<   2007-08   >
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 

プロフィール

  • ID: 1187
  • ハンドルネーム: 木偶野呂馬
  • 性別: 男
  • 年齢: 64
  • 住所: 長野県 松本市
  • 所属クラブ:
  • 登録日: 2007年06月22日
:
:

スポンサード リンク

カテゴリ

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

過去記事

Feed

RSS 2.0
ATOM 1.0

アウトドアグッヅ情報

私の山行記録 新着

2008年06月28日
焼山 [ 2400.30m 妙高山・戸隠山周辺(新潟県・長野県) ]
登山行程ルート表 登山高低差グラフ 登山ルート地形図(国土地理院) 登山ルート地図(グーグルマップ)
2008年03月09日
天狗岳 [ 2645.80m 八ヶ岳・筑摩山地(山梨県・長野県) ]
登山行程ルート表 登山高低差グラフ 山行日記+写真 (5) 5 山行フォトギャラリー (10) 10 登山ルート地形図(国土地理院) 登山ルート地図(グーグルマップ)
2008年02月17日
聖山 [ 1447.15m 八ヶ岳・筑摩山地(山梨県・長野県) ]
登山行程ルート表 登山高低差グラフ 山行日記+写真 (5) 5 山行フォトギャラリー (10) 10 登山ルート地形図(国土地理院) 登山ルート地図(グーグルマップ)

以前の山行記録、予定は下記から

みんなの新着

マイページ

コミュニケーション

タグ

第2リンク集

アクセスカウンター

Total094987 7days1298 Yesterday211 Today141


みんなの登山ブログ ポータル
Powered by
コミュニケーション by

アーカイブをご覧いただけます。August 2007

道迷い

 Bと一緒に下山する道すがらBが道を間違えたことを聞き、その地点を確認したが、この場所はAもはじめ沢の方に向かっていると考えた場所で、しばらく観察して周囲をぐるっと見回して左に折り返す道を発見し、ことなきを得た所である。
 下を向いたまま歩いているとそのまま入り込んでしまいやすい場所で、事実、無数の踏み跡がかなり高い所まで続いており、それがよけいに道迷いを誘引する要素にもなっていると言える。Aもかつて尾瀬燧ケ岳で同じことをやったことがある。
 このような場所にはもっとハッキリした×印を施すべきである旨,後に温泉事務所に伝えた。紅白のポールが1本横たえてあったが、それでは意味不明である。
 Bは間違いに気づかずかなり高い所まで迷い込んだが、そこから下を見下ろして山頂に向かう正しい道を発見し、以後は沈着に行動して元に戻ったと言う。
 その後一旦下山して、Cから『Aが探しに行っている』と聞いて再びAを追って登ってきたと言うことで、A以上に疲労しているのは明らかだった。
2007年08月31日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

四分五裂〜影を追って登頂す

 15:15,下山中のCさんと遭遇し、5分ほど話してD,Eが下山中(の見込み)であることを聞き、その地点で待つことにした。Bの所在については不明のままであったが、Cが下山することにより何らかの情報が得られることに賭けるしかなかった。
 駐車場と登山路を行ったり来たりして疲れていたので一旦は待つことにしたが、じっと待っているより少しでも早く安心したいし、安心してもらいたいので、須川分岐までには会えるだろうと予測しながら迎えに登ることにする。
 15:45、須川分岐に着いたが2人の姿が見えず、稜線上にも人影がなかったので、ひょっとするともう一方の自然研究路コースを下ったかもしれないと言う考えが生じ、また、須川分岐まで戻ってから道を間違えた可能性も否定できないと言う最悪のケースまでが想起されて、とりあえず山頂まで急ぐことにする。
 16:05山頂着,結果的に登頂となった。登山者1名に聞いてみたが分からない。信じがたいことではあるが、もし自然研究路のコースを降りていたらそれが最善であり、須川分岐まで戻っての道迷いでないことを願う。しかし、悪い方の予想が的中すれば次に打つ手を考えなければならないと思い、自然研究路コースを追うか、須川分岐に戻るかで迷う。
 2人を追って自然研究路コースを降りる決断をして5分ほど下ったところでカメラを忘れたことに気づき、山頂に戻って考え直し、須川分岐に戻ることにする。
 16:27発。同35,Aを追ってきたBに会う。一つ心配の種が消えてホッとし、そのまま登頂してもらって須川分岐で合流する。

 最悪の場合を想定して手を打つとすれば須川分岐でAが別のコースを辿り、Bが下山して他の仲間に知らせて、別コースの下山口からも探してもらうことである。 須川別れには3つのコースがある。一つは湯浜コースでこれはまずないとして迷うとすれば天馬尾根コースであるが、もう一つ,秣岳に向かう細い道があった。この道は天馬尾根コースと同一の道だということが後で分かったのだが、地図がなかったのでAはこれは秣岳までの行き止まりの道ではないかと考えた。道が細くて間違いそうには見えなかったが、もし入り込んで迷うととんでもないことになりかねないと言う不安が広がった。
 考えあぐねたが、天候がよかったのでここで間違う可能性は低く、山頂から自然研究路ルートで下っている公算が高いと考えて、まずは下って情報を得ることにする。17:05須川分岐発。途中,名残りヶ原分岐で二手に分かれて探しながら18:20下山。D,E両名,無事の下山を知る。

 




2007年08月31日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

終章・・・栗駒山にて汚点を残す

 鳥海山を序章とすれば、栗駒山の登山は5人が山上でバラバラになり、誰がどこにいるのか分らなくなって捜し歩くと言う最悪の経過をたどり、汚点を残す終章となった。できれば書かずに済ませたいが、どうしてそのような事態を招いたかと言うことをきちんと分析し、自己批判することは避けて通れないことなので敢えて経過を書く。

 12:00出発⇒14:00〜14:30山頂⇒16:30下山の予定で、Aが先に登山口に行って待っていた。他の4人は準備に手間取り、遅れて駐車場を出たがAのいる位置が分らず、須川温泉の中に向かって行った。Aは大声で4人を呼んだが聞こえなかったので追いかけて合流した。そこで登山口に戻るべきだったが、温泉の中からでも登れないことはないので妥協してそのまま登り始めた。
 20分ほど登った所でBが『財布がない』ことに気づき、立ち止まって点検したが見つからなかった。Aは立ち会っていたが『すぐに行きますから先に行って下さい』と言われて先行する3人を追いかけ、薮道から見通しのいい平原に出て木道に指しかかる辺りで写真を撮っていたCに追いついた。この時,DとEは100mほど先の三叉路を右折してさらに100mほど進んだ位置にいた。正面に火山性の荒れた沢が見えていた。
 AはBが来るのを待ちながらCと一緒にゆっくり歩いて三叉路を右折し、D,Eを追った。この時Aは、C,Dのいる位置の先に三叉路があってそこを左折し、正面に見えている沢の中を登る道があると錯覚していた。

 いつまで待ってもBが来ないのでCに『D,Eさんが行った先に三叉路があるはずなので、合流したら一緒に左折して先に登って下さい。後から追いかけるので、必ず同じ道を下ってきて下さい』と言い残してBを迎えに行くことにした。
 来た道をゆっくり戻って、最初に立ち止まった位置まで来たがBの姿が見えないので駐車場に戻ったのではないかと考え、大急ぎで降りて駐車場とテントを探した。2度,3度行き来して探したが見えないので温泉の事務所で放送をかけて呼び出してもらい、10分ほど待って反応がなかったので山中にいるものと判断して再び山道を追いかけた。すでに出発から1時間以上が経過していた。
 あるはずのない三叉路を探して進むうちに登山口に向かって下っていることに気づき、初めて道を誤ったことが分って13:45から引き返す。三叉路に戻ったのが14:15。よく見ると標柱に『←山頂』と書いてあり、Bは他の4人とは離れていたが故にこれに気づいているはずだと思った。
 この時点でAは自分以外の4人全員が自分より上にいると確信して後を追い、5分後の14:20に大きな案内板のある名残りヶ原の分岐点に到達した。

