それはまだ自分で計画してどこかに登ろうというほど山登りに魅力を感じていなかったし、何よりも就職して横浜に住んだ事で環境が大きく変わり、都会の暮らしに慣れるのが先決と思っているうち今度は静岡に転勤となり再び慣れない環境での生活に追われて山に出かけるほどの心のゆとりがなかったせいかも知れない。
それでも静岡に住んでしばらくすると友達も増え飲みに行ったりする機会も多くなって来る。
そうすると色々な出会いの場が出来て友達の輪が広がって来る。
飲んでいる時の話題に「山登り」が出て来ることも多くなる。
すると、もともと嫌いなわけではないので自然に興味が湧いて来るようになる。
そんな事があって前回の「山の想い出(地元の山々)」にも書いたように79年ぐらいからは会社の後輩を誘って静岡市北部の「安部奥」と呼ばれる方面の山々に登り始める事になる。
79年〜80年頃はもっぱら安部奥の山を登っていたのだが81年に久しぶりの本格山行に出かける機会が訪れる。
賢パパの会社には昔「山岳部」があり若い人たちを中心に活動が盛んだったと聞く。
賢パパが入社した頃には中心になって活動していた人たちが家庭を持ち子育てなどの役目に追われてあまり自由が利かない時期だったので部活動は休止していて一部の個人が計画を立てて山行する事が多かった。
そんな時山岳部で長年活動されて来た長老が定年退職される事になりそれを記念して昔のメンバーが仙丈ケ岳と甲斐駒ケ岳に登ろうと言う企画が提案されたのだ。
山岳部に所属したことのなかった賢パパであるが山が好きなのなら一緒に来ないかと誘われて連れて行ってもらえる事になったのである。
この山行はHPの山行記録にも載せてあるので行程についてはそちらを参照していただくことにしてここでは特に記憶に残っている事を紹介させてもらう事にする。
一日目は広河原からバスで北沢峠まで上がりテントを設営してから仙丈に登った。
賢パパにとって初めての3000m峰登山で頂上に立った時の感激を今でも覚えている。
素晴らしい快晴のもと頂上で乾杯したビールの味は格別だったし、360度の大パノラマも感動ものだった。
下りは別ルートで馬の背ヒュッテから藪沢コースを下山したがアイスバーンのトラバースがあってアイゼンを持たない全メンバーがかなり苦労させられた事を思い出す。
夜はテントの外で飲めや歌えの大宴会をやったことがまるで昨日の事のようだ。
翌日は朝から降り出した雨の中を甲斐駒に向かったのだが仙水峠では雪に変わっていて駒津峰あたりはかなりの積雪があり、アイゼンなしでは万一の事が心配とあってやむなく撤退して登頂は次の機会に譲る事となった。
それ以来甲斐駒には格別の思いを持っていた賢パパであるが念願かなって2004年に初登頂を果たす事が出来た。
好天に恵まれた甲斐駒登山は駒津峰から望む山頂の気高い美しさに加えて甲府盆地から八ヶ岳にかけての大パノラマをプレゼントしてくれ以来賢パパはますます甲斐駒の大ファンとなった。
何とか賢ママを連れてもう一度甲斐駒の頂上を踏みたいと思っている賢パパである。
週末の予報は雨のはずが梅雨入りしたとたんにこの好天である。
工場長の金峰山からのみずがき山の写真を見て次の山行は金峰と決めている賢パパとままである。
駒津峰からの甲斐駒山頂
鳳凰山と富士山













