プロフィール

  • ID: 1187
  • ハンドルネーム: 木偶野呂馬
  • 性別: 男
  • 年齢: 66
  • 住所: 長野県 松本市
  • 所属クラブ:
  • 登録日: 2007年06月22日
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私の山行記録 新着

2008年06月28日
焼山 [ 2400.30m 妙高山・戸隠山周辺(新潟県・長野県) ]
登山行程ルート表 登山高低差グラフ 登山ルート地形図(国土地理院) 登山ルート地図(グーグルマップ)
2008年03月09日
天狗岳 [ 2645.80m 八ヶ岳・筑摩山地(山梨県・長野県) ]
登山行程ルート表 登山高低差グラフ 山行日記+写真 (5) 5 山行フォトギャラリー (10) 10 登山ルート地形図(国土地理院) 登山ルート地図(グーグルマップ)
2008年02月17日
聖山 [ 1447.15m 八ヶ岳・筑摩山地(山梨県・長野県) ]
登山行程ルート表 登山高低差グラフ 山行日記+写真 (5) 5 山行フォトギャラリー (10) 10 登山ルート地形図(国土地理院) 登山ルート地図(グーグルマップ)

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大根,埋め戻し



 今朝のNHKニュースで紹介された群馬県・赤城山麓の大根干し,数万本の大根が干された様子は壮観だった。品種は我が農園のものと同じ干し理想。こちらは60cmくらいで長いと思っていたら、なんと70〜80cmにもなるとか・・。驚く長さだが抜くのが大変だろうと思う。
 大根の収穫は待ったなし! いつ凍るか分からない。が、問題はどうやって干すか,だ。4〜5本づつ束ねて葉のつけ根をきつく縛り、架をつくって振り分けにして干すのがいいのだが、夜間冷えて凍ってしまうので毎日取り込まなくてはならない。これが大変な作業である上に、農家ではないので家の中に大量の大根を保管する場所がない。取り込まずに毛布をかけても凍るときには凍る。プレハブの小屋に取り込んでも凍ったことがある。
 まごまごしていられないのでとりあえずハウス内に埋め戻すことにした。ハウス内の土は凍ることがないので当座は凌げる。他の種類もそうすることになりそう。


           最長不折は60cm
           
 干し理想は下に行くほど太くなっているので意外と力が要る。引き抜く時,少しでも斜めの力が入るとすぐに折れるので両手で慎重に抜かなくてはならなが、それでも何本かは折れた。
 片手で抜こうとすると首の部分の皮がズルッと剥けてしまうことがある。これは表面が凍った証拠だ。
 大急ぎで溝を掘って70本の大根を斜めに生け、首まで土をかけて一件落着。
 
 ハウス内は冬でも20℃以上になることがあるので、いつまでも置いておくと切った葉が伸び始める。根がついているうちは葉が伸びてもかまわないが、掘った大根の葉が伸びるのは自分が蓄えた栄養を消費することになるので、放置するとスカスカになる。せっせと使わなければならない。何としよう・・。            
2007年11月30日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

生ゴミぼかし,バイオトイレ,コージェネレーションetc・・・,3

 生ゴミぼかしで効率よく醗酵を進めるために重要なことは攪拌である。即ち全体をよくかき混ぜて隅々まで酸素を送ってやることが大切で、それは糠漬けの糠床を毎日よくかき混ぜるのと同じである。
 四角い容器ではどうしても隅が残ってしまい、攪拌が行き届かない部分には嫌気性の腐敗菌が繁殖してカチカチに固まってしまうのだ。
 
 この点でまっちゃんの試作品には改良の必要がある。第1点は四角い容器では隅が残ると言う点。ものがものだけに手でかき混ぜて補うわけにはいかない。第2点は攪拌棒が細すぎてほとんど用をなさないだろうという点。
 1点目では底を丸くする方がいいということになり、2点目では棒よりプロペラと言うことになる。両者をうまく解決しているのはコンクリートミキサーだろうと言うことになり、しかしそれはそれで動力が大変であるから、自転車のペダル式にしては・・・,と、話しがだんだん大きくなって行く。
 電気エネルギーやエンジンを使ったりするのでは環境に対する負荷を増やすことになり、意味が無くなるのは言うまでも無い。
 この問題は、便池にオガクズを投入してそこで攪拌して醗酵させようと言う発想から生じている。
2007年11月30日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

音に会いたい・・・母の鍬打ち・5


 当時・・・,昭和20年代前半の頃,母が使っていた鍬は、今私が使っているような3枚歯や4枚歯の鍬ではなく、ちょうど足の裏のような形をした1枚歯の鍬だったはずである。私の記憶にある鍬には面積が小さくて分厚いその形のものしかないのだ。
 これは大きな矛盾である。1枚歯では共に震えてくれる相手がなく、共鳴のしようがない。もしかすると1枚歯のあっちの縁とこっちの縁が別々の震動をして、それが共鳴したのかもしれないと考えてみたが、記憶にある鍬の歯の厚みと面積を考えるとそのような現象は起こりそうにない。

 
2007年11月30日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

ベーコンのつくり方〜第2工程,塩抜き&風乾


 次は冷蔵庫内で1週間熟成させたバラ肉の塩抜き作業。
 1週間寝かせて熟成させたブタバラ肉はすり込んだ塩とスパイスで真っ黒くろすけ。これを丁寧に洗い落としてから塩抜きする。

 容器に水を張り、水が直接肉に当たらないようにして細い流れの流水で塩抜き3時間。

 塩漬けの塩が弱いと塩の廻り方にムラが出て肉全体にまんべんなく,均一にまわらないので、一旦強く塩漬けして素材全体に塩を充分浸み込ませてから塩を抜く。

 塩抜きの加減を見るには、肉の端を少し切り取って焼いて食べてみる。ちょっと薄いかなと思うくらいで丁度よい。

 次は風乾。ペーパータオルで水気をふき取った後,ペーパー(ピチットシートがあればベスト)にくるんで冷蔵庫で1晩置くか、外気に晒して乾燥させる。
2007年11月30日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

ベーコンのつくり方〜第1工程,塩漬け



 まずは塩漬けから。ブタバラ1kgに対して,あら塩35g,三温糖10g,黒胡椒10g,ナツメグ,オールスパイス,シナモン,セージ各少々,を混ぜ合わせ、これをバラ肉に刷り込むようにこすりつけて行く。

 黒胡椒10gは小山になるほどの量である。シナモンの香りはセージより強く魅力的。

 この時,タケ串を5〜6本束ねて輪ゴムで止めたもので肉を突き刺して小さな穴を開け、そこに刷り込むとよい。分量の塩は残さず刷り込む。肉のひだの間にもしっかりと。
 とは言っても肉の表面に満遍なく擦りつけるには10gもあれば充分なので調味料を残さずすり込むのは容易ではなく、擦り込むと言うよりこってりと塗りつけてラップでくるむことになる。
 

 こうして厚化粧ならぬ,厚コショーしたバラ肉をラップでくるんで冷蔵庫内で、1日に1度上下をひっくり返しながら1週間寝かせて熟成させる。初日の作業はここまで。

 1週間後,熟成が終わった時点でベーコンは8割がた出来ていると言える。
 
2007年11月30日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

音に会いたい・・・母の鍬打ち・4

 
 これまでは専ら、土塊の固さとか湿り具合,気象条件等を問題にしてきたのが、ここに来て初めて鍬の歯に目を向けるようになった。
 
 私が求めていた音はおそらく『共鳴』なのだろうと思う。と言うことは2枚以上の歯が震動して響き合って出ていると言うことだ。そこに気づいた時,なぜ乱杭歯では出ない音が新しい鍬では簡単に出たのかと言う疑問が氷解した・・・。
 いや、そうではない。思考の経過はこの逆で、新しい鍬が鳴ったから『共鳴』だと気づいたのだ・・・。まあそれはどっちでもいい。
 
 つまり新しい鍬は、2つ,あるいは3つ,4つの歯がきれいにそろっているから共鳴が起こりやすかったのだと言う際めて単純な答え(仮説)が出たのだ。それはまた、私がいかにひどいボロ鍬を使っていたかと言うことでもあった。

 だが、その仮説に到達した時,また一つ別の疑問が湧いた。
2007年11月29日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

イカの塩辛,黒づくり

 
 イカの塩辛,黒づくり。
 大きな肝臓のあるスルメイカを使う。肝臓と身を捌いたその日に和えるのでなく、それぞれを冷蔵庫で1日程度脱水してから和えるのがコツ。
 肝臓に強めの塩をして脱水するが、身に塩をして保存すると絞まりすぎて硬くなるので、身には和える時に塩を施す。
 2杯分の肝臓で1杯分の身だけを和えるくらいがよいが、贅沢すぎるので今回は肝臓3に対して、身1,エンペラ3,ゲソ1とした。これでもかなり濃厚な味になる。肝臓にイカ墨を混ぜて黒づくりとした。


 イカの肝臓,3杯分はやや強めの塩をして1日冷蔵庫内に置いて余分な水分(左)を絞る。


 柵に取った身,エンペラ,ゲソをそれぞれ水気を取り、塩をせずに冷蔵庫内に1日置いて脱水する。イカは皮に甘みがあるので皮をつけたままで。ピチットシートがあればより効果的に脱水できる。

 1日置いてから細く切った身に軽く塩をして両者を混ぜる。塩をすることで身の甘みを引き出すが、肝臓に強い塩をしてあるので身にはほどほどに。
 すぐにでも食べられるが、3〜4日置くと味に複雑さが出る。

 後から継ぎ足したり別々につくったものを混ぜると必ず腐敗する。
2007年11月29日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

音に会いたい・・・母の鍬打ち・3


 ところがである。何年かの後,私はこの音が簡単に出せることを知った。それはしかし、がっかりするようなつまらない話しになる。

 鍬とか鋤,鎌などの鍛造した刃物は、歯の太さや厚みとか角度等,思うようなものになかなか出会えないので、これは・・・! と言うものを見つけた時には少々無理をしても買っておくべきである。
 私のボロ鍬は、乱杭歯のように4枚の歯があっちを向きこっちに反り、あるいは折れ曲がったり欠けたりしていた。いい鍬があれば買い換えたいと思っていたところ、ある年,願ってもないような鍬を見つけたので、効率が悪い古い鍬に見切りをつけて新しい鍬を買うことにした。
 その新しい鍬の最初の一撃でその音が出た。しかも1度だけでなく何回もである。はじめこそ喜んだものの、そのうちにつまらなくなってきたのは言うまでもない。

 これまでの鍬では滅多に出なくて、新しい鍬ではこうも簡単に出るのはなぜか・・・? 今度はその疑問に取りつかれ、鍬を振るう時はそればかり考えるようになった。
 そしてある仮説を得る・・・,

2007年11月29日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

大根辛し 秋の風    

 大根4種,左上:ビタミンダイコン,左下:カタダイコン,中:総太り,右端:干し理想
 
 大根が収穫の時期を迎えた。今年はすこぶる出来がよい。

 ビタミンダイコン
 中国野菜のビタミンダイコンは上半身がきれいなグリーンで甘いのが特徴。おろしによい。

 カタダイコン(地大根)
 カタダイコンは反対に上部に緑色に部分があるだけで全体的に白く、下に行くほど太くなっている。辛味が強く、漬物に利用される。おろしにもよい。


 総太り
 総太りは穏やかな味で、煮物やおろしに使われる。          干し理想(あしなが娘) 
 干し理想は足長で、60〜70cmに達する。漬け大根として利用されるが信州ではあまりつくられない。

  身にしみて 大根辛し 秋の風    芭蕉『更科紀行』
2007年11月28日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

音に会いたい・・・母の鍬打ち・2


 その後も時たまその音に出くわすことはあったが、なぜその音が出るのか、なぜいつもでなくごく稀にしか出ないのか長い間分からなかった。
 
 掘り返した土塊が柔らかければ音も立てずにほぐれてしまうし、固すぎればただカチッ跳ね返すような音を立てるだけで、あの体の隅々までもが共鳴しそうな喜びに似た感覚を引き起こす心地よい音はこちらの意の通りには出てくれず、ほどよい固さとか、土が抱えている湿り気,もしかするとその時の空気の湿度なども影響しているのかもしれないと思ったりしながら、ただ偶然にその音が出ることを心の隅で期待するだけだった。null
2007年11月28日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

音に会いたい・・・母の鍬打ち・1



 NHKのラジオ放送で日曜の朝早くに『音に会いたい』と言う番組があったが、私にも会いたい音があった。母の鍬の音だ。

 それは、頭上に振りかざした鍬を思いっきり振り下ろし、再び振り上げた鍬をくるっとひねって、歯ではなく鍬の背で掘り返した土塊をたたき砕く時に出る,例えるならお寺の梵鐘を衝いた時,最初の『ゴン』に続く長い長い余韻が次第に細くなってほとんど消え入りそうになる辺りの音に近い,金属が共鳴して奏でる響きとでも言えばいいだろうか・・。
 何百回,あるいは千と何百回に一度,母の鍬がその音を奏でることがあったのだ。
 
 ?十年の後,畑を耕すことを思い立った最初の日に、偶然にも私のボロ鍬がその音をたてた。それは強烈な力で私を幼年の時代に引き戻し、母の後にくっついて何キロも離れた山の上の小さな畑に行き来した頃の情景を甦らせた。それだけでなく、今,自分が鍬を握っているのはこの音を聞くためではなかったかと言う気にさえさせられて、しばらく呆然としていたと言うことがあった。

 
2007年11月27日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

松前漬け


 スーパーで松前漬けのセットを売っているが、バカ高いので自分で材料を買ってつくるに限る。好きな材料で好きなだけ食べられる。ただし、醤油をたくさん使うので食べ過ぎに注意! 