 この先で道は須川分岐を経由して山頂に至る道と、自然研究路を経て山頂に向かう道に分かれるが、予定は須川分岐となっており、また自然研究路は大廻りになるので事実上1本道で迷う所はなく、またA自身が山頂まで登るのは時間的に無理と考え、須川分岐から下りて来るであろう4人を迎えに行くつもりでゆっくり登り始める。
 
2007年08月31日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

須川高原へ

 サン・フィッシュ釜石で当夜の食材を確保し、各自もそれぞれに土産を買って送ったり車に積み込んだりして6:45発,R283を北上に向かう。途中から道が2つに分かれていて直進すると高速道路のような道となってすぐに長いトンネルに入る。これは新しくできた仙人トンネルで、続く2つのトンネルを抜けるとJR釜石線の平倉駅の近くで一旦R340に入り、5分ほど走ると元のR283に合流してほどなく遠野市に着く。
 この高速バイパスは将来の高速道路化を意図した規格になっていた。他にもそういう規格の準高速道路のような道があちこちに見られる。
 7:30頃,道の駅風の里に着く。ここで朝食を摂るつもりだったが、早すぎてまだ食堂の準備ができておらず、特産品売り場のおにぎりで済ませて北上へ向かう。
 9:31,北上・江釣子ICin。30分で一関IC。そのままR342に入って須川高原着11:00。須川高原CP場のサイトにテント2張りを張り、炊事棟に炊事道具と食材を置いて、12:00出発を目標に栗駒山登山の準備にかかる。

須川高原 須川温泉
 
2007年08月31日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

北東北,山と温泉の旅・・・吉里吉里海岸にて

吉里吉里海岸  
 ここは岩手県大槌町吉里吉里。井上ひさし氏の小説 『吉里吉里人』の舞台にもなった町の海水浴場のある海岸。町の人達が 思い思いに海岸にテントをはりキャンプを楽しんでいる。炊事棟やトイレもあり、1人500円の協力金を払えば自由に使うことができる
 海水浴場なのでシャワーもあり、頼めば無料で気楽に使わせてもらえる。村長さんがニコニコと対応して下さる。暴走族が入って来ないように常時監視され、トラブルが起こればすぐに警察に連絡が行くようになっているそうだ。
 要するに町の人達や外来者が安心してキャンプを楽しめるように取り組んでいるようで、警備の人が詰め所につめているが、『○○警備保障』と言うようなシャクシジョウギな警備員と違ってそこいら辺に住んでいる普通のおじさんで、いかにも地元の人と言う感じなのだ。
 村長さんも警備のおじさんも9時頃には帰って行ったが、帰り際に『地震があったら防災放送を流すのですぐに避難して下さい』と言った。夜中に目が覚めて外に出ると、別のおじさんが近寄って来て『泊まりの方ですか』と聞かれた。こうして一晩中警備している人にも守られて朝を迎えることができるのだ。
 
 3時には目が覚めて食事の用意にかかるのが常だが、今朝は釜石の市場で食材を仕入れてから遠野の道の駅で朝食を摂ればいいと考えて朝食をつくらず、昨夜聞いた近くの港で朝市があると言う情報を頼って大槌漁港に行ってみたが、『市は日曜日だよ』と言われてスゴスゴと引き返す。
 テントを撤収し、5:20に出発。釜石に向かう。

北東北,山と温泉の旅・・・三陸・吉里吉里海岸へ

浄土ヶ浜
 14:00,馬返しCP場発,R282から県道16で盛岡市を迂回して14:50頃,R106に入る。この道は閉伊街道と呼ばれ、並走するJR山田線とともに早池峰山の北を通ってまっすぐに宮古に向かう。岩手県内の道はどこも広くて立派な道ばかりで交通量も少なく走りやすい。15:50,川井村の道の駅・やまびこ館で15分の休憩。
 16:50,浄土ヶ浜に着き、浜を散策しながらキャンプ場の情報を収集。17:50発,釜石市に近い浪板海岸か釜石市の根浜のキャンプ場に狙いを定めてR45を南下する。
 
 浪板海岸のCP場は国道から見えたがあまりにもテントの数が多いので敬遠してテン場にふさわしい海岸を探しながらゆっくり走っていると、同乗のTさんが海岸に張られたテント群を発見。そこに入り口があったのでそのまま入ると『進入禁止』の立看板があり、『これはダメかな』と思ってUターンするつもりで進入したついでに『キャンプしたいんだけどダメかな?』と聞くと『いいよ,何人だい?』『6人だけど』『管理費として1人500円でOK。今すぐならシャワーもあるよ』とあっさりOKが出たので、後の車とも相談して幕営することに決める。
 『キャンプ場の情報にはなかったけど、何というキャンプ場?』と聞くと『ここは吉里吉里海水浴場』だと言う。『吉里吉里って、あの吉里吉里共和国の?』『うん,そう。今,村長を紹介すっから受け付け済ませて!』と言う。
 『村長って、ここは村かよ・・?』と思っていると、人のよさそうなおじいさんみたいな人がニコニコしながら名簿を出して『ここに名前と人数書いて!』と言う。はじめに応対してくれた人は警備員だそうで、『進入禁止』と書いてあるのは暴走族などを入らせないための看板なのだそうだ。要するにここは町民や近隣の人達が昼は海水浴を楽しみ、夜は安心してキャンプできるように町中あげて管理しているということらしかった。
 キャンプ場にはかなりの数のテントが張られていたが、子ども連れの家族が多く数の割には静かで、大きな花火の音や嬌声もなく、節度をもって控えめにキャンプを楽しもうとする空気が感じ取れた。18:00着。
 
 私達はこのキャンプ場が大いに気に入り、すぐにテントを張って遅い夕食の準備にかかる。何と言っても炊事棟に電灯があるのがあり難かった。飯盒飯,挽肉を使ったマーボーナス,ゆでたジャガイモと赤タマネギのスライス,納豆。コンビニへビールを買いに走って19:30から夕食。
 後は潮騒と海の香を枕に、テントで,車で,あるいは砂の上で眠るだけ。
 
2007年08月30日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

北東北,山と温泉の旅・・・縦走願望


 前日,焼走りCP場で、山から降りて来た若いカップルに山の様子を聞いた時,『暑くて参ったでしょう』と言うと、女性の方が『でも、とってもよかったです』と言った。どう言う風によかったのかは聞かなかったが、登ってみるとその意味が分る。
 普段,私達は岩手山を例に揚げるなら、七合目から上だけの山を指して『よかった』と言っているのかもしれない。勿論,七合目までの長いアプローチの上にその先の『よかった』があるのだが、普通の場合はアプローチと頂上部が渾然一体となっているのに対して、岩手山や富士山型の山では、その対比が極端すぎるのだ。
 
 岩手山が富士山を小型にしたような山で、ただ登って降りて来るだけの山であれば2度と登る気にはならない。それは確かだ。
 けれど、幸いなことに岩手山は東側が二重式,西側が三重式火山と言う、東と西で山容を異にする片富士の山だ。山頂から駒ケ岳や八幡平方面に連なる山々は美しく魅力に満ちている。
 山頂に立って初めて裏岩手の縦走に気持ちが動くのを感じた。いやすでにその気になっている自分がいる。その自分は、八幡平までの縦走の出発点とするなら、例え焼走りからの登りも苦にならないだろうと思っている。 
 多分私はたじろいだのではなく、岩手山の頂上ピストンと言う登り方に喜びを見出せなかったのだ。縦走なら20kgを担いで登ることも苦にならないだろうと言う確信に近い気持ちがある。自分にとって登山とは縦走なのだ。

