アーカイブをご覧いただけます。December 2007
山里は 冬ぞさみしさ勝りける
人目も草も 枯れぬと思えば

明日もこの道を通う

タマネギ/ニンニク

今年最後の見廻り。タマネギ,ニンニクよし! キヌサヤは本葉3〜4枚で雪の下に・・。
ハウス内では

今年はブロッコリーもキャベツの成長が遅くて未だ収穫できず。春までじっくり待つ。

ユッコラ&オソレンソウ

ルッコラ&ホウレンソウ・・・ゆっくりと春を待つ。

ルッコラ,ダイコン

ハウスも雪の中に眠る

私の感じ方のズレにはもう一つの要因がある。私の家にはたくさんのヤモリがいたが母親はヤモリがあまり得手ではなく、まぁ当時の人達のごく一般的な反応として『どっかへやって!』と言う素振りを見せる。すると父親は100年の敵にでも出会ったかのように蝿タタキで叩き落として殺してしまうのである。今で言えばゴキブリをやっつけるのに似ている。
つまり『家守』としての部分はおろか小さな昆虫などを捕食してくれると言う部分さえ教えられず、必要以上に忌避されてしまったのだ。その存在と働きはツバメと変わらないのに、その姿形ゆえにである。こういう教育の結果、当然ながら子ども達は偏見を植えつけられてしまい、ヤモリを『可愛い』などとは思わなかった。
しかし、ひっくり返って腹を見せている姿や広げたままの5本の指を見るとさすが可哀想で自分では殺す気にはなれなかったし、多分,母も殺してほしいとまでは思っていなかったと思う。
子どもの頃,私達はヤモリに限らず、スズメやトンボ,蝶,フナやドジョウなど,色んな小動物を殺しながら育ってきた。直接,間接を問わず、殺すと言う生々しい場面を通して生命を見てきたのだ。

ブログでのヤモリ談義をきっかけにネットでヤモリのことを調べて見て『可愛い』と言うのが少しだけ分かるようになった。特に『目がかわいい』と言われて初めて目のアップ写真を見た。変わった目をしていてなるほど可愛いと納得する。
そしてここから先は多くの愛好家と同じようにヤモリを見るようになるのかもしれないと思った。(ペットにする気はもちろんないが・・・。)
が、私にはやはりあのいっぱいに広げた5本の指が印象深い。そしてそのことを思い出した時,実は自分もその当時からヤモリのその指の表情や獲物に近寄る時の体をくねくねさせて動くしぐさにものすごい共感を覚え、魅力を感じていたのだと言うことに気がついた。それゆえに自分はヤモリを殺せなかったのだと分かった。この発見はちょっとした驚きである。 続く

書いているうちに始めに感じた異和感が少しはっきりしてきて表題を『ヤモリと一緒に暮らしていた頃』と改めた。断っておくが、私はヤモリを可愛いと感じたり、ペットとして飼育することを非難しているのではなく、あくまでも感じ方の違いを述べているのであり、あるいはそこに共感してもらえる部分があるかも知れないと言う期待もこめて書いてもいる。
戦後間もない頃,昭和20年代から30年代のはじめ頃,その頃の家屋は今のようにサッシュでピタリと締め切ることのできる家ではなく、障子の外側に雨戸と言うものがあって雨戸の外はぬれ縁になっているものが多かった。
夜は雨戸を閉め、内側から閂をかけて寝る。朝になると雨戸を開けることから1日が始まるのであるが、雨戸を開けるのは子どもの仕事だ。雨戸は1本レールで端に戸袋と言うものがあってここに雨戸を収納するのである。
朝,雨戸を開けると鴨居からヤモリがポトリと落ちてきたり、夕方勢いよく閉めた雨戸で柱にへばりついていたヤモリをぺしゃんこに潰してしまうと言うことがままあった。あるいは当時は夜になると蚊帳と言うものを張って寝たのだが、天井にいたヤモリが蚊帳の上に落ちてきて大騒ぎになったりもした。
ヤモリはこのように常に私達の身近にいて人間と一緒に暮らす生き物だった。つまり飼うものではなく勝手に住み着いて人間と一緒に生活する者だったのだ。

人間が住んでいると、灯りを求めて小昆虫などが集まってくるのでそれを捕らえて生きていたヤモリにとっても人の住む家は住みやすい所だったのであろう。
こちらが招いたわけでなく向こうから勝手にやってくるということは、彼等にとってその環境が好ましい所だったと言うことに他ならない。わざわざ飼うための環境を用意しなくても家そのものが最も彼等に適した飼育箱だったと言うことである。
今のようなサッシュぴったりで機密性が高く、従って換気が悪く、暖房が効いてそれゆえ結露やカビに悩み、シックハウス症候群に脅かされる快適(?)な暮らしに比べると、隙間風ビュービューで雨戸もガラス戸もガタピシだったけど、それでも充分暮らせていた。
ヤモリだけでなく、ネズミやヘビやヒキガエルなんぞも一緒に暮らしていてそれらが適度にお互いを捕食し合ってうまくやっていた。ツバメもそうだ。
花粉症とかシックハウス症候群なんてものは聴いたことがなかった。