材料
A・具材:スルメ4〜5枚/昆布20cmのものを4〜5枚くらい/切り干し大根2袋/ニンジン大2分の1本(千切り)/煎りゴマ
B・調味液:醤油1カップ/水1カップ(半量は酒でも可)/酢大さじ2/みりん大さじ4/砂糖大さじ4
※スルメ,昆布,切り干し大根と調味液は一度に全部使うわけではないが、すぐになくなるのでこれくらい用意しておく。1回きりなら総て半量で。  
※調味液はあらかじめつくっておいてもよい。沸かしてなじますか生のままかはお好みで。
※スルメは柔らかいケンサキイカがベストだが3枚で1000円くらいする。スルメイカなら5枚1000円くらい。スルメイカの方が噛み応えと味があると言う人もあり、好み次第。

つくり方:
 調味液とスルメ,昆布,切り干し大根はとりあえず半量を使い、残り半分はあとから補足するのと味を整えるために残しておく。
 煎りゴマ以外の材料を一度に全部漬け込んでもいいが、そうすると切り干しダイコンが調味液を全部吸い取ってしまうので、調味液を更に2つに分けて一方にスルメと昆布,もう一方に切り干し大根とニンジンを漬け込んで後から混ぜ合わせるとよい。
 切り干し大根は長時間水につけず、さっと水に浸してなじます程度でOK。好みで数の子を入れるのもあり。煎りゴマは食べるときに振りかける。
 
食べごろ:
 3〜4日置いた方が美味しいに決まっているが、待ちきれなくてスルメと昆布が柔らかくなったらその日から食べ始めている。なじむ頃にはなくなってしまうので時間がある時にスルメや昆布を切っておいてどんどんつぎ足して行く。そのために調味液を沢山つくっておく。
 市販の松前漬けのような粘り気を出したくて高い昆布を使ったり昆布の種類を色々変えてみたが限度がある。あれは増粘材が入っていると思われるが、粘り気がよく出る昆布があるのかも知れない。
 



2007年11月27日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

Xトレイン,・・・挑戦!『食の研究会・ベーコン・キムチ・松前漬けづくり』のご案内

 

 12月15日(土)と12月22日(土)の2日間,生協池田センターに於いて、恒例のXトレイン『燻製研究会・ベーコンづくり、およびキムチ・松前漬けづくり』を行います。
 初回の15日(土)は、午前から午後にかけてベーコン用のスパイスの調合と肉の塩漬けを行います。ベーコン用の豚肉は塩漬けをした後、各自家に持ち帰って熟成させ、1週間後の12月22日(土)に煙をかけます。
 並行して予めお申し込み頂いた、ホタテ,タコ,イカ,ゆで卵,タクアン等、ご希望の燻製づくりを行います。
 午後からは1回目のキムチ・松前漬けづくりを行います。


 12月22日は、ベーコンの燻煙を行います。並行して、キムチ,松前漬けづくりを行います。初回同様,燻煙中に、ホタテ,タコ,ゆで卵,タクアン,ビーフジャーキー等,お好みの燻製をつくることが出来ます。
 事前にお申し込み頂ければ材料の調達(実費)、塩漬け、塩抜き等の用意をしますので、ご希望の方は早めにご連絡下さい。

 なお、燻製づくりは材料や資材の調達に時間がかかりますので、参加ご希望の方は12月10日(月)までにお申し込み下さい。


1;日程
12月15日(土) 9:30〜16:00
10:00〜16:00・・・ベーコン用のスパイスの調合・塩漬け
並行して、ホタテ,タコ,ゆで卵,タクアン等の燻煙⇒完成/かたづけ
12:00〜13:00・・・昼食・休憩
13:00〜16:00・・・キムチづくり,松前漬けづくり/かたづけ

12月22日(日) 9:30〜16:00
9:00〜16:00・・・ベーコン等の燻煙・温度管理⇒完成 
  並行して、キムチづくり,松前漬けづくり⇒完成/かたづけ
  並行して、ホタテ,タコ,ゆで卵,タクアン等の燻煙⇒完成/かたづけ
12:00〜13:00・・・昼食・休憩
14:00〜16:00・・・試食パーティー/かたづけ

A:ベーコンづくり


1;;材料,および費用; (?+?)  ※参加は各家庭単位とします。
(1)材料費(実費)
豚バラ肉1kg,約1300円・・・全体で10個,1家庭で2個までとします。(500gも可)
その他,魚介類、ゆで卵、タクアン、チーズ、他・・・実費、または各自が調達
(2)参加費;1500円
内訳:スモークチップ,ウッド,調味液用のスパイス各種,試食用食材(費、燃料費、他 
※材料費(?)は別途
2;つくり方・・・別記
3;道具の用意
 まな板,包丁,采はし,ボール,または鍋,パット等の容器(3個),保存容器(タッパー,ジップロック等),   
おろし金,キッチンタオルペーパー,ラップ,布巾・タオル,
※使い捨てビニール手袋は用意しておきます。
※混ぜあわせ用のボールは大きい方が作業しやすい。大なべでも(の方が)よい。
4;その他
ベーコンのスモーク中に、空いた場所で魚介類やゆで卵,タクアン、ビーフジャーキー等をスモークすることが出来ます。事前にお申し込み頂ければ材料の調達(実費)、塩漬け、塩抜き等の用意をしますので、ご希望の方は早めにご連絡下さい。

 自製の木製・跳ね上げ式スモーカー

B:キムチづくり〜略〜
4;つくり方〜別記〜
5;昼食,試食交流会について
  昼食は、各自で弁当,お茶を用意していただきますが、大根、白菜,ニンジンなど、野菜中心の温かい鍋物をつく ることができます。
また、つくったキムチを試食し、交流(親睦)会を行います。食の研究会の一環ですので、参考になる伝統食や手  
料理などありましたら負担のない範囲でお持ちより下さい。(人数分は不要、少量で結構です。)
※少し多めにつくった作りおきの料理とか平素の漬け物などで充分です。わざわざつくらないで下さい。
 ※食器類は各自でご用意下さい。(汁椀は大きめで)

  ダンボールスモーカー

6;申し込み
Xトレイン代表:木偶宛て 松本市七嵐379 携帯090−1661−7327
   TEL・FAX:0263(64)4080  
材料調達の関係で12月10日(月)の丸太の会までに木偶宛申し込んで下さい。
※参加は各ご家庭単位とします。
 ※あまってら農園の無農薬野菜の申し込みは9日まで。⇒10日丸太の会渡し



2007年11月27日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

ビニールかけ


 春の嵐でビニールが吹き飛んで・・・,

 妻面との境が引きちぎられた。きちんとコードで押さえる作業を怠った罰だ!

 夏の間はビニールをかけたままだと室温が上がりすぎて中が砂漠のようになってしまう。両サイドを捲り上げて風を通せばいいのだが、『水は天からもらい水』だけなのでそのまま放置。

 例年なら10月までには覆うのだが、今年は横着して2ヶ月以上も寒さに晒した。その方がいいと言う面もあるが、いくら何でもそろそろ限界・・・。

 とりあえずビニールをかけたが・・・,

 両端の部分が引きちぎられた時のままでボロボロ・・・。

 本体部分もあちこちに穴があるが、全部やりかえる金もなく・・・,

 端っこと妻面のみを補修。何とかこの冬だけは乗り越えたい。

2007年11月27日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

20th,日本の森と自然を守る全国集会・愛知瀬戸集会


 20回目を迎えた『日本の森と自然を守る全国集会』が、12月8,9,10日の3日間,愛知県瀬戸市で開催される。
 知床の原生林や白神山地の保全等,全国各地の自然保護に先進的,先鋭的に深く関わってきた重要な集会である。
 第3回の盛岡集会以来,奈良集会,米沢集会,東京集会,厚木集会,穂高集会,木曽福島集会,埼玉集会,仙台集会・・,と過去9回の全国集会に参加して来たが、仙台集会以後の4年間は参加の機会を得ることができず、気がかりで仕方なかった。
 今年は近県の瀬戸市での開催なので何とか参加したいと思っているが、7日から8日にかけて忘年会を入れてしまった

ので、8日の昼前から駆けつけることになりそうだ。
 1人でも多くの登山者や自然愛好家,自然保護運動の活動家,一般市民の方々に参加して頂きたいと願っている。
 最終日の10日は現地見学会で、東大愛知演習林,鉱山跡,ホフマン工事,海上の森などを見学する。

会場;サンパレア瀬戸
テーマ;人工林,里山林,都市の緑
   〜森と緑づくりのための行政,市民,研究者の協働〜
プログラム
12月8日(土);開会式,基調講演,討論会,交流会
12月9日(日);分科会,総括集会
 第1分科会:『人工林問題の核心』
 第2分科会:『森林環境税制を考える』
 第3分科会:『鉱業法で蚕食される都市の緑』
 第4分科会:『域環境・現場・原体験(博物)館』
12月10日(月);現地見学会
参加費;1000円
主催;日本の森と自然を守る全国連絡会
問い合わせ先;東京大学愛知演習林 蔵治光一郎氏  
 Tel:0561−82−2371 kuraji@uf.a.u-tokyo.ac.jp
 HP:日本の森ホームページ
    http://www.nihonnomori.com
※コメント欄からアクセス可。
2007年11月26日 by 木偶野呂馬 | General | 1 コメント | No Trackbacks |

鉢伏山の山行記録・3


 展望台下の暖かいガラス張りの部屋で悠々と弁当を食べているところへ3人の女性グループが上がって来てそのうちの1人が覗き込み、怪訝な顔で『何かの工事関係の方ですか』と言った。何で・・・? 『ただの登山者です』っての!
 遅れて食べ終わった仲間達もやってきてしばらく暖を取ってから予定より早く下山開始。(12:30)
 直後に東京から来たという30人くらいの中高年の集団登山のグループとすれ違う。扉温泉への道に入ろうとする時,展望台で会った3人の女性グループが王ヶ頭方面を指差して『美ヶ原はあれですか』と聞く。富山から来たのだと言った。県外からの登山者が意外に多い。


 美ヶ原・王ヶ頭,王ヶ鼻方面

 2008年に因んで元日に登ろうかと言う話しが出ている美ヶ原・王ヶ鼻に向かって下る。その王ヶ鼻の左,ほぼ真北方向に旧四賀村境界線上の戸谷峰を見つける。よくよく見ると長峰山や光城山も見えており、刈谷原峠を経て昨年歩いた稲倉(しなくら)峠から戸谷峰に至る『境界線ハイキング・第3行程』のルートの全貌を南側から見ることができることに気づく。
 一行の中に昨年の第3ルートに参加した人が4人いて、『あんなに歩いたんだ!』と感慨深げである。これは思わぬ発見であった。
 