 9:20発,山頂を後にして元来た道を下る。お鉢の途中から不動平の登り道に斜めにつながるショートカットの道があり、そちらを下る。この道は富士山の砂走りと同じ砂礫の道で下り専用である。なぜかと言うと、一歩ごとの足が砂礫に深く埋まってそのまま礫と一緒にズズズッと滑りながら、即ち礫を崩しながら歩くので大またにズンズンと降りることができ、アッという間に下れる道だからだ。富士山の砂走りでは勢いがついて走り出してしまうので時々飛び上がって飛び蹴りのような格好で体を水平にして勢いを止めながら下る。それと同じ火山特有の斜面なのだ。
 逆に、登りでは踏んでも踏んでもズルズルと足が後ろに流れて踏ん張れないから誰も登らない。
 10:00,八合目着。頭から水を被って冷やす。11:08発,先に降りる。すでに猛暑の兆しがあり、できるだけ直射を避けて樹林帯を駆け降りる。途中,三合目辺りで11:28から5分の小休止。11:58,上の登山口へ帰着。猛烈な暑さの中,春河夫人の出迎えを受ける。
 溢れかえるほどふんだんに流れている水場で頭から水をかぶり、シャツを洗ってぬれたまま着ると20分でそのシャツが乾く。十数分後に全員帰着。下の炊事棟に移動し、春河さん達が手配してくれたスイカを頂く。
 昼までに下山できたことで午後の三陸行きが可能になった。

2007年08月29日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

大展望


 8:00発。初めての者にとっては山頂に思えるが、八合目から見えているのはお鉢と呼ばれる外輪火口で九合目に相当する。先行する2人はすでに外輪への道を半ばまで登っているのが見える。
 8:17,不動平避難小屋の横を通って外輪への急登に入る。登るほどに雲海上に顔を出す山は南東方向に早池峰,北西方向に岩木山,その東に八甲田山等。

 20分弱で九合目。火口の縁を左まわりでゆっくり登って廻り込むように薬師岳に迫るにつれて南西の秋田駒から乳頭山に続き、葛根田渓谷を挟んで険阻諸,諸桧岳,畚岳,八幡平へと続く緩やかな平原状の山々が広がる。8:56登頂。
 秋田駒から八幡平に至る長大なコースのうち,秋田駒から乳頭山までと、険阻森から八幡平までは歩いたことがあるが、全コースを通して歩いてみたいものだ。
 展望は360度,欲しいままだが、雲海が下界を覆っているために名のある高山だけが見えている。鳥海山は周りの山に溶け込んで分らなかったのを地元の登山者に教わる。
 学生と思われる元気な一団が登って来て俄かに賑やかになったのを汐人に9:20,下山開始。先行の2人は8:40登頂。

2007年08月28日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

北東北,山と温泉の旅・・・岩手山


 3時起床。他の2人が起きてくるのをじっと待つ。4:15出発。広いキャンプ場の芝の斜面をゆっくり登るともう一つ上にふんだんに水が流れる水場と炊事棟,トイレがある。ここが登山口で、登山者がセンサーを横切ると『登山届けを出して下さい』と言うアナウンスが流れる。
 長丁場を覚悟してなだらかなブナやミズナラの樹林帯の道をゆっくり登る。5:00,1合目広場を通過。5:13,見通しのきく場所で休む。少しだけ高度を稼いで振り返る麓は雲海に沈んでいる。
 5:20発,同39,2合目通過。すぐに2合半と言う標識があり、5:55にようやく3合目に到達する。ここから旧道と新道が分かれるが、意図も無く新道を選んで登る。樹林帯の中は蒸し暑くて汗が滴り落ちる。けしかけてもなお気持ちが登山モードに切り替わらず、荷物が無いのにペースは一向に上がらない。
 6:13,キャンプ場から見えている裸地帯で休む間に下から来た2人の屈強そうな登山者が追い越して行き、しばらくおいてもう1人を見送る。裸地は裸地で強い陽射しが照りつけ始める。暑くなるのを予想して水をペットボトル5本分持参。すでにここまでに2本のペットボトルを空け、頭や首筋にも水をかける。
 6:20発,殆んど同じような道を折り返して登るが、傾斜が幾分きつくなり、折り返しの距離がやや短くなる。樹高が次第に低くなってダケカンバやハンノキが現れるが、先はまだ長く樹林帯が続く。
 4合目の標識を見ないまま6:28に5合目を通過。単調な道はさらに続くが、富士のそれとはくらべものにならず、時折振り返って下界の雲海のを見おろし、それなりの高度を得ているのを確認する。
 7:03,樹林の丈も身長ほどに低くなる頃,右に進んで突き当たって折り返す部分のちょっとした風通しのいい広場で休憩する。その間にまた1人とてもついていけないペースで上がって来る人があり道を譲る。標識はなかったがその辺りが6合目と思われた。再び首筋に水をかけて冷やす。
 7:15発。身長ほどの高さになったハイマツの間を分けて左に伸びる道を辿る。相変わらずペースが上がらないので2人に先を行ってもらう。7:30頃,ようやく体の中を風が吹き始めるのを感じ、道もやや平坦を得て幾分楽になる。
 7:38,突然樹林が切れて目の前が一気に明るくなり、少し先に休憩場所のような鉾立の7合目の標識が現れる。歩いてきたままの方向で前方を見れば隣の御神坂コースや松川への縦走コースを見るが、目を右に転じるとどっしりした山容の岩手山頂上部が立ちはだかるように現れる。それは麓から浅間山を見るような感じだ。 ここから先はハイマツ帯の緩やかな道となり、行く手に八合目の避難小屋を見ながら進む。7:58,避難小屋着。冷たい御成清水の水を詰め替え、たっぷりかぶって火照った頭を冷やす。 

2007年08月28日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

北東北,山と温泉の旅・・・岩手山に恐怖する


 八幡平をゆっくり時間をかけて散策した後,後生掛温泉に戻って入浴。再びアスピーテラインを走って焼走りCP場を目指す。八幡平側からの畚岳,諸桧岳,険阻の森方面のなだらかな起伏と濃淡の緑が素晴らしい。
 アスピーテラインからの岩手山の景観は圧巻である。八幡平を散策する頃には山頂付近に雲があって南部片富士のあの美しい裾野のラインを見ることが出来なかったが、焼走りに向かって下る頃には雲が取れて岩手山がその全容を現した。
 
 この頃から気持ちが次第に憂鬱になって行くのを感じる。下るにつれて反対にせり上がってくる山がやけに大きい。いつもならただ眺める対象として見上げて称賛するに過ぎなかったその大きさが、登る対象として目の前にする今は脅威に変わって行くのを感じている。
 焼走りに近づくにつれて益々気分が重くなって行くのは、あの美しくも長い富士のような裾野のスロープのせいだ。自分の中の深いところで富士の裾野のあの嫌な気分が甦って体が拒否しているに違いなかった。
 これまで何度も足を運びながら、岩手山に登らなかったのは、無意識のうちに避けていたからだということに今気づく。
 
 15:10,焼走りCP場着。暑さも加わって完全に戦意を失う。明日はもっと暑くなるに違いなかった。このコースだけは避けたいと言う思いが胸につかえて気分が悪い。考えた末にCP場の受けつけに行き、馬返しのコースを問い合わせて短時間に比較検討し、自分にはこのコースは登れそうにないと言うことも率直に話してコースの変更を提案する。
 我がままであることは百も承知で半ば強引に押し切って馬返しに移動する。全員の合意を得られたかどうかは分らないし、馬返しからなら登れると言い切れる自信もないままに。

 翌早朝の行動開始に備えてコンビニで朝食を買い、馬返しCP場に向かう。馬返しCP場は広い駐車場を備えた広い芝のキャンプ場で、滝沢村の役場に電話して許可を取ればよく、使用料は無料。
 面倒なので車の側にテントを張り、すぐに夕食準備。朝に続いて飯盒で無洗米4カップを炊く。メニューはこの日のために持ってきたアンデスと赤タマネギをたっぷり使った肉ジャガ,他。 夕暮れ迫る中での夕食となる。
 食後,じゅんちゃが突然アキレス腱の痛みを訴えて登山を断念。春河夫妻は小岩井農場を見学することになり、覚悟を決めて3名で岩手山に登ることとする。