ネットを見ていると『我が家にヤモリがいた』ことが飼うきっかけになったと言う人の記事がけっこうある。そのような家にはきっと彼等にとって住みやすい何かがあるのではないかと思う。そしてそれはそこに住む人達にとってもいいものに違いないのだろうと思う。そういう家に住んでいる人が羨ましい。
できれば狭い飼育箱に閉じ込めるのでなく、家全体を飼育箱として彼等が住みやすいように家の環境を整えてやってはどうかと思う。 続く

ひょんなことから交信中のあるブログでヤモリが話題になったことがある。そのブログへのコメントでヤモリを『守宮』と書くと言うことを知った。ついでに言うとイモリは『井守』と書くのだそうだ。
『ヤモリが可愛い』とおっしゃるそのブロガーの方の感覚と私のヤモリに対する感覚に微妙なズレがあることに気づき、『ヤモリってそんなに可愛いかったかなぁ〜』と思ってネットで調べてみて『ヤモリ愛好家』が多いのに驚いた。
日本のヤモリだけでなく、沖縄や諸外国の類似の品種をそろえて飼育し、『ヤモリ通信』なるブログを発信している人までいて、世間の多様さに改めて驚ろき、かつおののいている。

今仮に、天井からヤモリがポトリと目の前に落ちてきたとして、『キャッー!』と悲鳴を上げる人と『まあ 可愛い!』と眼を丸くする人とに大雑把に分けるとすると、悲鳴を上げるか逃げ腰になる人の方が多いのではないかと思う。
私や私達の世代以前の人達にとってのヤモリのイメージは『グロテスク』と言うほどではないにしても、あまり親密にしたくなる相手ではないような気がする。
が、一方では『ヤモリが住んでいる家には悪いことが起きない』などと言われてもおり、決して忌み嫌われる存在でないことも確かだ。
日本だけでなく、東南アジアでも『赤ちゃんが生まれる時,ヤモリが鳴いたら(鳴くんだ!)その子は幸せになる』と言われたりもしているそうだ。
要約すると、ちょっと気味悪いけど決して悪い奴ではない,むしろ家にいてくれると何かしら縁起がいい存在というところか・・・。
これに私的見解をつけ加えれば、灰色でヨチヨチくねくねで 5本指で一見気味悪いけど、よくよく見ると愛嬌があってけっこう可愛くて憎めない奴・・・,と言うことになる。
彼の動きを観察していると、獲物の蛾や蜘蛛を狙って移動する時の動作は意外と素早い。くねくねっと体をよじりながら素早く数歩歩いて間合いを詰め、ピタリと止まってまた狙う。
そうやって獲物をし止めるのだが、この間の彼の動きは決して俊敏さや獰猛さとは無縁でむしろぎこちなく幼稚と言ってもいいくらいなのだ。
5本の指をいっぱい広げたその指の広げ方は大真面目で真剣そのものなのだが、その真剣さとは裏腹の動きの幼稚さがアンバランスでそこが可笑しいのだ。
私がヤモリに愛嬌を感じるのはその点なのだが、当のヤモリにとっては生きるための真剣な戦いの姿であることは言うまでもない。笑っては失礼になるかもしれない。
だが、やっぱり可笑しい!
彼は決して獰猛なハンターではなく、ハエや蛾などのうるさい虫を退治してくれるお抱えの掃除屋さん,そして我が家の幸福を見守ってくれる『家守』なのだ。続く

ネイチャーツアー,思いっきり雪遊び,雪中キャンプ,雪山トレッキング・・・,子どもからおとなまで、雪のフィールドで思いっきり遊んで、森を知る,動物を知る,雪を知る・・・,大町市『森のくらしの郷〜千年の森』でこの冬もパワフルに展開されるユニークなイベントの総案内ナノダ!。

第1弾〜冒険教室特別版『北アルプス白銀の森のネイチャーツアー』・・・1/19(土)
〜冬の生き物たちの生命力に出会う〜
雪の森でしか見られない、感じられないことがいっぱいあるんだ! 厳しい冬に耐えているその仕組みを学ぶだけでもおもしろいけど、雪の上で行われる生き物の生活ぶりが全部白い雪に記録されているから、それをたどることで、森の樹木や野生動物を十分感じることが出来る。今回は都会から来た自然が大好きなお兄ちゃんお姉ちゃん達がみんなを森の中へ案内してくれるよ!
◆ 対 象 小学校4年生以上〜大人
◆ 集合解散の時間 10:00 集合 14:00解散
◆ 集合解散の場所 「森のくらしの郷」入り口
◆ 参加費 無料
◆ 他は、いつもの日帰りと同じです。(次項参照)

第2弾〜おおまち雪まつり協賛『雪のネイチャーツアー』
2月24日(日) 9:00〜12:00
集合・解散 大町温泉郷観光協会前
白銀の森を、スノーシュー(西洋かんじき)をはいてゆっくり歩きます。雪は、この時期しか歩けないようなところにすいすい僕らを案内してくれます。静寂な森では、雪の上にはリス、テン、カモシカ、サルなどの動物たちの足跡やいろんなものを食べた痕がいっぱい。動物たちの息遣いを感じるように思えます。一番よく出会えるカモシカの場合、今回のコースで遭える確立は50パーセントです。
スキーウェアにスノーブーツなどの雪の上を歩ける服装でご参加ください。
スノーシューはこちらで準備しています。(無料)
持ち物:雨具・おやつ
参加費500円
対象 小学1年生〜大人まで

