目。前夜は魚津の蜃気楼ロードの小公園で仮眠。4時頃目覚めて簡単に朝食を済ませ、道の駅・ウエーブパーク滑川に移動する。
 青森を振り出しにワンボックスカーで旅行をしていると言う初老の夫婦が朝の支度をしている隣に車をとめる。室内はベッドを置いた生活空間で、後部には炊事道具一式をキチンと収納できる棚が設けられ、ペットの犬と猫がゲージに入れられている。
 最終日なので小型のアタックザックに雨具と食料・飲料,医療バッグだけの軽装で6:20発。5kgにも満たない重さで走れるほどだ。

 道の駅を海側に突き抜けるとすぐに海岸で、その辺りを和田の浜と言う。道の外側は護岸壁で、反対側にはビッシリと家が並んでいて、その多くは漁業関係の業者らしく、おりしもホタルイカを茹でる作業の最中でどこまで歩いてもその匂いがついてくると言う感じだった。


 早朝からの釣りで大きなチヌとメバルを上げた人がいたので写真を撮らせてもらっていると、別の人が『俺のも写してくれ』とわざわざ魚篭から出して広げて見せ、ルアーで釣ったと自慢そうに言った。

 奥の細道・宿場/川瀬屋

 道の海側には高い護岸壁があり、その壁には壁画が描かれ、反対側には立派な生垣があったが、どこまで歩いても高い護岸壁に遮られて海が見えないので、階段を見つけて壁の上に登り、幅20cmほどの細い壁の上を歩く。


 壁の外側は20mくらい先まで厚い波消しブロックに覆われており、さらにその30mほど沖合いにもブロックが積み上げられていて、その間のプール状なった海で釣りをしている人が見えた。
 しかし壁のすぐ外側のブロックには部分的には草に覆われたり木が生えている所もあってブロックの上を人が行き来している形跡はなかったし、壁のすぐ下には大量のゴミが固まっていたりして、海と内陸が1枚の高い護岸壁で隔絶され、内側は外側にまるで無関心であるかのような印象を受けた。

 護岸壁/足元には大量のゴミ
 
 さらに進んで壁の内側の道路がなくなると護岸壁は家々の敷地と海を隔てる仕切りとなり、なおもその壁の上を歩くと嫌でも民家の裏庭を見ながら歩くことになる。荒れ果てた建物は高波などの自然の猛威によるものか、あるいは不況によるものか・・,人々の生活の裏側を覗き見るような心苦しさを覚えながらも廃墟と化した建物の多さに目が吸い寄せられる。



滑川海岸 水橋

 ノンストップで歩いて7:30,上市川を渡る。沖合いに見える白い筋は昨夜の雨水の濁りか・・,常願寺川が近い。


 

2008年06月19日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

旅のスタイル


 滑川市荒俣付近のレンゲ畑
 探し物を見つけた時点で時刻はまだ16時過ぎ,予定した地点に到達してはいたが、時間的にはまだ歩けるので富山市まで・・,と考えていた。だが午後から急に雲が広がり、やがて強い雨になったのでこの日は滑川止まりとして道の駅『ウェーブパークなめりかわ』に落ち着く。
 思いがけず時間が出来たのでR8まで走って給油と買い出し,食事を済ませ、生地港近くの生地第一温泉まで戻って入浴。足の肉刺と左肩前側の皮膚の傷の手当をする。ゆっくり入浴したことで疲労が取れ心身の状態がよくなったせいか肉刺も傷もかなり癒えてきた
 肩の皮膚は前日,ザックのベルトでこすれてベロッと剥げていたのに気づいてリムーブファーストと言うフィルムを張り、その上を絆創膏でカバーしていた。
 このフィルムは傷口をピッタリ覆って空気との接触を完全に遮断する。そのまま剥がさないで置くと内側から皮膚が再生して傷が癒える。擦過創のような傷の場合,にじみ出てくる液をぬぐって皮膚を乾かすことに専念する人がいるがこれは間違いで、あの浸出液こそが新しい細胞の宝庫なのだ。それをフィルムで閉じ込めることによって再生を促すもので、実際回復が早く痛みも軽減される。

 肉刺の場合は中の液がそれで肉刺の皮はフィルムに相当する。なので肉刺も潰さないのが正解である。ただし足の裏の場合は痛くて歩きにくい。彼の人は肉刺ができるのは靴のせいだと思って2万円の靴を買って見たが、靴の良し悪しには関係なく出来ると言い、肉刺が出来たら針を焼いて潰すといいと言った。多くの場合,潰さなくても歩いているうちに自然に潰れてしまう。

 滑川の道の駅に戻る途中の魚津蜃気楼ロードの小公園で海を眺めて休むうちに眠ってしまい、朝まで仮眠する。
 義歯紛失と雨のお陰で後半は骨休めとなった。

 彼(日本一周)の人の話しを聞くことによって、自分が『ウォーキング』ではなく『旅』をしたくて歩き始めたのだと言うことが分かってきた。
 旅は非日常ではあるが、生活の場を家から旅先に移しただけのことで、それ全体は『生活』であることに変わりはない。なので生活しながら歩くこと,即ち食と住に拘って歩きたい。
 少なくとも家=テントを背負って歩き、すべての食事をコンビニ弁当で済ますのでなく、その土地土地で手に入るものを利用して自炊しながら歩きたい。
 そう言う結論に達した時,最初に自分が考えた『縦走スタイル』は間違いではなく、むしろそのスタイルでなくてはいけないのだと気づく。問題は重さの加減であり、彼の言うように10Kg程度に抑えることが出来ればいいのだ。

 テント(家)は夏場はなくてもいいかもしれない。アルプスでも夏はシュラフを持たずゴアのシュラフカバーで済ませている。だがシュラフカバーで地面に寝転がると言うのはいかにも不審者的で印象がよくない。なので1〜2人用のテントに替えるか、フレームを自立させてフライシートだけでテント代わりにする,あるいはツェルトかターフで済ませる等の方法を考えてみた。
 テントとコッフェル,食器でかなりの軽量化が図れる,食料は持ち歩くのをやめてその都度買う,衣類は1回分の着替えでよしとする。夏なら洗ったものをそのまま着て歩く『着干し』と言うことも山ではよくやるし、競泳パンツを下着代わりにして川や水道で水浴びし、そのままズボンを履いて干すこともある。
 軽量化は図るがウォーキングではないので時速5kmものスピードで歩きたくはない。4km/hでも早すぎるくらいだ。
 大雑把な目標は立てるが『〇〇時まで』に『XXまで行く』と言うような目標を立てて自分を縛らない,海岸線行脚と決めたので海岸線に拘るが、往復1時間程度の寄り道を厭わず見るべきものは見る・・,等々。
 徐々に自分の旅のスタイルがかたまってきた。
 
2008年06月19日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

レンブラントアルプス,そして麦秋


 アルプス残照

 レンブラント光線・有明山

 西山に久々のレンブラント光線

 刻々と変わる雲