 残留組の朝食とすべく朝と夜の飯盒飯の残りを豚肉,タマネギと一緒に炒めて焼き飯を作り、朝起きてすぐに出発できる支度をして車で寝る。
 明日は3時起き,4時行動開始予定。満天の星空にペルセウス流星群らしい流星を見る。



 
2007年08月28日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

北東北,山と温泉の旅・・・八幡平を歩く

 

 8月11日(土)
 5時起床。アルファ米と味噌汁,アジのヒラキ,焼きタラコ,納豆,刻みキャベツetc の朝食。玉川温泉まで半日分早く来たので今日は余裕のある日程となり、ゆっくり朝風呂に入ってもらった後,今後の行程を再検討する。
 当初予定の阿仁マタギ・打当方面をカットして今日は八幡平をゆっくり歩き、焼走りCP場泊とすると明日は早朝から岩手山に登ることができ、半日前倒しできることから、俄かに三陸方面に足を伸ばしては・・,と言う案が浮上。検討の結果、12日は岩手山下山後、宮古に出て釜石付近まで南下し、海岸線でキャンプ。翌13日は早朝釜石の市場によって食材を確保した後須川高原に移動し、昼頃から栗駒山に登ると言う案に変更となる。

 前回(03年)は訪れた時刻が遅く、その上濃いガスに阻まれて花を見ることが出来なかったが、今回は天候もよくゆっくり時間をかけて歩くことが出来た。

 八幡平は花の種類が豊富で、イワウチワやコバイケイソウの草紅葉が始まっている一方でニッコウキスゲは今が見頃だった。

 クルマユリも可憐。








2007年08月27日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

北東北,山と温泉の旅・・・玉川温泉湯治部

 当初の計画では10日は鉾立に泊まる事になっていたが、それは夜行で来てそのまま登ると言う初日の強行軍を考慮してのことで、出発を1日〜半日前にずらして9日の夜に小屋で寝ることができたので、それなら行けるところまで移動しようと言うことになり、15:40に鉾立を出る
 10日の移動を想定していなかったので宿をどこにするかが問題となる。距離的,時間的には田沢湖か乳頭温泉郷辺りが限界であるが、一気に玉川温泉まで飛ぶことにして電話で予約を入れ、到着が9時過ぎになることを了承してもらう。
 
 由利本荘市となったかつての本荘からR105に入り、大仙市となった大曲を経由して仙北市の一部となった角館へ。仙北市の一部となった田沢湖町に向かう途中のスーパーで、向こう2日分の食糧を買い込み、R341をひた走って今は鹿角市の一部になった玉川温泉を目指す。
 平成の大合併とやらで馴染みの地名が消え、地理感覚をめちゃくちゃにされた気がする。地理には強い方だが、2つ以上の地名をくっつけて新しい名前をつくられたりするとまるで分らない。
 21:30頃,玉川温泉に着く。玉川温泉は入浴だけにして宿泊は後生掛温泉にしたかったがやむをえない。

 東北の温泉地には今も湯治部と言うのがあって重宝している。玉川温泉は高い方だが、それでも素泊まり3900円と安価で、10泊しても4万円以内,後生掛温泉にいたっては自炊設備の使用料込みで2100円と超格安,1ヶ月連泊しても6万円台なので長湯治する人には嬉しい限りなのだ。
 なので常連客も多く、自前の炊飯器はもちろん,中には冷蔵庫まで持ち込んでいる人もいるし、持ってきた海産物を泊り客に売って商売をする人もいる。
 後生掛には大部屋があって知らない客同士が仲良くお互いの食事を覗き込んでご馳走したりされたりするし、誰が一番金をかけずにうまいものをつくるかの批評をして廻る人もいたりして超楽しい。
 ふるまわれたつもりが後からちゃっかり請求される場合もあり、4年前には某町の牡蠣の養殖業者にいっぱい喰わされた上に牡蠣論争を吹っかけられたりした。酔っ払っているのか正気なのか分らなくて最期はしっちゃかめっちゃかで潰れて終わり、翌朝は早々と湯に浸かっていたりする。まことに天下泰平なのだ。

 玉川温泉は21:00〜6:00は警備員の管理となり、そう言う猥雑さが無くてどこかよそよそしいが、食事の用意をしていると何だかんだと寄ってきて話しかける人があるのは湯治場の常で、私は手際がいい方なのでテキパキと事を進めているとなぜかおばさん達が物珍しそうによって来る。その後はたちまち旧知のように打ち解けて『このキャベツはもう持ちそうに無いから食べちゃってよ!』等となるのだ。
 
 9時でガスが止まることになっていたが、自前の火器があるのでアルファ米を湯戻しし、レトルトと味噌汁,キュウリのごま油漬け,刻みキャベツ,赤タマネギのスライス,その他で遅い夕食を摂る。

2007年08月24日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

鳥海山の花

 鳥海山の花は魅力的だったが、残念ながらカメラと携帯電話の両方ともバッテリーを切らして1枚の写真も撮れず仕舞いだった。こう言う点でデジカメは不便だ。シガーソケットから充電できる装備を買い込んで備え、470kmも走りながらバッテリー残量を把握していなかったために充電を怠ったのだ。ものを揃えればこと足りたと錯覚する道具バカではせっかくの装備も無いに等しい。

 花を見ればカメラを構え、写真を撮れば見た気になるのも道具バカの一種かもしれない。そういう意味ではカメラが無いのもいいことだ。
 自然を部分的に切り取ってしまわないであるがままを見ると言うことを忘れがちな自分に気づく。カメラを構えた目には花を揺さぶる風は邪魔だし、隅っこにちょこっと入る無粋な草にも引っ込んでろと怒っていることがある。随分と傲慢になりながらそれが普通になってしまっている。カメラが無ければそんなことは思いもしないだけでなく、風に揺れる様をも丸ごと受け入れてそれを愛でることもできるし、霧に霞んだ花の捨てがたい風情に見とれる自分に戻ることもできる。
 きれいに撮るのとあるがままを撮るのとでは随分隔たりがあると思うのは未熟の故なのだろうか・・?
 カメラがあるとこんなことを思いもしないこともまた事実で、こんな風に私の思考はいつも自分にとって都合のいい方向に働くのでストレスと言うものがない。けれど、ものがない時の方が考えることが多くなるのだけは確かのようだ。
 以上は前置き。

 美ヶ原や霧が峰ではこれから夏本番と言う7月前半がニッコウキスゲの旬であろうと思うが、東北の山では今がその最盛期のようで、数こそ少ないもののよく目立った。
 キスゲは草原の花と言うが、ここでは草原と言うより賽の河原や千蛇谷などの凹状になった湿地や沢の周辺などで湿性お花畑を形成する植物群に混じって咲いているものが多い。
 信州のものより幾分草丈が低く、花びらの幅が広くてしっかりしており色もやや濃いような気がする。8月中旬まで楽しめるとは予想外だった。

 ヨツバシオガマは花穂を発達させて上に向かってよく立ち上がっており、10段くらいまで花をつけているものが見られた。それがこの花の本来の姿なのだろうと思うが、近年,白馬岳周辺ではそのようにのびのびと咲いているものをあまり見かけない。

 その他,ハクサンシャジン,タカネツリガネニンジン,ソバナ,ハクサンフウロ,チングルマ,ミヤマアキノキリンソウ,トウウチソウ,チョウカイアザミ,チョウカイフスマ,イワブクロ,ミヤマシシウド,ミヤマトウキ,ハクサンボウフウ,ウサギギク,ナナカマド・・・等々,鳥海山は花の種類の多い山で、チョウカイフスマ.チョウカイチングルマ,チョウカイアザミと『チョウカイ』の名を冠したものが3つもある。
 霧にかすむ花の風情云々と言ってもそれは半分は負け惜しみで、晴れた日にこそこれらの花達を見たいと言うのが本音であることは言うまでもない。
2007年08月24日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