 中央左が戸谷峰

 前鉢伏山を12:45に通過し、13:07に林道へ。その途中でオオタカと思われる中型のタカの飛翔を見る。鳶より二まわり小ぶりで腹部が白く、尾羽の先端が丸く弧を描いている。タカの特徴である主翼の中央付近がやや前に飛び出しているのと、主翼が体長の前半分に寄って頭部に近い点がクマタカと異なる。ハヤブサに比べるとかなり大きく、ややずんぐりしている。
 しばらく頭上をまわっていたと思うと真下に向けて鋭くまっすぐ突っ込んで山陰に消えた。

 林道で一行を追い越してジグザグを一気に下る。雪はあらかた融けているが部分的に凍っているところもあり、気が抜けない斜面ではある。駆け下りて13:20に小屋に着き、後続を待つ。

 木の間越しの太陽が眩しい

 13:27発,後はSLにまかせて1人先に駆け下る。ゆっくり下ることができないいつもの悪い癖で14:07下山。一休みして30分ほど待つも一向に降りてくる気配がなく、さらに10分待って白樺コースを迎えに行き合流。15:07全員下山。

 1時間待ったがみんな元気。
2007年11月25日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

鉢伏山の山行記録・2



 小屋の上の最後の丸木橋を渡ってからは、前鉢伏山から北に派生する尾根に向かっての急登となる。はじめは60mほどほぼ直登するが、そこからはできるだけ急登を避けようとして巻き道かと思うほど折り返しを長く取ってあり、それだけに道幅が狭く、そこに雪があるので滑りやすい。下りで凍っていれば嫌なところである。
 20分あまりで200mほどを登ると右に伸びる林道にぶつかる。この林道は最近拡幅されたもので、前回(2004年)の時にはただの細い登山道だった。
 そこからは尾根道となり、1637mのピーク付近で5分の休憩をとる。(11:10〜15)

 標識の『鉢伏山まで30分』の数字に首をかしげながら、目の前の鉢伏山を越えると北北西〜北西方向に白銀のアルプスが見え、11:22,鉢伏山への広い道に出る。山頂方向に少し歩いたところにある閉鎖中のヒュッテを風避けにして昼食休憩を取る。(11:35〜12:25)
 一同はそこで食べ始めたが、陽だまりを探してウロウロするうちに1人山頂に着くこととなった。山頂には円筒状の展望台があって下部が部屋になっており、中に入ると周囲がガラス窓で暖かく、座る場所もあるのでそこを特等席として弁当を食べる。


    温かい味噌汁,温かいご飯,熱いお茶・・。冬の日帰り登山は土方弁当に限る!
2007年11月25日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

鉢伏山の山行記録・1

 
 
11月24日(土)
 扉温泉・檜の湯Pに集合。8:50,登山口からいきなり雪で凍った丸木橋を渡り、『奥社』と書かれた鳥居をくぐって冷蔵室のように冷え冷えとした大和合沢沿いの道を進む。さらに3つの丸木橋を越えると左手から群鷹館の下から白樺林を通って来る道を合わせる。こちらが本来の登山道で、以後は営林署の造林宿舎まで一本道となる。



 緩やかな道は沢から離れて右手の山腹をジグザグに登り、薄暗く湿った凹地状の檜林を抜けてさらに登ると再び沢音が聞こえ始める。沢は40m以上も下にあって、その分だけ登山道が先に高度を上げているのであるが、やがて沢が追いかけてきて併走するようになる。2万5千図ではこの後,道が沢の右岸に出ることになっているが、実際にはそのまま左岸を行く。
 営林署の造林宿舎までを1時間と踏んだが、もう少しかかりそうなので3分ほど休憩をとる。(10:42〜45)
 そこからまた道が沢を離れて30mほど上がり、そのままほぼ水平に進んで20分あまりで造林宿舎に着く。
  宿舎は標高1240m付近の日当たりのない谷のどん詰まりの,そこから急な登りになると言う位置にある。沢は小さな流れとなっていてここが最後の水場でもある。細くなった水流のしぶきが氷柱をつくっていてきれいだが、半そでシャツ1枚の身には少しばかり寒く感じられる。(10:08〜20)

今は荒れてしまった宿舎/氷柱 
               

2007年11月25日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

鉢伏山にて


鉢伏山・山頂にて/諏訪湖を望む 

 扉温泉より前鉢伏山経由,鉢伏山。参加者11名。快晴。山頂より北北西〜南西方向に北アルプス連峰のすべてと乗鞍,御岳方面がすべて見え、とりわけ白馬岳から,鹿島,爺,蓮華,燕,大天井,常念,蝶までの稜線がスッキリと輝いて見えるが、槍・穂高岳のみ頂上に雲がまとわりつく。北には美ヶ原の全景,東に霧ヶ峰,蓼科山,南眼下に諏訪湖,西に高ボッチ。
 
美ヶ原・王ヶ頭,王ヶ鼻(2008m)/茶臼山(2006m)


 山頂付近は風が強く、陽射しの方向から風が吹いてきて、風を避ければ日陰でやや寒い。

2007年11月24日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

チヌのだんご釣り・・・とれたて瀬戸内・岳じゃが情報


 大島、伊保田にて先日知り合ったチヌの団子釣りの達人と待ち合わせて、釣り方の指導を受ける。仕掛け自体はさほど難しくはないが、達人曰く、『団子のねり方次第』ということらしい。
 この日は満潮は15:00過ぎということで、11:00前に釣り場に到着してまずはダンゴのねり方、あるいはタナの取り方、いかにダンゴを崩さずに底まで持っていくか等々のレクチャーを受けて、実践練習。
 ほいじゃが、ダンゴが沈むまでに崩れてしもうてなかなかええ具合にできん。悪戦苦闘しとる間に達人に35cm級のチヌがヒット。
 チヌの場合は餌取りと違ってウキがスーと沈んでいくんで気持ちがええ。
 結局、チンタラしとるんをみかねたんか達人がマンツーマンで指導、まずはあたりを知って楽しんで欲しいという事で、ダンゴをポイントに落として、わしがあたりを待つという方法に変更。
 そして開始から5時間、ついにウキがスーと沈んだ。ここで、焦らずにまずはリールを2、3回まいてそれからあわす。そして強い引きを楽しみながら最後はタモで取り込んで自分で釣ったとは言えんが何とか1匹ゲット。
 達人のに比べるとちぃとこまいがそれでの30cm級のチヌ。

 この釣り方にはある程度経験が必要らしいけぇ、もうちょっと慣れがいるみたい。第1段階としてはまずまずじゃろう。

 ちなみにこの釣り場は魚が豊富で周りの人の話を聞けば、30cm級のメバル、カサゴ、ヤズ、チヌ、タイ、ハゲ、アジ、タチウオ、カレイ・・・かなり豊富らしい。
2007年11月24日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

渚を歩く・・・平郡島・五十谷三島にて〜5



 アワビ,カキ,ヤサラ,ヨメガカサ,フジツボ,ウニの殻,アコヤガイ,イカの甲,螺貝,カニ,カメノテの手,菱の実・・・,さまざま



 渚は 珊瑚の砂浜 寄せて返す はるかなしらべ
 だれも いない夜の海 潮のかおりが 風に流れて
 い・つ・ま・でも ここにいて わ・た・し・の腕のなか  〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇 
 〇〇〇〇〇〇〇

 遊佐みもりのこの歌・・・『海』 最後のフレーズがわからない。思い出せないと気になってしょうがない。知ってる人いないかなぁ・・・,
 
2007年11月24日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

秋の樹木



 秋は忍びやかに木の間をぬって近づき、夕べの霧となって人里をひたす。

 明日は、あの大木に斧をいれようと、ほの暗い灯の下で砥石をとりだした人よ。

なりわいのために木を伐る悲しみを思い給え。
 
秋の木は 霧にぬれて、泣いているではないか。
                          
                            加太こうじ



2007年11月24日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

お好み焼きは『味のサファイア!』・・・瀬戸内視察〜6


熱々を鉄板の上で食べる/ボリュームたっぷり焼きソバWにエビ,イカ,貝入りサファイアスペシャル


 広島に来たなら何はともあれ『お好み焼き』である。音戸大橋から本土に戻ってR31を広島に向かう途中で行きつけの廿日市駅前『味のサファイア』へ『18:30頃着きます』との電話を入れる。夕刻の呉から広島に入る道路は渋滞が予想されたが思いの外スムーズに中心部を抜けて1時間も早く着き、すぐに注文。
 顔なじみの常連さん達が『長野から来た』と言う我々のために席を空けてくれたのに甘えて分厚い鉄板の前に陣取り、マスターの鮮やかな手つきになるお好み焼きの仕上りを今や遅しと見守る。

4枚同時焼き/マスターの鮮やかな手つき
   

キャベツが山盛り/ひっくり返して卵,エビ,イカetc


さらにうどんやソバが入る/ソースはオタフクに限る! 


 焼きソバW入りでは足りなくて次々と追加注文する若者達の食欲はすさまじい!



 駆けつけた鳥見仲間のカワセミさんから『ルッコラのお返しは「ルッコラの豚しゃぶ」で』と1kgもの豚肉の差し入れがあり、一同大感謝。
 気さくで話し好きのマスターや夫人との会話も弾み、店中のお客さん達とも旧知のようにうち解け合って賑やかに広島の味を楽しみ、島のキャンプに向けて英気を養う。

 明日から参加の岳君の実家を宿舎として使わせて貰えることになった。山のような荷物の中から島に持っていくものだけを選んで積み込み、3日ぶりの湯につかって早々に休む。
 『何と言っても電灯のあるのが一番うれしい・・』とsyou君。明日は5時起きナノダ。

 以下、前掲『平郡島・五十谷三島にて〜1』に続く。


2007年11月23日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

鉢伏山日帰り登山・・・里山楽会・境界線,11月山行


 (写真は頚城駒ケ岳)
鉢伏山日帰り登山・・・07年11月24日(土)雨天,25日(日)
 里山楽会・境界線,11月山行

 11月6日の例会において、鉢伏山と決定した里山楽会・境界線の11月山行は、20日の打ち合わせ会においてコースを検討した結果、下記の通り,扉温泉からのコースを往復することになりました。

日時;2007年,11月24日(土) 雨天25日(日)
目的地;鉢伏山・扉温泉コース 
スタッフ;CL:木偶 SL:当日決定 
集合;場所:スワンガーデンP/7:30 または 扉温泉・檜の湯P/8:30
解散;場所:扉温泉・檜の湯P/16:30頃 または スワンガーデンP/17:30頃
コースタイム;
7:30スワンG7:40 ⇒ 8:30檜の湯P8:40 ⇒ 8:50登山口9:00 ⇒ 11:20前鉢伏山11:30 ⇒12:00鉢伏山・昼食13:00 ⇒ 15:20登山口15;30 ⇒ 15:40檜の湯・入浴/解散16:30 ⇒17:20スワンG/解散17:30
服装・装備;上着・長袖シャツ/ズボン/下着類/保温着、防寒着/雨具/登山靴,軽登山靴/靴下/手袋/帽子
※手袋必携,防寒のため帽子着用のこと。
※気温の急激な低下や降雪に備えて、保温着,防寒着,雨具の用意等、冬山並みの装備で望むこと。雨具はズボン+上着式に限る。
持ち物;ザック&ザックカバー/弁当/水筒・飲料水,1.5ℓ程度(温かい飲み物も)/非常食/ビニール袋/タオル/ヘッドランプ/その他(ハンカチ、ティッシュ,磁石,地図,時計,現金,その他は必要に応じて)
参加資格、条件;小学生以上で3〜5kgの荷を背負って5〜6時間程度歩ける人。
参加費;会員は無料,会員外の方は事務費として200円頂きます。
なお、スポーツ安全保険加入希望の方は22日(金)午前中までにお知らせ下さい。保険料:1500円
  交通費の分担について;
スワンGから登山口、および下山口までの往復のガソリン代を参加者全員で負担しますのでご協力下さい。
1km当たりのガソリン代を30円とし、これに総キロ数を乗じたものを合計して参加者で分担します。小学生以下は大人の3分の2、幼児は無料とします。なお、スワンGまでのガソリン代は各自で負担して下さい。
※檜の湯集合の方はこの限りではありません。
申し込み・締め切り;11月23日(金)

 


2007年11月22日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

キムチづくり研究会〜本格無添加キムチづくりのお知らせ・2


5;作り方:
(1)白菜塩漬け・・・前日までに各家庭で準備する。
白菜の根元に包丁を入れ、手で裂いてを4分の1に分ける。葉っぱの一枚一枚,芯のところに一つまみの塩をこすりつけ、重石をして一晩置き、水気を切る。塩は適量
※葉先には塩はしない。