第3弾〜千年の森自然学校「冬のイベント!」
今年も山は銀世界へと変化しました。気温が下がり、小屋の中でコーヒーを飲んで縮こまる大人達。それを尻目に、雪に突進しながら遊びまわる子ども達のバイタリティといったら!かまくら作って、雪合戦して、夜は暖かいお鍋を囲む・・・これぞ自然の用意してくれたエンターテイメント!大人も思わず童心にかえる最高の季節です!
その1〜1/13(日)三連休中日 ひたすら雪遊び!
待望の雪の季節が始まった! まずはとことん雪あそび!カマクラやソリ、そして雪の斜面にジャンプ!雪はこの時期しか味わえないので思いっきり遊ぼう! 昼は暖かいお鍋を楽しもう。

その2〜2/9(土)〜11(祝)もりくら冬親子キャンプ
三連休で雪中キャンプやります。(小屋泊) 今回は本格的な冬の森の遊びと学びを体験します。雪の上に残された足跡を追って、動物を追跡する。新しい足跡さえ見つけられれば、その先に動物がいる可能性大!(高学年・中高生・大人には地図やGPS、天気図など本格的な講習をやります。) ソリやクロカン、スノーシューもやるし、2日目の夜のスノーパーティは幻想的。日帰りでも1泊でも2泊でもOK!子どもだけでも、大人だけでも、ご家族でもOK お待ちしています。

その3〜3/15(土)前越平へトレッキング!
見通しの良くなった森の中、かんじきやスノーシューを履いて前越平までトレッキング!また、夜20:00からは大町温泉郷で雪祭りをやっているので、みんなで見に行くのもいいですね。
参加要綱
◆対 象 小学校1年生〜大人まで
◆集合解散 森のくらしの郷 三棟の小屋前
(大町エネルギー博物館手前の橋を渡って左の前越林道へ入ります。)(雪で入れないときは入り口にて集合・解散)
日帰り行事の時:当日9:00/16:00
キャンプ(宿泊行事)の時:初日13:00/最終日11:00
◆参加費 日帰り:1人1000円(親子参加の場合1人500円)
キャンプ:1泊2日1人3000円 2泊3日1人5000円
◆持ち物 昼食の主食(おにぎりなど/日帰り行事のとき)雨具、汚れてもいい服装。(これからの冬場はスキーウェア) 手袋、帽子 持ち物は必ずザック(ナップサック)など両手の開くものでご持参ください。あれば寝袋(キャンプの場合)
※宿泊の場合は必ず1週間前までにご連絡下さい。
保険の関係で対応できない場合があります。
主催 千年の森自然学校 〒398-0001長野県大町市平2811-8(大町温泉郷入り口「いろり」2階)
咳が止まらなくなって2ヶ月に及び、ついに半袖を諦めた。自分の感覚では半袖でいても寒くはないのだが、咳をしながら半袖でいるのはどうにも格好がつかなくてやむなく2枚目を着ることにした次第。たった1枚の重ね着でも肩が凝るのに閉口している。
薄手の長袖シャツを1枚羽織ると幾分咳が和らぐところを見ると、寒いと感じていなくても皮膚への寒冷刺激が咳の引き金になることは確からしい。かと言って長袖を着たら咳が止まったかと言うとそうでもない。
30代で冬山に登るようになってから、耐寒訓練の意味もあって年内は半袖で通してきたので、12月中に長袖シャツを着たのは30数年ぶりなのだが、冬中半袖で通していた訳ではもちろんなく、年が明けてから2枚着ていたのを1ヶ月前倒ししたと言うだけのことだ。
けれどもいつの間にか『あいつは真冬でも半袖だ』等と言うデマが飛び交い、虚像が振りまかれたりする。世間には本当に真冬でも半袖1枚で颯爽と自転車に乗っている人もいるのだから、そう言う『本物』の人に対して失礼な話しだ。
自分は寒さには人より少し強い方かも知れないが、信州の人には寒がりさんが多く、私から見れば異常に寒がるような気がする。一般に寒い地方の人ほど寒がり、逆に暑い地方の人ほど暑がる傾向があるように思う。
自分は暑さにはからっきし弱いので、夏は涼しい山の上に逃げることにしている。

大町市の『千年の森〜森のくらしの郷』に点在するツリーハウス。中央の木は直径30cm程のカラマツ。その木の幹に6本の角材を金属バンドで縦に固定し、それぞれの角材がホオヅエを立ち上げて水平方向の角柱を支える。この角柱の上に床を張り小屋を建てる。