鳥海山・5

 初めての出会いは1964年,大学3年生の夏の東日本一周自転車旅行。日本橋を出て7日目,松井田,中野,小千谷,新潟,村上,酒田と進んで秋田に向かう途上で、その時は厚い雲に覆われて山は見えず、どんな山なのかをうかがい知ることはできなかった。
 その後何度か電車や車で通ることがあったが山はいつも雲の中で、その全貌を見せることは一度もなかった。
 十数年前に佐伯FHC結成前夜の小形と登ったのが初めてで、この時はよく晴れて難なく登ったが日本海に沈む夕陽は期待はずれに終わった。
 夕暮れ時になると海上に空との境が分らないほどの靄が立ち込め、日没の瞬間を迎えて初めて水平線の位置を知ったのだが、それが予想よりはるかに高い位置だったのに驚いたことだけを覚えている。
 その後もすっきりと晴れた鳥海山を見たことはない。鳥海山はそんな山なのだろうと思う。一点の雲をも纏わない山だけがその山の真の姿ではなく、あらゆる姿がその山の持つ無数の貌の一つなのだ。
 少なくとも荒々しさの一端に触れることができたのは幸運で、手荒い歓迎を受け胸躍らされた分だけ印象も強く、また増上慢を戒められた意味でも忘れがたい山となった。
2007年08月23日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

鳥海山・4

 山頂には先行者が1人いた。その人とコースのあれこれを話している所へじゅんちゃが登って来て、さらに塚田さんが着く。頂上と言っても象徴的なものに過ぎないせまい岩場であるし、じっとしていれば寒いのでそこそこに引き上げる。
 10:20発。ペンキの印が登る人にしか見えないような書き方になっているので下りは分りづらい。晴れていればどうと言うこともない所だが、ペンキはこう言う日のためにこそあるもので、場所が場所だけに下りの方が危険度は高いので、このペンキのつけ方は一考を要する。
 ほぼ下り切った辺りで春河さん夫妻に会い、『小屋で待ってます』と激励。
 休憩料を払って小屋に入ると中は満員に近い。その殆んどは今朝方鉾立の小屋で一緒だった人達であるが、『いつ山頂に登ったのだろう?』と考えているうちに下山の支度をして全員下って行った。この天候で山頂まで行くことにさしたる意味はないと言うのは頷ける。『なるほど,これが鳥海山参りか』と、その割り切りの鮮やかさに感心させられた。

 下山はまとまって行動しなければと思って全員が降りてくるのを待ち、11:10に出発。外輪と違って千蛇谷のコースは風もなく穏やかで、天候がよければ花を楽しみながらのんびり降りたいところ。視界を遮るガスが恨めしい。
 凹状の道をゆっくり下って沢に出ると雪渓があり、迷わないようにロープが渡してある。向こうの取りつき点が見えないほどの濃霧で、この沢を下りすぎると危険なので先に渡って大声で位置を知らせながら慎重に渡ってもらう。
 雪渓を渡ると急登りになり、登り切ると外輪コースとの分岐点に当たる七五三掛で、12:15着。ここからしばらくはチシマザサの被った迷いやすい道なので5分待って吸収し、御田ヶ原への道に向かう。
 八丁坂までくれば迷う所もないので後は各自下山となり、一目散に駆け下って13:45に下山したが、それからラストまで40分あまりかかり、またまた置き去りにする格好となる。
 あまりいただけない山行になって反省すべき点が多い。特にガスの中の登りでラストを固めなかったことは弁解の余地がなく、無責任パーティーのそしりは免れられない。
で締めくくれるはずだったが・・・,鳥海山でのトラブルはほんの序章に過ぎなかった。
 と、殊勝に反省して締めくくれるはずだったが・・・,鳥海山でのトラブルはほんの序章に過ぎなかった。
2007年08月23日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

鳥海山・3

 大物忌神社には休憩小屋があり、数人の登山者が雨を避けて休んでいた。社務所の人に『休みますか』と聞かれて窓口を見ると休憩料300円とあったので小屋には入らず、軒下で5分ほど休んで頂上の新山に向かう。
 新山への道は、休憩所から千蛇谷コースを10mほど戻った所から休憩所と神社の横を通って上に伸びているが、視界が殆んどなくてどこを目指しているのかさっぱり分からず、足元の岩に書かれたペンキの矢印を頼りに登るしかない。
 おそらく噴火した岩石がそのままそこに堆積したものと思われるが、それは火山弾と呼ぶにはあまりにも大きすぎる巨岩を無造作に積み上げたような岩場で、踏み跡はそれを攀じ登り、乗り越えて高みに向かっていた。
 ひと登りすると目の前に中央で2つに裂けた小山のような岩が現れ、矢印はその中に吸い込まれて一旦下り、裂け目を通り過ぎるとさらに難しい岩場の連続登りとなる。その登りに取りかかろうとした所で上から降りて来た津谷さんにバッタリ出くわし、そこで他の人達の様子を知る。津谷さんの話しによると、幸いなことに外輪コースに入り込んだ人はなく、多少の時間差はあるものの全員が千蛇谷コースから登って来ていると言うことで一つ不安が消える。
 
 10:00登頂。外輪を廻ったために30分以上余分に時間を費やしたと思われ、そのため,後から来る人を吸収することなく置き去りにした形になってしまったのが悔やまれた。

 15年位前だったと思うが、前回登った時は鳥海山にしては珍しく天候に恵まれ、3時間足らずで苦もなく登ってしまった記憶があった。その記憶から3時間と言う数字が1人歩きして、途中から3時間を切ってやろうなどと言う邪まな誘惑に取りつかれ我を忘れた。千蛇谷コースを登っていればそれは可能だったと思うが、その数字には何の意味のないことであるし、ラストを努めるべき天候だったことを考えれば恥ずかしい限りである。
 子どもの頃から悪天候になるとワクワクして突っ走りたくなる傾向があり、厳しく押さえ込んでいたつもりであるがつい熱くなってしまうことがある。まるでガキだ!


 
2007年08月23日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

鳥海山・2

 御浜小屋からは1759mのピークのある尾根の右手を巻くように歩いて10分でピークを越えると再び八丁坂と言う石畳の道となって御田ヶ原分岐まで下り、下っただけ登り返す。
 視界は益々悪くなる一方で風も次第に強くなる中、相変わらず何に向かっているのか分からないような登りが続き、御苗代付近のチシマザサの中の分かりにくい道を越えて七五三掛に着く。
 ここから道が千蛇谷コースと外輪コースに分かれるが、地図とコース案内を読んで事前研究をしていなかったので、2つのコースがどのような特徴を持っているのかまったく分からず、ただ、左(千蛇谷)のコースがかなり下っている様子なのを嫌って、真っ直ぐ上に向かっていると言うだけの理由で右(外輪山)のコースを選んだ。
 こうしてコースの概要も掴まず、また外輪コースであることも自覚しないまま外輪コースを採ったが、結果的にこのコースを選んだことは失敗だった。