(2)タレづくり・・・当日つくる。 
 タレの材料を混ぜ合わせる。(約1300gのタレができる)


(3)本漬け・・・当日   

漬け材料B,C,Dにタレ300gを和え、白菜にはさむ具をつくる。
塩漬けした白菜の葉っぱ一枚一枚に残りのタレをすり込み、間に具をはさんで行き、完成。
出来上がった株を真ん中から内側に折って芯の側を下にして容器に入れ、冷蔵庫で熟成させる。その日からでも食べられるが、3〜4日してよくなじんでからが食べ頃。

カットキムチ 

 白菜4個を縦4分の1に裂き、芯を除いて横4cmにカット。白菜の重さの2・5%の塩で重石をして塩漬けし、一晩置いて水を切る。これに漬け材料のB,C,Dを加えて1300gのタレで和える。

6;費用
 費用は実費(概ね2000〜3000円程度)+500円(会場費,見本づくり用の費用等)

7;その他

 昼食は、各自で弁当,お茶を用意していただきますが、大根、白菜,ニンジンがふんだんにありますので、野菜中心の温かい鍋物をつくることができます。


8;申し込み・問い合わせ
  12月5日(水)までに木偶宛申し込んで下さい。
 ※参加は各ご家庭単位とします。
  
2007年11月22日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

キムチづくり研究会〜本格無添加キムチづくりのお知らせ・1


 キムチ&そばうどんづくり+忘年会・・・里山楽会境界線
 12月7日(金)の里山楽会『境界線』の忘年会に合せて、午前中は本格無添加キムチづくり,午後はそばうどんづくりを行います。そのまま忘年会になだれ込んで、夜はバンガローでお泊り可。ただし雑魚寝なので要シュラフ。
 
 日時:2007年12月7日(金) 9:00〜12:00
場所:明科天平の森バンガロー,および炊事棟

1;当日の日程
 9:00集合/9:00〜12:00キムチづくり/12:00〜13:00昼食/13:00〜16:00そばうどんづくり/16:00〜18:00忘年会準備(手づくり)/18:00〜8日10:00忘年会

2;キムチづくり材料

(1)漬け材料 A白菜L玉3個 B大根千切り300g Cニンジン千切り200g Dニラ半束

(2)タレ材料 Eトウガラシ(中辛中引き) Fすりおろしニンニク100g Gすりおろしリンゴ150g Hすりおろしタマネギ100g Jすりおろし生姜 Kアミエビ塩辛100g L砂糖200g Mカタクチイワシ塩辛エキス150g N塩(白菜の重さの3%) Oだし汁250c(昆布,煮干,鰹節等で濃い目のだしを取る)
⇒各自用意するもの・・・ABCDFGHJLNO
⇒共同購入するもの・・・EKM

3;材料の調達について

(1)漬け材料の調達と準備
 塩漬けした白菜および、ニンニク,リンゴ,ダイコン,ニンジン,生姜,タマネギ,砂糖,だし汁(予めつくって置く),は、分量分を各家庭で用意して持って来て下さい。
※あまってら農園の無農薬白菜,大根をお求めの方は予めご連絡下さい。1セット(白菜3玉,大根,1本,玉葱3個セット)600円程度
※千切り,すりおろしは当日,会場で。

(2)タレ材料の調達と準備

 トウガラシ(300g,約1100円),アミエビ塩辛(500g,約600円),カタクチイワシ塩辛エキス(約  
700円=3人分)は、事前に申し込みされた方の分を共同購入しますので、必要量をお知らせ下さい。
※ご自分で調達できる方,手持ちがある方はこの限りではありません。
※トウガラシ,アミエビ塩辛,カタクチイワシエキスはこれより安価な店があるようです。


4;道具の用意
 まな板,包丁,采はし,ボール,または鍋,パット等の容器(3個),保存容器(タッパー,ジップロック等),おろし金
※使い捨てビニール手袋は用意しておきます。
※混ぜあわせ用のボールは大きい方が作業しやすい。大なべでも(の方が)よい。
※保存容器は4分の1の株が12個できるので、それに対応する大きさと量が必要。大き目のタッパーに複数保存する、あるいはジップロックで1個づつ小分けして保存するなど。


2007年11月22日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

[『じゅんちゃの登山ブログ』登場! よろしくお願いします


 松本市・安曇野市を拠点に活動している我が山の会『里山楽会・境界線』のメンバーにして日本山岳会会員の『じゅんちゃ』が『みんなの登山ブログ』に参加し『じゅんちゃの登山ブログ』を立ち上げました。
 じゅんちゃは生まれながらの信州人で、若い時からアルプスはもちろん,県内の低山や里山をもくまなく歩いているベテラン登山家として、また田淵行男記念館の友の会,大町市の山岳博物館友の会の会員として、幅広くエネルギッシュに活動しており、山のことだけでなく信州のあらゆる情報に精通して貴重な情報を提供してくれる頼もしい存在,我が『境界線』にはなくてはならない仲間です。
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 じゅんちゃの豊富な山行経験に基づく各種の記録とすばらしい写真に、乞うご期待!
 みなさん よろしくお願いします。


2007年11月21日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

大黒神島・3


コウイカ/アカニシ

 kurokamiさんは温厚,気さくな方で、がっしりした体躯ながら潮焼けした顔に終始笑みを絶やさず、私達の細かな質問にも丁寧に応えて島周りの様子を詳しく説明して下さった。さらには帰りの船の中で、私達に食べさせると言って船底の生簀からコウイカやアカニシと言う巻貝まで掬って捌いて下った。

   コウを取りだす/青ナマコ


 イカは開いて柔らかい部分だけを刺身に引き、まだ動いている身を食べる。後は全部捨てると言うのをもらってゲソも生で食べる。
 さらにナマコまで出たが、ナマコをめぐる若者達の反応は面白かった。syou君はナマコと聞いただけで急に黙り込んで舳先まで逃げて行き、sibaちゃんもokku君も心なしか顔が青く言葉がない。もちろん手も出ない。

 処理を任されて包丁を入れたがあまりの硬さに包丁の刃が立たない。何とか縦割りして海鼠腸(コノワタ)を取り出そうとしたが、kurokamiさんは『まだ早いから無いだろう』と言う。実際コノワタは取れなかった。
 半分に切ったナマコを薄くスライスしようとしたが、硬いのと滑るのとでぶつ切りになってしまった。口に入れても噛める代物ではない。

 『硬くて噛めないよ』と言うトモさんに『噛むのもいいんだけど、ナマコは丸飲みして喉越しも楽しむものだよ』と言うと、船頭さんも『そうだ』と言う。
 トモさんは『いや,歯ごたえがいいんだ』と言い返す。だが噛めない。『ある程度は噛んで食べるが、飲み込むときの食感がいいんだ』と私。だが飲み込むにも大きすぎる。すったもんだしているうちに本島に着いた。
 結局,イカもナマコも大半は私が食べることとなった。この手の食べものにも『慣れ』が必要なのかもしれない。


 15:00,すっかりお世話になったkurokamiさん夫妻にお礼を言って本土に向かう。

2007年11月20日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

手づくりキムチ



 例年になくハクサイの出来がいい。そろそろキムチづくりの季節。ベーコン,スモークサーモン等々,忙しくなりそう。

 06年12月9日のキムチ研究会







 

2007年11月19日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

陽だまりの山

 2003年6月15日にスタートした旧四賀村一周境界線ハイキングが完結した。最終回のコースからは全9行程のほぼすべてを望むことができた。


 長峰山の山頂に立つと誰もが正面に聳える常念岳の美しい姿と眼下に広がる安曇野に釘づけになり、ため息にも似た賞賛の言葉を発する。かつて川端康成,井上靖,東山魁夷の三文化人がそこに立って絶賛したと言う話しは今も地元の語り草である。
 だが、翻って見る東側の景観も負けず劣らず素晴らしい。3000m級の山が珍しくもない信州にあっては決して目立つ高さではないが、戸谷峰から保福寺峠を隔てて入山,御鷹山へと連なる1600mを超えるスカイラインの美しさは格別で、とりわけ朝の逆光に浮かび上がるシルエットが素晴らしい。

 その山々が、旧四賀村をすっぽり包み込むように連なっている面白さに気づいてこの計画を思い立ち、スタートしてから5年でようやく出発点に戻った。その間に四賀村が吸収合併されて松本市になり、いちいち『旧』を冠するようになって面倒なことこの上ない。だが『旧』がついていてもいなくても、このコースの面白さは変わらない。

 一昨日から急激に気温が下がり、稜線に立つと南側から冷たい風が吹いてくる。小寒い風に晒されて見ると、山々もどこか寒そうに見える。木枯らしが吹いて木の葉の大半を落としてくれたおかげで薮山が幾分明るくなった分だけ寒さを余計に感じるのかもしれない。

 狩猟期に入ったばかりの里山は、あちこちで銃声が響いて何やら落ち着かないのが多少の障りになるが、雪に覆われる前の薮山の陽だまりには熟柿になったような幸福感がある。
 熟柿になって陽だまりを貪りながら、一巡り完結した安堵感の中でやり残したこと,新たに思いついたことなど考えて次の計画を立てようと思っている。


2007年11月19日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

銃砲に怯えながら歩く・・・,境界線ハイキング完踏・後


 そこから先は889mのピークにある三角点を目指して小さなピークを全部拾って歩き、地図通りに4つ目のピークで三角点に到達。時刻11:40。
 一旦下って西に進むと道が二つに分かれる場所にぶつかる。左は目の前のピークに向かう登り,右はそのピークを迂回するやや下り気味の道,多分右の道をどんどん行くと先日の里山道のハイキングと同じ間違いを犯すことになるであろうから迂回した道のどこかからピークによじ登らなければならなくなるはずで、その場所は左手に馬頭観音がある場所だ。

 そうであればはじめからピークを目指して左の道を登ればよい。 
 そして予想通りピークに上がると堀平の祠に出る。時刻も12:00となり、ここで昼食休憩をとる。


 その時,正面やや右手下の谷から『ズドーン』と1発の銃声がして、しばらく後にもう1発鳴った。覗き込むと右手下方に林道があり、軽トラが1台停まっているのが見える。
 大声で『ここにいるぞぉ〜』 『撃つなよぉ〜』と2,3回叫んでから弁当を食べる。聞こえたのか聞こえなかったのか,しばらく銃声は途絶えていたが、食べ終わってそろそろ発とうとする頃,再び2発,ややおいてもう1発鳴る。
 改めて大声で叫んで12:35に出発。銃声の位置が低く、こちらは丸い稜線の左端を歩いているので、右手の谷から尾根に向かって発砲したとしても直接流れてくる心配はないのだが、時々大声を出しながら足早にそこを通り抜ける。


 銃声は聞こえなくなっても右に寄りたくないと言う心理が働いてか、左へ左へとより過ぎて一度は道を間違えると言うこともあったがすぐに気づき、以後は見覚えのある崩れた祠やTVの共同アンテナを見ながら順調に下って13:20に鉄塔16号に着く。


 さらに下って1軒屋で今日も農作業に余念のない老婦人とよもやま話しなどして13:35に釜蓋で県道に出る。


 矢の沢の公民館までもう一度急坂を登り、14:00に着く。 03年6月15にスタートした境界線ハイキングはこれでひとまず終わる。


2007年11月18日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

5年ぶり,出発点へ・・・,境界線ハイキング完踏・前


 ここが出発点


 集合場所の県道横の広い駐車場に沢山の車が並び、大勢の男達が何やら打ち合わせをしているのを見て嫌な予感がした。狩猟解禁後の最初の日曜日,聞いて見るとやはりその集団で、川向こうの山の一画を攻めると言う。その数およそ40名・・。
 『これから薮山に入る』とコースを説明すると『まだ木の葉が落ち切っていないので見通しが悪い。お互いに気をつけようj』等と言う。『冗談じゃない。気をつけるのはそっちだろう』とは言ったが、この集団とは重ならないにしても今日はあちこちで少人数のハンターが入っている可能性があるので、こちらも気をつけて目立つ服装で歩くしかない。。

 この山に大勢で入るらしい

 旧四賀村一周ハイキングは、2003年6月15日に明科町矢の沢分教場からスタートした。その分教場に車を1台置き、もう1台で出発点の旧四賀村沢村地区へ移動。いつも車を置くスペースに2台の車が停まっていたが狩猟とは無縁のようで、とりあえずこちら側は安全と思われた。
 顔見知りになった古老に挨拶して9:35に出発。