小屋の広さは約3坪。全体を6角形にするのは出来るだけ少ない重量の木材で出来るだけ広い空間を確保するため。因みに四角形は効率が悪く、一番いいのは円形なのだけどそれでは作業が難しく、円形に近い8角形でも複雑すぎるので6角形と言うことになるのだそうだ。
こんな風に直立した木に垂直に重量がかかるので木の耐重性(?)は意外と大きく、3tくらいまでは耐えられるとか。このハウスの場合は総重量が約500kg,屋根に雪が積もった場合でも3tになることはないらしい。

ここで炊事などの仕事をする。2階の小屋にはハシゴを使って上がる。小屋は結構広くて快適な空間で、屋根裏にはベッドをしつらえて休むことが出来るようになっており、ベランダもある。

木が風に揺れると小屋もゆったりと揺れる。その揺れを楽しむのだそうだが、カラマツは捩れの強い木なので捩れるように揺れるとか・・。
新コミュニティー『千年の森』を立ち上げました。まずは森のくらしの郷のご紹介から・・。
『森のくらしの郷』って? ・・・森のくらしの郷HPより
森のくらしの郷は北アルプス山麓に広がる300ヘクタールの山林です。
高瀬川の広々とした河原から、岩魚の棲む渓流、ナラなどの美しい広葉樹の林、山頂部には巨木の森やアルプスの展望台といわれる標高千数百メートルの高台もあります。
このような広大なエリアで『新しい森林づくり』をめざして、従来の林業の枠を超えた森と人を育む森づくりを提唱し、様々な取り組みを行っています。
会員制でツリーハウスやキャビンを建てて、週末の山遊びを楽しむ人たちや、学生や子供会が四季を通じてキャンプを行い、そこで山や沢のトレッキングや林業体験、山菜やきのこ採りなど様々な森の遊びを楽しんでいます。森のくらしの郷は、こういった自然体験活動を安価で行っていけるよう、援助しています。
管理された箱庭ではない荒削りな自然を自由に楽しみ、『森と人が育み合う』・・・,それが森のくらしの郷です。
シン(新・信・親)林業を目指して
森のくらしの郷は、従来の林業の枠を広げ、森林の価値を総合的に高め、森林を保全していくことを最大の目的に始まりました。この300ヘクタールに広がる森林のうち、植林された林地は、人の手によって適正に育てて行かなければ、緑のダムとしての使命を果たせなくなってしまいます。

また、自然環境教育の重要性が問われる中、箱庭的な体験ではなく、大きな自然の中でこそ感じ、学び取れるものを提供できる稀有の森であると確信しています。そして、これらが調和し生業として成立した林業こそ、森と人とが育み合う、シン(新・信・親)林業であると考えます。
ここでは森の番人などの会員制度を柱に、大自然を安価に楽しめる場づくりを行いながら、今後の『森と人』の関りのあり方を模索してまいります。皆様のあらゆる形でのご参加をお待ちしています。

森と人の新しい絆を求めて
ここでは、川から水を汲み、薪を拾って火を得ます。
木を傷めれば、土が流れ下流域の洪水に,水を汚せば、誰かの水道水に入って行くことを学びます。
それは、やがて森を育て、自然を守って行くことへと繋がっています。
『ああ、僕らは一つの循環の中にいるんだな。』と・・。
ここは、学校でも図書館でもありません。 自らの五感に飛び込んでくるものにふるえ、驚き、感動するための森です。
みなさんに、夢に見るような自然体験をしていただけるよう、すべてのお手伝いを致します。
ここには、そんな僕ら=森のインストラクターがいます。

森の支配人:朝重幸治さん

子どもが主役の自然体験〜千年の森自然学校
自然の中で自分の力で生きること・・,それは、普段の生活を見詰め直し、自ら独立することを体感することでもある。
そしてひとりでは到底やっていけない環境が、大切な仲間を創ってくれる。
自然と人間とはそうして育みあってきた。
『森のくらしの郷』HP
http://park10.wakwak.com/~morikura/index.html
ブログ『森くら囲炉裏端』
http://iroribata.morikura.com/
コミュニティー『千年の森』は、『森のくらしの郷』に集う仲間を募ります。
色のない季節の中で,ウスタビガの繭は目立つ。冬枯れの薮山をあっちこっちと這いずりまわって、一昨日は20個あまり,今日も10個ほど見つけた。
この色と形が大好きで、私は毎年,毎年,この繭を愛でる。ある時はリースに組み込んでみたり、またある時は正月の門松をつくった時の飾りにしたり、ただ花瓶に放り込んでおいたり・・。

自作の門松・・『七笑い竹』。写真が小さすぎて見えないが、この中にやまびこをあしらってみた。
東北のある地方ではこれを『やまびこ』と称して火事除けのおまじないにするところがあると聞く。『やまびこ』とは何ともいい響きではないか・・。
本当は夏の頃からそこにあるのに、山が裸になるまでは誰も気がつかない。その方が嬉しいと言うことを知ってか知らずにか,季節は粋な演出をしてくれる。
律儀なその演出には、律儀に応えるのが礼儀と言うものでありましょう!