 次から次へと現れる偽ピークに何度も騙されながらひたすら登り続けること1時間あまり後の9:27,『←大物忌神社』と書かれた指導標でハタと行き詰った。
 左手は両側を岩で挟まれた窓になっており、窓から先には『行け』と言われても道がないのだ。代わりに窓の左手の壁から上に向かって踏み跡があったので強引に登ったが、小高い丘を越えると元来た道に出てしまった。
 そこに追いついてきた地元の人らしい老人に教えられ、もう一度窓に戻って覗き込むと真下に向かって梯子があるのを発見。小躍りして『行きましょう!』と言うと、その老人は『この風だ,わしは止めとく』と言い、踵を返して来た道を下って行った。いつしか先日の台風下の白馬岳の時と同じかそれ以上の風が吹き荒れ、山は嵐の様相を呈していた。
 その老人に教わって初めて外輪コースを登っていることの意味を知り、登っても登っても頂上に着かない訳が分かると同時に、後続の仲間がこのコースを選んでいなければよいが・・と気になり始め、七五三掛まで戻って千蛇谷コースを登り返す考えも一瞬よぎったが、目と鼻の先にあるはずの大物忌神社に直行する方が賢明であると考えて前進する。
 9:27,強い風に煽られながら梯子を下るとそこから先は大きな岩崩れのあったところをトラバースするハッキリしない道で、所々に印されたペンキを頼りに進むしかなく、それさえも見失ってかすかな踏み跡を辿りガレ場を上へ上へと登って見下ろすと前方に白いペンキの印があるのを見つけ、下ってようやくしっかりした踏み跡に出る。そこから階段状の石道を登り切るとひょっこりと大物忌神社に出た。9:40着。
 
2007年08月21日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

鳥海山・1

 3時過ぎ,長椅子から落ちて目が覚め、そのまま起きて朝食をつくる。鉾立山荘には自炊部屋があってガスや冷蔵庫も備えてあったが、持参のガスで湯を沸かしてアルファ米3Pを湯戻し,フライパンでサケとシシャモを焼き、味噌汁をつくる。 
 4時過ぎると登山者達が起き始め、自炊部屋にも調理する人が出入りするようになったので、休憩室で早め食事を済ませてもらい、余分な荷物は全部車に積み込んで、6:10に出発する。
 
 今朝方はガスが晴れて星がきれいに見えていたが、それは天頂付近のことで、夜が明けて見ると山にはべっとりと雲が張りついて容易にははがれそうになく、先行きは不透明。
 歩き始めるとすぐに道の両脇にブナの低木が現れ、そのどれもが大き目の実を沢山つけているのを見る。去年が裏年だっただけに今年の豊作は山の獣達にとっても人間にとっても喜ばしい限りだ。
 左手に展望台があるがガスで遠くは望めず、また地図には尾根渡りとの名があるものの尾根を歩いている実感はなく、舗装道路のように固められた単調な道に反感を感じながら歩く。50分で起伏のあるやや広い河原状の平原に出て小休止。
 オオバギボウシやニッコウキスゲ,ヨツバシオガマなどが見られる。キスゲの花が大きくてしっかりしていること,ヨツバシオガマの花が高い塔のように立ち上がっていることに驚く。
 7:10発。10分たらずで賽の河原を通過。ある程度の視界はあるものの遠くを望むことが出来ず、山全体がどうなっているのかさっぱり分からない中を、ただ次の目標にのみ向かって歩く。道は広いが、両端に岩をブロック状に並べてコンクリートで固め、その間に小石を敷き詰めた道は登山道とは程遠く、自分で石を選んで歩けないので反って歩きにくく、歩くほどに不満が募る。
 こんな道がどこまでも続くのなら、登るのを止めてしまいたいと思う頃、遠くから発電機の音が聞こえ始め、御浜小屋に着いて小屋の前を抜けると、そこから先はようやく普通の山道になる。

 御浜小屋からは1759mのピークのある尾根の右手を巻くように歩いて10分で御田ヶ原分岐を通過。視界は益々悪くなる一方で風が強くなる。

 
2007年08月20日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

鳥海,岩手,栗駒山&玉川,後生掛,須川温泉・・・北東北の山と温泉の旅


 8月9日15時27分、豊科ICより長野道に入る。17時10分から北陸道米山SAで夕食・給油。
 18時30分頃,日本海に沈む真っ赤な夕日を見る。同時刻,先発隊は遊佐に到着するも天気曇りで夕日は見られずの由。先発隊との時間差は5時間。

 19:25新潟中条ICで高速を降り、スーパーで向こう2日分の食糧の買出し。以下,夜の7号線をひた走って23:25に鳥海山鉾立登山口に着くも、濃霧で鉾立山荘の場所が分からず、30分あまりウロウロ探してようやく小屋に入る。
 すでに宿泊者は寝静まっているので入り口正面の部屋の長椅子の上で横になる。

 4年前に、早池峰山,秋田駒,八幡平,八甲田等,北東北の山々と、乳頭温泉郷,後生掛温泉,酸ヶ湯等の温泉,それに遠野ふるさと村,宮澤賢治記念館,三内丸山遺跡,棟方志功館,イヨボヤ会館(村上)等々を5泊で廻ったメンバーが中心になって再び東北の山と温泉を目指そうと言う話しが盛り上がり、検討に検討を重ねて、鳥海山,岩手山,栗駒山をメインとする山と温泉の旅を企画・実施した。
 今回は前メンバーにM夫妻が加わって6名の参加者が2台の車で廻ることになり、仕事の制約のない4名が8月9日10時に安曇野を出発,遅れて15時過ぎに2名が後を追うと言う出発となる。

2007年08月20日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

夏の冒険学校,白馬岳登山教室・7


 3時に自炊小屋に行き、すぐにコンロを焚いて湯を沸かし、熱々のココアを流し込んで体を中から温める。落ち着いたところでアルファ米の五目飯と赤飯を湯戻し、フライパンでシシャモとメザシを焼く。昨夜同様,具たっぷりの味噌汁をつくり、納豆を配して朝食準備完了。起きて来た姉妹のサラダを加えておとな達から食べ始める。
 雨はやや小降りになり、東側の空に一点だけ明るい部分が見えたが、青空が覗くと言うほどではなく、西の空は重い。
 風は西から北向きに変わっていて、台風はすでに東に去ったと思われるがあまり衰えていない。高山では台風が去った後も3日くらいは強い風が吹くのですぐに風が止むとは思えないが、問題は雨だ。今のところ小康状態だがこのまま上がってくれることが期待できそうで、早発ちの人は5時の出発に備えて準備に入っている。
 5時に子ども達を起こして朝食を摂らせ、6時出発を告げて排便を促す。持って行く物は飲料水1・5ℓ,行動食,非常食,ヘッドランプ,雨具,防寒着,保温着,カメラ等。
 こう言う慌しさに慣れない子ども達には1時間以内では少々無理だったかもしれないが、15分の遅れで出発することが出来た。

 すでにいくつものパーティーが白馬岳を目指して前進しており、早い人は雷鳥坂を登りきっていた。
 この時点で1日中雨に降り込められることを予想した人はほとんどなく、従って停滞するパーティーは皆無と思われた。
 当面の目標を小蓮華岳に置き、9:30までの到達を目指して、はじめは、チングルマやハクサンコザクラ,イワイチョウ,コイワカガミ等の花を楽しみながらゆっくり進む。
 
 以下,続きは東北山行終了後
2007年08月09日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

夏の冒険学校,白馬岳登山教室・6・・・嵐の夜,テン場は水浸し

 
 風を背にして左手の方向に目があるとするなら、台風はほぼ真北方向,糸魚川沖の日本海に達しているはずであるから今後は徐々に遠ざかって行くと考えられる。希望的観測ながら、今後,風雨共に弱くなって行くものと楽観して8時頃テントに入る。
 長袖シャツの上に雨具を着て横になったが、寒いのでシュラフカバーに潜り込む。それ以上着るものがないので後は寒さに耐えるしかないが、テントの下が水浸しになっているらしく、下からゾクゾクと寒さが上がって来てやけに冷える。体を横にして接地面積を出来るだけ小さくすることで何とか地面からの冷えから逃れようとする。まるで雪山並みで、そのうち体が小刻みに震え始める。
 そうこうしているうちにうとうとしたと思った時,突然ライトが点いてシェーンが床を照らし、『水が・・・!』と絶句。彼の方が若干下がり気味になっているのが仇になってシュラフに水が浸み込んでいるらしい。一時は、寝るのを諦めて朝まで起きているつもりだと言っていたが、やがて横になり眠ってしまったのか、軽い鼾が聞こえてきた。人間,どんな状況でも眠れるもののようだ。
 テントの両サイドを男2人が固め、中の姉妹2人はぬくぬくと、悠々と寝てござる・・・。
 私の方は幾分傾斜の高い方にいるのと、夏はゴアのシュラフカバーしか持たないのが幸いしてか水の浸入はなく、例えぬれてもゴアの合羽を着ているのでそのまま寝るつもりであるが、いつにもまして地面からの冷えが厳しいのに閉口して、3時になったら小屋に逃げるつもりでひたすら時間の経過を待つのみ。それでもいつしかうとうとして目覚めると11時半。次に目覚めたのが1時。
 
 幸いなことに隣の子ども達のテントからは何の騒ぎも聞こえず、咳き込みやくしゃみもなく無事らしいことが分かり、3時を迎えて中を覗き、何事もなくスヤスヤと眠っているのを確かめて小屋に向かう。
 
2007年08月08日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

夏の冒険学校,白馬岳登山教室・5・・・夕食はリッチに!