 家の前を通らせてもらい、沢を渡ってジグザグにつけられた道を登り876mのピークを目指す。前回は沢沿いに登って祠と廃屋の跡を辿ったが、今回ははじめから右手の尾根に上がって祠や廃屋を見下ろしながら急登を一気に登り10:02にピークのやや南に出る。前回調査の帰路ではこの下降点を見逃して876mのピークまで行ってしまい、そのまま北に下りかけて間違いに気づいたが引き返すのに苦労した。何の変哲もない所なので特徴点を探して頭に叩き込む。


 ピークから南南東に派生する尾根に沿って進み、馴染となった庚申塔に出る。ここから林道を南進すると境界線を外れて五輪平の東を通ることになるので、未調査ではあるが今回は逆に林道を北に進む。
 しばらく道なりに下ると廃屋が1軒あり、境界線はその家の手前で左折しているが道らしいものはなく、見当をつけて遮二無二進むしかないらしい。やがて崖のような急斜面となり、谷底に砂防堰堤が見えて来る。 

 10:45,ずり落ちそうになりながら谷底に降りると、そこには堰堤があり、小さな流れがあった。そのすぐ上流は五輪平である。ここまで来て,去年ほぼ同じ場所を逆方向から降りてまた登ったことを思い出した。

 廃屋から急斜面を100mほど下ったのでその100mを登り返さなくてはならない。だがそこまで登れば去年見かけた祠の跡があるはず,そしてそこからはハッキリした道がある。とにかくそこまで登り返すことが先決と頑張る。
 
 ひと登りすると突然目の前にビニールハウスの残骸が出てきて驚かされた。山の中の幅5m弱のわずかな平地さえも耕作地として利用されていたらしい。多分,そこは五輪平の裏薮と言う感じの場所なのだろう。
 11:00,その見覚えのある祠の場所に着く。予想通りそこからはハッキリした道があり、直進して11:00に本来の境界線道に出る。

 しかし876mピークからここまでの道が果たして境界線ルートなのだろうか? 先刻来,その疑問が払拭できないでいる。それは次の理由による。
分岐点
 地図の赤ピンの先端は先日,里山道のハイキングで間違えた地点である。境界線はこの三叉路より先(西)にある。従って今歩いてきた道が正しく境界線を踏んでいるならこの三叉路を通過していなくてはならないのだが果たしてどうか・・・? とにもかくにも本来の境界線に出て5分後にその答えが出た。
       
 11:10,未調査部分から調査済みの境界線に出る。ここから先は昨年の調査で小月さんがつけたテープを辿るだけなのだが、5分ほど歩くと問題の三叉路に到達してしまった。
 つまり先ほど歩いた道は境界線ではなかったと言うことになり、課題を残す結果となった。ここは来年度改めて調査することになる。分岐点(=合流点)の見当はついているが、そこから先のルートはコンパスを使って正確に方位を出さないと見つかりそうにない。

2007年11月18日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

胴突きでカサゴ・・・『獲れたて瀬戸内・岳じゃが情報』


 岩国に住む岳君からの瀬戸内釣り情報

 『この日は干潮が19時で小潮、釣り場に着いたのは20時と条件的には良くない。おまけに強風で用意していた2号の錘ではすぐに流されてしまうという悪条件。
 そんな中でも3時間粘って釣り上げたのはお腹がパンパンに張った23cmのカサゴが2匹、その他小型ではあるがアナゴが3匹。
 カサゴはあたりがあったかと思うたらかなり左右に動き回ってなかなかあがってこずに格闘したがやっとの思いでご対面。』


 岳くん でかした! カサゴもアナゴも良型じゃ。強風でよお粘る気になったのぉ。錘の位置がわからんけぇ アタリが取れんかったじゃろ。
 カサゴは卵を持っとるけぇ 卵巣を破らんことじゃ・・。メバルもカサゴも卵胎生じゃけぇ、冬になった腹から仔魚が勝手に出てくるようになる。吸い物に泳がせて啜るとええよ。 
 それにしても岩国の沿岸で胴突きが出来るほど深い港があったかのぉ・・,どこなんじゃろ?
2007年11月18日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

大黒神島・2


sibaチャンが梶を握る/船長としきりに話しこむsyou君


 kurokamiさんは初対面の挨拶もそこそこに私達を漁船に誘いすぐに出発。船は時速45kmくらいのスピードでカキ筏の間を縫って走り、アッという間に島に着いた。
 航行中,『ここ数年で最も刺激的!』と興奮気味のokku君,sibaチャンは梶を握らせてもらって大喜び! 船長さんと何やらしきりに話し込んでいるsyou君もトモさんも,どの顔もみなニコニコと嬉しそうなのが嬉しい。

桟橋がないので浜に乗り上げる/この草地がキャンプ場 
 
 島にはわずかな砂浜と、そこに注ぐ今は水が枯れた小さな沢の周辺に広がるネコの額ほどの空き地があった。かつてそこは耕作地で、地主は船で通ってサツマイモやジャガイモをつくったと言う。
 その空き地をキャンプ場として、こ20年来,夏になると全国の子どもを集めてキャンプを行っている団体があると言うことだ。
 

丘の上の別荘/浜の護岸から本島を望む


 船着場になる砂浜から上陸して右手が小高い丘になっていてそこに別荘が1軒立っている。この別荘には沢から水が引かれており、別荘の住人がいない時にはその水を生活用水として使わせてもらえることになっているそうだが、飲料水はキャンプ中の食糧等と一緒にkurokamiさんに本島から運んでもらうことになるとのこと。
 子ども達は波静かな遠浅の海で泳いだり、磯で貝拾いや釣りを楽しんだり、船に乗って漁師さんの刺し網漁を見学したりして島での生活を楽しむことが出来る。もちろん何もしないで過ごすのもありだ。


この船で移動/漁場となる沖合いの根磯

 島での行動圏内の調査を終えて再び船に乗り込み、少し北側にあるもう一つの浜と磯まわり,それに漁場となる根磯を案内して頂く。
2007年11月17日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

大黒神島・1

 
  
 11月9日(金)
 目覚めると目の前に大黒神島があった。沖合い5kmほどの海に横たわる島は思ったより大きい。
 昨夜は18:00に大山を出て溝口に下り、R183を走って道後山で広島入り,三次からR375に入って世羅大地を南下,呉で瀬戸内の海岸線に出てそのまま休まず音戸大橋を倉橋島に渡り、23:20分頃,能美島の西,江田島市沖美町に着いた。
 地図にあるキャンプ場を探したが分らず畑地区の正光港の広場に車を停めて車の中で寝た。トモさん1人,シュラフにくるまって転がって寝たそうだが明け方ちょっと寒かった程度だったらしい。この朝,大町は霜だったとか・・。
大黒神島 大黒神島2 
 (no imageの時は地図をクリック)
 6:00に起きて車で南の大原湾方向に移動し朝の海岸を散歩した後,島のあちこちをドライブしたり、釣りの真似事をして時間を潰し、約束の12:00に大黒神島を案内して頂くことになっている,その名もkurokamiさんと会って漁船で島へ渡る。


2007年11月17日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

鳥取砂丘から大山へ・・・瀬戸内・海と島のキャンプ候補地視察〜5



 11月8日(木)続
 11:30発,餘部鉄橋からは海岸線に沿ってR178を西に進み、鳥取県岩美町網代でR9に合流してまもなく砂丘道路に入る。12:15,鳥取砂丘P着。
 13:00発,白兎海岸,羽合と進んで14:10に道の駅ポート赤崎着。赤崎といえば魚,ここで大き目のスルメイカ3杯500円,大ぶりのハゲ1尾700円,カニ4杯1000円等々,ピチピチの新鮮魚介を格安ゲット。出発以来,ギリギリの食事で来ているので、今夜はこれを料理して豪華な晩餐とすべく勇躍大山・桝水原へ向かう。

鳥取砂丘 大山桝水高原
 (no imageの時は地図をクリック)
 14:30発,赤碕漁港前から大山道に入り、標高1729mの伯耆大山を目指してぐんぐん登る。大山寺の僧房や周辺のブナ林に寄って行きたいところだが、目を瞑って桝水原へ急ぐ。こうしてまだ日が高いうち(15:20)に高原に着いた。
 見上げる大山は紅葉に彩られ、まさに伯耆富士の名にふさわしい美しい姿を見せ、平日にも関わらず高原には大勢の観光客が溢れていたが・・・,目指す無料休憩所がない!? 周辺の土産物の店に聞くと数年前に撤去されたとのこと。
 当てにしていた小屋がなくてはゆっくり夕食をつくることが出来ない。ならば・・・,と探すと閉鎖中のキャンプ場があり、そこで夕飯の支度をする。水は出ないが炊事棟があるだけでも助かると言うものだ。 



 syou君にはハゲの3枚おろしとイカの腸ぬき,おつくりとポン焼きを手ほどき,sibaチャンにはハゲの頭と中骨でアラ汁を造ってもらう。okku君はご飯を炊いてカニを茹で、トモさんがオオイタドリの葉に盛りつけして早めの夕餉となる。
 イカ刺しにはイカの肝を,ハゲ刺しにはハゲの肝を醤油で溶いて頂くとこれが絶品。カニ党のokku君は最後までカニにしゃぶりつく。
 満腹になった頃,つるべ落としの秋の日が落ちて辺りは真っ暗になった。
 今夜は夜を徹して走り、呉から音戸大橋を渡って大黒神島対岸の能美島まで行く。明朝までに着けばいいのだが、多分0時までには着くだろうと予想しつつ18:00出発。

2007年11月17日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

餘部鉄橋・・・瀬戸内・海と島のキャンプ候補地視察〜4


餘部鉄橋 (no imageの時は地図をクリック)


 11月8日(木)
 天橋立発9:00。京丹後市,豊岡市を経て香美町香住から山道を抜け、11:00に餘部橋梁下に着いて休憩,廃止される橋梁を見る。

 余部鉄橋は、その高さと橋脚の美しさから多くの観光客や鉄道マニアを集め、90年以上にわたって地元住民に親しまれているとともに、日本海からの突風を受けて列車が転落し、多くの死傷者を出した鉄橋としてあまりにも有名である。


 余部鉄橋列車転落事故〜ウィキペディア(Wikipedia)より。
 『1986年(昭和61年)12月28日午後1時25分頃、香住駅より浜坂駅へ回送中のお座敷列車『みやび』が日本海からの突風にあおられて鉄橋中央部付近より機関車と客車の台車の一部を残して7両が転落した。転落した客車は橋の真下にあった水産加工工場を直撃し、従業員であった主婦5名と乗務中の車掌1名の計6名が死亡、客車内にいた日本食堂の従業員1名とカニ加工場の従業員5名の計6名が重傷を負った。
 この鉄橋からの列車の転落は橋の完成以来初めての惨事であり、原因としては風速25m/s以上を示す警報装置が作動していたにもかかわらず列車を停止させなかった人為的ミスと見られている。
 1988年(昭和63年)10月23日、事故現場に慰霊碑が建立され、毎年12月28日には法要が営まれている。』


 余部鉄橋は、安全運行実現のためコンクリート橋に架け替えられることが決まり、現在の鉄橋については観光資源、鉄道文化資産としての価値から保存を求める声、保存経費や落下物の危険性を理由に撤去を求める声が相半ばしている。 

 この山を線路の高さまで登った所に餘部駅がある。



2007年11月16日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

出会い・・・平郡島・五十谷三島にて〜4


 島に着いてすぐにトモさんが1人の青年を伴ってきて『新しいメンバーが加わりました』と言った。10年ばかりドイツにいて最近島へ帰り『素潜り』漁を始めたと言うその青年は3人兄弟の長男で、3人とも潜り専門の漁師だとのこと。
 『類は友を呼ぶ』でこう言う同類的『お仲間』を見出すことにかけてはトモさんの嗅覚は鋭く行動は素早い。

 釣りを終えて五十谷三島へ移動する準備をしていると、初老と言うには精悍な潮焼けした顔と小柄ながら逞しい体つきの人が『キャンプか?』と話しかけて来た。大きなリュックを背負っていたのを見て『俺も山をやっていたからよぉ・・』と言い、問わず語りに『横浜で高校の教師をやっていて最近島に帰って来た』こと,『島では潜りの漁を始めた』こと,『畑で野菜も作っている』ことなどを話し、『後でミカンを届けるから』と言って畑を見せてくれたりした。

