ゆっくり皆さんのブログを読ませていただくことが出来る。
賢パパの今日の話題は山の事。
賢パパは学生時代の4年間を山形市で過ごした。
山形の市内からは西の方に蔵王の山々をすぐ近くに見る事が出来る。
蔵王山というのは熊野岳を主峰として刈田岳、地蔵岳等の峰を総称したものであり深田氏の百名山にも選ばれている山であるが登山よりもスキーで全国にその名を馳せているのが実情だ。
賢パパもご多分に漏れず学生の頃はもっぱらスキーの対象と考えていたようで登山で行ったのは4年間でたったの一度しかない。
今になって考えると全くもったいない事をしたもので賢パパが住んでいた大学の学生寮からはそのまま歩いて蔵王登山が出来たのである。
と言う事で、登山はしなかったがスキーにはよく行ったものだ。
友人達と「コーボルトヒュッテ」という大学の山小屋に泊まりがけで行く事も多かったが小白川キャンパスの正門前に出来たばかりの「北京飯店」という中華料理屋の店主さんに連れて行ってもらう事も多かった。
店主は賢パパとは5歳違いぐらいで当時はお互いにまだ若かったので朝起きて天気が良いのを見るといても立ってもいられなくなってしまって賢パパは学校をさぼり店主は店を奥さんにまかせて二人でスキーに出かけてしまうのである。
店主は今でも健在で季節の地産品などをやり取りしている仲であるがお世話になった奥さんは癌のため数年前に他界してしまいもうこの世にはいない。
そんな蔵王山にはたったの一度それも友達に連れられて登っただけである。
夏の暑い盛りに同じ寮に住んでいる友達の部屋に遊びに行くとなにやら荷造りに余念がない。
訊くと「明日蔵王に登山に行く。」と言う。
「一緒に連れて行ってくれないか?」と頼むと快くOKの返事。
それからやはり同じ寮の後輩で山のサークルに入っているやつの部屋に行き山の装備一式を貸してもらって慌ただしく準備。
翌日の朝早く山形駅前からバスに乗って登山の出発点まで行ったのである。
当時の記録が残っておらずあるのはモノクロ写真が数枚でその裏に記された撮影日と賢パパの記憶を頼りにHPの山行記録を書いたが今でもはっきりと覚えているのは真夏の暑い時期だったのに雪渓が残っていた事と「カモシカ温泉白雲荘」という名前だけで温泉には立ち寄っただけなのか一泊したのか定かでない。
そんなわけで車でドライブしたり友達から借りたバイクで登ったりして有名な「お釜」には何回も行っているのだが自力で登って眺めたのはこの時一度だけである。
この後学生時代の山行は記憶にないし就職して横浜に住んでからもなかったので再開するのは静岡に転勤になってからしばらく後の事になる。
写真は櫛形山からの富士山で私の気に入りの一枚です。
本文とは関係ありません。