登波離橋/登波離橋由来

登波離橋は十針橋,妬張橋,妬割橋等とも書く。それは、妾妻きよ女が正妻ふじ女をこの橋から突き落として殺そうとしたことを察知したふじ女が、自分ときよ女の袂を十針ほど縫い合わせておいたため、突き落とされたふじ女と共にきよ女も谷底に落ちて死んだと言う伝説に由来するもので、以来この谷には一身二頭の蛇が現れるようになり、また1本の根に2本の幹を持つ松が生えるようになったなどと言われ、他にも鳥放橋,蛇橋等の異名を持っている。
この橋は谷川にかかる橋ではなく、ここまでの尾根の東面に連続して見られる大崩れによって出来た崖と崖を結ぶ橋である。誰によっていつ架けられたかは定かでないが、往昔から数度の架け替えが行われており、現在の橋は1976に架けられたものである。

田ノ入遠望/旧白駒城址

はるか彼方にこ一連の大崩れの基点である田ノ入峠の崖を望む。登波離橋は大崩れの一方の端に当たり、両者間は直線距離にして2kmを越えると思われる。
白駒城は樋口行時(鎌倉時代),正妻ふじ女,妾妻きよ女等の居城。

展望台方面/展望台

途中にあった展望台。下の写真の中央右の崖が展望台のある位置。左の2つのピークの部分だけは東斜面に大きな崩れが見られない。道はこのピークの西(裏)側を迂回している。

この辺りの地名が面白い。小実平は『こじっぺ』と読む。では有明は・・・? 『ありあけ』ではなく『うみ』と読む。『うみょう』⇒『うみ』となったのだろうか・・。
14:10発。八代峠に向かって元の道を引き返す。14:30,車道から山道へ入り、15:15八代峠着。
今日は小雨後小雪,その後晴れて暖かだったり曇って寒かったり・・,ぶっつけ本番で予定外の登波離橋まで足を伸ばして奇勝,景勝を楽しみ、ほどよい行程でいい汗をかいた。
高台から登波離橋遠望
諏訪神社の少し東にあるゲートボール場を兼ねた公園に下山用の車を停めておいた。その公園に着いたのが11:50。ちょうどいい時間となり12:30まで昼食休憩。
午後の時間がたっぷり空いたので、東山丘陵の尾根を横断する切通しのある八代峠に移動し、登波離橋までのハイキングコースを歩くことにする。その登波離橋はこの高台から見えている。

八代峠/登波離橋へ
八代峠発12:52。階段を登って7つ目,8つ目の崖の縁を歩く。こちら側からも諏訪神社のある高台がよく見えているが、その先には大きなピークが2つあり、道がその西側を巻くようについているので崖の様子はしばらく分からなくなる。
落ち葉が分厚く積もった快適な道なのだが急な登り下りが結構あり、濡れた落ち葉が意外と滑りやすい上に表面の土も粘土を練ったような状態で何度か転んだ。

20分ほど歩いて2つのピークを越えると『⇒展望台』と言う標柱があり、崖っぷちから東側を見ることが出来る場所に出る。

展望台はハングの上/登波離橋近づく
展望台と言っても崖の上にちょっと張り出した部分に松の木が生えているだけでその下には何もない。しかし、そこからは登波離橋方面に向けて崖が連続している様子がよく分かった。
13:25,突然山道が終わって非舗装の車道に出る。これは池田町相道寺から登波離橋を渡って生坂村に至る道で、この道を20分歩けば登波離橋である。13:55着。

ここまで山道/登波離橋
土柱の足元を廻って北側の尾根に這い上がり、土中を背景に記念撮影するも折悪しく逆光になってしまった。

逆光/東に25〜30°傾く地層
フォッサ・マグナの隆起が始まる以前は新潟から長野市辺りまでが入り込んでいた入り江に、北アルプスから直接川が流れ込んでいたと考えられている。北アルプスの山麓には、西から東に向かって広がる大扇状地が連続しており、継子落しのある地域もその一部だったものが、その後隆起したものと考えられる。
この一帯の地層は握りこぶし大から人頭大の礫を含んだ砂礫で、この礫は北アルプスの中南部から運ばれて来たものであると言われ、厚さは500m以上もある。扇状地では水は浸透して枯れるが、扇状地の末端部で湧出していわゆる安曇野の湧き水となる。
北アルプスからの流れは平野部に出ると急に勾配がゆるくなって砂利の運搬力が弱くなり、大きいものから徐々に堆積して行くので、礫の大きさから大まかに流れの強さや勾配が推測できる。近くの大峰山には50cm以上の巨石が運ばれているところから相当なあばれ川だったと推測されるが、犀川方面に進むにつれて礫層が次第に少なくなり、やがては泥岩を含んだ砂岩に変わる。それは、礫層よりも穏やかな堆積で、おそらくは湖のような静かな水中であったものと推測される。
継子落しや登波離橋の奇観は80万年前から始まったフォッサ・マグナの隆起の中で形成された大峰帯の隆起に伴って出来上がったものと考えられる。
11:20発,第3の崩れの上からママコザウルスを覗き込み、第4の崩れの縁を辿って進むと道が東に折れ、左手の壁に上がって北を望むと第5,第6の崩れを見る。