 後で分ったことだが、平郡島に渡る船に乗った時点から、我々の一行は全乗客の注目を浴びていたらしい。おそらくそれは最初に駐車場所を尋ねたグループが『松本から来たのか!』と目を丸くしていた時からのことなのだろう。そしてまた東港に着いた時点でそれは島中の人に知れわたるところともなっていたのだそうだ。
 そう言えば釣りをしている時からチョコチョコと覗きに来る人がいたっけ・・。

 島の人達のそう言う反応を代表していたのが先の2人なのだとすれば、この島は旅行者に友好的なのかもしれない。それはこの上なく有難いことだ。
 実際,夜になって青年漁師から大きなアジやサザエ,アワビ等のピチピチの魚介類が、また横浜帰りの方からはミカンとサツマイモが届けられ、その言葉が決して外交辞令でないことが証明された。
 この後,帰りの船の中でもまた新たな出会いがあるのだがそれは後に述べる。

2007年11月16日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

峠を越えて・・・平郡島・五十谷三島にて〜3


 3時頃まで釣りを楽しんで五十谷三島のキャンプ場に向けて出発する。道は集落の間の細い通りを抜けて右に折れそこから山道に入る。

 道々,イヌマキの赤い果托を見つけて頬張る。味はイチイの実と同じで子どもの頃には生垣のこの実をよく食べたものだが今は見かけること自体が少ない。
 アケビの実が落ちていた。地元の人の話しでは今が食べ頃だと言う。季節感がずいぶん違うのに驚く。ビワの花咲く年の暮れ・・,だがイヌビワの実はまだ固い。
 青々とした葉と大きな実をつけているトベラだかモッコクだか定かでないツツジ科の木,ウバメガシの葉に似たアキグミの花・・,いずれも信州のそれとは違う,しかし見覚えのある植相に懐かしさを覚える。


 30分ほど歩いて港のある集落を見下ろす峠に出た。船で無人島に渡してもらうのと違って、我が足で目的地に迫る途中で越し方を振り返り、目を転じてみかん畑の間から目指す浜を垣間見るこの峠からのこの景観が嬉しく美しく、そのアプローチにこそ意味があると感じながら時の経つのも忘れて眺め入る。

2007年11月16日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

天橋立にて・・・瀬戸内・海と島のキャンプ候補地視察〜3

天橋立

 天橋立なんて今更・・,と思いつつ、若い人達にとっては初めての地であり、すぐ側を通るのであればちょっと寄って行こうか,と言うことになった。
 観光地としての天橋立には駅の側から入るのが普通だが、ここは道路事情がよくなくて車を停める場所もなく落ち着かない。トモさんはその辺を心得ていて何と反対側の砂州のつけ根に当たる江尻と言う地区の海岸線から入った。そのお陰で天橋立を砂州の内側の阿藤海からでなく外側の宮津湾から見ることが出来た。これはちょっと新鮮な感じだった。

 海岸線には写真のような階段状の護岸があり、そこから40mくらいの間隔で沖に向かって捨石を積んだ突堤が突き出ていて突堤と突堤の間にはバラス大の石が敷き詰められていた。これはあまり見かけない景観だ。


 突堤では捨石の中のアイナメを狙って釣っている人がおり、また捨石についた牡蠣や貝類を拾うことも出来た。

 日当たりのいい階段状の護岸の上に漬け物に使う柿の皮やうずら豆,サトイモ等を干している夫婦に出会って色んな話しを聞くことが出来た。


 目の前の海は宮津湾の内海なので荒れることもなく、津波の心配も殆んどないと言う。それでも台風の時には波しぶきとともに敷き詰めた小石が飛んで来ることもあるそうだが、概して穏やかで平和を絵に描いたような景観である。


 同じように家で取れたシイタケを干している人や庭先に網を吊るしてイカのゲソを干している人がいた。この地方で獲れる『秋イカ』と言うイカだそうだ。話していると『もって行け』と言って干してあるゲソを一握り残して全部手渡され、恐縮しながら頂く。適度な塩味が甘みを引き出して絶品だった。

 人々との出会いと語らいが心をなごませ旅を豊かに膨らませる。

 南に見える山は酒呑童子の大江山
大江山 幾野の道の遠ければ まだ踏みもみず 天橋立
                    小式部内侍
 近くには安寿と厨子王の由良の浜
由良の戸を 渡る船人 梶を絶え 行方も知らぬ 恋の道かな
                    曽禰好忠
2007年11月15日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

ルッコラ用,ニンニクのバルサミコドレッシング


 大量のルッコラは市場に出しても売れないのでせっせと食べているが、食べきれないので知人に分けたり送ったりしている。きれいに洗い形を整えて袋に詰めるのは結構手間なので、お近くの方はどうぞ来ているだけ持って行って下さい〜,と言っては見ても、山の上なので実際に来る人はいない。
 そんな訳で欲しい方には送料のみ着払いで送りたいと思っているのだが・・・,まずは食べ方から・・。

 生食にはニンニクのバルサミコドレッシングが一番!
1:ニンニク5〜6欠けは2mmくらいの厚さにスライスする。
2:フライパンを傾けて適量のオリーブオイルでニンニクを焦がさないように低温から弱火で揚げる。
※ニンニクの味・香りを閉じ込める時には高温で揚げ、油に香りを移す時には低温から揚げる。
3:ニンニクに色がついたら皿に取り、オイルが冷えるのを待ってオイルより多めのバルサミコ酢を入れて塩コショウで味を整える。
4:ふたのある容器に揚げたニンニクとオイルを入れてよく振り、混ぜ合わせる。
 
5:ルッコラは手でちぎるのでなく、包丁で適度な大きさに切る。混ぜ合わせる時は、軽くかけるのでなく、手でもみこむようにしてしっかり混ぜ合わせる。

2007年11月15日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

舟屋の里・・・瀬戸内・海と島のキャンプ候補地視察〜2



 11月8日(木)
 伊根には昨夜11:15頃着き、丘の上の公園でそのまま寝て今朝は6:20から舟屋を見るにいい海岸まで降りる。
 伊根に来るのはこれで4度目。ここからのこの景観が最も美しく、何度見ても飽きることがない。


操業中の漁船を見つめるトモさん
 

晩秋の海辺を彩るツワブキの花
何と,桐の花が咲いていた!



舟屋の玄関


 見納めて伊根を発つ 

   
2007年11月14日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

波止で釣る・・・平郡島・五十谷三島にて〜2

 (アオベラ)

 島での釣り場を考えた場合,誰にでも釣れる豆アジや小物狙いの五目釣りは港の堤防などに限られる。キャンプ地の五十谷三島に行ってしまうと砂場での投げ釣りか岩場でのベラ釣りになり、やや経験を要する。
 港の波止の様子を見るとアジが湧いていたので試しに竿を入れてみるとすぐに3尾のアジがかかったので、それっとばかりその場で釣りとなり、3時頃まで釣りを楽しむ。
 同行した『獲れたて瀬戸内,岳じゃが情報』の岳君の手ほどきで仕掛けをつけ次々と竿を入れるとたちまち入れ食いとなり、テンヤワンヤの大騒動となった。



 クーラーを忘れたので、上がってくる魚はその場ですぐに捌いて3枚に下ろし、刺身で食べるべくsyuu君,okku君におろし方を伝授すると若者達はすぐに要領を覚えておろしながら食べ,また交代で釣りながら食べ、食ベながら釣る。
 syuu君の竿にやたらと20〜25cmのサバがかかった。サバは足が速くて傷み易いのと、生で食べるチャンスは滅多にないのとで刺身にするが、syuu君が釣ってくるペースが速くて追いつかず、テンテコ舞いの忙しさとなる。



null
 活発に釣れるアジは下ろしきれなくなって途中からから揚げに切り替える。ピチピチのアツアツはたまらない美味しさで大人気だが、tomoko&aki姉妹は下ろした中骨や頭,剥き身をもから揚げにする。骨まわりの身が一番美味しいと言うことを知っているのだ。下ろすのも揚げるのも食べるのも、それを当たり前としてやる。彼女達の両親がそれをキチンと教えているのだ。
 命を頂く以上,食べれるだけ食べつくすのが我々の流儀であり、魚に対する礼儀であると思っている。
 さらに残ったアジはフェリーのデッキでの干物づくりを見習って腹開きにし潮風に当てて干す。



 アジに混じって釣れるアオベラは鱗を取らずに塩焼きに,ハゲは皮を剥いで身は刺身にし骨付きは吸い物の出汁と具に,メバルや名前のわからないアイナメ系の魚,マダイ,イシダイの仔などは煮つけにする。
 
2007年11月14日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

絶好のキャンプ地・・・平郡島・五十谷三島にて〜1


柳井港・・・,ここが芸予航路の出航基地

西港近くの瀬の好のポイントに釣り船が押し寄せる

 平郡島へは柳井市からフェリーで1時間あまり。島には西と東の2つの港があって、目指す五十谷・三島へは東港から2kmの山道を歩いて行く。
 15年前,広島の『佐伯冒険クラブ』と言う子ども対象の組織の行事として平郡島でキャンプをした経験がある。その当時の五十谷・三島は、港から山道を歩いていかなければならなかったことと、現地に水がなく港からもらって運ばなければならなかったことが幸いして訪れる人が殆んど無く、独占的にキャンプを楽しむことが出来た。

現地参加は『白馬岳・ユングフラウ』メンバーの美人姉妹。姉のtomokoは15年前のキャンプ参加者である。

船のデッキにイカやアジの干物が干してあった。

 その後,のこ波静かな遠浅の砂浜は海水浴場として整備され、シャワーやトイレが設置されて飲用意外であれば水も使えるようになって海水浴やキャンプがしやすくなったようだが、それでも大勢の人がドッと押し寄せると言うようなことはなくて、砂浜は以前と変わらない美しいを保っている。


磯にはこんなお宮が祀られていた。

 波が穏やかな浜では遊泳を楽しみ、さほど荒々しくない磯のまわりでは岩場や根に着生する貝類等の生き物を拾ったり潜って獲ることができる。五十谷・三島が今も絶好のキャンプ地であることには変わりがない。

島にはツワブキの花が咲き乱れていた

浜にはツルナやハマダイコン,ハマエンドウなどの野草が自生していた。ツルナやハマダイコンはもちろん汁の実,おひたしとしてメニューに加わる。

久々登場のスタードーム 

連日,海に沈む太陽を見る
2007年11月14日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

磯遊び・・・平郡島,五十谷三島にて〜5


目的地が見えてきた
   五十谷三島

 目的地の五十谷(いや)三島。五十谷の砂浜は遠浅で絶好の海水浴場となっている。浜には水がなく、また港から歩いて40分かかることから訪れる人も疎らだったが、最近,シャワーとトイレが設けられ、水が利用できるようになったことから俄かに海水浴客やキャンパーが増えたと言う。それでも絶対数はそれほどではなく、適度に不便ではあるが、泳いだり潜ったり磯の生き物達を採集したりの海辺の遊びを満喫できる絶好のキャンプ地だ。
 砂浜でから東南に三つの小さな島が連なり、島の一つに小さな神社がある。三島との間にはケーソンが並べられて潮が低い時には行き来できるようになっている。

 島に渡って最初にやることは、フジツボ,カメノテ,ヨメガカサ,シッタカ,イソギンチャク,各種螺貝などの磯の生き物を獲って食べること。




 五十谷三島(右)の岩場にびっしり着いたカメノテ。茹でて中身を穿り出すときれいなピンクの身が現れる。汁の出汁としても一級品。


 シッタカ等の小さな螺貝を先の尖った竹串などで穿り出して食べるのが楽しい

 先端を身に差し込んで、貝の螺旋に併せてゆっくり回転させながら内臓の先端部まで切らず引き出す。苦味のある内蔵が美味しい。
 子どもの頃からの慣れた手つきで器用に引き出すtomoko。初挑戦のokkunもすぐに要領を覚えたが、口に入れた途端,『苦ッ!』・・って,その苦味がいいんだってバ!