 
 今回の荷揚げはここまでなので、食事を少しでもリッチにするために多少無理をして生ものを運んだ。即ち、キュウリ大4本,刻みキャベツ,茹でたコマツナ,卵6個,焼きアナゴ3本と刻みアナゴ2P,ミョウガ4個etc・・で、その大半は4日夜のチラシ寿司に使う。
 自炊小屋でもある休憩室に陣取ってキャベツとキュウリを食べ、コーヒー,ココア,紅茶でくつろいだ後、テント張りにかかる。風は収まるどころか強くなる一方で、これ以上待っても好転する気配がない。
 2人がテントを抑え、2人がポールを通して何とか形にした後、1人が中に入って子ども達のリュックを風上に置き、また内側の四隅に大き目の石を入れて飛ばされるのを防ぎながら、外からも四つの角をロープで引っ張り、さらに大き目の石で固定して2つのテントを張り終える。
 風はテントを押しつぶさんばかりにのしかかり、ポールが大きく撓んだりもするが、飛ばされる心配はなくなったので、子ども達を中に呼び寄せて休ませる。テントに入ると気分も落ち着くのか、子ども達の笑い声が聞こえるようになる。
null
 4時から夕食の準備。今夜のメニューはアルファ米の白飯に各自お好みのレトルト食品と味噌汁,サラダ。サラダは乾燥野菜と海草の水戻しだが、姉妹の手にかかると絶品に変身する。味噌を運んだので汁も具もたっぷりの味噌汁となる。
 『山に来ると太って帰る・・』とは姉妹の弁だが、実際それはうなづける。

 夕方になって風雨を衝いて上がって来る登山者が押し寄せ、テン場にも沢山のテントが並んだ。 
2007年08月08日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

夏の冒険学校,白馬岳登山教室・4・・・強風の大池

 12:55,小学生2人がシェーンに連れられて到着したのと入れ替わりに立ち上がる。下からの風がますます強く冷たくなり、ガスが立ち込めてケルンも見えない中,風に押されるように進む。
 13:03,ケルン横を通過。一瞬,風がピタリと止み、次いで西よりの強風に変わった。これが台風の風と思われた。大池方面は濃いガスで何も見えない。
 前に抱いたアタックザックが邪魔になってただでさえ歩きにくい大池沿いの岩場道がよけい歩きにくく、先ずは荷を降ろすことを優先させるべく先行し、13:35に大池山荘に着く。
 先に着いた尾沢さんが下山するのを見送っている所へモモとノゾミが到着。次いで姉妹が着く。その後にシェーンの姿が現れたが、レイとシノの姿がないので迎えに行き、2人を連れて14:00に大池に着く。

 広いテン場には1つだけテントが張られており、その横に場所を確保すべく荷を降ろすと、中から顔を出した男性が『手伝いますよ』とさわやかに声をかけてくれた。あまりにも風が強くて2人では無理なので『全員揃ってからやりますので・・』と丁重に礼を言って一先ず休憩小屋に入る。
 
2007年08月08日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

夏の冒険学校,白馬岳登山教室・3・・・雪渓通過,寒い!

    11:55発。巨岩の上や脇を登る。レイとシノは小さい体で必死に岩によじ登る。足場の選び方が分からず、近視眼的に足元ばかり見ていて時々とんでもない方にそれてしまうことがあるので、赤や黄色のペイントで岩につけられた◎印や⇔を辿り、×印の方に行かないようにと教えながら一緒に登って行く。真剣に大岩と取り組んでいる姿が頼もしく、次第に様になって行く。
 広島組の美人姉妹は、大岩にやや手こずりながらも順調に登って来ている。妹のアキは中学生の頃,一度このコースを登っているが、今回は不慮の怪我によるブランクからの復帰を賭けた山行であり、トモ子は自らも憧れの白馬岳を目指しつつ妹をサポートする。もちろん2人は4人の子ども達を温かく見守り、援助する存在でもある。
 その2人とシェーンに小さな2人を託して雪渓下までを急ぐ。                                                                   12:17,雪渓下着。雪の量と渡渓点の位置は例年とほぼ同じ。同22,渡ってガラ場を登り、同30,乗鞍岳の草つきの下で休憩。一緒に来た中・高校生の2人と、離れてしまった一行を待つ。ノゾミにとっては4回目のアルプスで何ら動じることなく、飄々とした足運びでついて来る。モモは3年ぶりの登山でアルプスは初めてだが、しっかりした足どりが逞しい。
 天狗原から吹き上げる風は雪渓を通って冷たく、それが次第に強くなる。風を避けるものが何もなく、一番悪い場所を選んでしまったと臍を噛みながら待つ。
 やや離れた草つきの際に赤いタカネバラの花を見る。いつもより濃い花色が気になったがカメラを出すのが億劫になっている。何しろ寒いのだ!
 10分後にトモ子&アキの姉妹が来る。さらに10分後の12:50,シェーンが小学生2人を連れて登って来て、全員この日の最難関を突破した。


2007年08月08日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

夏の冒険学校,白馬岳登山教室・2・・・乗鞍へ

 
 
 10:15発,やや傾斜がきつくなり、ガラ場も現れて高山っぽくなるとまもなく天狗原の木道に出る。10:40,広い板張りの休憩所を通過し、10:55風吹大池への分岐点に当たる三叉路で荷を降ろす。
 後続を待つ間に、3人の若者を引き連れて登ってくる我が『シロウマ学』の師である尾沢洋さんに会う。今日は3人を大池まで案内して下山し、明日また別の方を案内をするのだと言う。私達の計画を地方紙の紙上で知っていて、『山ノ神尾根の道は一度は草刈りをしたものの薮が濃いので心配していた』と言う。
 
 栂の森の水場に入れ替わって登ってきた小学生の大集団が先に乗鞍の登りに入ったので少し間隔を置き、11:15に乗鞍への岩場の道に向かう。
 乗鞍への登りは、前半は両側を深い薮で覆われた岩だらけの沢状の道。次第に傾斜を強めて大岩のゴロゴロする河原状となり、最後は巨岩の間を縫って上部の雪渓に至る。その雪渓を抜けると白馬乗鞍岳の草原に出る。
 はじめの薮に覆われた沢状の道を登る時、いつも耳にする鳥の声がある。40年間も耳に親しんだ声なのに、その鳥の名が未だに分からない。
 その鳥は薮の中のすぐ耳元で『チチッ チッチチ チッチチ』と、かろやかに、リズミカルに鳴く。付近ではウグイスが鳴いていることが多い。多分,何とかムシクイという奴だと勝手に思っている。
 