やがて道が下り始め、『魔々心落し』の標識を見る。時間が早いので諏訪神社先の公園まで下って昼食を摂ることにする。
11:40,建築中のレストランまで下る。今日も犬達がやかましく出迎えてくれ、つられてオーナーも出てきたので挨拶して歓談する。

継子落しのスリバチの底をを上から覗くと侵食された際に残った部分が恐竜の背のような形状を呈している所がある。越さんがこれに『ママコザウルス』と言う絶妙な名前をつけた。

23日予定の月例山行は悪天候のため中止となり、1日ずらして翌24日にグループ山行として実施。そのため、参加者は当初予定の半数以下の5名とになった。

大穴山三角点にて/大穴大明神泉福寺

12月24日8:57,クラフトパーク出発。パラパラと小雨があり、しばらく後に小雪に変わる。9:35,尾根歩きコースに入り10分で大穴の崩れを見て通過。さらに10分後,地図を見ていた篠さんが大穴山に三角点があることを発見し、ここで記念撮影。薮山には珍しい二等三角点だった。
10:10塚の原古墳を見る。古墳は大穴山の直下にあり、この古墳をまっすぐ下った所に大穴大明神・泉福寺と言う大きな寺がある。
(但し,お寺の図で見ると三角点のある山は茶臼山である可能性もある)

土中を真下から仰ぐ/土中の根元を通過

土中の肌は礫
10:20,予定より40分も早く田ノ入峠に着く。そのまま田ノ入城址のある継子落しの大崩の縁に出てそこから縁に沿って進み、2つ目の大崩の途上にある土柱の根元をずり落ちそうになりながら強行突破して土中の南側から北側に出る。

ママコザウルス/何の実なんだろう?

モンゴリナラ定点撮影,春/モンゴリナラ黄葉/晩秋
海上の森をはじめ東海地方ではよく『モンゴリナラです』と説明を受けることがあるが、モンゴリナラは正体不明の木である。
ブナ科の樹木でミズナラやカシワによく似ているが、葉っぱの鋸歯が大きく深く、葉の裏にカシワのような毛はなく、またコナラと違って葉柄がほとんどないので葉が枝に直接ついているように見える。ミズナラと違ってドングリの先端がへこむ登言う特徴がある。

黄葉/ドングリ

モンゴリナラについては独立種とするもの、ミズナラの低地型とするもの、ミズナラの原種とするものなど諸説が入り乱れていて、専門家の間でも定説はない。
『レッドデータブックあいち』では『現在のところまだ個体数は多く、場所によっては優先種になっているが、分布域全域にわたって宅地造成、工場用地造成、珪砂の採掘など強い開発圧にさらされており、その点で将来の存続が懸念され』としているが、紺屋田の森のモンゴリナラはまさにそのすべてに当てはまっている。

トウカイモウセンゴケ/花

イシモチソウ/ミミカキグサ

ギフチョウ/卵

オオタカ/ハッチョウトンボ
モンゴリナラ:(愛知)準絶滅危惧/(全国)リスト外
サクラバハンノキ:(愛知)リスト外/(全国)準絶滅危惧
シデコブシ: (愛知)絶滅危惧類 /(全国)絶滅危惧類
イシモチソウ: (愛知)絶滅危惧類/(全国)絶滅危惧類
サギソウ:(愛知)絶滅危惧類/(全国)絶滅危惧類
ウンヌケ:(愛知)絶滅危惧類/(全国)絶滅危惧類
ギフチョウ:(愛知)絶滅危惧類/(全国)絶滅危惧類
ヒメタイコウチ:(愛知)絶滅危惧/(全国)リスト外
オオタカ:(愛知)準絶滅危惧/(全国)絶滅危惧類
ハイタカ:(愛知)準絶滅危惧/(全国)準絶滅危惧
ツミ:(愛知)準絶滅危惧/(全国)リスト外
ヨタカ :(愛知)準絶滅危惧/(全国)リスト外
フクロウ:(愛知)準絶滅危惧/(全国)リスト外
コサメビタキ:(愛知)準絶滅危惧/(全国)リスト外
サンショウクイ:(愛知)準絶滅危惧/(全国)絶滅危惧類

ベニマシコ/マキノスミレ/ハッチョウトンボ

ホフマンの森(印所・紺屋田の森)は、瀬戸市の中心市街地に唯一残された豊かな里山生態系の息づく森で、オオタカをはじめ、ギフチョウ,サギソウ,イシモチソウ,トウカイモウセンゴケ,ハッチョウトンボ,トウキョウサンショウウオ,モンゴリナラ等の希少生物が棲息し、また、『ホフマン工事』を今に伝え、鎌倉期の古窯等の文化遺産も残る貴重な県有林である。

この事業は、住宅地や幼稚園,老人施設に隣接した開発であるにも関らず、住民に対するキチンとした説明がなく、瀬戸市と愛知県は準公共事業として特例扱いで条例による手続きをも免除し、里山の希少種の調査はせず、文化財の調査も不充分なまま開発を容認している。

トウカイモウセンゴケ/モンゴリナラ

この森のホフマン工事跡の残る斜面の反対側斜面,15haの森が硅砂採掘の露天掘りのために消える。
すでに保安林『予定解除』を経て鉱山開発波始まっており、ホフマン工事の山頂から十数メートル先にはフェンスが設けられて立ち入り禁止となっている。近い将来,このフェンスから先の山はスッパリと削られてなくなるのだ。

フェンスの奥に/許可表示

ここから奥がなくなる

また、印所・紺屋田の森は土砂流出防備保安林であり、かつては近くの住宅地で土砂災害による犠牲者が出たこともあることから、地元住民ら1400名に及ぶ反対意見書が提出され、公聴会が開かれたが、林野庁波開発を認めた。
その後,開発地からは市内最大級の古窯が発掘されたが、一般公開もされないまま開発が進められ、古窯は失われた。

10時から燻製づくり開始。はじめの2時間は煙をかけずに熱する。300〜600wの電熱器2個を並べて50〜60℃に保つ。
2段式なので1時間ごとに上下を入れ替える。また網の上の位置も30分ごとに左右,前後を並べ替える。

2時間後から桜のスモークウッドで燻煙開始。煙をかけながら徐々に温度を上げて70℃に調整する。電熱器の上にトレイかフライパンを置き、点火したスモークウッドを置いて燻す。
1本のウッドを2つに折って同時に燻すと煙の量が多くなるが早く燃え尽きる。普通,1本の端に点火すると1時間くらい持つ。
同じように並べ替えをして5時間目からリンゴのウッドに切り替えた。

電熱器の上に置くトレイが厚いと熱が伝わりにくくてスモーカーの中の温度がなかなか上がらない。木製のスモーカーは隙間だらけなのでよけい上がりにくい。
去年は卵焼き器を使ったので温度を上げるのに苦労した。おまけに長時間連続加熱で卵焼き器に穴が空いたので餃子焼き専用のフライパンを使ったら鉄板が厚いので益々温度が上がりにくくなった。
今回はトレイを忘れたので魚を焼く網を使った。網と言っても鉄製のトレイの上に魚を挟む網が乗ったもので、トレイに火を通す穴が切ってある。これだと歩の通りがよくて容易に50℃から70℃まで上げることが出来た。

焦がした/味は上々

だがこれが失敗の元だった。バラ肉から滴る脂がトレイの隙間から電熱器の上に落ちで燃えてしまうのだ。脂が燃えるとススが出て肉の表面が黒くなってしまう。いつもながら、いかに脂を燃やさず温度を上げるかに悩まされる。木製スモーカーの限界と言えそうだ。

野焼き

豚バラ肉8ブロック8.5kg

赤身側

脂肪側
冷蔵庫で1週間熟成させた豚バラ肉,8kg。これから塩抜き作業。

水洗いして

塩・胡椒を落す

脂肪側も
細い流水で3時間洗い流す。

細い流れをつくって

3時間流す
上の槽を左に傾けて溢れる水が下の鍋に落ち、鍋から溢れて流れるように工夫する。蛇口の水が直接肉をたたかないよう皿を入れた。
この細い流水で3時間塩抜きする。途中で上下の槽の肉を入れ替え、また、同じ槽の中の肉塊の位置も時々変える。
3時間後

塩抜き完了。これから冷蔵庫で一晩乾燥。

現地見学の3つ目は、2005年の『愛・地球博』の会場として開発の対象となった海上(かいしょ)の森。
海上の森は、愛知県瀬戸市の海上町を中心に広がる里山&森林。都市部のすぐすそばにありながら、1000種の植物,2000種の昆虫,130種の野鳥が生息し、豊かな生態系を構成している。
シデコブシやモンゴリナラ等,東海地方固有の植物やギフチョウ,オオタカ等の希少種,30種以上のレッドデーター記載種等,『絶滅の恐れのある動植物』が息づいているホットスポットでもある。

日本の山里の原風景とも言える景観
海上の森は愛知万博の際に開発の危機に瀕したが、『自然の叡智』と言うテーマに反する開発に異議を唱える多くの人達の力で大きく守られた経緯がある。
今,この海上の森のシンボルとも言える『屋戸橋前の森』が4車線道路の建設でで大きく壊されようとしている。
今年11月1日から『環境行政団体』となった瀬戸市は、名古屋市と共に2010年の『生物多様性締約国会議』の開催を誘致している。その理念に反するこの計画に批判が巻き起こっている。