2007年11月13日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

今夜は伊根・・・瀬戸内・海と島のキャンプ候補地視察〜1


  11月6日
 明科発10:45。遅い出発になったので今日中に鳥取まで走ることは断念して行けるところまで行くと言う方針に変更。
 美濃白鳥の道の駅で昼食。福井までのR158が意外と時間がかかり、若狭湾に着く頃にはとっぷりと日が暮れた。高浜で遅い夕食の海鮮うどんをつくる。
 丹後半島の伊根を目指して22時に宮津通過。23:15道の駅・船屋の里着。早々にテントを張って寝る。半袖でもちっとも寒くない夜。
 冬の大三角形が底辺を水平線上に合わせるようにして行儀よく位置すると言う珍しい光景を見る。

2007年11月13日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

早朝種蒔き


ルッコラ

ハクサイ
 昨日,タマネギを植えてルッコラ,ホウレンソウ,キヌサヤの種を播こうと思ったらホウレンソウの種が切れていたので、今朝6時からホウレンソウの種蒔き。
 残りは帰ってから。

ホウレンソウ

ブロッコリー


2007年11月07日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

姨捨駅へ・・・善光寺西街道ウォーキング・3


猿ヶ番場峠

 13:10,聖レイクサイド館を出発。R403をしばらく歩いて村境碑の先から林道に入る。林道は今は舗装されて広いが斜面は結構きつくてどんどん下らされる感じ。念仏石,馬塚,猿飛池を経て火打石茶屋跡までが2km。

馬塚

火打石

 さらにどんどんと下って中原の一里塚。この一里塚は西街道唯一の現存する一里塚で、現在周辺整備の工事が行われており、休み処として復活する日は近そうだ。
13:53,のぞきに着く。ここから街道と分れ、林道を姨捨駅に向かう。
 姨捨駅までは3.7km。途中,国道を横切り、高速道路上を渡って14:47,姨捨駅着。丁度登り列車が発車したばかりで、待合室で自己紹介したり談笑しながら次の列車が来るのを待つ。15:09の長野行きに乗る人を見送り、15:42の上り電車に乗って聖高原駅に向かう。
                    終わり

姨捨駅 長楽寺

2007年11月06日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

姨捨山の月・・・後

猿ヶ番場峠
 俳諧の時代〜長楽寺と田毎の月
 室町時代になると和歌に代わり連歌が盛んになる。文学は庶民に広がり、やがて俳諧に発展して行く。
 一方,古代官道は新ルートの開発で古峠から猿ゲ番場峠に道筋を変える。それに伴ってか、長楽寺周辺に姨捨のの月が定着して行く。長楽寺を物語る『田毎の月』の初見は、現在のところ室町末期の狂言本『木賊』であると言う。

 『おばすて山 田毎の月 さらしなの里 また其の原にてふしぎなこと見たと由布』

 その後,俳人が長楽寺を訪れては俳句によって広めて行く。その代表者が松尾芭蕉である。芭蕉45才の時に書いた『更科紀行』の一句が長楽寺を姨捨山として不動のものにした。
 
 おもかげや 姨ひとりなく 月の友

長楽寺
 この時代は姨捨山から見た鏡台山に登る月を『姨捨山の月』と呼んでいる。
 
 以上のように和歌の時代も俳諧の時代も文学作品を通して全国に広まった『姨捨山の月』であった。
 明治になって『冠着山復権運動』が起こり、冠着山が姨捨山であることが一般に再認識されることになる。しかし、300年以上の歴史は消えるはずもなく、以来,姨捨山(冠着山)にかかる月と、姨捨山(あるいは姨石)から見る月とに分かれて月の名所が存在することとなった。
姨捨山


2007年11月06日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

携帯での初投稿

 とりあえずやってみた。明日から瀬戸内キャンプ場探しの視察旅行。

 PCで編集。携帯だけから投稿している人もいると言うことがわかった。何とか写真をアップしたいものだけど、写真を送ると料金が心配。

 gooのブログ(山のあしおと小学校)で、携帯から投稿できるようにしようと思って画像もまあまあのフォーマに変えてじゃんじゃん記事を送っていたら、普通1万円前後だったところ,3万円もの請求書が来てびっくり。こりゃたまらん。写真がよくなれば料金も跳ね上がるんだってことを考えてなかった。
 以来携帯では文字情報のみの投稿とし、ぼろいデジカメの画像だが写真は家に帰ってPCでと言う風にしている。
 そうなるとフォーマよりムーヴァの方がエリアが大きいのでフォーマに換える必要はなかった,と言う結論に達した。そこで、月300円の料金で両方の携帯を自由に切り替えて使えるようにした。
 アルプスの山頂からだとムーヴァの方がよく飛ぶのでこのやり方は重宝している。
2007年11月06日 by 木偶野呂馬 | General | 1 コメント | No Trackbacks |

育ちすぎた苗


  タマネギの苗を買うのは馬鹿らしいのだが、播種してもその後の管理が悪くて発芽率が極めて低く、今年も買う羽目になった。なかなか思うような苗が手に入らなくて今回の苗はやや育ちすぎ。育ちすぎた苗は葱坊主が出来ると言われる。根っこの部分が太すぎたり膨らんでいてはもちろんいけないが葉が伸びすぎたものもいいとは言えない。なので上3分の1ほど切って植える。


 キヌサヤを第2農園に播きたいので畑起こしから始めたのだが、その一画だけ粘土質でよく締まっていてやけに固い。渾身の力をこめ鍬を振り下ろして大きな土の塊を掘り起こし、次の瞬間,引き上げた鍬ノ柄をくるりと向けかえて鍬の背で土塊をたたき壊す。土がいいとその一撃で土塊がはらりと壊れて他の土と馴染んでくれるので力は入らないのだが、粘土質の土は割れても塊のままなので何度も叩いて砕かなければならない。この作業は腰に来るので終いには悲鳴を上げながらの作業になる。挙句,無理をして鍬の柄を折ってしまった。

 明日中にキヌサヤとルッコラ,ホウレンソウの播種をすませて出かけたい。ハウスのビニールかけは間に合いそうにないので帰ってから。明日は超多忙な日になりそう。
2007年11月05日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

落ち葉だけで火を起こせるか・・・!?

 
 3日夜の鴨鍋パーティーが終わって小学4年生のryu君が泊まることになった。お散歩会のちびっ子達は未就学児が殆んどで小4としてほイマイチ物足りなかったので小学生同士で意気投合したらしい。こちらは2人だけのつどいだったが、異なる地域の近い年令の仲間が増えることは喜ばしい限りで、来た甲斐があったというものだ。
 かくして4人だけで朝を迎え、まずは火起こしから1日が始まる。
 
 
 囲炉裏での火起こしはすぐに出来るようになった子ども達。まわりにふんだんにある落ち葉だけを積み上げて火を起こせるか・・,と言う課題に挑戦!
  漫画のように勢いよく燃え上がる・・,と言うことにはなかなかならないようだ。木の葉が湿っているのと、積み上げると空気の層ができないからだろうと言う事になり、中にロストルを入れて見た。 
 
 火吹き竹で懸命に風を送る子どもた達・・,しまいには頭がくらくらすると言ってへたり込んだ。
 最後は何とか焚き火になったがなかなか難しいものだ。
 

2007年11月05日 by 木偶野呂馬 | General | 2 コメント | 1 Trackback |

たぬ公現る・・・森くら囲炉裏端



 誰もいなくなった深夜の森くら囲炉裏端。かさこそと枯葉を踏む足音に振り返ると暗闇に光る金色の目。


 狸が現れた
 
 とりあえず散乱している食べ残しの食糧や材料から残飯,生ゴミまで、すべて小屋に収納してじっくり観察。


 何もしないで見ているとどんどん近づいてほんの1mの所まで来た。


 いつも畑の帰り道に見かけることの多い狸だが、こんなに近くまで寄ってきたのを見るのは初めて。
2007年11月04日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

森のくらしのつどい・・・11月3日〜4日


 11月3日〜4日,大町お散歩会の秋の収穫祭。大勢のちびっ子達とお母さん,お父さん達が大集合。アイガモ2羽を潰して鴨鍋&アイガモロースト,または串焼き。盛り上がり度200%。我が森のくらしのつどいもこれに合流。

 大町市森のくらしの郷での『森のくらしのつどい』は2名だけの参加。当日は大町おさんぽ会の秋の収穫祭が行われるとのことで、大勢のお母さん方がその準備に追われる側を,未就学のちびっ子達が元気に走り廻っていた。
 着くとすぐに『一緒にやりましょう,手伝って!』と声がかかり、トモさんがアイガモを捌いているのを手伝うことになった。



 鴨鍋

 アイガモロースト


 骨も焼いて食べろ!




2007年11月04日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

姨捨山の月をめぐる二つの名所の歴史・・・前


 姨捨山の月
善光寺街道

 信濃の国更科,姨捨といえば古くから知られた月の名所である。現在,麻績村と千曲市姨捨の両地域とも月の里を名乗っている。『姨捨山の月』は時代によりどう変化してきたのか・・。

 歌枕・姨捨,更科
 古来より歌に詠み込まれた諸国の名所を歌枕と言う。信濃の国を詠んだ和歌の中で『更科』と『姨捨』はその44%を占める。つまり、都の人達にとって信濃と言えば姨捨,更科の月だったと言える。

 和歌の時代〜東山道支道・更級郡麻績の駅(うまや)〜

 姨捨山が文学史上に初めて現れるのが次の歌

 わが心 なぐさめかねつ さらしなや 姨捨山に照る月を見て
 『古今和歌集(905)』に載っている作者不詳のこの一首からすべては始まる。この歌に刺激されて姨捨山の月が次々と詠まれ、大和物語や今昔物語で棄老伝説と化して姨捨山のイメージが出来上がって行った。

 今宵われ 姨捨山の麓にて 月待ち偲ぶと誰かしるべき

 この頃,すでに姨捨の月と善光寺は全国的に有名だったらしい。つまり、この時代,古代官道が通った更級郡麻績郷が姨捨山(冠着山)にかかる月を眺めて詠んだものと考えられる。
冠着山
※麻績宿から見て姨捨山は東に当たる。月が登るのを見て名月と讃えるのが普通であるから『姨捨山にかかる月』は麻績宿から眺めたものと思われる。


 ところが・・・,
 
2007年11月03日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

峠の復活宣言・・・善光寺西街道ウォーキング・3



 麻績宿からのグループは一足先に聖湖・聖レイクサイド館に集結し、天然栗がふんだんに入った『栗おこわ』と豚汁の昼食を頂きながら桑原宿からの一行を待つ。

 昼食後は『峠の復活記念イベント』。来賓祝辞の後は市野川と桑原の神楽の共演。
重厚さのある市野川の神楽
ひょうきんな動きの桑原の神楽

 続いて『峠の復活宣言』の採択
 『我々は、猿ヶ番場峠を千曲市と麻績村の共有財産として再認識し、歩く道の整備を進め、善光寺みちの再生を図り、地域振興に生かしていくことを宣言します。』 
   千曲側代表  堀内 隆義  
   麻績村側代表 宮下千代美

 イベントが終わり、両グループがそれぞれの目的地に向かって出発する頃,
外は大雨になってきた。

 


2007年11月03日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

二本松峠・・・過去ログ再掲+α


 旅人 06年4月6日
 先に牧水のことを3つの歌でしか知らないと書いたが、書いた後で牧水を知るに『幾山河〜』の歌以外のものは必要なかったということに気がついた。よくよく考えてみれば、自分は『旅の歌人』と言う形容に惹かれたのではなく、『幾山河〜』の歌そのものに惹かれたのだった・・・ノデハナカッタノカ!
  自分は歌人ではないし、短歌の研究家でもなく、牧水の研究者でもない。それどころか文学好きでさえない。ただ単に牧水の『幾山河〜』が好きなだけの一生徒だ。
 多感な青年期に『幾山河〜』の歌に触れて『旅への憧れ』に共感し、『さびしさの果てなむ国』を彷徨いたいと思い、それを今も心のどこかにそのまま抱えているというだけのことだ。
  旅しても旅しても『さびしさの果てなむ国』なぞありはしないだろう。旅すれば旅するほど逆にさびしさは募るに違いない。むしろそのさびしさを求めて旅をする。
 旅は孤独を確認するためのものであり、その孤独の中で孤独を諦めて、群れに戻るためのものであると思う。