 先に入った小学生の集団が道を塞ぐ形で休んでいて、これから昼食だと言う。先に行かせてもらって潅木帯を抜け、大岩の道にかかる頃,ガスが降りてきて小さな水滴が顔をぬらすようになる。10:45,風も強く寒くなってきたので雨具を着けるために小休止する。同55発。

2007年08月08日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

夏の冒険学校,白馬岳登山教室・1・・・栂の森の水場まで

 
8月3日
 5時起床,寝過ごした! 朝の食事を簡単なものにしておいてよかった。大急ぎで食べて出してパッキングして6:10出発。6:50栂池ゴンドラ駅着。広島組の3人のバスが予定より早く着いて待ってくれていた。
 テントを2つにするか3つ持っていくかで迷ったが、3つにする。4人のスタッフで分担しても入りきらない荷物はアタックザックに詰め込んで前から腕を通し、ダブルリュックで行く。
 7:55栂池発,ゴンドラを乗り継いで8:35山頂駅。9:00から歩き始める。

 栂池登山口からの入山は最初の休憩場所の選択が難しい。50分ほど頑張ると『栂の森の水場』と言う超特急の水場がある。そこまで出来るだけ休みたくないが、始めのこの50分はかなりきつい。
 普通は始めだけ30分ほど歩いて体調や荷物の不具合を点検し、その次からは50分ペースで歩くのだが、そうすると2つ目の休憩地点の選択が難しくなる・・,と言うより2つ目は天狗原の休憩所まで行ってしまい、この天恵の甘露を飲まずに通過することになる。
 栂池から登ってこの水場を素通りすることは白馬岳に対してあまりにも失礼と言うものであると私は信じているし、ここまで来てポリタンクを満タンにすればよいとも考えている。
 だが、本当のねらいは、あえて休まず50分引っ張ることにある。相手が初心者の子どもであろうとも、甘いことを言ってやさしくやさしくご機嫌をとり、おだてながら登らせる気はない。 
 いきなりの50分でその山行に対する覚悟を決めてもらわなければ、30分から先はないのだ。
 最初のこの50分で、それぞれの持っている体力的,精神的な力量が見えて来るし、抱えている様々な弱点や問題点を一挙に洗い出すことが出来る。もちろんそれは経験豊富なスタッフが後ろを固めてくれているという保障があって成り立つことである。
 9:51栂の森の水場着。美味しい水を飲み、タンクにも水を詰めて後続を待つ。中・高校生の2人は余力を残して着いたが、小学生の2人にとってはきついはず。その2人をシェーン, こと,サブちゃんが励ましながら引っ張って来てくれて10分遅れで到着する。

2007年08月07日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

女性山隊〜ユング・フラウ・・・白馬岳冒険登山


 女性ばかりの登山隊〜ユング・フラウと命名・・・白馬岳冒険登山

 今日から6日までの冒険登山の参加者は8名。そのうち,スタッフを含む6名までが女性と言う女性中心の登山隊となった。
 内訳は、小学4年生,5年生の女児各1名,中学2年と高校2年生の女子生徒各1名。スタッフとして参加する若い女性2名の計6名。名づけてユング・フラウ
 他に男性スタッフ2名。

 今日は大町市の森のくらしの郷でキャンプして明日の登山に備える。台風5号の動向が気になるが、今のところ平静。
2007年08月02日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

ブログ『山のあしおと小学校』へ


明日以降は、ブログ『山のあしおと小学校』へ
 
http://blog.goo.ne.jp/yamanoasioto/

2007年08月01日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

金峰山山行記録・4・・・下山


 9:55発下山。7人は金峰山小屋に廻ると言うので1人でもと来た道を下る。10分で小屋への分岐を通過。平均年齢70才代の集団に再び道を譲ってもらい、後はひたすら下るのみ。10:40,岩稜帯から樹林帯に入り、登りの時の小気味よさをもう一度噛みしめながらハイピッチで飛ばす。
 11:00に小川山分岐のベンチで5分休憩。11:05発,登る時に感じた以上に下って見て急斜面だったことを知る。11:22大日小屋通過。最後は脚に来たが、2時間1分で下り、11:56,富士見平小屋に着く。
 12:35にじゅんちゃとM夫妻が着く。全員が小屋を廻ると言うので1人で先に降りてきたのだが、実際にはじゅんちゃ以外の6人は小屋に廻るのをやめて真っ直ぐ降りて来たそうで、出発が5分ほど遅かったので小屋を廻ったじゅんちゃの方が先に小屋の分岐に着いていて、7人で一緒に降りて来たのだと言う。12:55頃,全員帰着。
 格段に美味しい富士見平の水をボトルに詰め込み、13:25瑞牆山荘に向けて下山。13:50,駐車場着。14:05発,15:45スワンガーデン着。16:00解散。参院選の開票作業に立ち会うため、じゅんちゃはこれからも忙しい!  終

2007年08月01日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

金峰山山行記録・3・・・岩稜帯から山頂へ


 8:10,大日小屋で休まず一緒に来た2人と、追いついてきたじゅんちゃに先に行ってもらい、4人を待って出発。
 一つ斜面を登ると小気味のいい平坦な明るいシラビソの樹林が続き、もう一度斜面に入ってそこを越えるとさらに平坦な長い樹林の道。さらに次の斜面を登り切ると急に視界が開けて岩稜帯に飛び出す。8:33,砂払ノ頭と思われる岩場の下に到達。
 途中で自称『平均年齢70代』と言う7人のパーティーを追い越したが、後ろの4人は一気に前に出ることが出来ず、ほぼ同じペースで前後して登って来ているようだ。
 岩稜帯からはガスの切れ間に次の岩峰が見え隠れしているが、どれが頂上か分からないままに『あと一息』と大集団となった後続に声をかけながら先導する。しかしながら、一瞬の晴れ間に見える山頂まではまだ小1時間くらいかかりそうだ。
 稜線の信州側はなだらかなハイマツ帯だが、甲州側はガレていて千代の吹き上げと称する断崖絶壁の縁を通ったりしている。道が概ね信州側につけられており、またガスの吹上で断崖を覗き込むこともないが、晴れていれば足がすくむ所ではある。

8:45,金峰山小屋への分岐で5分ほど待って後ろを確認し、さらに登ること30分後の9:20,金峰山を象徴する五丈石と言う巨石の背後から山頂に到達。
 先行の3人は8:40に、後続の4人は10分後の9:30に登頂。 

 山頂の展望盤のあるところから少し東よりに小高い丘があり、そこにも山頂の標識があってどちらが本来なのか分からないが、どっちでもいいのだろう。
 五丈石は巨大な方丈の石が3段に積み重ねられたようにどっしり座った大岩で、何人かの人が岩登りを試みていた。
 ガスで展望を楽しめない中,記念の写真を撮って早々に引き上げる。

2007年08月01日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |

金峰山山行記録・2・・・深い樹林帯を行く

飯盛山の
 5:55発。小屋の前を通ってシラカバの林を50mほど登り飯盛山の尾根に出るが、そこからもややきつい登りが2000m地点まで続き、飯盛山を右に巻く道に入ってようやくなだらかになる辺りまで,30分で220mを稼ぐ。6:25,苔むした原生林の中で小休止。
 6:33発。10分で鷹見岩への道を見送ると緩やかな下り道となり、樹林を抜けると大日小屋の上部に出る。6:50,大日小屋を通過。
 眼前に大日岩の巨体を見ながら一段と急な岩場まじりの斜面に取りつき、30分で大日岩の基部,小川山分岐点までの200mを登る。
 ベンチのある広い休憩所は休まず通過し、県境でもある主稜線に入って徐々に高度を上げる。この辺りは深い割には明るい樹林が続き平坦な道と斜面の道とが交互に現れるが、斜面を一つ越える度に樹高が低くなって森林限界が近いのを感じる。
 7:45,樹林の中で大休止し、大日小屋で休んだ後続を待つ。
2007年08月01日 by 木偶野呂馬 | General | コメントを書く | No Trackbacks |