里山楽会『境界線』12月山行は、池田町のクラフトパークから継子おとしを経て夢農場へ至る東山丘陵の尾根コースを歩きます。
計画は以下の通り。
里山楽会・境界線,12月山行
東山丘陵尾根歩き〜継子落しをめぐる・・・07年12月23日(日)雨天,無期延期
里山楽会・境界線の12月山行は、12月4日の例会において、内容を『郷土の山・里をめぐる散策』と決定し、コースの具体化を事務局が受け持つと言うことになりました。これを受けて12月16,18,19日の3度にわたって現地調査を行い、以下の通りのコースを設定させて頂きましたことをご報告し、ご案内致します。
コースは、池田町クラフトパークから東山尾根歩きコースを辿って田ノ入峠まで歩き、峠から継子落しの全体を見た後、継子落しの土柱の側まで移動して昼食・休憩。午後は、東側が大きく崩れた尾根を歩いて夢農場近くの池田町三郷にある諏訪神社に下ります。諏訪神社からは車で広津・陸郷の名所,旧跡をドライブしてまわり、最後に生坂村の乳房イチョウを見学して白鳥湖に戻ります。
なお、クラフトパークから下山用の車を配車するため、1時間ほど待つことになります。また、登山口の車の回収は、白鳥湖で解散した後になりますので、予めご了承下さい。
日時;2007年,12月23日(日) 雨天、無期延期
コースと見所;
東山丘陵・尾根歩きコース,池田町クラフトパークから継子落し経由,諏訪神社。および
陸郷・広津の名所旧跡と乳房イチョウ見学ドライブ
集合;場所:安曇野市御宝田・白鳥湖駐車場・時刻: 8時00分
解散;場所:安曇野市明科・乳房観音駐車場 時刻:16時30分頃(解散後,車を回収 ⇒クラフトパーク)
コースタイム;
8:00白鳥湖8:10 ⇒ 8:30クラフトP(配車 ⇒ 8:55諏訪神社P9:00 ⇒ 9:25クラフトP)9:30
⇒ 9:50尾根歩きコース10:00 ⇒ 10:20大穴崩れ10:30 ⇒ 10:50 塚の原古墳11:00
⇒ 11:20田ノ入峠11:30 ⇒ 12:00継子落し・昼食休憩13:00 ⇒ 第3〜第4崩れ
⇒ 14:00諏訪神社14:10 ⇒ 陸郷・広津名所旧跡ドライブ ⇒ 15:30乳房観音15:50
⇒ 16:10白鳥湖/解散16:20 ⇒ 16:40クラフトパーク(車回収)/解散
服装・装備;
上着・長袖シャツ/ズボン/下着類/保温着、防寒着/雨具/登山靴,軽登山靴/靴下/スパッツ/手袋/帽子
※山道には雪があり、ぬかるんでいたり滑りやすい所、断崖の縁や急斜面などがあるので、足ごしらえをしっかりすること。
※保温着,防寒着,雨具の用意には万全を期すこと。雨具はズボン+上着式、傘も有効。手袋,帽子着用のこと。
持ち物;
ザック&ザックカバー/弁当/水筒・飲料水,1.5ℓ程度,温かい飲み物があるとよい/非常食/ビニール袋/タオル/その他(ハンカチ、ティッシュ,磁石,地図,時計,現金,その他は必要に応じて)
参加資格、条件;小学生以上で3〜5kgの荷を背負って6〜7時間程度歩ける人。
参加費;会員:無料 非会員:200円 内訳;事務費
交通費の分担について;
白鳥湖から搬送経路を経て白鳥湖に戻る間のガソリン代を参加者全員で負担しますのでご協力下さい。
1km当たりのガソリン代を30円とし、これに総キロ数を乗じたものを合計して参加者で分担します。小学生以下は大人の3分の2、幼児は無料とします。
申し込み・締め切り;12月21日(金)

謎を解く手がかりか・・・/鹿が這い上がる
もう1つ課題が残っていた。それは次々と現れる崩落跡の道をそのまま行けばどこに出るのか,それを突き止めることである。尤もそれは、池田の町から夢農場のある三郷へ行く道が東山丘陵を横切っているので、その道が尾根を越える切通しのある八代峠に出ることは自明であり、調べるべきは前日引き返した地点から八代峠までの距離と道の様子だけである。
その八代峠の道脇に車を停めて切通しを登ろうとすると、鹿が爪を引っ掛けて這い上がった跡が明瞭に見られた。道路によって尾根筋の道を断ち切られた獣達は否応なく道路に下りて渡らされているのだろう。真新しい爪あとがそれを物語っている。それは彼らにとっては理不尽なことであるに違いない。

尾根に取りついてすぐに『まま子落し・田ノ入峠へ』と書かれた小さな杭があるのを見つけた。当然ではあるが、ここが末端であることがこれでハッキリした。
細い尾根は少し上で山稜の西側から来る支尾根を併せて南に伸びながらいくつかの起伏を経て高度を上げ、10分足らずで赤いテープを巻いた木のある場所に出た。すぐには分からなかったが、その先の急登に見覚えがあることに気づき、そこが前日の到達点であることを確認した。何と前日,あとわずかで峠と言う所まで来ていたのだった。そして足元には先ほど見たのと同じ小さな杭まであった。前日はタイムリミットを過ぎて帰心にせかされ見逃していたのだ。

6つ目の崩落を見下ろす位置まで進んで、改めて夢農場のある一帯を目で確認する。写真は諏訪神社のある三郷の高台。右端の家が高台の東端にある大きな家。
この道で、もしかしたら継子落しの土柱の成因の謎を解く鍵になるいかもしれない思いがけないものを見た。

冒頭に掲げたものと同じこの写真の手前側の砂が剥きだしになった部分だけを見ると土柱に非常によく似ている。多分これはその右上の斜面が左手前下に流れて残ったのだと思う。この崩れた部分の土砂がどんどん流れ、さらに残っている部分の左の(雪が乗っている)斜面が何かのきっかけで剥ぎ取られ