二本松峠
 二本松峠
 ところで、牧水がその『幾山河〜』を詠んだ地と言うのが道後山の近くだと言うことを以前聞いたことがあった,いや、そこを通過したこともあったのだが、それがどこだったかハッキリとは思い出せないでいたのが、ネットで色々調べているうちに分かった。

 以下,岡山県哲西町教育委員会の説明文からの引用。

 若山牧水の「幾山河・ ・」の歌は、「中国を巡りて」と題し歌集「海の声」「別離」などに発表され、多くの人々に愛誦されてきた。
 明治四十年七月、早稲田大学の学生であった牧水は、夏休みに郷里日向(宮崎県)への帰途、同学の学友であり、同じ尾上柴舟の門下で、特に親しかった有本芳水にすすめられ、岡山、高梁、新見、宮島、山口と中国を旅した。
 このとき備中から備後へ越えようとして、峠にゆき暮れ、茶店に泊り、
 「けふもまたこころの鉦をうち鳴らし、うち鳴らしつつあくがれて行く」の歌と
 「幾山河・ ・」の歌二首をしたためて、芳水に宛て送ったという。
 牧水が泊った峠の茶店が、ここ二本松峠の熊谷屋(安達氏)であることが、倉敷天文台の本田実氏によって確かめられた。
 昭和三十八年哲西町に建設委員会を設け、全国有志の協力を得て、翌年十一月、熊谷屋々敷跡へこの歌碑を建設した。

 何とこの文中に倉敷天文台の本田実氏の名前が出てきた。本田実氏と言えばホンダ彗星で知られた日本のコメットハンターの第1人者にして草分け的な人だ。
 氏とは広島市郊外の楽々園と言う遊園地内にあったプラネタリウムで会ったことがあり、その時ちょっとしたいざこざがあった。その内容は伏せるが、まったく畑違いの場で氏の名前を見つけて驚いている。

 今回の瀬戸内視察旅行の際,出来ればその『二本松峠』に立ち寄りたいと思っている。
二本松峠2

2007年11月02日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

旅人・2・・・過去ログ再掲


 06年3月11日 
 翌日,その『旅人』こと,酔風氏から次のような便りを頂いた。

 木偶様
 昨日は色々と話を聞かせて頂きありがとうございました。また、わざわざ車で送って頂きましたので、再度迷うこともなく光城山経由で下山し、10時半頃に帰宅できました。
 
 長峰山へ登る途中で今年初めて蝶を見ました。それで、先日テレビでケイチツといっていたことを思い出し『ケイチツはどう書くのだったかな』,『チツは確か蟹に似た字だったが、ケイは・・・?』などと、いつものように記憶力の衰えを認識しながら歩きました。木偶さんのブログで啓蟄は『啓虫蟄戸』のことであると知り、これなら意味もよくわかります。
 蟄を辞書で引くと使用例に『蟄居』があり、ああそうだったと思い出しました。蟄竜や蟄雷という言葉も出ています。前者は『隠れている竜』という意味の他に『まだ活躍する時をえないで隠れている英雄』という意味もあるようです。
 蟄雷は『春雷がはじめて轟き、冬ごもりしていた虫の目をさまさせること』とあります。

 楠本憲吉編著の作句歳時記の春には、啓蟄はさらに第1候『桃始めて華ひらく』,第2候『ひばり鳴く』,第3候『鷹化して鳩となる』の3つに分けられると書かれています。
 木偶さんの引用とは異なりますし『鷹化して鳩となる』の意味がわかりませんが(餌が豊富になり、ノンビリしてしまうのでしょうか?)、いずれにせよ昔の人はよく自然を観察し、その特徴を的確な言葉で表現していたことに感心します。

 蝶一つ吾の歩みに合わせ飛ぶ 生命(いのち)恋しも春待つ山は

 野菜がよく育ちますように。           酔風


 06年4月5日
 酔風子からはその後も次のようなメールに添えて『山桜』の歌2首を頂いた。

 『中公文庫「日本の詩歌4」によると、牧水の「山ざくら」と題する天城山での二三首の連作は、彼の第十四歌集「山桜の歌」に収められています。その中の私の好きな歌二首を転載します。

 うすべにに葉はいちはやく萌えいでて咲かむとすなり山桜花
 うらうらと照れる光にけぶりあひて咲きしづもれる山ざくら花

 第一首は高校の教科書で習った歌です。高校卒業の時にクラスに5、6人しかいなかった女生徒が皆に何か書いてほしいとアルバムを回した際に、私はこの歌を書きました。きっと、未来への憧れや希望をこの歌に託したのでしょう。

 牧水の鉦の歌で、誰かの信州の鉦にまつわる歌に心打たれたことを思い出し、窪田空穂の歌を探し出しました。

 鉦鳴らし信濃の国を行き行かばありしながらの母見るらむか
 信濃で生涯を過ごした亡き母を恋い慕う心を、明治の頃に行われていた信濃の年少の巡礼に託した歌とのこと。松本市城山公園の山上の歌碑には、78歳の筆でこの歌が刻まれているそうです(現代短歌鑑賞辞典による)。

 今日(3月27日)の早暁に広島へ旅立たれた木偶さんたちは、静かに心の鉦を鳴らしながら広島を歩かれることでしょう。旅のご無事を祈っています。』

 酔風子は、私が山桜が好きだと言ったことを覚えておいでになり、わざわざこの歌を選んで下さったのだと思う。感謝!

 以下はネット情報。
 上の歌は大正11年(1922)の作。翌年5月出版した歌集『山桜の花』の第一首目にみえ、数多い山桜の歌のなかでも秀逸な作品である。
 息子旅人が大正2年に喜志子の生家で出生したこともあって、牧水は広丘(塩尻市)の地を度々訪れている。広丘小学校の松林も喜志子と一緒に散策して詩魂を培ったにちがいない。  
 碑は昭和52年建立。碑面は牧水の揮毫を刻んだものである(歌碑公園)
 
 けふもまた心の鉦をうち鳴らし うち鳴らしつつあくがれて行く 

 牧水と言う歌人は、夫人の喜志子とともに好きな歌人なのだが、なぜ好きかと言われると、何かの本で『旅に生きた歌人』と言うような紹介があったのにただ単純に憧れたと言うほどのことでしかなく、知っている歌と言えば『幾山河越え去り行かば〜』と『白玉の歯にしみとほる〜』『白鳥はかなしからずや〜』の3首だけと言うお粗末さである。
 そこで、この際少し勉強しようと思って安易だがネットで調べてみた。
 何と、喜志子夫人の出身地が塩尻の広岡で、ここに歌碑公園と言うものがあって、先の『うすべにに葉はいちはやく萌え出でて〜』の歌碑があると書いてあった。 写真がその歌碑。
 

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旅人・・・過去ログ再掲


 06年3月10日
 ハウスの中で作業をしていると『ちょっとお尋ねしますが,光城山に行くにはどう行けばいいんでしょうか・・・?』と声がした。
 聞けば『長峰荘から長峰山に登り、烏帽子のピークを通って光城山に行く途中で道を間違えたらしい』とのこと。ちょうど1ヶ月前に歩いたのと逆のコースである。
 『相模原市の淵野辺から〜』,『青春18切符で〜』,『1人旅〜』と聞いて思わず身を乗り出し、『ちょっと休んでいきませんか!』となって奥のハウスに寄ってもらった。
 自分も友人がいて何度か淵野辺に行ったことがあること,去年青春18切符で子ども達と広島に行って、今年も計画中であること,等から始まって、街道歩きや旅のこと,山のこと,写真のこと,花のこと,野菜のこと等々,共通項の話しに花が咲いた。

 知り合いの若者が突然,四国・お遍路さんの旅に出た〜と言うその人の話しから、子ども達や若者達が、自分で計画して自由に旅をすることができるような環境や条件づくり,動機づけなどにも話しがおよんだ。先日の善光寺街道シンポジウムでもそのような問題提起があったばかりだったので、善光寺西街道は四国のお遍路道に比べても遜色のない街道であることなどを話し、楽しい時を過ごした。
 ごく稀にだが、こんな風に道を尋ねられたり、フキノトウやタラの芽,キノコ採りの人達と話し込んだりして、あれこれの話題に興じることがある。

 旅人が道に迷ったり、何かを求めて辺鄙な山里にやって来る人がいる。生きる道に迷っている人もいるのかもしれない・・・。
 そうして迷ったり求めることから人と人との交流が始まる。
 
 歩く人がいて,歩く道があり,歩く人を受け入れる場所があって、ゆったりと過ごせる時間が流れている・・・,そんな旅をしたいし、そんな旅人を迎えたいと思っている。
 そんな道迷い人やたずね人が、この場所にに来てくれることを願っているし、自分もまた、何かを探してどこかの野や山や人里を歩き、そこに暮らす人々と言葉を交わしてみたいと思う。
 
 
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鹿鳴


 ようやく色づき始めた山の奥から鹿の鳴く声が聞こえた。去年は冷たい雨のそぼ降る夕暮れ時にやはり鹿鳴を聞いた。それは哀調を帯びて物悲しく晩秋を告げる響きである。
 天気がよくて温かい日だったせいか、今年の鳴き声は幾分元気よく聞こえる。いい嫁さんを見つけろよ〜と応援したくなるような・・。

 遠く北方20km彼方の爺がヶ岳,鹿島槍,更に30km先の白馬三山のシルエットを見る。

 相変わらず腰痛に煩わされながら、ひたすらに畑を起こす。痛み止めが効いているのかいないのか・・,いつもの半分以下のペースでしか仕事が進まず、1日ですむ作業に2日かかった。

 夕闇迫る頃,牛糞を運び終わり、それを撒いて最後は車のライトで耕し、明日の植えつけに備える。
 マルチをかける前に一雨欲しいところだが、待ってはいられない。 


 帰り道,突然,車の前に3頭の鹿が現れた。1頭は横切り、危うくぶつかりそうになる。2頭目の若い雌鹿としばし対峙・・,3頭目の小鹿が身を翻して元来た方に戻って行くのを追って去る。
 鹿の次は子狸。ライトに目がくらんでか道端に蹲って動かないのを幸いにカメラを構えようとするとトコトコと走り出し、一度振り返ってそこでポーズをとって見せたが遠すぎる・・。
 走り始めた途端,何かが掠めるように前方に飛んだ。鳩よりやや小さ目のあの鳥は何だったのだろう。
 そう言えば最近,ゴロスケの声を聴かない。『早く帰れ』とせきたてられるようなあの鳴き声がないのはやはり物足りない。
2007年11月01日 by 木偶野呂馬 | General | 2 コメント | No Trackbacks |

猿ヶ番場峠へ・・・善光寺西街道ウォーキング・2


海善寺へ向かう一行

道標を説明するkoseさん
 9:00発,麻績宿を通り抜けて海善寺道標から田んぼの中の道をゆっくり登る。9:32,かつて番所があった橋詰と言う集落で雨宿り休憩。番所の役割についての説明を受ける。同:40,雨が次第に強くなる中を出発。同:50,市野川の高札場跡を見る。


 そこからしばらく国道403号を歩き、再び旧道に入ってまた国道を横切る。その場所が大峠で、そこに市野川集落の有志が運営する地粉の手打ちそばの『お仙の茶屋』が新しくできた。言わば平成のお仙茶屋であるが、本来のお仙茶屋はもっと先の林に中にある。
 ここで大休止となり、三色おはぎと漬け物に熱いお茶のもてなしを受ける。


 10:32発。国道から山道に入るとそこからは傾斜のきつい山道となる。折悪しく道路修復の工事中でぬかるんで滑りやすく歩きにくいことこの上なく、みな難渋していたが、幸い,直前に登山靴に切り替えていたので難なくここを通過。

弘法清水入り口

 10:40,三度国道を横切って『北国街道』の標識のある弘法清水入り口から山道に入り、5分で本来のお仙茶屋跡に着く。
 茶屋跡には弘法大師が杖を突いた場所に泉が湧き出したと言う『弘法清水』と言う湧き水があって今も水が耐えていない。芭蕉が立ち寄ったこの場所には『さざれ蟹 足這いあがる 清水かな』の句碑がある。さざれ蟹は蟹ではなく、クモの仲間の『ザトウムシ』であろうとのこと。
 

 上:芭蕉碑(表),下:さざれ蟹の句碑(裏)
 
 10:50発,同:58,国道に出る。200m歩いて11:03,聖湖湖畔の聖レイクサイド館に着き、昼食と『峠の復活イベント』の大休憩となる

2007年11月01日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |